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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第四章:追跡の果ての子守歌
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第三部:過去の残響

 密輸ルートのデータは複雑な暗号で隠されていたが、やがて、その情報が示す場所――都市の地下に広がる、物流ネットワークの残骸――を指し示す座標が浮かび上がった。


 しかし、その情報をたどるために向かった地下通路の入り口に立った瞬間、サイファーは直感的に違和感を覚えた。土とカビの匂い以外に何も感じ取れない。


「……罠か?」


 サイファーは、スパークに連絡を入れようと携帯端末に手をかけたが、すぐにそれをやめた。


 彼は戦術ライトを頼りに、薄暗い地下通路を進む。だが、その一歩一歩が、彼の予感を裏付けるように、違和感を増幅させていった。通路の壁に残されたかすかな痕跡、埃の積もり方、どれもが最近人が通った形跡ではない。


 データが示すルートは、確かにかつては活発な物流路だったのかもしれないが、今となってはただの廃墟だった。結局、彼はルートの終点までたどり着いたものの、そこには何の手がかりも残されていなかった。


 虚しさが、サイファーの胸に広がる。まるで、見えない相手に嘲笑われたかのような敗北感だった。


 無為な捜査に時間を費やした後、サイファーは重い足取りで審問庁の証拠品保管室に向かった。


 埃っぽい空気と、無数の過去の記録が積み上げられた静寂が、彼の心をさらに重くした。保管室の奥には、アジトから回収された証拠品がダンボールに詰められていた。


 彼はデータパッドを片手に、整然と並べられた物品の山を眺めた。ボルト弾、データチップ、衣類の束。それらのどれもが、すでに解析され、有益な情報は得られていない。


 彼の視線が、一部が焼けて黒ずんだ古いおもちゃの車で止まった。それは、木と金属でできた、誰からも忘れ去られたような代物だった。サイファーは、無意識にそれに手を伸ばし、触れた。


 その瞬間、彼の意識は遠のき、強い悲しみと後悔の残響が、津波のように押し寄せてきた。


 ──「ママ、見て! 影の人が僕と遊んでる!」


 幼いサイファーの声が響く。だが、彼の母親は悲しそうに首を振り、父親は眉をひそめて彼を叱りつけた。「そんなもの、見えるはずがないだろう!」と。


 周囲の子供たちは、彼が一人で空虚な空間に話しかけているのを気味悪がり、次第に彼から遠ざかっていった。彼にしか見えない影の精霊たちと遊ぶ時間は、孤独を紛らわせる唯一の慰めだった。しかし、その孤独は、彼を周囲から孤立させていった。


 フラッシュバックの映像は、急速に変わり始めた。


 見えないものに怯える家族の声。「この子を……なんとかしてあげて」という母親の震える声。


 彼の見えない影の精霊は、周囲の大人たちによって歪んだ精神として扱われた。彼は強制的に施設へと連れていかれ、彼の能力は抑圧されるべき「呪い」として扱われた。


 しかし、そんな絶望の中で、一人の人物が彼の前に現れた。まだ幼いサイファーの視界に、穏やかな笑顔のケイロンが映る。


「君が見ているものは、妄想ではない」


 その言葉は、まるで暗闇に差し込む光のように、彼の心を照らした。


「それは、君の魔法だ。それは呪いではない。力を制御すれば、君はより強い存在になれる」


 ケイロンは、サイファーにエーテルを制御する術を教え、彼の孤独な世界に一つの道を示した。しかし、その記憶は唐突に途切れ、サイファーは保管室の冷たい現実に引き戻された。


 サイファーは大きく息を吐いた。手が震え、全身から冷や汗が噴き出していた。


 手に持ったおもちゃの車からは、強い悲しみの残響が未だに彼の心臓を締め付けていた。このおもちゃの持ち主もまた、自分の能力を否定され、孤独な道を歩んだのだろうか。


 サイファーは、おもちゃの車を改めてよく見た。


 一部が黒く焼け焦げ、不自然に金属が歪んでいる。これは、単純な火事や事故によるものではない。


 彼自身の過去の経験から、この傷がおもちゃの持ち主の子供の魔法の暴走によるものである可能性が頭をよぎった。だが、残響は悲しみや後悔はあったものの、親からの虐待や暴力の痕跡は感じられない。


 彼は直感的に理解していた。ゼパル・ジャックのアジトにあったにもかかわらず、このおもちゃの残響は、裏社会の闇とは無縁の、純粋な悲しみと後悔に満ちていた。それは、抑圧された能力を持つ子供と、それを理解できなかった親の感情だ。


 そして、彼は自分の過去を重ね合わせる。しかし、決定的に違う点が一つだけあった。


 この子は自分のように施設に送られてはいない。


 サイファーは、すぐにスパークに連絡を入れた。


「スパーク、今いいか?大事な話がある」


「サイファー、一体どうしたんですか?」


 サイファーは、自身の直感をスパークに伝えた。


「ゼパル・ジャックの拠点から回収された物の中に、古いおもちゃがあった。この持ち主は、俺と同じ、魔法の力を持つ子供だ。だが、施設に送られた痕跡はおそらくない。何か、能力を隠す方法があるはずだ」


 スパークは、全く裏付けのないサイファーの言葉に一瞬戸惑ったが、彼の真剣な口調に、静かに頷いた。


「あなたの直感を信じます。でも、その証明が何の役に立つんです?」


「聞け、スパーク。お前がサルベージしたデータチップを再精査するんだ。違法サイバネティクスや密輸ルートのデータに紛れて、何か別の情報が隠されているはずだ。このおもちゃの持ち主の魔法を審問庁から隠す方法とかだ」


 サイファーの言葉を聞いて、スパークは自分の質問を無視されたことに少々イラつきをみせたが、彼はすぐにデータパッドを取り出し、アジトから回収したデータチップを再び解析し始めた。そして、膨大な情報の海をかき分けた先に、彼は一つのデータを発見する。


 それは、ごく一般的な暗号化されたデータファイルだったが、他のファイルに比べて容量が大きかった。スパークはすぐに詳細な解析を行う。データの中身は、魔法抑制装置の設計図だった。


「見つけましたよ、サイファー。魔法抑制装置の設計図です。これを作成できれば、子供の魔法の暴走も防げそうです」


 スパークは彼の専門知識で、設計図を読み解いていく。


「しかし、これはどうも今自分たちが魔法使い用の拘束具で使っているやつとはちょっと違いますね。ところどころ旧時代の回路図が混じってます。これを作るにはカリブディスのような専門家が必要です」


 そこまで言った後、スパークの言葉が一瞬止まった。


「いや、待てよ。この設計図に対して、このファイルサイズはおかしい」


 スパークのサイバネティクス義眼に、データが滝のように映し出される。彼はパターン認識はお手の物だ。設計図のデータサイズと、ファイル全体の容量の間に、わずかな、しかし決定的な不整合を見抜いた。まるで、完璧に偽装された壁の中に、別の空間が隠されているかのように。


「どうした、スパーク?」


 スパークはサイファーの言葉には答えず、光るキーボードを猛烈な速さで叩いた。彼の意識はすでに、目の前のデジタルの海に深く沈み込んでいた。


「見つけました! 暗号化されたログと、破損したファイルです。これは……ゼパル・ジャック自身の端末で暗号化してます。奴らを追う手掛かりがここにあるかも知れません」


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