プロローグ
カーテンの隙間から光が射している。隣に名前の知らないまだ二十歳そこそこの女が枕に顔をうずめて寝ている。頭が少し重い。昨夜少し飲み過ぎたテキーラのせいだ。僕は一度背伸びとあくびをしてベッドからそっと抜け出した。窓をほんの5センチほど開けると、地上十二階の風が部屋の澱んだ空気の中に入ってきて、夜を追い出した。なんというか、とにかく今部屋の中が錆びれたラブホテルの一室のような酷い匂いなのだ。嫌いではないが、女に言う言い訳をこの空気の中で考えたくない。
テレビをつけると天気予報士が、台風が近づいていて風が全国的に強いと言っていた。天気予報を見終わると、僕はいつものように昨日撮っておいた夜のニュース番組をつける。朝のテレビの爽やかな感じは好きじゃないんだ。どうしても、そんな気持ちにはなれない。それに、無理して無駄なエネルギーを使っているような気がする。朝は憂鬱なままでいい。これからベッドに寝ている女を送り出して、僕だって出勤しなければいけない。
録画しておいたニュースを約十五分見て、コメンテーターの若い精神科医が「近頃の若い人の中には、自分と他人との間に境界線を引くという意識が薄い」と言っていたところで、彼女が目を覚ました。僕は耳だけ彼女のほうに傾け、ニュースを見ているふりをした。まずは、彼女の様子を伺いどう対処すべきか選びとらなくてはいけない。彼女は眠そうに「ねー、今何時?」と聞く。僕は「もう八時を回っているよ」と答えた。彼女は崩れたヘアスタイルを気にしながらむくりと起き、衣服を身につけると、携帯を手に取り電話をし始めた。どうやらタクシーを呼んでいるらしい。僕はニュースを見続ける。彼女も僕もお互いがいないかのように振る舞った。相手に少しでも気のある素振りを見せてはいけないのだ。きっと彼女もこれまでの経験の中でそう学習したのだろう。それに、僕の素っ気なさの意味を彼女は理解しているように思える。夜の魔法はもう解けているのだ。僕は一応玄関まで見送った。彼女は「タクシーが待ってるから」と言って挨拶もそこそこにヒールの音を響かせ出て行った。今朝は悪くない日だなと思った。面倒くさいやり取りはごめんだ。少なくとも、彼女ともう二度と会うことがないだろう。僕にとっての彼女も、彼女にとっての僕も使い捨ての消耗品でしかないのだ。