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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第三章:枷を嵌められた真実
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第五部:歪んだ理想の果て

 オウルアイから情報の入ったデータチップを受け取り、違法サイバネティクスに関する情報を精査するため、サイファーとスパークは秩序審問庁へと戻った。


 しかし、スパークの心には、オウルアイから得た情報が深く刺さっていた。カリブディスという男は、かつて自分と同じ研究室で、未来の技術について熱く語り合った、優秀な技術者だった。


 この事件は、秩序審問庁のプロトコルに従うだけでは解決できない。自分にしか、彼の暴走を止められない。スパークの心には、強い確信が芽生えていた。それは、サイファーがプロトコルを軽視し、一人で苦しみを背負おうとする姿を間近で見てきた結果、無意識のうちに彼の影響を受けてしまったからでもあった。


 正義感と、自分の手で過去の過ちを清算しなければならないという、強い使命感が彼の心を突き動かしていた。


 翌朝、サイファーはスパークのデスクが空になっていることに気づく。その視線は、デスクに置かれた暗号化されたデータ端末に吸い寄せられた。通常なら解読に数時間かかる複雑な暗号だが、サイファーがデータ端末を解析に回すと、モニターに奇妙な変化が起きた。


 解析画面に、一瞬だけグリッド線のような幾何学模様が浮かび上がり、それと同時に解読プロセスが急激に加速し始めた。その様子を見ていたサイファーは、スパークがカリブディスの過去をたどり、単独行動に出たことを悟った。


「あいつ……!」


 サイファーは、スパークのデスクに置かれた暗号化されたデータ端末を叩きつけたい衝動を、必死に抑え込んだ。


 端末のモニターには、解読されたばかりの座標と、カリブディスという男のプロフィール情報が表示されていた。座標は都市の地下深くにある、旧時代の地下鉄ターミナルを示していた。


 サイファーは端末を掴み、タクティカルコートを羽織る。


 スパークの無謀な行動に怒りが湧き上がる一方で、彼の身に何かあったらという底知れぬ恐怖が、サイファーの胸を締め付けていた。それは、プロトコルを無視して単独行動をとるという、自分の悪い癖がスパークにまで伝染してしまったことへの、複雑な感情でもあった。


 一方、スパークは地下鉄ターミナルの入り口に到着していた。薄暗い地下に立つ見張りのギャング二人を、スパークは慎重かつ迅速に制圧する。


 彼は今回、対峙する相手と状況を考え、精密射撃用のアサルトライフルと近接戦闘用のショットガン、それぞれのボルトガンを携行していた。


 地下への階段を踏みしめるたび、彼の心には、かつてカリブディスと交わした、未来への希望に満ちた夢の言葉の数々が鮮やかに蘇った。


 しかし、階段の先は、その夢を嘲笑うかのような悲劇的な現実だった。


 天井の崩れた薄暗い空間には、旧時代の栄光の残滓はなく、ただ、無数の違法サイバネティクスと、不純なエーテルのエネルギーが、歪んだ生命のように渦巻く、混沌とした工房が広がっていた。


 そして、この工房の奥で、変わり果てたカリブディスと再会を果たした。


 全身に施されたサイバネティクスは、最早人間らしさを失わせ、彼の体を巨大な機械の塊へと変貌させていた。その姿は、かつてスパークが「完璧な進化」と信じていた技術の、醜い終着点だった。


「スパーク、お前は……やはり来たか」


 奥から、金属音と電子音が混じった声が響く。彼の顔には、かつて共に技術の未来を熱く語り合った時の面影はほとんどなく、その目は、技術への狂信的な執着に燃えていた。


「カリブディス……どうして、こんなことを……」


「どうして、だと? お前たちが、私たちの研究を止めたからだ! あの時、お前たちが止めなければ、私たちはもっと遠くへ行けたはずだ。お前はただの臆病者だ……! 秩序審問庁の腐ったプロトコルに縛られ、自らの夢を捨てた臆病者だ!」


 カリブディスの言葉は、スパークの心に深く突き刺さった。彼が開発を断念した技術が、今、目の前で歪んだ形で蘇っている。


 彼の3人いる護衛兼監視役であるギャングが、一斉に襲いかかってきた。


 スパークはアサルトライフルを構え、機械のように淀みのない動作で敵を撃ち倒す。彼のサイバネティクス義肢は、義眼からの情報とボルトガンが連結した戦闘プロトコルに従い、ギャングたちの頭を撃ちぬき、最小限の力で無力化していく。


 敵の一人が距離を詰めてくると、スパークは背中に回したショットガンのボルトガンを素早く抜き放ち、至近距離から散弾を叩き込んだ。肉体が破裂するような轟音とともに、敵は壁に磔にされた。


「愚かな……! 貴様は私の夢を止められはしない……!」


 護衛をすべて倒されたカリブディスは、激昂して自身のサイバネティクスをフル稼働させた。


 彼の全身の皮膚の下には青白く光るエーテルの流れが見え、かつての暴走事故を起こしたプロトタイプと瓜二つの姿へと変貌した。光るカリブディスの義眼には謎のグリッド線のようなノイズが映りだされていた。


 その姿は、スパークにとって「過去」そのものだった。


 スパークが放つボルト弾は、カリブディスの違法サイバネティクスに異様な動きで弾かれた。ボルト弾は虚空で方向を変え、あらぬ方向へ飛んでいく。逆に、カリブディスの腕に仕込まれたボルトガンがスパークを襲った。


 超高速で放たれたボルト弾がスパークの肩をかすめ、金属の火花を散らす。サイバネティクスが過負荷を起こし、彼の左腕から煙が上がった。システム警告が視界の隅に点滅する。


 彼は完全にカリブディスの動きを見切ることができていなかった。カリブディスの戦闘プロトコルは、スパークがかつて開発した技術を遥かに上回る、未知の領域に達していたのだ。


 カリブディスは、さらに出力を上げ、スパークとの間合いを詰める。彼のもう一方の腕が振り上げられ、スパークの頭部を狙う。絶体絶命のピンチだった。


 その時、工房の入り口から、サイファーが駆け込んできた。


 彼の姿は、まるで影が空間を切り裂いたかのように現れた。彼はこの状況を一瞬で把握した。躊躇なくコダ・パルマを抜き、バーストモードでカリブディスに射撃する。


 金属音が幾度も響き、弾丸はカリブディスの全身を襲うが、違法サイバネティクスは自動反応でそれを弾く。しかし、その一瞬の隙が生まれた。カリブディスの注意がサイファーに向けられたその瞬間、スパークは体勢を立て直し、危機を脱した。


 サイファーは迷わず「シャドウ・ステップ」を発動した。瞬時にカリブディスの背後に回り込む。手に握られたナイフには、黒い影が渦を巻いていた。彼はその影の刃で、カリブディスの四肢に仕込まれた違法サイバネティクスの関節を狙う。


 だが、カリブディスは、その攻撃をまるで予期していたかのように、腕全体を淡い光を放つエーテル障壁で防御した。影の刃が障壁に触れると、摩擦音と共に火花が散り、まるでそこに実体があるかのように弾かれた。


 次の瞬間だった。スパークは、超小型飛行ドローンを射出し、カリブディスに向けて仕込んできた機能を起動する。


 それは、かつて自分がカリブディスらと共同研究中に開発していた、エーテルの波長を利用した「バイパス・コード」を強制発動させるための禁じられた技術だった。


 「バイパス」された緊急停止コードが、カリブディスのサイバネティクスを蝕んでいく。彼の動きは徐々に鈍り、全身からエーテルの光が失われていく。そして、静かに機能を停止する直前、彼の目に一瞬だけ、かつての知性が戻った。


「……夢の続きを……」


 カリブディスは、そう呟きながら、静かに息絶えた。


 スパークは、静かになった工房の中で、カリブディスの骸を見つめていた。彼の死は、深い悲しみと、技術者としての責任を改めて痛感させた。


 スパークは、カリブディスの『夢』が、ただの狂気ではなかったことを知っていた。その夢は、かつて自分たちが共に追い求めた、輝かしい未来の残滓だった。だが、カリブディスはその夢を、間違った形で追い求めてしまった。


 スパークは、自分の左肩に残ったボルト弾にえぐられた傷を見つめる。それは、カリブディスが最後に残した、過去と決別するための損傷のようにも思えた。


 カリブディスの最後の言葉が、彼の頭蓋の奥でこだまする。


「夢の続きを……」


 それは、秩序という名の檻に囚われた男の、最後の抵抗だったのだろう。


 だが、スパークは理解した。それは夢を諦めるための言葉ではない。破滅という形に歪んでしまったその夢を、今度は自分が正しい形に変えて、この手で実現していかなければならないのだと。たとえそれが、孤独な道だとしても。

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