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第5話 風とお姉さん 後編

セリフが多くなってきます

 降りしきる雪の中を、外周に沿って黙って歩く。女性も黙って私の後ろをついてくる。

 彼から受け継いだ部屋に彼女を招き入れる。ふたりとも足が冷えきっていて、じゅうたん敷きでもつらい。急いでお湯を沸かしてコーヒーを入れる。かつてあの男の子が私にしてくれたように。

 ポットのお湯を追加し、テーブルでコーヒーを淹れて差し出す。彼女はそれをブラックのまま美味しそうに飲み、すぐにおかわりを要求する。二杯目を少し飲んだところでコップを置く。ミルクと多めの砂糖を入れてようやく飲もうとすると、彼女が話し始める。

「いやあ、ブラックは効くねえ。苦さがしみわたって気が引き締まるね」

 なんだか男の人みたい。色が白みを増した甘めのコーヒーをすする。私のほうはその熱さが口からお腹へ染み渡るのが心地よかった。

「あ、あの・・・」

「なあに?」

「さっきの続き、いいですか?」

「え? ああ、いいよ」

 彼女はひたりきっていたのか、そういえばそうだったねという表情でコップを置いた。マイペースな人らしい。

「まずは、謝っておくわ。いきなり引っ張ったりして悪かったね。頭打っちゃったでしょう?」

「あ、ああ、あの、いえ、大丈夫、です。でも少し痛いかも」

 面食らったってこういうことをいうのかな。

「少し経てば治るから勘弁してね」

「それはいいんですが、どうして私を引っ張り込んだんですか? 助けた訳じゃない、って言ってましたけど?」

「あんた、”冬の街”に来て間もないでしょ?」

「え? ええ。たぶん二日くらいです。一回眠っただけですから」

「やっぱりね。あたしは二週間以上いるよ」

「に、二週間!?」

 こんな寒い街に二週間もいるなんて驚きだ。

「珍しい方じゃないよ。一年以上いる人も珍しくないっていうからね」

「いったい、ここはなんなんですか? どうしたらここから出られるんですか?」

「ここはね、何かに迷っている人が来る街なんだ」

 どきっとした。何か、見透かされているみたいに。

「迷っている、ですか?」

「そう。要するに悩み事のある人だね。それがその人にとって重要なとき、ここに来るみたい。一週間くらい前にオジサンから聞いた。もっとも、そのオジサンはもうここにはいないけどね」

 悩みごとか・・・。

「ここから出る方法だけど、あたしも実は知らない。でも、あの風を見たでしょ? あれが鍵みたい。あれは人を吹き飛ばす強い力を持っている。たぶんあんたも雲に吸い込まれていく人影を見たんじゃない?」

「ひ、人影? ・・・って、あれ、人なんですか!?」

 人のようなつぶつぶが、本当に人だったなんて!

「あたしも最初は信じられなかった。でも、そう考えるしかないみたいだ。あんたも見たろ? 逃げもせず通りに立っている人を」

 そうか、あれは、人を連れていく風だったのか。

「あ、ああいう風はいつも吹くんですか?」

「何日かに一回ある。中央広場に竜巻が起きることもあるよ。でも、外周と中央広場を結ぶ道はその風や竜巻の影響がほとんどないんだ。風が吹き込むこともない。だからみんな道に逃げ込むんだ。外周に吹く風は空から吹きおろしてきて、一周か二周して再び空に還っていく。風に乗っていった人たちがどうなったか、誰も知らない。わかっているのは、この街からいなくなるってことだ」

「それじゃ、あの風に乗ればここから出られるかもしれないってことですか?」

「ああ。その可能性は高いな。乗った後にどうなるかはわからないけどな」

 つまり、それって、ここから出られるチャンスを失ったということでは? そう思った瞬間、テーブルに手をついて立ち上がった。

「そ、それじゃ、どうして私をいさせてくれなかったんですか!? そのままにしてくれたら出られたかもしれないのに!」

 私の怒りそっちのけで彼女のコーヒーがゆっくりと減っていく。

「あんたはまだここから出ちゃいけないって思ったからさ。さっきも言ったでしょ? ここは迷っている人が来るって。あんたは何かに悩んでいる。でも、あんた自身、何に悩み、迷っているか、それさえわかっていない。ちがう?」

「そ、それは・・・」

 今その話を聴く前だったら、お姉さんの行動に大いに抗議していたと思う。でも聴いた後では・・・。

「悩みを解決できないでここを出たら、あんたはもやもやした中で生活を送ることになる。なんだかそれを見て見ぬ振りできなくてね」

 たくましさを感じたお姉さんが、自分の中で本当に力強いお姉さまになりつつある。

「それに、あたしもあんたくらいの年にはいろいろあったからね。今のあたしくらいの人にそれなりに世話になったし。あんたに過去の自分を重ねた、ってところかな。人生寄り道だって必要さ。前だけ向いてればいいってもんじゃないさ」

 そういってお姉さんはコーヒーをさらに口に含む。

「だから、あんたのためだけじゃないんだ。もしかしたら余計なことをしたかもしれないね。この街のこととか、知らなくていいことを知ってしまったんじゃないか?」

 少し考えた。たしかに、お姉さんに会わなければ、私はたぶんこの街から出ることができた。けれど、今とたいして変わらない生活が待っていたんだと思う。でも、今は違う。ここにいる目的ができた。そして、理由も見えつつある。

「ううん。そんなことないです。最初はどうなるかと思ったけど、ここのことがわかったから。お姉さんも悪い人じゃないってわかったし」

 私の冗談にお姉さんが笑ってくれた。少しだけ打ち解けることができたような気がする。飲み干されたふたつのコーヒーカップにふたたびコーヒーを淹れた。


「あの、あなたは・・・」

「あなた、ってなんかやだな。せめて”お姉さん”って言ってくれない?」

「じゃあ、お姉さん」

「なに?」

「お姉さんは、何か”悩み”があるんですか?」

「ああ、あるよ。お決まりの、職場の人間関係ってやつ。派遣社員ってわかる? 契約が切れるんだ。でも次の仕事があるわけじゃないし、どうしたらいいかと思ってね」

 そのとき思い浮かべたのは以前やっていたハケンのドラマだった。

「ああ、あのドラマの?」

「あの人ほどじゃないけどね。あんなのは本当にごく一部。交通費は別、明確な差別、社員に気に入られないといけない、年金や確定申告、行進が常にある、これでも苦労があるんだよ。同じところには3年といられないからね」

 テレビでぼんやり聴いていた現実をお姉さんが語っている。

「それに、あたしももうすぐここから去るかもしれないし。ここで誰とも知り合っていないのが寂しくなったのかな。そこに昔の自分みたいな子が歩いてきたからとっつかまえた。そういうこと」

「え? じゃあそのときは・・・」

 言いかけるとお姉さんが止める。

「一緒に、ってのはナシだよ。あたしもあたしの人生を生きてる。あんたの悩みを聴くことはできるけど、解決まで待つことはできないよ。一緒になったら嬉しいけど、それはないかもね」

 とても申し訳ない表情を見せてくれる。一緒にいてくれると思った自分の弱さが身にしみた。でも、ひとつ聞いておきたいことができた。

「お姉さん。どうやったら悩みを見つけられるんですか?」

「うーん。そうだね・・・」

 考え込むお姉さん。”無理には・・・”と言おうとしたとき、答えをくれた。

「自己分析、してみたら? 今までと今のあんたを落ち着いて考えてみるんだ。たぶんそこから悩みが見えてくるよ。確証は無いけどね」

 自己分析、どこかで聞いた言葉だ。自分で考えるしかない、っていうのはよくわかった。

 このあと、雑談をしてお姉さんは出て行った。”コーヒーごちそうさま”という言葉を残して。


 私はこれで二人と知り合った。誰もが下を向くこの街で、誰かと会話をしたり知り合ったりすると言うことはとても稀なことなのだ。今更ながら実感した。

 お姉さんと別れて、初めて自分の、自分自身のことを考えてみようと思った。

現時点で当初予定より2話プラスになっています。9話前後になる予定です。

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