表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記録の勇者のリブート ―改ざんされた世界で、僕だけが“真実”を覚えている―  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/20

第11話 神殿暦の空白

 王都の鐘が、ひとつ遅れて鳴った。

 大祭日。神殿暦において唯一、数字が振られない日——“不可視日”。

 年の巡りを調整するため、神々が“余白”として置いた一日。

 だが、この余白は、王都にとっても、記録局にとっても、特別な意味を持っていた。

 “送出端末”の通知が止まる。

 神々の機構が、ただ一日だけ呼吸を止める。

 この“空白”の間は、世界の書き換えも、正典の更新も、半拍遅れる。

 その一瞬を、三人は狙っていた。


 宮中庭園。

 祭りの喧騒が遠くから微かに聞こえ、空は紅玉のように霞む。

 空白の始まりを告げる“白い暦花”が散り、花弁の一枚が、リオの《世界記録書》の上に落ちた。

 花弁が触れた瞬間、余白の文字がわずかに揺らぐ。

 神々の“筆圧”が、今だけ軽くなっている。

「——始めよう」

 リオが呟くと、セラは剣を抜き、ミナは炉の火を思わせる短い息を吐いた。

 計画は三層構造。

 第一:王女エリシアの救出。

 第二:署名欄の奪還。

 第三:教師ルド——仮面の書記官の“動線の消去”。

 空白の時間、王城の全ての記録系統は“暦の帳”の裏へ回る。

 見た目は変わらないが、書き込まれた行は誰にも読めない。

 だから、書き換えが可能だ。

 ——正典を“紙ごと抜く”ことができる。


 「リオ、右から来る!」

 セラの声が飛ぶ。

 庭園の回廊、向こう側の影が剣を抜いて現れた。

 剣の勇者、カイン。

 白金の鎧に刻まれた紋章が曇って見えるのは、空白の光が世界の縁を鈍くしているせいだ。

「……またお前か。記録の勇者」

 声は低く、だが震えていた。

 リオはその震えの奥に、“記憶の空所”を感じ取った。

 更訂局が彼の中に作った“空洞”。

 叛逆版の王女を討つという“記録”が、彼を縛っている。

「お前の剣が守りたいのは、紙か、人か」

 リオの問いに、カインは一瞬、刃を止めた。

 その隙にセラが踏み込む。

 ——剣と剣。

 金属のぶつかり合いではない。

 “記録”と“記録”の衝突だ。

 セラの剣には、綴じ糸が巻かれている。

 カインの剣には、王国の正典符が刻まれている。

 正典の刃を、糸で束ねるか。

 糸の意志を、符で断ち切るか。

 「カイン、退いて——!」

 エリシアの声が、遠く牢の方向から響く。

 その声が届くより先に、ミナの針が回廊の床を突き、ひび割れを縫った。

 光の糸が走る。

 瞬間、庭園と牢を繋ぐ“回避路”が開く。

 回廊の裂け目が、光のトンネルのように輝いた。

「行け、リオ!」

 セラの叫び。

 リオは《世界記録書》を開き、ページを反転。

 空白日の干渉が最も弱まる正午の瞬間——

 “叛逆版の昨夜”を再生した。


 “叛逆版の昨夜”。

 王女が玉座の間で署名を拒み、王家に背いた“はず”の夜。

 だがリオは、その映像から王女ではなく、教師ルドの動線だけを抽出した。

 ——ルドの筆跡。

 ——署名欄の押印順。

 ——更訂局への通知タイムスタンプ。

 余白に記す。

 ——《ルドの行:叛逆版=存在過多》。

 ——《忠誠版=通知先欠落》。

 矛盾度、上昇。

 王都の空気がわずかに“ザザッ”と揺れる。

 リオは針を抜き、署名欄の上に小さく線を引いた。

 ——《矛盾の閾値到達》。

 世界が、一拍遅れて反転する。

 回廊の奥、王女の牢の鉄格子が“音もなく紙に変わり”、

 その紙が一瞬で“謁見待機室”という見出しに書き換わった。

 王女エリシアが、茫然と立ち上がる。

 「……これは……?」

 「救出だ。説明は後」

 リオは短く答え、針で空間を縫う。

 光の糸が床から伸び、三人の立つ場所をひとつの円に繋ぐ。

 セラが後方でカインの刃を受け止め、ミナが気流を逆回転させて煙幕を作る。

 空白日特有の風の“無音”が、二人の動きを包んだ。

 リオとエリシアは、回避路を駆け抜ける。


 宮廷塔の頂。

 署名欄の保管室——白金の封印箱が、月光のように輝いていた。

 だが、そこにもうひとりの影。

 教師ルド。仮面の下の素顔は、静かな怒りを宿している。

「やはり来たか、“記録の勇者”。」

 リオは息を整えずに答える。

「あなたの動線を抜いた。“叛逆版”は崩れる」

 ルドは小さく笑った。

 「神殿暦の“空白”を信じたのか。——甘い」

 手に握られた札。

 《緊急通知》。

 送出端末に直接送るための“神殿暦専用コマンド”。

 空白日でも作動する、神々の“保険”だった。

 「これが鳴れば、空白は終わる。正典は再び上書きされる。お前の救出も、署名欄の奪還も——“なかったこと”になる」

 ルドの指が札の角を折る。

 その瞬間、リオの《世界記録書》が、勝手に開いた。

 ページの縁が赤く発光する。

 ——《使用回数:残り一》。

 小さく、それだけが表示される。

 “リブート・ログ”の残り回数。

 リオは理解していた。

 次の一手を打てば、因果熱は限界を超え、記憶は確実に削れる。

 だが、やらなければ全てが戻る。

「セラ、ミナ、今から——“署名欄”の周囲を閉じろ!」

 「何を——」

 「いいから!」

 二人が針と糸を動かし、署名欄の封印箱を三方から囲う。

 リオはページに指を滑らせ、血を落とした。

 インクが溶けるように文字へ吸い込まれていく。

 ——《対象:ルドの緊急通知》。

 ——《条件:発動時、署名欄囲内》。

 ——《改変指令:上書き“無限ループ”化》。

 ページが唸り、世界が“焦げる”。

 空間の色が二層に割れ、ルドの背後の空が波打つ。

 ルドが札を握り潰した瞬間、送出端末から光の柱が立ち上がった。

 だが、その光は途中で“折れた”。

 まるで天へ昇る前に、頁の端に挟まって破れたように。

 ルドの目が見開かれる。

「何を……した……?」

 リオは、崩れかける視界の中で笑う。

「“通知”を、終わらない“通知”にした。

 神々に届かないまま、自分の頁を延々と巡る“脚注”に……」

 ルドが膝をつく。

 仮面が砕け、その顔に“焼き印”のような更訂局の校正印が浮かび上がった。

 彼自身が、局の端末の一部だった。

 燃えるような赤が彼の瞳に広がり、やがて静かに崩れていく。


 空白日、終盤。

 神殿の鐘が、再び鳴り始めた。

 時間が、戻り始める。

 更新の波が王都を包み、紙のページが一斉に“再印刷”されていく。

 だが、リオたちのいる塔の一角だけは、静止していた。

 署名欄——そこには、“誰の署名もない空白”が残っている。

 それが、“叛逆”でも“忠誠”でもない、新しい“未記述”の形。

 リオが求めた“空文字”の第一歩。

 彼は膝をつき、視界の端で、セラとミナの姿が二重にぶれるのを感じた。

 記憶摩耗。

 熱が脳の奥を焼いていく。

 “空白”が終わる前に、自分の名がまた落ちる前に——

 《世界記録書》の最終頁に、震える手で書く。

 ——《私はリオ、記録の勇者》。

 セラが駆け寄り、彼の肩を支える。

 「……まだ戻ってこれる?」

 リオは微笑んだ。

 「戻るために……書いた」

 外では、神殿暦が再び回り始める。

 世界が息を吹き返し、紙が整い、正典が再び走る。

 だがその中心には、リオたちの残した“空白”がひとつ——

 神々にも埋められない“余白”として、静かに残った。


 夕刻、塔の窓から差す光の中で、王女エリシアが一枚の紙を見つめていた。

 署名欄。

 その中央に、薄く、誰のものでもない線。

 ——“空文字”。

 「あなたが作ったのね、リオ」

 彼の名を呼ぶ声が、かすかに届く。

 空白の終わりとともに、彼の意識は霞んでいく。

 けれど、声の音だけは、錨のように心に残った。

 世界は、書き換えられ続ける。

 だが今、初めて“誰にも属さない頁”ができた。

 それは人が神々と並ぶための、最初の一行だった。

 そして、リオの意識は薄れていく。

 彼の最後の視界に、セラとミナの姿。

 その向こうに、白い暦花が一枚、逆光に透けて舞っていた。

 ——“空白”の一日が、終わる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ