第九部:炎の共鳴
一方その頃、サイファーは、彼の影のエーテルを地面に縫い付けた光の矢弾と向き合っていた。
信者たちの魔法は、彼がこれまでに見てきた熟練した魔法使いのそれとは明らかに違っていた。粗く、不協和音を奏でるそのエーテルの流れは、まるで幼子が絵筆を無造作に走らせるような、無様で未熟なエネルギーだった。
それは、彼らがアリアによって「覚醒」したばかりの、まだ洗練されていない魔法使いであることを如実に物語っていた。
ただ闇雲に放たれるだけの稚拙な魔法。しかし、その不安定な光の流れは、かえってサイファーに冷徹な平穏をもたらした。もし、魔法使いとして生きてきた者であれば、こんなエーテルの使い方をすればどうなるか、容易に想像がつくだろう。
タレットの死角でもある柱の陰で耐えていると、信者たちの光の矢が途絶えた。
その隙を突き、サイファーは力を込めて影のエーテルを縫い付けていた光の矢弾を吹き飛ばした。彼の手に持つコダ・パルマは、不器用な信者たちの身体を正確に捉え、ボルトが放たれるたびに、彼らを一人、また一人と静かに戦闘不能にしていく。
サイファーが柱から柱へと、まるで闇に溶け込むかのように動くたび、その静かな銃声だけが、建物に響き渡った。
次の瞬間、サイファーの背後で金属と金属が衝突する音が響いた。
せわしなくサイファーを狙っていたタレットが急に静かになった。振り返る間もなく、今度は頭上のコンクリートが爆発し、巨大な鉄骨が彼の頭上を掠め、信者たちの群れに叩きつけられる。
シーカーが、倒した「運び手」のスナイパーライフルでサイファーを援護すべく、正確に射抜いたのだ。
最後の信者を制圧したときだった。サイファーは一度深呼吸をして、荒い息を整えた。彼は近づいてきたシーカーに背を向けたまま、手元のボルトガンをホルスターに収めようとしていた。
「……いい射撃だった」
サイファーの言葉に、シーカーは倒れた信者たちの横を歩きながら、肩をすくめて応える。
「敵にしては意外といいライフルでしたね」
二人が息をついたその時、施設全体の電源が落ち、空間が静寂に包まれた。
サイファーもシーカーも感じたことがない、純粋で強大なエーテルの奔流を感知した。
それは二人を瞬く間に飲み込み、サイファーの脳裏に、燃え盛る荒野とマグマの海が織りなす、地獄のような幻影が暴力的に叩きつけられた。それは、まるで自分自身の影のエーテルを、鏡越しに見ているかのような感覚だった。
「いったい……?」
シーカーのつぶやきが、静寂に満ちた通路に虚しく響く。
その声が消えぬうちに、奥の壁面に、まるで引き剝がされたかのように空間の亀裂が走る。輪郭を持たない熱が、その裂け目からあふれ出すように「顕現」する。
それはただの炎ではなく、異界の灼熱そのものが物理世界に流れ出したかのような、見る者の魂を焼き尽くす不可侵の存在感だった。
熱波が廊下全体に伝わり、床のタイルが泡立ち溶けていく。 熱の奔流が収束し、熱で歪んだ空気の中から一人の人物が姿を現す。
それは、イグニスだった。
かつては優雅で繊細だったはずのエルフの美貌は、もはや見るも無残な状態になっていた。左腕から肩、そして顔の右半分を覆うのは、黒く鈍く光るサイバネティクス製の義体。
炎の力を制御するための冷却装置だろうか、その表面はすでに過剰な熱によって部分的に溶け、ぐにゃりと歪んでいる。義体と融合したエルフの尖った耳の先端が、その痛ましい過去を物語っていた。
燃えるような深紅からオレンジへとグラデーションをなす髪は、常に微かに熱を帯び、感情の昂ぶりとともに本物の炎のように揺らめく。
琥珀色の瞳の奥に宿る光は、ギラギラとした狂気と、しかしどこか深い悲しみが混じり合った、矛盾した輝きを放っていた。それはまるで、彼女が追い求めた自由と、それに至るまでの苦痛のすべてを物語っているようだった。
我に返ったシーカーが、咄嗟に引き金に指をかけた。
だが、彼女の撃ったボルトは、イグニスが放った炎の玉に触れることすら叶わず、空中で燃え尽きた。間髪を容れず、その炎の玉は雷鳴のような轟音と共に炸裂し、通路を灼熱の炎で満たした。
激しい熱と衝撃波がシーカーを容赦なく弾き飛ばし、鈍い衝撃音と共に、彼女は建物の外へと消えていった。