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第八話 食いしん坊な女の子

 その日の昼休み、僕は勇気を振り絞って園川さんに話しかけた。


『お昼ご飯、ご一緒してもよろしいでしょうか』


 よほど焦っていたのか、クラスメイトに向ける言葉にしてはおかしなものになってしまったかもしれない。やはりおかしかったのか、園川さんは控えめに笑いながら答えた。


『もちろんよろしいですよ。同級生なんですし、そんなにかしこまらないでください』


 嬉しくて、飛び上がりそうになる。


『はい! ちょっと待ってて』

 僕はこの特別支援教室に来てから誰かと一緒に昼食を共にするということがなか

ったので、誘ったもののどうしていいかわからなかった。とりあえず、僕の机と椅子を急いで引きずり、園川さんの机の対面にくっつける。


『わざわざ、机を持ってきたの?』

『うん。あれ、お昼ご飯ってそういうものじゃない?』


 恥ずかしくなって、顔が火照る。


『ううん、いいと思うよ。ふふっ、水瀬くんって面白いね』


 園川さんは口元を抑えて笑う。

 笑われたことが恥ずかしい反面、笑ってくれたことがすごく嬉しく舞い上がってしまう。


『全然面白くなんかないよ。でも、園川さんも面白いよね。なんか、見た目や雰囲気はもっとクールなイメージだったから』


 園川さんは、鞄からお弁当を取り出し、困ったように応える。


『よく言われる。私って、そんな怖い見た目しているのかな』


 僕は慌てて否定する。


『怖くなんてちっともないよ。というより、すごく美人だから近寄りがたいって感じかな』

 自身の見た目に疑問を抱くということは、彼女は生まれつき目が見えない、もしくは、かなり前に失明したのだろう。園川さんは、お弁当を広げる手を止める。


『なにそれ。もしかして水瀬くんってけっこう遊び人?』


 園川さんから、遊び人という似合わない単語が出て、少し可笑しくなる。


『遊び人なんかじゃないよ。全然そういうのとは無縁な人生だな』


〈でんごんくん〉で会話をしているので、毎回話すのには少し時間差がある。僕が文字を入力している内に、園川さんはお弁当を広げ、何か呟き合掌している。


『へー』


 特に僕の場合は、文章を入力しなければならず、誤字脱字がないか確認してから再生するので、やっと通じたと思ったらすぐに返ってくる。長い文章を入力した後に一言だけ返されるとすぐに僕のターンがきて忙しい。


『へー、って』


 僕が音声を再生すると、彼女はその間にお弁当に手を付けていた。お弁当はB5サイズのプリントほどあり、けっこうボリュームがある。どういう理屈か、彼女はどこにどのおかずがあるかを完璧に把握しているようで一口目にハンバーグを食べ、ご飯を咀嚼し、その後、言葉を発した。


『わざわざ転校生の私に挨拶しにくるくらいコミュニケーション能力が高い人だから、てっきりそういうのに慣れているのかと思った。そういう遊びに無縁ということは、あまり見た目がよくないのかな?』


 小悪魔のように笑う。

 からかっているのは目に見えている。


『いや、どうかな。見た目が悪いとは生まれて一度も言われたことないよ』


 褒められたことも一度もないが。


『ふ~ん。見てみたいな水瀬くんの顔。平凡に一票』

『残念だね。その賭けは僕の勝ちだ』

『そんなに自信あるんだ』

『中の下だよ』

『絶妙に卑屈だね』


 園川さんは苦笑いをしながら、ウインナーを頬張る。野菜にはまだ一口も手を付けていない。


『それはたしかに、自分の見た目に自信はないよ。園川さんに釣り合うような男じゃない。けれど、人は見た目じゃない。中身だから』


 良いこと言うなと自分で思いながら、僕はコンビニで買ってきたサンドウィッチを食べる。


『……』


 でんごんくんはテキスト欄に何も表示をしない。彼女は口に食べ物を入れて話すタイプではないみたいだが、今は口に何も入れていない。ただ黙っているだけのようだ。

 しばらくして、口を開く。


『水瀬くんはチャラいですね』

『なんで⁉』


 急な罵倒にサンドウィッチを噴き出しそうになる。


『水瀬くんのお顔、見られるのを楽しみにしています』


 微妙にリアクションに困る返答だ。いや、彼女はそういう人なのだろう。自分の目が見えるようになることを本気で願い、叶えようとしている。


 僕は、自分の耳が聞こえるようになればいいなと思うことは多々あっても、それを本気で叶えようと努力はしていない。いつからか、諦めてしまっていた。


 でも、彼女は違う。諦めていないのだ。

 その前向きな姿勢が、彼女――園川奏たらしめるのだろう。

 何事もハッキリとした性格に、凛とした佇まい。


 自分にはないものを持っている彼女にますます惹かれていった。


『お楽しみに』


 そうこうしている間に、園川さんはお弁当ほとんど食べ終わっていた。残るは後、野菜だけ。


『園川さん、食べるの早いね』


 僕がコンビニのサンドウィッチをまだ食べ終わっていないことを考えるとすごいスピードだ。ましてや彼女は目が見えていないにも関わらずだ。


『食べるの好きだから』


 またもや、彼女の新たな一面が見られた。

『そうなんだ。好きな食べ物はなに?』

『お肉と甘いもの。水瀬くんの好きな食べ物は?』

『僕は特にないかな』

『あははっ、つまらないね』


 笑いながらすごい辛辣なこと言うなこの人。でんごんくんの翻訳が間違えているのではないかと思って二度見してしまった。しかし、有力な情報が手に入った。好きな食べ物は肉と甘いもの。


『食べられればなんでもいいかなって』

 彼女は顔をしかめる。

『えー、もったいない。ほら、私って目が見えないからその分、他の感覚で楽しみたいんだ。水瀬くんもこの気持ち、わからない?』


 どうだろう。あまり意識したことがなかった。そういえば何かの本で読んだことがある。人間同士のコミュニケーションは7割が視覚で行われているらしい。


 普段、問題なくコミュニケーションを取れている僕にとってはその意見には同意だ。だから、僕はあまり自分の感覚が欠けているという自覚は薄い。


 しかし、その理屈でいうと、彼女の場合、残り3割でコミュニケーションをとっていることになる。その視覚7割分のエネルギーが他の感覚に供給されるのだろう。かくいう僕も、他人より視覚や嗅覚が優れていると自負しているので彼女の言うことも分からないでもない。


 この感覚もまたひとつ、彼女と共有できるものだと思うと胸がくすぐったくなる。


『なんとなくわかるよ。味のちょっとした変化とか人よりもわかるかもしれない』


 それを聞いて彼女はパッと笑顔になる。


『そう! それ、私も自信あるんだよね。あーそういうのを活かせる仕事に就きたいなぁ』

 可笑しくて笑いながら入力する。

『それどんな職業』

『えー、わかんないけど、美食家、みたいな? ずっとパフェだけ食べて生きていていたい!』


 食いしん坊な女の子は見ていてかわいいものだ。

 僕は彼女が大量のパフェをおいしそうに食べる姿を想像して、頬が緩む。


『パフェ、好きなんだ』


 彼女は手をブンブン上下に振り、興奮ぎみに応える。


『好き! 大好き! 三食パフェでもオッケー』

『さすがにそれは体に悪そうだね』


 そう言いつつ、僕はべつのことを考えていた。


 もしかしたら、これはチャンスなのではないか? 

 園川さんを遊びに誘うにチャンスでは?


 いや、しかし断られたら立ち直れない自信がある。


『パフェの話してたら食べたくなってきた』

『いま、昼食食べたばかりでしょ、すごいな』


 顔中に嫌な汗をかく。この時ばかりは見られていなくてよかっと思う。ここで誘わなければ男が廃る。いや、しかしまだその時ではないのではないか。まだ全然仲良くなっていない。もう少し親密度を上げてからでも遅くはないのではないか?


 でもそんなことをしていたら手遅れになるのではないか?


 容姿端麗で、明るい性格。この瞭綜高校でも確実にトップレベルの逸材だ。どこの馬の骨かわからぬ連中が湧いてくるのも時間の問題だ。


 そもそも、彼氏はいないのか? 彼氏がいたら僕、余裕で転校する。


 いやでも――

 頭の中で延々と自分会議を繰り広げる最中、当事者である彼女はあっけらかんとしている。


『パフェは別腹なんです』


 もうどうなろうが知ったことか!


 ダメでもともと。彼女が僕の希望なら、その希望にただ真っすぐ手を伸ばすだけだ。

 心の雑音を振り払い、音声再生ボタンを押す。


『それじゃ、一緒にパフェ、食べに行きませんか?』

『え? 学校にパフェが売ってるの?』

『いや、そうじゃなくて、休みの日に、一緒にどこか食べに行きたいなって』


 勇気を振り絞り、僕は言うと、彼女はしばらく悩んで答えた。


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