俺の気持ちをお前にやるよ。
※以前投稿した『チョコレートを貴方に。』の続編というか、アンサーノベルです。
一応読んでなくてもわかるようにしたつもりですが、『チョコレートを貴方に。』を先に読むことをお勧めします。
そして、甘いです。ご注意ください。
3月に入れば、花は咲き始め、寒さは和らぐ。しかし、それでも寒いのは変わらない。ジャージの着用は許可されているとはいえ、体操服での授業というのはなかなか厳しいものがある。それでも楽しくなってしまうのだ。教室での授業ではこんなに見ることなどできないから。
今日の体育は、男女混合でバスケの試合をしている。4チームでの総当たり戦。バスケ部に所属している俺としては、素人ばかりの試合は物足りない。しかも、うちの高校はバスケの強豪校であり、俺はスタメンメンバーだ。力を落として、周りに合わせながらやるのは正直、面倒くさい。けれど、それでも、授業でもバスケができるのは楽しいものだ。
しかも、あいつとは別のチームだから、自分の試合以外の時は、見放題。
初めは、寒い、寒いと文句を言っていたが、今ではジャージを脱ぎ、半袖の体操服となっている高木咲弥は俺の彼女だ。バカで、単純で、素直じゃない。きっと今、俺が見ているなど考えもしていないだろう。それでも、一つのことに真っ直ぐ向き合う咲弥を見るのは楽しいから、俺の視線はいつだってあいつを追ってしまう。
「なあ、和真。一つ聞いていいか?」
不意にかけられた声。俺の隣で試合を観戦していた渡辺仁志だ。
「何?」
「素朴な疑問なんだけどさ、なんで、高木なわけ?」
「…は?」
「いや、お前モテるだろ?なのに、なんで高木なんかを彼女にしたのかなって。お前、2組の北川さんにも告られてたのに。あんなきれいで優しい人振って、なんで高木なの?」
仁志の言葉に、俺は文句を言おうとしてすぐにやめた。
「なんでだろうな?」
そう笑う俺に、仁志は不思議そうな顔を浮かべている。けれど俺はそれ以上言わず、またコートに視線を戻した。わざわざあいつの良さを人に知らせる必要などない。
コートの中には全力で喜んでいる咲弥がいた。咲弥のチームが勝利したらしい。それを見て俺は立ちあがった。
今度はあいつが俺を見る番だ。
俺と咲弥は付き合ってもうすぐ1か月となる。バレンタインの日に咲弥からチョコレートと一緒に「好き」という言葉をもらい、付き合うようになった。
咲弥は、特別きれいだというわけではない。正直に言って平凡な顔だ。髪の毛だって特に何をしているわけでもなく、黒い髪を2つに縛っているだけである。頭の出来は悪く、テストでは赤点を取らないことの方が多い。
それでも俺は、あいつをずっと見てきた。初めて知り合った一年の時からずっと。
知り合ったきっかけは、一年の時の委員会だ。中学から上がったばかりの俺たちにとって、先輩たちはずっと大人に見えた。しかも隣にいるのはまだよく知らないクラスメイト。そんな中で、あいつは笑いかけてくれた。もちろん、俺だけにじゃないけど。
「私、1組の高木咲弥。一年生同士、仲良くしよう!」
先輩たちもいて声を出していいのかわからない雰囲気の中で、あいつはそう笑った。俺たち一年の変に張った空気をほぐしたのは間違いなくその言葉で、あいつの笑顔だった。
それから廊下や合同体育で会うたび話をした。
気を引きたくて、あいつをいつもからかった。小学生みたいだと自分で笑えてきたけれど、咲弥のいろんな表情が見られるのが楽しかった。
だからいいと思ってたんだ。このままの関係でも。廊下ですれ違うたび、一言二言交わして、あいつが怒って、俺はそれを笑って。でも、結局あいつも最後に笑う。そんな関係でいいと思ってた。
けど、2年になって、クラスにはいつだって、あいつがいるようになった。頭を動かせばすぐにあいつがいて、目を閉じていても、あいつの声が耳に入ってきた。
それが楽しくて、でも、あいつの視線に俺以外が映ってるのが気に入らなかった。
「和真くんって、バスケうまいよね?」
そんな時だった。北川愛莉に声をかけられたのは。それまで接点はなかったが、可愛い、きれいと評判の北川を見たことはあった。顔は小さく、目は大きい。優しい物腰で、確かにきれいだと思った。
だけど、それでも、女子=群がる=ウザいと思っていた。だから、きれいだからというわけで北川と仲良くしたわけじゃない。北川はバスケに詳しかった。俺の好きなバイクにも興味があるみたいで、その知識も豊富だった。だから話すのが楽しかった。
「北川さんと和真って付き合ってるみたい」
いつの間にかそんな噂が流れていた。男友達からは羨ましがられ、群がる女子は減っていった。
もちろん俺にそんなつもりはない。ただ、話が合っただけのこと。でも、北川の俺を見る目は、「友達」の域を越していた。その視線に途中から気づいたが、それでも俺は北川といた。咲弥の視線を俺に向けたかったから。あいつが嫉妬すればいいと思った。
けれど、付き合って一か月経つ今でも、咲弥は不安に思っている。俺が本当は北川を好きなんじゃないかと。だぶんそれは、北川の気持ちを利用した代償なのだろう。
「咲弥。見てたか?」
「…うん」
試合を終えた俺は、咲弥の隣に座った。コートの中では、3位決定戦が行われている。
俺の言葉に、咲弥は照れたように俯いた。付き合った翌日から俺は下の名前で呼んでいる。それに咲弥はまだ慣れていない。
「俺たちの試合はたぶん、来週だな」
「もう終わる時間か…。来週負けないからね」
「それはこっちのセリフ。バスケ部なめんなよ」
「…あのさ、吉田」
「ん?」
「今日も待ってていい?部活終わるの」
「何、お前。待ってないつもりだったの?」
「え?」
「毎日待ってろよ。んで、一緒に帰ろうぜ」
「…あ…えっと…」
「それにお前バカなんだから、待ってる間に勉強しろよ。どうせ家じゃやらないだろ?」
「も~!確かにそうだけどさ、人のことバカバカ言い過ぎ!」
「いいだろ?俺のなんだから」
「――っ!も、もの扱いすんな!」
「別に、もの扱いじゃねぇよ?俺の彼女、だろ?」
俺の言葉に、咲弥は面白いくらいに顔を赤く染めた。俺の近くに立っていた仁志が冷ややかな視線を向けてくる。それを軽く睨み返し、俺は咲弥の頭をぽんと叩いた。
「真っ赤」
「うっさい!」
威勢よく言ったつもりだろうが、その声は小さく、俺は笑った。赤い顔のまま咲弥が睨みつけるので、さらに笑う。
「あ~、も~、笑うな!!」
「いいじゃん。面白いんだから」
「集合!!」
号令をかける体育教師の声が体育館の中、響く。俺は立ち上がり、咲弥に手を伸ばした。
「え?」
「お手をどうぞ。お嬢様」
差し伸べられた手を見つめ、そしてすぐに周りを見渡した。そんな咲弥を無視して、強引に手を掴み立ち上がらせる。
「…ありがとう」
「周りなんか気にしなくていい」
「え?…あ、うん。…ごめん」
それでも、不安そうな表情は消えていない。
周りがどういう風に言っているかなんて知っている。なぜ北川ではなく、咲弥なのか。そんな声をよく聞く。北川ではなく、咲弥なら自分にも可能性があると思っているバカな奴らもいる。
俺がこんなに笑顔なのは咲弥の前だけなのに、何を根拠にそんなこと言っているんだろう。でも、それは、咲弥自身も思っていることだ。言葉や態度で俺の気持ちはおそらく咲弥に伝わっている。けれど、俺はまだ、大切な言葉を言っていない。咲弥がそれを望んでいることも、その一言で安心することもわかっているのに。
言えないわけじゃないと思う。言うタイミングを逃しただけで。けれど、どこかで言えない自分がいる気がした。
「和真くん」
部活へ向かう廊下で俺に声をかけたのは、北川だった。廊下ということもあり、すれ違いざまに何人かが、ちらちらとこちらを見てくる。それを睨みつけるのも面倒で俺はため息をついた。
「あ、ごめんね。急に呼び止めて。今週の土曜って試合でしょ?見に行くから頑張ってね」
そう言う北川は、笑顔だった。告白を断ってからも普通に話しかけられるのは、北川が初めてだったので、正直戸惑っている。
「ああ」
「あ、あと、この前言ってたバイクの雑誌あったよね?あれ、買ったんだ。だから、読み終わったら和真くんに貸すね」
「…いや…」
友達と割り切ってしまっていいのだろうか。けれど、笑顔の北川がどこか震えているように見えて、俺は「サンキュー」と笑った。
俺の笑顔を見ると安心したように笑う北川。俺に普通に話しかける。それだけのことが、どれだけ勇気のいることなのかわかる気がするから、無下にはできない。
「じゃあ、俺行くよ」
「あ、そっか。ごめんね、忙しいところ引き留めて」
「別に」
「頑張ってね」
「ああ」
そう言って小さく手を振る北川。それに小さく手を上げ応えた。
周りが俺たちの関係を囁きあっているのが聞こえたが、それを無視して部室へ急いだ。
「なぁ、和真。やっぱ、お前、北川さんなんじゃねぇの?」
部室に入るなり、着替えている俺に仁志はそう言った。
「は?」
「さっき話してるところ見た」
「あっそ」
「なんかさ、お前、北川さんといる方が合う気がするぜ?まあ、見た目ってのもあるだろうけど」
「なんだよ、それ」
「高木だって、他の奴の方が似合ってる気がするし」
「他って誰だよ?」
仁志の言葉に、俺は多少強い口調で聞いた。しかし、仁志は動じた様子はなく、少し考え答える。
「隣のクラスの和田とか」
「…和田?」
「和田竜也。よく高木と話してるだろ?」
「基本あいつは誰とでも仲がいい」
「そうだけどさ、でも他の奴より仲よさそうに見える気がするぜ?傍から見たら」
他の奴より、というのは、俺といるときという意味を含むのだろうか。少し考え、仁志の言葉に不安になる自分が嫌になる。頭の回転を止め、仁志を睨んだ。
「お前、そんなこと言って何が目的なわけ?」
「目的っていうか、高木もそう思ってるんだろ?」
「…は?」
「だって、あいつ、和真たちのこと見てたぜ?何っていうか、何か言いたげな表情だったけど、何も言わずに教室に戻ってた。あんまりお前らがお似合いだから、出るに出ていけなかったんじゃねぇの?」
「…」
確かに俺たちが話していたのは、廊下のど真ん中だ。教室にいた咲弥が見てもおかしくない。教室を出たのに、すぐに戻ったのは、仁志の言うように、出るに出ていけなかったからかもしれない。
けれど俺と北川は友達だ。話をしたってなんら問題があるわけではない。だから、俺たちを見て、咲弥が何もしないのは至極当然のことだ。
でも、と俺は考える。もし咲弥と和田が一緒に話しているところを見たら、俺は間に入って邪魔をするかもしれない。咲弥と和田が一緒にいて自然というなら、なおさら、俺はそれを引き剥がしたくなるだろう。
俺は咲弥にどうしてほしいのだろう。咲弥は俺にどうしてほしいのだろう。
「和真。着替えたなら、早くいこうぜ」
いつの間にかジャージに着替えていた仁志が俺の肩を叩く。ふと我に返り、俺は「ああ」と頷いた。
「お疲れ様」
教室のドアを開けると、咲弥は開口一番そう言った。見れば、机の上は片づけられ、すでに帰る準備が整えられている。
「何、お前、勉強してなかったの?」
「してました!…足音でわかったの。吉田が来るって」
そう照れたように俯く咲弥に俺の頬は緩んだ。
「じゃあ、帰るか」
「うん」
外に出ると、空は藍色に染まっていた。春に近づいているのか、日は長くなっている。
俺は咲弥の手を握り、咲弥は弱い力で握り返した。
一緒に帰るたび繋ぐ手。初めの内は戸惑っていた咲弥もようやく慣れたようである。
なんだか調教でもしているみたいだと笑った。
「…何?」
「え?」
「今、笑わなかった?」
「別に。気のせいじゃね?それよりさ、なんかほしいものある?」
「…何?急に」
「明日、ホワイトデーだろ?サプライズもいいかなとか思ってたけど、やっぱ、咲弥がほしいものをあげたいからな。だから、今度の休みに一緒に買いに行こう」
「ほしいもの…?」
「そう。なんでもいいぜ?」
「…特にないよ」
少しだけ考えるように黙ったが、咲弥はそう言った。けれど、それが嘘だと顔を見ればすぐにわかった。それに、咲弥は嘘をつくとき、握った手に力を込める。
「少しくらい高くても大丈夫だぜ?」
「…本当に、特にないから。私も安いチョコしかあげてないんだし、別にいらないよ」
そう笑う咲弥の顔はどこか寂しそうだった。付き合い始めてからこんな表情ばかりさせている。
「咲弥…」
「そ、それよりさ、今週の土曜、試合なんでしょ?」
「え?あ、そうだけど」
「頑張ってね!」
「俺、今日の帰りにでも言おうと思ってたんだけど、誰かから聞いた?」
「え…あ、うん。…バスケ部の人が話しているのが聞こえた」
手に力が込められた。俺と北川の会話を聞いて知ったのだとわかる。
「…そっか」
「うん。それでね、えっと…その日ね、ちょっと用事があって、応援にいけないと思うの。ごめんね」
「…」
「でもね、ちゃんと応援してるから。勝ってきてね!」
「咲弥」
「あ、勝ってきてって、プレッシャーか。ごめん」
「咲弥」
「ごめんね。気軽に…って言うのもなんか違うかな?なんて言えばいいんだろう?」
「咲弥!」
声を少し張り上げた。咲弥の肩がびくりと上がる。
「咲弥。どうした?」
こちらを向かせ、両手を握る。目を合わせ、できるだけ優しい声色で聞いた。その声に、咲弥はほっとしたように肩の力を落とす。
「…どうしたって?」
「…」
「べ、別にどうしたってことないよ?」
力の込められた手に一瞬、視線を落とした。
俺はどれだか咲弥に嘘をつかせればいいのだろう。嘘をつく時の癖をわかるくらいにはつかせているのだ。それだけ不安にさせている。
「言いたいことがあるなら、言え。聞きたいことがあるなら、聞けよ」
「…」
「咲弥」
「だって…、だって。…私じゃ、釣り合わないんだもん」
咲弥の瞳が揺れる。
「…」
「私じゃないんだって、吉田の隣にいるのは」
「誰がそんなこと言ったんだよ?」
「誰?みんな言ってるよ。みんな、みんな!」
「周りなんか気にするなって言っただろ」
「気にするよ!気にするに決まってるじゃん。私は吉田みたいに、見た目がいいわけじゃないし、頭もよくない。そんなに自信持てないよ。それに…」
「それに?」
「……もういい」
「なんだよ。ちゃんと言えよ!」
「……私のことなんて、何とも思ってないくせに」
咲弥の声はとても小さくて、けれど俺の耳にはしっかり届いた。いつもより低い声で言われたその言葉は、疑問ではなく、断言。
咲弥は、俺の言葉を待たずに、両手を振り払い、走っていく。俺はその背を追いかけようとして、できなかった。
違うと言わなければならない。けれど、俺にはそれが怖かった。
好きじゃないわけがない。逆だった。好きだと言えば、きっと、俺は、あいつを放せなくなる。だから、この一か月、俺は気持ちを言えなかった。
言わなかった、んじゃなくて、言えなかった。口に出してしまえば今以上に咲弥のことが好きになる。咲弥の視線に入る全員に嫉妬してしまうかもしれない。
相手が「友達」だとわかっていても、話しているだけでイラついてしまうだろう。俺だって北川と話すくせに。それを咎められたらきっと文句を言うくせに。
咲弥が俺と同じくらい俺のことを好きならばそれで問題ないのかもしれない。けれど、違う。俺はいつだって咲弥を見ていたけれど、咲弥は俺を見ていなかった。俺はあいつの視界に無理やり入ったんだ。けれどそれでも、もう手放せない。
そこまで考えて俺は小さく笑った。何が、「あいつを放せなくなる」だ。放す気なんか一ミリだってないくせに。
咲弥の誰とでも仲がいいところが嫌いだ。誰にでも笑いかけるところが嫌いだ。俺なんか好みじゃないところが嫌いだ。
けれど、咲弥の笑顔が好きだ。照れて赤くなる顔も、怒った顔も、ちゃんと俺を見てくれるところも。
「…やっぱ、言えなかったんじゃなくて、言わなかったのかもな」
口から出た独り言は、やけに自嘲的に聞こえた。
街は一か月前よりも劣りはするが、ピンクや赤の色で覆われていた。海外にはない正真正銘のお菓子会社の策略の日。それでも、日本の男たちは、精一杯考え込むのだ。愛する人のために。
「おはよう」
「…お、おはよう」
俺から声をかけられると思っていなかったのか、咲弥が戸惑ったように返す。
その目には不安の色が消えていなかった。
俺は咲弥のことをバカだ、バカだというけれど、きっと俺は咲弥よりバカなんだと思う。望まれたって手放す気なんかないくせに、何を臆病になっていたんだろうか。
「今日も、待っとけよ」
「え?」
「部活。終わるの待ってろ」
「…」
「教室行くからな」
「…」
咲弥からの返事はない。それでも、いいと思った。
「ピー!」
終了を知らせる機械音。その一秒前に放った俺のシュートは、その音と同時にゴールに吸い込まれた。
片腕を上げる。ギャラリーから歓声が上がった。明後日が試合ということもあってか、ギャラリーの数はいつもより多い。高く耳につく声で俺の名が呼ばれている。
「お疲れ。最後のすごいじゃん」
「ああ」
仁志が声をかけてきた。
「明後日もいけそうだな」
「そうだな」
「…原動力はやっぱり、あれなわけ?」
仁志が親指を立て、2階の観客席の一つを指した。それに俺は笑みを浮かべることで答える。
そこにいることはすぐにわかった。初めは周りに隠れるように見ていたのに、途中から前に出て、一番大声で応援していたから。決して黄色い歓声ではないその声は、俺の耳によく入った。
仁志は一度考えるように下を向き、すぐに顔を上げる。
「なんで、北川さんじゃなくて、高木なわけ?」
以前と同じ質問。今度はきちんと答える。
「あいつだから」
答えにはなっていないかもしれない。けれど、それが一番わかりやすい答えだと思った。
好きなところを挙げるのはたやすい。それと同じくらい嫌なところもある。知らないことも山ほどあるだろう。それでも俺は咲弥がいい。
「…俺の負けだわ。お前には、高木が一番よく似合うよ」
そう言う仁志はほんの少し表情をゆがめる。俺はそれに気づかないふりをして、頷いた。
「俺もそう思う」
空はやけに明るく、まだオレンジ色をしていた。
俺は制服に着替え、部室を出る。体育館横に設置されている部室の横に咲弥が立っていた。
「教室で待ってろって言わなかった?」
「…だって」
咲弥は俯いて口を閉ざす。
「だって?」
そう施しながら俺は歩みを進めた。咲弥もついてくる。
「……ただ、待ってるだけなんて、性に合わないんだもん」
「確かに」
「…だからさ、」
「待って」
そう言って俺は、立ち止まり、鞄の中から、包みを一つ出した。
咲弥に差し出す。
「え?」
「ホワイトデー。開けてみろよ」
「……ブレスレット?」
指輪にしようと思ったが、さすがに重いと考え直し、ブレスレットを送った。
細めのシルバーチェーンに同じ色の小さなハートが一つついている。華奢なデザインなのに、質が良い。そこが気に入った。目立ち過ぎず、学校につけてきても、注意されることはないだろう。
「どうだ?」
「すごくかわいい。ありがとう」
そう笑う咲弥に俺も同じように笑みを浮かべた。
咲弥の手からブレスレットを奪い、右腕につけてやる。「自分でつけれるよ」と照れたように言う咲弥は無視した。
つけ終わると咲弥は右手をじっと見つめた。
「本当にかわいい。ありがとう」
「ああ」
「高かったんじゃない?」
「別に。そこまでじゃない」
「…いらないって言ったのに」
「俺があげたかっただけ」
「でも…」
「咲弥」
まだ続けようとする咲弥を名前を呼ぶことで黙らせた。じっと目を見つめる。
「もう一つあるんだ」
「え?」
「俺が咲弥にあげたいもの」
一つ小さく息を吐く。柄にもなく緊張している。
「好きだ」
「…」
「俺、咲弥が好きだ」
もう一度言った。噛みしめるようにゆっくりと。
「…うん」
「俺の気持ちをお前にやるよ」
だからお前は俺の隣で笑っていればいい。
咲弥を抱きしめた。咲弥も背中に腕を回してくる。俺の胸に顔を埋めたまま、涙交じりの声で「バカじゃないの?」と言った。
「俺もそう思う」
「北川さんの方が、きれいだよ?」
「ああ」
「北川さんの方がきっとやさしい」
「ああ」
「北川さんの方が、吉田の隣に合ってる」
「ああ。でも、俺は咲弥がいい」
合ってるとか合っていないとか、他人が決めることなんてどうでもいい。俺は、咲弥の隣にいたいし、俺の隣には咲弥がいてほしい。たぶんそれだけで十分なんだと思う。
「もう一つのプレゼントがそれ?」
「そう。俺の気持ち。咲弥が一番ほしいもの。」
「ほんと、バカなんじゃない?」
「でも、ほしかっただろ?」
「…」
沈黙は肯定。俺は咲弥の肩に回した腕に力を込めた。
「不安にさせてごめん。嫌な思いもさせたかもしれない。でも、」
「吉田」
今度は俺の言葉が遮られる。胸に埋めた顔を上げ、咲弥は俺を見つめた。
「好き」
「俺も」
突然の言葉に驚いたが、すぐにそう返した。
「なら、いいよ。…不安になってごめん。言葉で示してくれなくても、ちゃんと伝わってたのに、勝手に不安になってごめん」
それだけ言って、もう一度俺の胸に顔を埋めた。
これだから、好きなんだと思う。これだから、手放せないんだ、と。
「咲弥」
「ん?」
「好きだ」
「私も」
「和真!頑張って~」
四方から送られてくる黄色い声援を無視して、俺は一人だけを見つめていた。仁志が呆れたとでもいいたげな視線を送ってくる。
「…で?これからずっと部活、見に来るのか?」
仁志が俺の視線を追って2階を見た。試合ということもあって、ギャラリーは多い。それでも一瞬で見つけられるのだから自分でもすごいと思ってしまう。
今日は一人ではなかった。親友である立川美香と一緒に来ている。
「来れるときは、な」
「周りから何かされるんじゃねぇの?」
「俺がさせないから」
「お熱いことで」
「ところでさ、結局お前、何が目的だったわけ?」
「俺、友情より愛を取るタイプだから」
「咲弥はやらねぇからな」
「いらねぇよ」
「もしかして、俺狙い?」
「うざっ」
「…ま、大体わかるから、言いたくないなら言わなくてもいいけどな」
仁志は天井を見上げた。
「やっぱ、和真にはバレれたか」
微苦笑を浮かべたまま俺を見た。その仁志に俺は頷いて答える。
わからないはずがない。仁志が「北川さん」と言うとき、声も表情も優しくなるのだから。
「好きな人の幸せを願うってやつ?」
俺の言葉に仁志は自嘲的に笑い、ゆっくり首を振る。
「そんなんじゃねぇよ」
「でも、俺と北川をくっつけようとしてただろ?」
「…どんなにあがいても無理だから、せめて格好つけたかったんだ。好きな人が幸せなら幸せだって思いたかっただけ」
「…」
「見てたことお前は気づいてたのにな。…でも、北川さんは気づいてなんかないと思う」
仁志の言葉に俺は口に出さずに同意した。たぶん、北川は気づいていない。俺が言うのも変だけれども、北川は俺しか見ていなかったから。
「もういいのか?格好つけなくて」
「揺らぐ気もないくせに」
「確かに」
「…いいんだ。もう。やっぱり、お前の隣には高木がよく似合うよ」
「俺もそう思う」
周りの人間に合わないと言われたって、俺の隣は咲弥がいい。周りなんて関係ない。俺は咲弥が好きだから。
「咲弥!!」
俺の大声に騒がしかった体育館が静かになる。名前を呼ばれた咲弥は驚いたように目を開いた。
「ちゃんと見てろよ」
そう言って拳を突き出す。隣で仁志が面白そうに笑っている。
咲弥は顔を赤く染め、周りを見渡した。隣では立川が呆れたような表情を浮かべながらも咲弥の背中を叩く。
咲弥は覚悟を決めたように、ゆっくりと拳を前に突き出した。
「当たり前でしょ!」
そう笑う顔は、俺が好きになったあの頃と何も変わってはいなかった。
いかがでしたでしょうか?
感想、評価等いただけたら幸いです。
そして、甘すぎて申し訳ありませんでした…。