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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第四章:追跡の果ての子守歌
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第五部:虚像との舞踏

 スパークが破損ファイルの再解析を完了させると、ホログラムには一つの住所が浮かび上がった。都市部の住宅街にある、ひっそりと佇む高級マンションの一室だ。


「割り出し完了です、サイファー。ギャングの通信ログから、ヴァーティゴが定期的にアクセスしていたサーバーの特定と、その位置を逆探知できました」


 スパークが淡々と説明する。


「ヴァーティゴの拠点か。派手な真似は避けたいが……」


「最後まで隠密行動をするのはちょっと厳しいですね。周辺の監視システムに、彼が仕掛けたと思わしきハッキングの痕跡が多数見つかってます。おそらく、彼も我々の追跡を予期しているでしょう。すでに迎撃態勢に入っている可能性があります」


 スパークの言葉に、サイファーは無言で頷いた。


 相手が待ち構えているなら、それに付き合ってやるまでだ。彼は、慣れ親しんだコダ・パルマの冷たい感触を確かめ、迷いなく夜の闇へと溶け込んだ。


 二人は、マンションの一室に、音もなく侵入した。


 スパークがドアに仕掛けられた簡易的なトラップを解除し、サイファーが息を潜めて室内の様子を窺う。人気はなく、生活感も薄い。冷たい殺気のような張り詰めた空気がこの場所を支配していた。


「来るぞ」


 サイファーが囁いた瞬間、背後の窓ガラスが鋭利な悲鳴を立てて砕け散った。


 薄い影が室内に滑り込んだ。ヴァーティゴだ。彼は、背後からの奇襲を警戒していたサイファーたちをさらに出し抜き、窓を破って侵入してきた。


 スパークはとっさに身を翻し、構えていたショットガンをヴァーティゴに向け発砲する。


 しかし、ヴァーティゴは、まるで熱砂に揺らぐ蜃気楼のように、身軽な体捌きでボルト弾を回避し、同時に、手に持った特殊合金製のナイフにエーテルを纏わせて、サイファーに向かって投擲した。


 サイファーは、迫り来るナイフを紙一重で躱すように、「シャドウ・ステップ」を発動する。一瞬でヴァーティゴの背後の物陰に回り込み、コダ・パルマの照準を合わせる。


 だが、サイファーが影に溶け込んだ瞬間、ヴァーティゴの身体を覆うように、エーテルの光が淡く瞬いた。それは、まるで熱せられた空気の揺らぎのように、彼の輪郭を歪ませる。


 サイファーが狙いを定め、発射する瞬間、彼の目に映るヴァーティゴの輪郭がブレるように二つに揺らいだ。


 コダ・パルマから放たれたボルト弾は、まるで実体のない幻影を貫くかのように、ヴァーティゴの真横を虚しく通過していった。


 その直後、室内の照明が瞬き始め、スパークの視界に警告が走る。


「奴がシステムをジャックした!」


「スパーク、ドローンを展開!」


 サイファーの指示を受け、スパークは背負っていたケースから、二機の小型ドローンを射出した。ドローンは即座に室内の監視カメラに向けて突進し、電磁パルスを放出して無力化する。


 しかし、ヴァーティゴも黙ってはいなかった。彼の義眼にグリッド線状のノイズが走り「エーテル・リンク・システム」が起動する。ヴァーティゴの脳内に直接接続された微小なインターフェースが、室内の電子機器に微弱な干渉波を送り始めた。スパークの視界にノイズが走り、ドローンの制御にも乱れが生じ始めた。


「クソッ、厄介な!」


 スパークが苛立ちを露わにする中、ヴァーティゴは自身の能力を発動させた。


 ヴァーティゴの周囲に、もう一体のヴァーティゴが現れた。本物と見紛うばかりの虚像に、サイファーは一瞬の迷いを見せた。


 二人のヴァーティゴは誘うように部屋を移動した。


 サイファーは「シャドウ・コール」で捉えた残響を頼りに追いかけ、部屋を出た廊下の壁に影の刃を突き立てた。金属が擦れる嫌な音が響き、ヴァーティゴの黒いタクティカルスーツが切り裂かれた。


 しかし、壁から転がるように姿を見せた瞬間、ヴァーディゴの身体をエーテルが駆け巡り、その動きが目に見えて速くなった。


 強化されたスピードで、ヴァーティゴはサイファーから距離を取りつつナイフを投げ、ボルトガンを連射する。サイファーは辛うじてそれを防ぐが、物陰に隠れることを余儀なくされた。


「スパーク、援護を!」


 サイファーの叫びに応え、スパークはショットガンを連射する。しかしヴァーティゴを包む残像によって戦闘プロトコルがうまく作用せず、射撃支援システムが彼を捉えられない。それでもショットガンの拡散性が功を奏した。


 ヴァーティゴは、驚異的な反応速度でボルト弾を紙一重で躱していくが、その動きは徐々に制限されていく。


 その隙を突き、サイファーは再び「シャドウ・ステップ」を発動する。


 今度は、ヴァーティゴの背後ではなく、彼の移動先を予測して回り込んだ。そして、エーテルを最大限に集中させた影の刃を、彼の背中に向けて突き刺そうとする。


 しかし、ヴァーティゴは寸前でそれを察知し、物理法則を無視したような、信じられない体勢で身を捻り、サイファーの攻撃をかわした。そして、体勢を崩したサイファーの側頭部に、強烈な蹴りを叩き込んだ。サイファーは床に倒れ込み、意識が朦朧とする。


 サイファーが体勢を立て直す前に、ヴァーティゴはスパークに狙いを定める。彼のボルトガンは、正確にスパークを仕留めようとする。


 だが、スパークは冷静だった。彼は、そのサイバネティック義肢を最大限利用した。腕で胸と頭を守り、ボルト弾を防ぎ切った。


 ヴァーティゴの殺しのパターンは、胸部に二発、そして頭部に一発だった。


 ヴァーティゴが驚きに目を見開いたその瞬間、スパークは彼の装備に内蔵された射出機構から、超小型飛行ドローンを飛び出させ、「バイパス・コード」を作動させた。


 目に見えないエーテルの波長で、ヴァーティゴの視界が歪み、脳を直接殴られるような激痛が走る。ヴァーティゴは苦悶の表情を浮かべ、動きが鈍った。


 その一瞬の隙を、サイファーは見逃さなかった。彼は床を蹴り上げ、体勢を立て直すと同時に、「シャドウ・エッジ」を、ヴァーティゴの心臓に向けて突き刺した。


 避けきれない一撃だった。ヴァーティゴは、目を見開いたまま、その場に崩れ落ちた。


 彼の全身を覆っていたエーテルの流れが消え、静寂が室内に戻った。


 サイファーは、頭から血を流し、息を切らしながら、倒れたヴァーティゴを見下ろした。


 彼の義眼は、もう光を失っていた。


「……プロフェッショナル、だったな」


「『バイパス・コード』が効いて助かりましたね。おかげで自分の身体がボルト弾でハリネズミにならずに済みました」


 スパークは荒い息を整えながら、倒れたヴァーティゴの端末を回収した。


「奴の端末を回収しときます。まだ、情報が残っているはず」


 激しい戦闘の痕跡が残る室内で、サイファーとスパークは、新たな手がかりを探し始めた。

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