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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第二章:不協和音の夜明け
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第十二部:偽りの歌

 合同チームが特定したアリアの本拠地は、エルフが多く住む地区のメガコーポビルの上層階、複数フロアを吹き抜くほどの巨大な空間だった。


 そこは、都会の喧騒から隔絶された、まるで旧時代の遺跡のような場所だった。


 曲がりくねった木々が天井にまで届き、その根元には、旧時代の技術と魔法が融合した、複雑な魔法陣があり、その中心ではエーテル結晶が淡く輝いている。


 この空間全体が、アリアの思想を具現化した、一つの巨大な「織機」となっていた。


 ケイロン主席監督官の指揮のもと、審問庁の制圧作戦が確定した。機動部隊がビルの地上階から突入し、上層階の「記憶紬の民」を包囲する。


 一方、サイファー、アトラス、シーカー、スパークの四人は、選抜された少数の部隊員と共に、上空からビルの窓を破り、奇襲を仕掛けるという、より危険な任務に就いた。


 チームは、それぞれの能力を最大限に活かす作戦を立てた。アトラスとスパークは、魔法陣の起動を阻止するためのハッキングと、現場のエーテルへの干渉を担当。サイファーとシーカーは、アリアの元へ向かい、彼女を制圧すると同時に、増幅魔法陣の破壊を目指す。


 ビルの上空から、彼らを乗せた輸送艇が静かにホバリングする。サイファーは、窓を破る瞬間を待つ間、この場所全体を覆う、イグニスのものと酷似した、深い悲しみに満ちたエーテルの流れを感じ取っていた。その渦の中心には、強く、しかしどこか脆い、アリアの精神が鎮座している。


 そして、突入の瞬間が訪れた。


 轟音と共に強化ガラスが砕け散り、チームと機動部隊員がビル内部へと滑り込んだ。粉々になったガラスの破片がキラキラと舞い、床に落ちては甲高い音を立てる。その音は、これまでの静寂を破り、戦いの始まりを告げる。


 信者たちは、突然の奇襲に一瞬の混乱を見せるが、すぐに各々が武装し、抵抗を開始した。


 彼らの多くは、普段は市民として生活している者たちだったが、アリアの「歌のようなメッセージ」に心を奪われ、この場所に集った者たちだ。彼らの瞳には、恐怖ではなく、アリアの思想に殉じようとする熱狂的な光が宿っていた。


 チームは素早く動いた。ボルトガンで次々と信者たちを制圧していく。


 部隊員の一人が持つアンチマジックフィールド装置が効果的に作用し、信者の光の矢を止める。彼らの抵抗を最小限に抑えながら、着実に魔法陣の中央へと向かう。


 だが、その直後、アリアが姿を現した。彼女は魔法陣の中央、エーテル結晶がはめられた巨大な木々の根元に静かに立っていた。彼女の纏う純白のローブは、淡い魔法陣の光を反射し、まるで聖女のような荘厳な雰囲気を醸し出している。


 そして、彼女の周りには、サイファーが「歌のようなメッセージ」で見た、幸福な旧世界の幻影が浮かんでいる。


「愚かなる秩序の眠り人よ、よく聞きなさい。お前たちの静寂は、人々の『記憶』を奪うことで保たれている。我々は失われた記憶を紡ぎ、人々を『覚醒』させる。それが未来を拓く唯一の道なのです」


 彼女の声は、静かでありながら、部屋全体に響き渡った。その声が響いた瞬間、「織機」のエーテル結晶が輝き、大空間全体のエーテルの流れが、一変した。


 空気中に漂うエーテルは、彼女の意志によって編み上げられ、アンチマジックフィールドをすり抜け、突入部隊の意識に直接語りかけてくる。


 アリアの魔法は、イグニスのそれとは比べ物にならないほど強力だった。それは、単なる幻影ではなかった。


 部隊員たちの脳裏に、彼らが最も恐れる過去の記憶や、内なる葛藤を具現化した幻影が映し出されると同時に、空中に虹色に輝く、抗いがたい光が瞬時に生成され、部隊員たちの視覚と精神を直接攻撃した。


 目の前で激しく戦っていたはずの部隊員たちが、突如として悲しい記憶の中に引きずり込まれていく。彼らは叫び声を上げ、武器を捨てて膝をつき気絶する。


 それは、まるで強制的に深い催眠状態に陥れられたかのような、圧倒的な精神攻撃だった。


 彼らの装備した最新の防御技術は、アリアの精神魔法の前では、全くの無力だった。


 サイファーもまた、その攻撃の渦に巻き込まれた。


 だが、彼は、薄れゆく意識の中で、「シャドウ・コール」とアリアの精神魔法とわずかな繋がりを感じ取った。それは、イグニスが自滅の直前に放った炎の中にあるものと全く同じ、救いを求める悲しみの糸だった。


 サイファーは、アリアが紡ぐ強力なエーテルの糸の流れをさかのぼれると、直感的に理解する。


 彼は、自身の精神が崩壊するリスクを冒しながら、アリアの「記憶」のネットワークに侵入し、彼女を止めようと試みた。


 彼女の精神に触れた瞬間、サイファーは「大暴走」以前の輝かしい都市の様子、彼女が愛した人々が「大暴走」のAIの暴走で失われた悲劇、秩序審問庁がその真実を隠蔽してきた歴史を目の当たりにする。


 そして、アリアが「記憶紬の民」のリーダーとして、人々に自由を訴えかける姿を、イグニスやその他の信者と語らう姿を見た。


 その光景は、ゲートから見た「未知の世界のかけら」とも重なり、サイファーの心に深い衝撃を与える。


「アリア、お前の記憶が、この世界の真実だというなら、なぜイグニスは、絶望の中で死ななければならなかった?」


 サイファーは、アリアの感情に訴えかける。それは、イグニスの自滅を目の当たりにした彼にしかできない、感情的な訴えだった。


 アリアはサイファーの言葉に一瞬、目を見開いた。彼女の表情に初めて感情の揺らぎが浮かび、声のトーンがわずかに震える。


「……イグニスは、救いを求める悲鳴をあげていた。だが、彼女のやり方では誰も救えないことを、私は知っている。だからこそ私は、彼女の悲鳴を、『歌』へと変えたのだ。穏やかに、優しく、人々の希望を紡ぎ出す『歌』に。もう、破壊の連鎖に身を委ねることは終わらせなければならない。」


 彼女は、サイファーがイグニスの最期を目撃したことを知る由もない。その動揺をサイファーは見逃さなかった。


「イグニスは、絶望の中で死んだ。お前たちが言う『覚醒』の真実、その危険な真実に触れたからだ。彼女が最後に残した炎は、ただの破壊の魔法じゃない。それは、誰にも届かない、お前の言う、救いを求める悲鳴だった!お前の『歌』は、その悲鳴と全く同じだ。なぜ、真実を伝えるために、また同じ悲劇を繰り返そうとする!?」


 サイファーの言葉は、アリアの心の奥底に深く突き刺さった。彼女はイグニスを救えなかった後悔と、自らが歩む道への迷いを感じていた。サイファーが語るイグニスの悲しみは、彼女が知る「大暴走」の悲劇と重なる。彼女の瞳に、かすかに涙が浮かんだ。


「覚醒は、再び暴走を招く。イグニスは、その悲劇の片鱗に触れたからこそ、あの悲しい方法で…自らの命を絶ったんだ。真実を伝える方法は、こんなやり方ではないはずだ!」


 サイファーの言葉は、アリアの心に深く刺さった。彼女の精神に宿る悲しみと、イグニスへの痛切な思いが、彼女の心を揺さぶった。


「……イグニス。あの輝かしい炎が、絶望の中で消え去ったというのか……」


 アリアは、震える声でそう呟いた。彼女の視線は、遠い過去を見つめているかのように虚ろだ。


「あなたの言葉は、私の心を深く切り裂く。イグニスは、かつて私が知っていた、あの時代の悲劇を繰り返した。強大な力に魅入られ、その制御を失い、自らを、そして世界を焼き尽くそうとした……」


 彼女の瞳から、一筋の涙が頬を伝う。


「だからこそ、私は、この『歌』を紡がなければならないのだ。破壊の炎ではなく、癒やしの光で人々を導くために。イグニスは、道を見失った。しかし、私は決して、見失わない。この哀しみすらも、人々の心を動かす力に変えて、この世界に真の『覚醒』をもたらしてみせる……」


 アリアの表情は再び、冷たく、決意に満ちたものへと戻っていく。彼女の言葉には、イグニスへの後悔と、それを乗り越えようとする強い意志が共存していた。


「アリア、お前の『歌』は、ただ一つの物語を語っているに過ぎない。俺は、その向こう側、お前が見ていない『もう一つの真実』に触れてしまった。それは、AIだ。発展した魔法と融合した、暴走した機械の……絶望だ! お前の世界はそれに壊されたんだ!」


 サイファーの言葉は、アリアの瞳の奥に宿る揺るぎない光を、一瞬にしてかき消した。 彼女が紡ぎ出していた「歌」が、突如として途切れる。周囲に満ちていた、幸福な旧世界の幻影が、泡のように弾け、掻き消えていった。


「AIが魔法と……? そんな……私が知る歴史に、そんなものは存在しない……!」


 アリアの声は、いつもの冷静な響きを失い、悲鳴にも似た震えを帯びていた。彼女は、自身の両手を茫然と見つめた。


 その掌からは、いつもは淀みなく流れていたエーテルの光が、まるで生命を失ったかのように、弱々しく点滅している。エーテルの流れは乱れ、彼女の意思に反して不協和音を奏で始めた。


「私の……『歌』が……」


 アリアは、自らが創り出していた幻影が消え去った光景を、信じられない様子で見つめる。


 長年培ってきた、エーテルを操る精密な技術が、サイファーの一言によって、まるで砂のように崩れ去ってしまったことに驚きを隠せなかった。


 彼女の心は、イグニスの悲劇と、発展した魔法と融合したAIの存在という新たな真実の狭間で、完全に集中力を失っていた。


「なぜだ……私の知る真実は……、そんなものでは……」


 彼女の声は、か細く、絶望に満ちていた。


 それは、煽動者としてのカリスマではなく、ただの迷える一人のエルフの悲鳴に聞こえた。この瞬間、アリアは、長きにわたって彼女を支え続けた信念の柱が、音を立てて崩れ落ちるのを感じていた。


 アリアの「織機」のエーテル結晶の光が弱まっていく。そして、アリアは、自らの手で増幅装置を停止させた。


 直後、静まり返った空間に、サイレンが率いる機動部隊が突入してきた。彼女は、冷徹な判断でアリアを拘束し、周囲の信者たちを排除していく。


 後に、この事件はケイロンの指示により、「過激派のプロパガンダ」として処理されることになった。秩序審問庁が隠蔽してきた「大暴走」の真実は、再び闇の中へと葬られた。


 任務は完了した。しかし、サイファーの心には、深い葛藤が残った。


 「記憶紬の民」が信じた偽りの希望も、「秩序」という名の脆弱な壁も、結局は同じだ。


 どちらも、真実から目を背けるための子供じみた遊びに過ぎない。彼らが真実を見出したとき、この世界も、再び動き出すだろう。

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