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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第一章:静寂を盗む者たち
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第一部:夜の追跡者たち

 アスファルトに濡れた街灯の光が、子供の落書きのように滲む。


 都市を覆う退屈な夜の帳の下、男は壁に背を預け、静かに夜の気配に耳を澄ませていた。


 暗いコートは、彼の影が壁に溶け込んでいるかのようだ。


 湿った夜気が肺を冷やし、今日の任務がいつもよりわずかに重いことを告げていた。


 数時間前、「秩序審問庁」に緊急の報が駆け込んだ。


 旧時代の研究施設跡地が侵入を受け、何者かが遺物を持ち去ったという。


 盗品は不明だが、残された痕跡はただの物盗りとは一線を画していた。


 遺物を悪用する厄介な連中、レリック・スカヴの仕業である可能性が高いと。


 隣には、若いハーフオークのギアヘッド、スパークがデータパッドを手に、自信ありげな表情で立っている。


 彼のサイバネティック義肢は、規則的なリズムで青白い光を放ち、暗がりに奇妙な脈動を与えていた。


「何か進展は?」


 サイファーが低い声で問いかけた。


「当然です、サイファー」


 スパークはキッと前を見据え、オーク特有の深みのある声で答える。


「施設の監視カメラ映像は、自分の超絶技巧で完璧にサルベージ済みです。侵入者は三人。レリック・スカヴの連中で間違いないでしょう」


 スパークはデータパッドで、三人が壁の中に消える映像を見せる。


「ですが、問題は使われた装置です。旧時代の位相転換装置フェイズシフター。時代遅れとはいえ、油断は禁物ですよ」


 誇らしげに胸を張るスパークの言葉に、サイファーは何も答えず、ただ彼を一瞥した。その視線に、スパークは少しだけ気まずそうに口を閉じた。


「行くぞ」


 サイファーは短く告げると、闇の中へと足を踏み出した。


 サイファーとスパークは、路地に停められたサイレント・スカウトに乗り込んだ。この秩序審問庁の隠密車両は、音もなく街を滑り、排ガスに煙る荒廃した外縁部のさらに外へと疾走する。


 旧第7居住区。


 そこは、かつて「大暴走グレート・コラプス」の傷跡が最も深く刻まれた場所の一つで、再建されることなく放置された廃墟が、月の光をぼんやりと反射している。


 崩れかけたビル群は瓦礫と化し、錆びた金属と湿った土の悪臭が散乱していた。都市の中心部を覆う「秩序」の静寂とは異なる、より重苦しい、死のような沈黙が支配している。


 その区画のさらに奥、地下へと続く場所に、目的の研究施設跡地は隠されていた。


 この施設は、かつての人間が「高度思考機械研究所」と呼んでいた場所であり、今回の侵入によって、その存在がサイファーとスパークに初めて明らかになったのだ。


 旧時代の巨大な金属扉には、幾重もの厳重な封印が施されていたが、その全てが、何かに食い破られたかのように無残に引き裂かれていた。


「これは……」


 スパークが息を呑んだ。彼のサイバネティック義肢の発光が、暗闇の中でわずかに揺れる。


「力ずく、か。だが、巧妙だ」


 サイファーは、損傷した封印に指先で触れた。


 破られた箇所は鋭利な刃物で切り裂かれたようにも見えるが、その断面は不自然なほど滑らかだった。


「位相転換装置の痕跡ですね。物質の結合を一時的に緩めて通過したんでしょう。これほどの封印を破るには、かなりの出力が必要だったはずです」


 スパークがデータパッドを操作しながら解説する。彼の専門知識は、サイファーにとって常に有用なツールだった。


 サイファーは頷き、扉の脇にある緊急解除パネルに手をかざした。パネルはすでに機能停止している。


 彼は無言で、腰のポーチから小型のツールを取り出し、複雑な配線に接続した。


 数秒後、カチリと軽い電子音が響き、巨大な扉がゆっくりと内側へ開いた。


 何十年もの間閉じ込められていたような、埃とカビが混じった淀んだ空気が地下から吹き出し、ひんやりとした湿気が肌を包む。


 光を拒む漆黒の闇が、彼らの行く手を阻んでいた。


 サイファーは肩から下げた戦術ライトを点灯させ、廃墟と化した通路を照らす。天井からはケーブルが垂れ下がり、壁には謎の記号が薄汚れて残っていた。


 二人は慎重に奥へと進む。


 通路の途中には、巡回部隊が残したと思われる足跡が散見されたが、それらは突然、何の痕跡も残さず、すっぽりと消え失せていた。


 サイファーは、その途切れた足跡を見つめ、瞬時に何が起きたかを理解した。


 位相転換装置の不完全な再構成。肉体が周囲の構造物と融合し、あるいは無作為に分解されたのだろう。


 その痕跡すら定まらない事実に、サイファーは内心で静かに吐き捨てる。


「ここで追跡を断念したようですね。位相転換装置を使われたら、痕跡も残らない。まったく、これじゃあお手上げです」


 スパークが呟く。サイファーは、途切れた足跡の先、闇の奥を見据えた。


「彼らには、これ以上深入りする術がなかった。それだけのことだ」

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