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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第二章:不協和音の夜明け
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第七部:相容れない追跡者たち

 アトラスとスパークが次のテロの可能性のある場所を特定している間、サイファーとシーカーは、その情報を得るために、都市の裏側へと潜入した。


 彼らが向かったのは、都市のメイングリッドからは見放された、薄暗い裏路地の入り組んだ迷宮だ。


 そこは、「秩序」の光が届かない場所であり、「記憶紬の民」の信者が自由に潜伏するにはうってつけの場所だった。


 人々が不快と呼ぶ、じめじめとした空気、錆びとカビの匂い、そして遠くで鳴り響く警報音。これらは全て「秩序」の行き届いた息が詰まる世界から解放された証をはっきりと示していた。


 潜入は、シーカーの追跡システムを基に、慎重に進められていた。彼女の探査ツールは、地面や壁を反射するわずかな音も感知し、わずかな動きも見逃さない。


 しかし、サイファーの能力が捉える情報と、シーカーのシステムが捉える情報には、常にズレが生じていた。


「この道は足跡が少ない。私のシステムが示す推奨ルートとは、矛盾が生じています」


 シーカーは、淡々と報告しながらも、サイファーの能力が示す方向へと進んでいく。しかし、彼女の追跡システムは、その方向を示す明確な物理的な手掛かりを見つけられずにいた。


 彼女が高性能な義足で路地を進むたびに、彼女が絶対の信頼を寄せるはずの追跡システムの内部では、[データ不全]という、なんとも無粋な警告が出続けていた。


 シーカーは、その警告にプロとしての苛立ちを覚えながらも、サイファーの非科学的な直感が示す情報に頼るしかなかった。


「俺の魔法が示すのは、物理的な痕跡じゃない。人が残した思念だ。こっちだ、この路地だ」


 サイファーは、脳裏に流れ込む信者の「自由」を求める甘美な思念に導かれ、シーカーのシステムが推奨するルートから外れていく。


 レリック・スカヴによる事件のゲートの光を浴びる以前の彼の能力は、あくまで過去のかすかな残滓を読み取る曖昧なものだった。


 しかし、今は違う。まるで人の心そのものが彼の脳内に流れ込んでいるかのように、信者の「自由」への強い思いが、確固たる道筋として彼の意識に刻み込まれる。


 その思念は、もはや単なる幻覚ではなく、彼が進むべき方向を指し示す羅針盤となっていた。


 だが、彼の行動は、シーカーが培ってきた追跡のセオリーから大きく逸脱していた。


「サイファー、あなたの情報は、常に情報が不足しています。きちんとした裏付けがなければ、私は追跡を続けることができません」


 シーカーの言葉は、まるでアトラスの意見を彼女の言い方で代弁しているかのようだったが、その時、彼女の頭の中では、冷静な論理と、サイファーが言葉にのせる確信が、激しくぶつかり合っていた。


 しばらくサイファーの能力が示す方向へと進んでいくと、彼女の追跡システムが微かな反応を示し始める。それは、シーカーの常識を覆すほどの出来事だった。


 彼女が検出したのは、空気中にわずかに漂う特殊な化学物質の匂い、そして、信者たちの呼気か、あるいは汗に含まれる微細なエーテル成分の痕跡だった。


 それらの手掛かりは、この場所特有のものではなかった。単独では何の意味も持たず、通常であれば見過ごされるようなものだ。


 しかし、サイファーが読み取った思念というレンズを通して見たとき、一つの道筋として完全に一致した。


「……信じられない。あなたの情報は、私の追跡システムでは捉えられない『何か』を補完している……認めざるを得ませんね」


 シーカーは、驚きを隠せないまま、そう呟いた。彼女は、自身の追跡技術だけでは決して辿り着けない領域があることを、サイファーの能力を通じて初めて実感し、その可能性に静かな興味を抱き始める。


 彼女の頭の中では、彼の不気味な直感に対するイメージが、少しずつ曖昧な輪郭を帯び始めていた。サイファーとシーカーは、互いの能力を補完し合うように、潜伏先の廃工場へとたどり着いた。


 しかし、そこにはすでに人の気配はなく、ただ、一つの手がかりだけが残されていた。


 結果として、スパークは、サイファーとシーカーがオフィスに持ち帰った「記憶紬の民」のエーテル結晶の分析に没頭に没頭することになった。彼のこの手のものを調べる技術は、秩序審問庁のどの人材と比べてもトップクラスのものだ。


 結晶を解析ブースの台座に置き、複数の光線がそれに照射される。データパッドの画面に映し出されるのは、不協和音を奏でていたエーテル波形データが、まるで生命を得たかのように有機的な繋がりを見せていく様子だった。


 小さなエーテル結晶は、まるで欠けていたパズルのピースのように、アトラスとスパークが導き出したエネルギーコア施設のデータの情報を見事に埋め合わせたのだ。


「結晶の、このデータは……アトラスの作った……?」


 スパークは、驚きと興奮を隠せない。エーテル結晶が持つ情報は、この街のエネルギーグリッドのどの部分が脆弱であるか、そして次のテロがどの電力供給システムが狙われるかを明確に示唆していた。彼はその情報を合同チームに共有した。


 彼らが作戦室のスクリーンに解析結果を投影していると、連絡回線越しに、主席監督官ケイロンの重厚な声が響いた。


「サイレン、この解析結果は信頼できるのか?テロリストは、我々の捜査網を嘲笑うかのように、次の攻撃目標をすでに定めていると?」


 サイレンは静かに頷き、ケイロンに状況を説明する。


「はい、エーテル結晶の解析結果と、サイファー審問官が読み取った思念から、彼らが次の攻撃目標をすでに定めていると推測されます。しかも、その場所は都市の電力供給を担う、エネルギーコア施設です」


 ケイロンの表情に、微かな苛立ちと、しかしそれ以上の冷静な決意が宿る。


「ならば、直ちに向かうしかない。彼らの目的はテロだけではない。我々を挑発し、力を示さんとしている。サイレンは関係各所に連絡。捜査官諸君は、出撃準備を。サイファー、スパーク、アトラス、シーカー、今回の任務は君たちの連携にかかっている。幸運を祈る」


 ケイロンの言葉を合図に、サイファーたちはそれぞれの装備を手に取り、無言で出撃準備を始めた。それぞれの瞳の奥には、任務への決意と、そして未知の敵への警戒が入り混じっていた。

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