第十四部:異形との激突
研究室内に、異質なエネルギーを纏った八体の人型が咆哮と共に襲い掛かる。
炎を髪とした男から熱気が放たれ、水の脈打つ皮膚を持つ女からは、冷たい湿気が立ち上る。
土塊が硬質化した筋肉を持つ男は、重い足音を響かせ、風を纏った女は、耳を劈く風切り音を撒き散らしながら駆ける。
異界の存在が、彼らの肉体を文字通り食い破り、狂乱へと変貌させていた。
「散開しろ。相手の動きを見切れ!」
アトラスの声が冷静に響く。
被験者たちは、最早、人間ではなかった。
ジェット推進機を使い、研究室の壁面を蹴り上げたシーカーは、身体をひねって両手に握ったサブマシンガンを構える。
電気音と共に放たれたボルト弾は、炎を纏う男の腕を捉えた。
硬質化した皮膚に弾き返されたボルトが、金属製の壁に甲高い音を立ててめり込む。
男は一瞬、その動作を止めた。だが、文字通り、それだけだった。
水の脈打つ皮膚の女の膝を撃ち抜くと、弾かれた水滴が蒸気となってあたりに広がる。
土塊の男の分厚い筋肉に撃ち込まれた弾丸は、泥の中へと吸い込まれていく。
彼らの身体は、異界の存在に喰い破られ、人間の法則を無視した新たな肉体へと変質していた。
シーカーの狙いは、その肉体を一時的に混乱させ、動きを止めること。
だが、彼女は悟る。この敵に、銃弾は決定打になり得ない、と。
その時、ゲートから流れ出す残響が、サイファーの精神を叩きつけた。
頭が割れるような痛み。
視界が歪み、脳裏に他者の恐怖、悲鳴、後悔が怒号を上げて飛び交う。それは、直接、彼の神経を揺さぶるエーテルの激流だった。
死にゆく者の絶望が、冷たい泥となって彼の思考をかき混ぜる。現実と幻覚の境界が曖昧になる。
「サイファー! そこだ!」
遠くで聞こえるスパークの警告が、彼を現実へと引き戻す。
瞬時に身を屈めたサイファーは、迫り来る風の爪を紙一重で回避する。
正面からは、水の融合体が滴る体液を撒き散らしながら迫っていた。彼は戦術ナイフに漆黒の魔力を奔流させ、水の融合体に向かって斬りかかる。
影の刃が水気を切り裂き、融合体の動きが一瞬鈍る。しかし、それはただの肉体ではない。苦悶の声が、それでも動きを止めなかった。
サイファーは焦燥に駆られ、影から影へと移動して背後へと回り込んだ。
敵の皮膚の下で鈍い光が脈打つ文様を捉えた瞬間、彼の脳裏をよぎるエーテルの残響が、一瞬、静寂に包まれた。
それは、まるで彼自身の影の力と共鳴するように、微かに脈打っていた。彼の全身を走っていた緊張が、一瞬にして冷たい確信へと変わる。
彼はもう一度、ナイフに影のエーテルを奔流させ、その弱点へと狙いを定めた。
「光る文様を狙え! そこが弱点だ!」
サイファーは叫び、影のエーテルを纏わせたナイフで、水の女の側面を切り裂いた。
影の刃が文様を貫くと、女は肉体を崩壊させ、ただの水たまりと化した。
「通常弾は効かない。麻痺ボルトに切り替えろ」
アトラスが指示を出す。その声には焦りの色はなかった。
彼はすでに、この状況を最初から計算していたかのように、弾倉を交換する。
スパークは無言で頷き、精密アサルトライフルをリロードし、構え直した。
炎の融合体は周囲に熱波を放ち、近づく者を焼こうとする。
土の融合体は強靭な肉体と質量で正面から押し潰そうとし、風を纏う融合体は予測不能な軌道で高速移動し、撹乱した。
土塊の男がサイファーに肉薄する。
重い一撃が迫る刹那、サイファーは飛び退って避ける。しかし、土塊の男は地面を叩きつけ、衝撃波で影に潜むサイファーを揺さぶる。
彼の神経に直接響く振動。サイファーは歯を食いしばる。
その時、アトラスの冷静な声が響く。
「シーカー、風の個体を牽制! スパークは炎の個体を止めろ! サイファー、動きが鈍った土を!」
アトラスは命令を出しながら、サイファーに迫る土の融合体に麻痺ボルトを浴びせる。
その間に、シーカーが動く。
風の融合体の軌道は、予測不能なノイズの塊だ。
彼女の追跡システムは、そのデータに混乱をきたす。
だが、シーカーは知っていた。不確定な要素は全て、物理的な力で塗りつぶせると。
ジェット推進機を最大出力で噴射し、一気に距離を詰める。
至近距離。シーカーは両手に握ったサブマシンガンを水平に構え、全弾を風を纏う女の全身に撃ち込んだ。
ボルト弾の群れを浴びた融合体は激しく痙攣し、その動きは完全に止まった。
スパークは精密アサルトライフルのスコープで、炎の融合体の文様を正確に捉えていた。
それは、システムに刻まれた致命的な脆弱性だ。彼は迷いなくトリガーを引く。
アンダーバレルから放たれた対車両用徹甲パルス弾は、敵の肉体を貫通し、内部のエネルギーを寸断した。
炎の融合体は、輝きを失い、まるで強制終了されたプログラムのように、消し炭となって崩れ落ちた。
サイファーは、影の奥から飛び出した。
彼のナイフは漆黒のエーテルを纏い、まるで彼の内なる痛みが凝縮されたかのように鈍く光る。
アトラスによる射撃で動きが鈍った土の融合体の背後へと回り込み、その文様を正確に切り裂く。
それは、単なる急所ではなかった。
その一撃は、影のエーテルが、この肉体を蝕む異界の存在の、醜悪な魂を直接引き裂くように、深く、重く食い込んでいく。
土の男は、重い塊となって崩れ落ちた。
残り四体。チームが連携し、不完全な融合体を半数まで減らしたその時、アトラスは冷静さを保ちつつ指示を出した。
「この状況を打開したら、次はあのゲートを狙う」
その言葉に、サイファーはかすかな安堵と、重い疲労を感じていた。
その時、左奥の扉が滑らかにスライドして開いた。
入ってきたのは四人の影。
その中心に立つ男は、旧時代の機械と魔術が融合した、異様な杖を手にしている。
杖は不気味な光を放ち、その光が室内に満ちるエーテルをねじ曲げた。
男は彼らの足元に転がる融合体の残骸を一瞥し、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「まさか審問庁の犬どもが、こんな薄汚い穴倉まで嗅ぎつけたとはな。相変わらず、無駄な努力ばかりしているようだ」
嘲笑うようなその声に、サイファーは既視感を覚える。
それは、ゲートと静寂共鳴器の事件で、彼とスパークが取り逃がした男のものだった。
彼の背後には、武装した傭兵が二人、そしてサイバネティクスを施された強化兵士が一人控えている。
彼らはただのセキュリティチームではなかった。
ウィスパーを捕らえた、この実験施設に深く関わる者たちだ。
そして、彼らの視線と漏れ出るエーテルの波動は、不完全な融合体とは違う、明確な敵意と知性を帯びていた。
サイファーは、このレリック・スカヴの男が、追い求める「真の自由」のためなら、どれほどの犠牲も厭わない狂信者であることを知っている。
その瞬間、サイファーは悟る。
この戦いは、まだ終わらない。本当の戦いは、これから始まるのだと。




