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第4章 世界と魔力《ユウ》 2


――三年後。

「カリーナ、おはよう。そろそろ起きて。朝ごはんできてるわよ」


 レーナの優しい声がして、カリーナはまだ重い瞼を開ける。レーナが窓へ歩み寄り、遮光のために窓には嵌めていた板材を外すと、眩しい朝日が部屋に差し込んできた。

 三歳の誕生日に与えられた自室には、背の高い本棚に並べられた沢山の本と、娯楽の少ないこの世界で唯一ハマっているトイピアノ。そして優香が「可愛い!」と言ってルイにねだった動物のぬいぐるみがいくつも置かれている。


「んー…」

 まだまだ小さな手で瞼を擦りながら、カリーナはゆっくりと身体を起こす。レーナはそんな娘の姿を愛おしそうに見つめながら、ニコニコと笑っている。

「よく眠れた?」

「うん」

「朝ごはんの前に、顔と手を洗っておいで」

「わかった」

「一人で大丈夫?ママがお手伝いしようか」

「…じぶんでできるよ」

「そう……」

 遠慮がちに断るカリーナに、レーナはあからさまにしゅん、と肩を落とした。歩けるようになってからは、トイレも顔を洗うことも、着替えもできる範囲のことは自分でやっている。


 流石に料理や洗濯などの家事は全力で止められたのでしていないが、家の片付けや箒での掃き掃除は言われる前に自分でやっている。

 親を頼るのは食事の用意や洗濯、それと届かない場所の物を取ってもらう時くらいだ。


 部屋の掃除をするカリーナを「すごい!」「かわいい!」などと言いながらいつも見ているはずなのに、この母親はいつまであたし達を赤ちゃん扱いするつもりなのか。


 しかし、悪い気はしていない。

 カリーナは小さく笑ってベッドから降り、部屋を出て洗面所へ向かう。



 そんな様子を、あたしは《インセプルーム》から見ていた。

 《インセプルーム》とは、あたしや優香の自室と、《ゲート》と名付けた肘掛け椅子がある空間のこと。英語で《不離一体》を意味する《インセパラブル》と、《部屋》を意味する《ルーム》を合わせて、優香が作った呼び名だ。

 ちなみにインセプルームで眠ると移動する場所は、《地平線》と名付けた。


 ゲートの右隣には、今あたしが腰掛けている一人掛けの赤いソファーがあり、左隣には白いロッキングチェアがある。ロッキングチェアは優香の物だが、今優香はゲートに座り《カリーナ》として外にいるので、空席になっている。

 一日中隣で立ちっぱなしになるのは疲れるからと、お互いの観察用の椅子を出しておいたのだ。


 あたし達が《カリーナ》として外に出るのは、一週間ごとと決めている。昨日まではあたしの担当だったが、今日から一週間は優香の担当だ。話し方も好みも違うあたし達が日替わりに人格交換したら、両親が混乱してしまうかもしれない、という考えからだ。


 だが、急な人格交換が必要になる事態が起きた場合は、お互いの許可を得てから交代する。また、記憶の食い違いが起きないように、インセプルームにいる間はできるだけモニターを見ておく、とルールを定めた。


 モニターには、優香(カリーナ)が洗面所の前に木製の踏み台を置き、その上に乗って蛇口に手を伸ばし、顔を洗っている様子が中継されている。

 少しして顔を上げると、目の前の鏡に幼女の姿が映る。今は寝癖で跳ねているが、櫛を入れればまっすぐになる父親そっくりのハシバミ色の髪に、母親そっくりのはちみつ色の大きな瞳。

 これが、今世のあたし達、カリーナ・ベイカーの容姿だ。


『カリーナ、朝ごはん食べようか』

『うん』

 レーナの言葉に、優香(カリーナ)はリビングへ向かう。

 木製のテーブルに、クッションなどは何もない木製の椅子が三つ。テーブルの中央には、バスケットの中に焼きたてのパンがいくつか入っている。カリーナの席の前には、ソーセージとスクランブルエッグが乗ったお皿と、サラダの乗った小皿。子供向けの小さなフォークが並んでいる。


『いいにおい!』

『フフ、いっぱい食べてね』

『うん、いただきます!』

 優香(カリーナ)は椅子に座ると、バスケットから丸パンを一つ取り、一口齧る。


 この家に生まれた三年で知ったことは、あたし達(カリーナ)が暮らす村は『川の村』と呼ばれる《フルーメン》という田舎の村で、うちはフルーメンで三代続く有名なパン屋、《ベイカーの城》であるということ。父、ルイは婿養子だが、先代からパンの味を受け継ぎ、《ベイカーの城》を切り盛りしているそうだ。


 あたしは先代を知らないが、ルイの焼いたパンが何度も食べたことがあるので、本当に美味しい。

 あたしはソーセージやベーコンを挟んだ惣菜パンが好きで、優香は甘い菓子パンが好き。今優香(カリーナ)が食べている丸パンも菓子パンほどではないが、甘みがあるパンだ。

『カリーナ、美味しい?』

『うんっ』

『フフ、よかったわ。あ、口の横にパンくず付いてる』

 そういうと、レーナは優香(カリーナ)の口の横をテーブルナプキンで拭う。

『そうだ、カリーナの好きなベリージャム、塗ってあげるね』

 そう言いながら、レーナはジャムの瓶を開け、優香(カリーナ)の手にあるパンにスプーン一杯のジャムを塗る。


 すると、背後から呆れ笑いのようなルイの声がした。

『おいおい、カリーナはもう赤ん坊じゃないんだ。それくらい自分でできるだろ』

 あたしはルイの言葉に、大きく頷いた。といっても、インセプルームで頷いているだけなのでルイには見えていないが。


 ルイの言葉は尤もだ。流石に瓶の蓋は開けられないが、ジャムを塗るぐらいは自分でできる。それに優香(カリーナ)は確かにベリージャムが好きだが、一言も「ジャムが欲しい」と言っていない。そこまでするのは過保護を通り越して余計なお世話だ。


 いいぞ、親父。もっと言ってやれ。

 しかしレーナは、ルイの言葉に目をカッと見開いた。

『だって!カリーナったらハイハイも初めての立っちも自分だけで出来ちゃって!歩けるようになってからはお着替えも絵本を読むのも『自分で』って言うようになって!私はちょっと時を教えただけなのに!』

『うんうん、うちの小さなお姫様は天才だからなぁ。この前もおもちゃのピアノでオリジナルの曲を弾いてたし。将来は天才ピアニストかもなぁ』

 いや、あれはオリジナル曲でもなんでもなく、ただの童謡『ちょうちょ』を弾いただけだったのだが……。

 大袈裟すぎる親バカ両親に、恥ずかしさを通り越して頭が痛くなってくる。


 ルイがうんうん頷きながら一人で納得していると、レーナはまるで駄々をこねるように声を上げた。

『そう言う話じゃなくって!カリーナは一人でなんでもできちゃうし、言われなくてもお掃除してくれるようないい子だから……』

『分かってるよ。甘えたりわがまま言ったりも滅多にないから、寂しいんだろ。可愛い娘を構いたい気持ちは俺も一緒だよ。でも、あんまり構いすぎたらカリーナが窮屈だろ?俺は子供にはのびのびと本人の好きに生きてほしいと思うな』

 そう言いながら、優香(カリーナ)の頭をグリグリと少し乱暴に撫でる。ルイの腕には毎日パン生地をこねただけでは身に付かないような大きな筋肉がついている。


 ルイの言葉にレーナは思うところがあったのか、考え込むように軽く俯くと、

『そうね』

 と小さく頷いた。

『カリーナが何でもできちゃうから、まだ三歳なのにもう自立しちゃうのかなって、寂しくなっちゃったみたい』

『おいおい気が早いな。自立までまだあと十二年もあるだろ』

 ルイはそう言うと、ハハハ、と豪快に笑った。


 この世界の子供は、十五歳で自立する。働きに出たり、寮付きの養成学校に入ったり。成人は十八歳だという。

 前世でもようやく成人年齢が二十歳から十八歳に引き下げられたばかりだというのに、十五歳で自立は早すぎる気がする。

 だが、この世界ではそれが常識らしい。ルイも十五歳で家を出て冒険者となり、旅先でレーナと出会って結婚し、同時に冒険者を辞めたらしい。


 あたし達がまだ首が座ったばかりの頃に、酔っ払ったルイが鼻の下を伸ばしながらレーナとの馴れ初めを話してくれたことがある。

 途中から、「当時からお母さんは本当に美人でな」という自慢ばかりになったが。

 その後レーナに、「まだ言葉も話せない娘に何を話してるの」と叱られていた。


 ――…困った両親だねぇ。


 インセプルームに、呆れるような床の声が聞こてくる。口調は心底呆れた様子だが、声色は何だか嬉しそうだ。

 詳しくは知らないが、優香は前世で親の過干渉に苦しんでいたから、今の両親の距離感と、自分の行動を顧みれる性格に心地よさと安心感を抱いているようだ。

 あたしは一条の右手を握り、「まったくだね」と呆れながらも笑いながら答えた。

 あたしも、今世の両親は好きだ。



 食事を終えて、カリーナ(ゆうか)は自室で本を読んでいた。レーナは外で洗濯をしている。まだ三歳の幼女には大きく、分厚すぎる本。ページを一枚捲るだけでも一苦労だ。本を床に置き、クッションの上に座って小さな文字を目で追う。


 それは絵本ではなく、魔法の本だ。

 レーナに字を教えてほしいと懇願し、ある程度読めるようになった頃、カリーナ(ゆうか)は自室の本棚の一番上の段に、『魔法基礎』と書かれた背表紙の本を見つけ、目を輝かせた。


 前世では魔法なんて、ゲームやアニメなどの創作物の中にしか存在しないものだったから、あたしも面白そうだと思った。

 レーナにねだってその本を取ってもらい、今日初めてそれを読んでいるのだ。


「えーっと……ま、『まほう………は、………のうつわで』……やっぱりえほんとちがってぶんぽうがむずかしいな。えっとぉ…」

 まだ慣れない言葉に苦戦しながらも、何とか読めた内容は以下の通りだ。


『魔法の基本は、魔力の器である。魔法は器の中の魔力と、詠唱によって行使することができる。』


 不明点は多いが、要は魔法を使うには《魔力の器》なるものと、詠唱、すなわち呪文が必要だということだ。


――杖とかじゃないんだ?


 そうカリーナ(ゆうか)に尋ねてみると、「うーん」と考えるように少し唸ってから、

「そうみたい。《つえ》がひつようとはかいてないよ」


――ふーん…詠唱って、例えばどんなの?


「ちょっとまって、さがしてみる」

 そう言いながら、カリーナ(ゆうか)はペラペラとページを捲り、長々と細かい説明文に目を通す。

 少ししてから、「あっ」と声を上げ、とある一文に目を止める。

「これだ。えっと……『まりょくんのうつわ、しゅつげんじゅもん』」


――『魔力の器出現呪文』?魔力の器って、抽象的なものだと思ってた。


 カリーナ(ゆうか)の目線から文章を追ってみると、どうやら《魔力の器》は魔法の素質があるものの魂の中に生まれ、詠唱によって出現させて魔法の媒介にする。要は、《魔法の器》は杖の代わりというわけだ。


 《器》には、その素材によって合計五段階の順位(ランク)がある。一番下のランクは、木製の器、《アルボル》ランクだ。

 魔法の素質がある者が呪文を唱えれば、魔法の器が出現し、器の素材でランクが分かる。そしてランクごとに魔力量やできる魔法も変わる、ということらしい。


「ふーん、よくわからないけど。ちょっとやってみようかな」


――…気をつけなよ。初めてなんだし、何が起きるか……。


「だいじょうぶ、しっぱいしても《うつわ》がでてこないってだけみたいだし。えっと、じゅもんのことばは……」

 指先で文字をなぞりながら、呪文の言葉を探す。《魔力の器》のランクの説明の後ろに、それはあった。


 カリーナ(ゆうか)は手のひらを上に向け、つたない口調でその呪文を小さく唱えた。

「…《オーラ・ヴァス・ヴィルトゥーティス》」

 聞き馴染みのない言葉。一瞬空気がしん、と静まり返った。と思うと、カリーナの手のひらが青白い光を放つ。

「わっ!」


――優香!!


 強い光に視界が遮られ、インセプルームからも何が起こったのか見えない。

 光はしばらくすると小さくなり、やがて消えた。

「うーん……なんだったの?いまの」


――大丈夫か?ゆう、か……


「うん、だいじょう、ぶ………」

 カリーナ(ゆうか)の目がある物を捉えると、あたし達はほぼ同時に言葉を詰まらせた。


 先ほどまで何もなかったはずのカリーナ(ゆうか)の手に、美しい細工が彫られた器があった。トロフィーカップのような形で、ワイングラスのように透明だ。光の反射で、わずかに青白く見える。その中には、カリーナの瞳の色と同じはちみつ色の液体がなみなみと入っている。


 これが、魔力の器?

「おー!なんかキレイ!!これってなにランクなんだろう?」


――ガラスっぽいけど…ガラスなんて書いてあったっけ?


「えっとね、したから《(アルボル)》、《陶器(セラミック)》、《(フェルム)》、《(アウラム)》で、いちばんうえが………」

 カリーナ(ゆうか)は指でなぞりながら、その文を読み上げた。


『最も魔力量が多く、歴史上数える程度の者しか到達できない高みへの第一歩。ダイヤの器、《アダマス》ランク。誰からの支配も受けない、最強の器である』


 カリーナ(ゆうか)の手の中で、魔力の器が宝石特有の輝きを放った。


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