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Beyond the Silent Code:影の残響  作者: Rishas
第二章:不協和音の夜明け
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第五部:破られた日常

 サイレンからの指令を受け、サイファー、スパーク、アトラス、シーカーの四人は、都市中心部の商業区画へと急行した。


 そこは一時間前、突如として発生した連鎖爆発によって、見るも無残な姿に変えられていた。溶けて飴細工のようになったガラスの破片がキラキラと散乱し、焦げ付いた建物の残骸からは、まだ微かに煙が立ち上っている。


 かつて賑やかだった通りは、今や静寂に包まれ、破壊の爪痕だけが残っている。この場所は、複数の手によって緻密に計画された、人間の愚かさを雄弁に物語っていた。


 まるで、炎と風が協調したかのような、手際の良い破壊の跡がそこにはあった。これほどまでの効率的な破壊は、ある種の美しささえ感じさせられた。


 この商業区画は、都市の「秩序」がもたらしたとされる「繁栄」と「平穏な日常」を象徴するはずだった。毎日多くの市民が訪れ、経済活動を営み、笑顔で会話を交わす。


 テロリストがここを狙ったのは、単に多くの人々を巻き込むためだけではない。


 この爆発は、市民が当たり前だと思っていた「平和」が、いかに脆く、そしてこれほどまで見事に一瞬にして崩れ去るかを、最も効果的に見せつけるための舞台装置だったのだ。


 チームの車両が現場から少し離れた場所に停車すると、スパークはすぐに後部ハッチを開け、小型の偵察ドローンを複数、起動させた。彼の指先がキーボードの上を素早く滑り、ドローンは静かに車両から飛び立つ。


 その機体は、光学センサーとエーテルスキャン機能を搭載しており、現場のあらゆる情報を立体的に記録していく。


「現場保存を開始します。詳細なデータは後ほど共有しますので、先に目視で確認を。」


 スパークの声は落ち着いており、彼の機械操作技術の正確さが遺憾なく発揮されていた。人間が自らの足で踏み入れる前に、機械の目が全てを記録する。彼らにしては、効率的な情報収集の形ではある。


 スパークがドローンから送られてくるデータをアトラスのデータパッドに共有すると、アトラスは即座にそれを解析しようと試みた。彼の高性能データパッドは、高速に細部の情報を分析し続けるものの、データは常に不協和音を奏でていた。


 ドローンが捉えた溶けたガラスや瓦礫の飛散状況が示す物理的な爆発のエネルギーと、現場に残されたエーテル反応が示す魔法のエネルギーが、全く噛み合わないのだ。


 一方のデータは大規模な単一爆発を示唆するが、もう一方のデータは複数の小さな起爆点が存在したことを示していた。


 彼のデータパッドには、未知の干渉を示すエラーコードが次々と表示され、それはまるで、「お前の常識は通用しない」と皮肉たっぷりに嘲笑っているかのようだった。


「これが、『記憶紬の民』の仕業か……?」


 アトラスがデータパッドを構えながら呟いた。彼の瞳は、現場に残されたエーテル反応の痕跡を捉えようと光を放っている。だが、その高性能な眼球インプラントも、爆発の規模や性質を完全に解析することはできないようだった。


 シーカーもまた、瓦礫の配置や、爆発の衝撃で吹き飛ばされた物体の飛散状況を確認しながら首を傾げていた。彼女の強化義足はどんな悪路でも確実に地面を捉えるが、現場全体に漂う奇妙なエーテルの揺らぎは、彼女の犯人を逃がさないハンターとしての追跡システムを混乱させていた。


 通常ならば、わずかな足跡さえあれば犯人の動向をたどることも可能だが、この現場にはそういった手掛かりが、全く見つからなかった。


「ここの痕跡も意図的に曖昧にされている……物理的な手掛かりがほとんど残ってない。」


 彼女の正確な追跡能力が、ここでは全く通用しないことに、彼女は苛立ちを見せることなく、冷静に現状を分析していた。彼女の視線は、サイファーの非科学的な能力を、どこか期待と不信の入り混じった目で見ていた。


 その時、サイファーの視界の隅に、瓦礫に埋もれるように倒れ伏した犠牲者の姿が映った。おそらく、テロに巻き込まれた一般市民だろう。彼の体からは、微かな過去の思念が流れ出ているのを感じた。


 サイファーは、自身の精神が崩壊するリスクを冒しながら、その死体に手を伸ばした。体全体に目に見えない影のエーテルが重くのしかかるのを感じた。それは、「シャドウ・コール」が、彼の意志に応えようとしている証だった。


 死体から流れ込む過去の思念は、まるで濁流のようにサイファーの脳裏に押し寄せた。それは、断片的な映像、途切れた会話、そして何よりも、抑えきれないほどの強い感情の渦だった。


 彼は、この場の爆発の引き金となったであろう、その信者が抱いていた「秩序」への根深い不満、そして「自由」を求める切実な願いを読み取った。その自由のイメージは、以前「歌のようなメッセージ」で感じ取った、「幸せな世界」の光景と重なり、サイファーの心に深い混乱をもたらした。


 彼らは、単なるテロリストではなかった。彼らは、抑圧された世界で、真の「希望」を求めていたのだ。しかし、その「希望」が、同時に破滅へと繋がる危険な道であることも、サイファーは感じ取っていた。


「くそっ……!」


 サイファーは、頭を抱え、思わずうめき声を漏らした。脳内で鳴り響く無数の声と映像が、彼の意識を激しく揺さぶる。この能力を使うたびに、彼は自らの精神が摩耗していくのを感じる。しかし、今、彼に残された道はこれしかなかった。


「サイファー審問官、何をしているんですか?ただの死体から、一体何の情報が得られるというんです?非科学的な行動は慎んでください。論理的な根拠がなければ、あなたの情報は作戦に組み込めません。」


 サイファーの苦しむ様子を見て、アトラスはさらに不審を抱き、冷たく言い放った。彼の声には、理解できないものへの苛立ちと、自身の論理への絶対の信頼が滲んでいた。


 アトラスにとって、サイファーの根拠の見えない行動は、作戦の進行を妨げる不愉快なノイズでしかなかった。


「この真実を掴むには、俺のやり方が一番手っ取り早い。テロリストの攻撃起点は、あの広場だ。」


 彼は、事件現場から少し離れた、公園広場のほうを指さして言った。


 シーカーは、アトラスの批判に口を挟むべきか迷いながらも、サイファーの様子をじっと見つめていた。


 彼のアプローチに不気味さを感じつつも、彼の苦悩が本物であること、そして彼の言葉が示す情報が、自身の緻密な情報収集では決して得られない「真実」の断片を含んでいることに気づき始めていた。


 彼女の追跡システムは、常に物理的な痕跡を追い、確実なデータに基づいていた。しかし、サイファーの能力がもたらす情報が、彼女のシステムでは捉えきれない、しかし明らかに有効な「何か」であることに、彼女は内心で激しく葛藤する。


 「手っ取り早い」というサイファーの言葉は、彼の能力の危険性を考えれば、決して傲慢なものではない。むしろ、これしか方法がないという、諦めにも似た決意に聞こえた。


 彼女は、自身の経験則と照らし合わせ、サイファーの能力の「結果」に注目し始めていた。この混乱の中で、彼女は、サイファーの持つ通常の魔法使いとは違う「何か」に対する認識も、少しずつ揺らぎ始めた。


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