第六部:無慈悲な終着点
ヴァーティゴの身体から端末を回収したスパークは、すぐにその解析に取り掛かった。
ヴァーティゴは、端末のデータ全てを完全に消去するプログラムを起動させていたが、スパークはその実行をわずかに阻止することに成功していた。
「データはほぼ破損してますけど、奴の通信ログから、ゼパル・ジャックが頻繁に接触している、サーバーのノード・ポイントを特定できました」
スパークが、ホログラムに浮かんだ座標をサイファーに見せる。それは、都市のさらに外縁部にある、旧時代の物流施設跡地だった。かつて栄華を極めた世界の残骸が、錆びついたクレーンや朽ちた貨物コンテナとして、無数に立ち並んでいる。
「今度こそ逃がさん」
サイファーは、無機質な声で呟いた。
オフィスに戻ったサイファーとスパークは、サイレンに状況を報告した。
「作戦は成功です。暗殺者ヴァーティゴを排除しました。彼のデータから、ゼパル・ジャックの居場所を特定しています」
スパークが簡潔に説明すると、サイレンは静かに頷いた。
「ご苦労様。ヴァーティゴのような手練れを相手に、よくぞ無事に帰還してくれました。これでゼパル・ジャックの追跡も最終局面を迎えられます。では、すぐに機動部隊と連携して、確保に向かいなさい」
彼女の言葉に、サイファーは静かに頷く。
「しかし、監督官。ヴァーティゴの端末から『魔法抑制装置』の設計図を発見しました。ゼパル・ジャックは暗殺依頼だけでなく、この装置を個人的な理由で欲しがっていたようです」
「……なぜそう思う?」
「データチップの解析と、現場からの回収品から、そう確信しました」
サイレンは、その報告を聞いてしばらく沈黙した後、新たな指示を下した。
「承知しました。引き続き、慎重に行動しなさい。何か予期せぬ事態が起きた場合、報告を怠らないように」
「はい」
夜明け前の薄暗い時間、秩序審問庁の機動部隊が、廃墟となった旧時代の施設を静かに包囲した。
サイファーは、過去の経験から、この手の場所は旧時代の遺物を利用した罠が仕掛けられている可能性があることを考慮し、慎重な突入を指示する。
施設の内部に突入すると、待ち受けていたのは、違法サイバネティクスを全身に装備したギャングたちだった。彼らは、通常であれば人間離れした動きで圧倒したであろうが、審問庁もこの状況を予期しており、四足歩行の中型戦闘ドローンを前線に展開し、効率的にギャングたちを制圧していく。
「今回のドローンは役に立ちますね。これなら、自分たちの手を汚す必要もありませんし」
スパークはそう言い放ったが、その視線は一瞬、ギャングたちの体に取り付けられた、禍々しい金属のパーツで止まった。それは、彼がかつて直面した悪夢の残骸、カリブディスの歪んだ技術の産物だ。彼は、その嫌悪感を振り払うかのように、無機質なドローンに処理を任せることで、自分自身の感情を抑え込もうとしていた。
パルスライフルの耳鳴りを誘う轟音と、金属の削れる火花が通路を支配する。
サイファーとスパークは、無機質な動きで敵を無力化していく戦闘ドローンに援護されながら、ギャングたちを蹴散らし、施設の最奥部へと突き進んだ。ゼパル・ジャックが潜んでいるであろう、管理室へと続く重厚な扉の前にたどり着く。
扉を開けると、そこにはゼパル・ジャックが妻と複数の子どもたちを傍らに置きながら、座っていた。サイファーは警戒を緩めずに銃口をゼパル・ジャックに向け、通告する。
「秩序審問庁だ。大人しく投降しろ」
サイファーは、彼の隣にいる一番幼い子どもに、一瞬、視線を向けた。ゼパル・ジャックが、サイファーの視線を追うやいなや、嘲るように口角を上げた。
「フン、お前たちは俺だけを追っていると思っていたが、まさかここまで来るとはな」
サイファーは、警戒を緩めずに銃口をゼパル・ジャックに向ける。
「子どもたちは関係ない。もう一度言う。大人しく投降しろ」
「子どもたち? ああ、この子たちは俺の家族だ。お前たちの知ったことじゃない。これ以上踏み込むな、審問官」
ゼパル・ジャックは、幼い子どもを引っ張りよせ、頭にボルトガンを突きつける。
「これ以上近づいたら、引き金を引くぞ! お前らは俺だけを追ってるんだろ?」
サイファーの表情に、微かな動揺が走る。
相手は人質を取るという、最も非人道的な手段に訴えかけてきた。しかし、彼の脳裏をよぎったのは、この男が犯した数々の犯罪ではなく、その子が抱える悲しみと恐怖の残響だ。
サイファーは一度だけ深く息を吸い込み、固く口を結んだ。
「お前が俺たちを追わせたんだ。子どもを巻き込む必要はない。武器を捨てて投降しろ」
ゼパル・ジャックは、サイファーの言葉を嘲笑うかのように鼻で笑った。
「それでどうする? お前ら審問庁の連中が、俺の家族を守るとでも思うか?」
その言葉が空気に溶ける、その刹那のことだった。
彼の背後にいた十代の少年が、激しい怒りと恐怖に駆られ、魔法を暴走させ始めた。少年がうつむき、上体をかがめた瞬間、その身体から青白い光が噴出し、部屋全体を稲妻が走り抜けた。
雷鳴のような轟音と、ガラスの砕ける音が混じり合い、室内に激しい暴風と雷が巻き起こる。制御できない膨大なエーテルの奔流に耐えきれず、少年は絶叫と共に宙へと引き裂かれていく。
暴走した魔法は、無差別に部屋を破壊し尽くした。
雷撃がゼパル・ジャックに直撃し、まるで、天罰が下ったかのように、彼の身体は黒焦げとなって崩れ落ちる。そして、暴走の中心にいた子どももまた、膨大なエネルギーに耐えきれず、光の粒子となって消滅した。
彼の脳裏に、保管室で触れた黒焦げの古いおもちゃの車が蘇る。
あの時に感じた悲しみと後悔の残響。それは、まだ幼い、自分の時と同じ年齢の子どものものだと信じていた。だが、目の前の光景は、その直感が完全に的外れだったことを突きつけた。
サイファーは、その場に立ち尽くした。
冷たい空気が肺を満たし、彼の心臓は凍りついた。
だが、手のひらに残る熱だけは、彼が犯した過ちの証として、消えることなく熱を帯び続けていた。あの子供が最後に感じた、深い悲しみと、理解されなかった孤独の残響だ。それは、サイファーの幼い日々と重なり、喉の奥に苦いものを押し上げてくる。
嵐がすべてを飲み込んだ破壊の後に、子守歌のように静かな終わりが訪れた。それは、彼らが追跡の果てにたどり着いた、血も涙もない、あまりに無慈悲な結末だった。
任務は完了した。しかし、彼の正義は打ち砕かれた。
ゼパル・ジャックの保身と歪んだ愛、そして自身の過去。サイファーは、これまで信じてきた単純な善悪の二元論が、いかに複雑で、滑稽な悲劇によって構成されているかを思い知らされた。
サイファーは、その手の中に残された厄介な残響を握りしめながら、再び、彼自身の信じる幻影のような道を探し始める。




