第六部:裏切りの記録
合同チームの本部に戻ったサイファーとスパークは、会合の内容をサイレン、アトラス、シーカーに報告した。
彼らの報告を聞きながら、サイレンは静かに目を閉じていた。
プロセロスの言葉の端々に滲む皮肉、そして、彼が無力な慈善団体を装っているという直感的な違和感。
サイファーが感じ取ったプロセロスの感情の欠落と、スパークが読み取った、彼の言葉選びへの不信感。
二人の報告は、それぞれ異なる側面からプロセロスの本質を捉えていた。
「彼は、あなたたちの直感を逆手に取とりました」
サイレンは、ゆっくりと目を開け、二人の顔を交互に見つめた。
「サイファー、あなたの直感が感じる違和感。スパーク、あなたの読み取った計算された合理性。プロセロスは、その両方に対応できる多層的な偽装を施しています。まるで、一人の人間が二つの異なる人格を使い分けているようですね」
彼女は、プロセロスの言葉を頭の中で反芻する。
一見、無害で穏やかな言葉の羅列。
しかし、その背後には、追跡を困難にするための専門的な訓練と、徹底した自己制御が見て取れた。
「彼は、単純な犯罪者ではありません。組織的な背景を持つ、手強い敵です」
サイレンはそう結論付けながらも、この段階ではまだ具体的な捜査命令は下せなかった。
だが、サイファーとスパークの報告に隠された苛立ちと、彼らが感じたフラストレーションは、サイレンにとって、この男への深入りが危険であると同時に、彼らをより深く事件に引き込む動機付けになると判断するに十分だった。
その時、静寂を切り裂くように、スパークのデータパッドがけたたましい警告音を鳴らした。
それは、謎の人物から送られてきた、データ形式を巧妙に偽装した暗号ファイルだった。
スパークがアクセス権限を解除すると、ファイルから一つの映像がホログラムで投影された。
再生ボタンを押すと、画面が不規則に瞬き、激しいノイズ混じりの映像が、かろうじてその内容を映し出した。
フードを被った男が女を襲い、薄暗い裏通りに引き込み、地面に倒れ込ませる。
それは、彼が以前に捜査資料で目にした、重役夫人の強盗殺人の一件として処理された映像と全く同じものだった。
スパークは全身に鳥肌が立つほどの寒気を感じた。
なぜ、今、このタイミングで全く同じ映像が送られてきたのか。彼は直感的に、この映像に何かが隠されていると感じた。
彼は、彼の卓越したパターン認識能力を最大限に活用し、ホログラムを拡大し、ノイズの奥に隠されたデジタルカモフラージュを解析する。
すると、以前の解析では存在を確認出来ていなかった、ごくわずかな、しかし決定的な違いを捉えた。
路地の影に、その場所に存在しないかのように、完全に溶け込んでいる男が映り込んでいたのだ。
その人物は、重役夫人が倒れる前に数秒間、何かを話しかけていた。
その顔はぼやけていたが、男の立ち姿や、身につけている衣服から、その人物が「調和の聖所」を訪問した際、本部の廊下で彼らが見かけた人物の一人であると確信した。
そして、スパークは、重役夫人の最期の表情を何度も再生し、ある事実に気づく。
彼女の視線は、立ち去る強盗に向かっているのではなく、その男の方に向けられていたのだ。
彼女の眼差しは、恐怖に歪んでいながらも、その奥には、何かを訴えかけるような切迫した光が宿っていた。
この映像は、重役夫人が強盗殺人に巻き込まれたのではなく、「調和の聖所」の男に接触しようとし、何らかの理由で殺害されたことを決定的に示唆していた。
タイミングといい、送信してきた謎の人物といい、裏があることは確実だった。
アトラスは、スパークが発見したホログラム映像を拡大して、ノイズの奥に隠された情報を探す。
さらに、彼は迷うことなくスパークの端末を受け取り、その発信元を調べ始めた。
発信元はまたもや偽装されていたが、アトラスの高性能データパッドが驚くべき速さで解析していく。
そして、ホログラム映像に隠された暗号化されたメッセージと思わしきものを発見した。
それは、被害者の重役夫人に送られたボイスメッセージだった。
「人々が戻ってこない……非道な実験が行われている……どうか、助けて……」
この決定的な証拠が、サイレンの前に突きつけられた時、彼女に迷いはなかった。
静かに、しかし確信をもって彼女は命じた。
「サイファー、スパーク、アトラス、シーカー。あなたたち合同チームに、正式に『調和の聖所』の本格的な捜査を命じます。……警戒を怠らないよう、十分に注意しなさい。この件は、我々が想像した以上に闇が深いようです。」
サイレンの言葉に、誰も反論しなかった。
彼らは皆、この事件が、すでに自分たちの手に負えないほどの規模にまで膨れ上がっていることを、直感的に理解していた。
だが、引き返すという選択肢は、どこにも存在しなかった。
この闇に光を当てることこそが、彼らに残された唯一の道だった。
その中で、サイファーは端末のホログラムから目を離さなかった。
この警告は、一体何を意味するのか。そして、この情報の送り主は、敵なのか、味方なのか……。
その問いの答えは、まだ誰も知らなかった。




