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第五話 僕を困った人にしないでくれ

『いや、それはわからないけど。そうじゃなくて、そのスマホで何してんの?』

 尋ねると、菜穂は誇らしげに手話をしながら話し出す。

『これね、孝則たかのりくんが作った画期的なアプリなんだよ!』

『誰だよ孝則くん』

『知らないの? 私の同級生、東孝則くん。お兄ちゃんの担任の先生の子どもだよ』

『あの人子どもいたんだ。というか今どきの中学生ってアプリとか作れるの?』

『まあ、瞭綜学園は色んな特技を持っている人が多いしね』

『あー、たしかに』


 うちの学校、瞭綜学園は小学校中学校高校大学とあり、特別推薦という制度を導入している。


 特別推薦とは、学業、部活動、その他秀でた能力を持った者が瞭綜学園からスカウトという形で入学できる制度だ。


 菜穂は昔からやっていたバスケットボールの実力と勉強ができていたから推薦された。他には、歴史ある花屋の息子で、花のことならなんでもわかるという理由で推薦されたという生徒もいる。ちなみに僕の数少ない友人だ。


 そういうわけで、瞭綜の生徒は秀でた芸を持つ者が少なくない。パソコンが得意でアプリケーションを自作できる生徒がいても不思議ではないのかもしれない。


 ちなみに僕は、なぜかわからないが推薦されたので、なんとなく中学から瞭綜に入学した。


 菜穂は満面の笑みで話し出す。


『このアプリをですね、なんと! お兄ちゃんにプレゼントしたいと思います! まあまあ、そんな手放しに喜ばなくてもいいよ。そうだなー、お返しはスペシャルな〈百花繚乱 春の桜花パフェ〉で――』

『え、いらないけど』

『なんでよ⁉』


 菜穂はギョッとした目で僕を見やる。


『だって使わないし。家族ではこうして手話で話してるし、そっちのほうが慣れてる』

『いやでも! 友だちとかと話すとき便利じゃない⁉』

 菜穂は必死に訴える。

『僕、そんなに友だちいないから』

『あっ……』

 菜穂は口元に手を抑え、後ずさる。


 いや、やっちゃった……。みたいな反応やめて! いるから! 一応、ひとりはいるから! でもそいつは手話ができるから、それは必要ないだけだから!

 僕が心の中で抗議していると菜穂は再び食い下がる。


『でもほら! 新しい友だち作ったり、彼女つくったりしやすいんじゃない?』

『彼女いない前提で話しされるの傷ついてるよ。どうしてそういうこというの?』

『つべこべ言わずスマホを渡せ』

 凄まじい形相で見下される。

『仰せのままに』


 僕は仕方がなく、スマホを充電器から抜き菜穂に渡した。


『なにこれ、画面割れてるじゃん』

『ああ……ちょっとね、転んじゃって』

『はぁ、本当にお兄ちゃんは仕方がないね。私がいないとしょうもないんだから』


 横暴でわがままだけど、どんな時でも頼んでなくても僕が困っていたら喜んで僕に手を差し出す。今もそうだ。わざわざ友人が作ったアプリケーションを僕に紹介している。


 僕が友だちを作れるようにと。当然、悪い気はしない。いや、正直すごく嬉しい。


 どうして妹が僕にそこまでしてくれるかわからないが、菜穂の手助けのおかげで僕は何度も救われている。感謝がつきない。菜穂が妹で本当によかったと思う。こんな僕にも何の隔たりを持たずに接してくれるのは嬉しい。


 でも、同時に暗澹たる気持ちが心の中で湧いてしまう。常に僕は、妹に支えられ、救われる立場なんだと意識してしまう。


 人を救える人間というのは、救えるほどの力が自力であるということだ。僕は常に妹から支えられているだけで、僕は妹を支えていない。そのことに罪悪感があるというのも事実だ。


 しかしそれ以上に、自身の欠けている部分を強く認識してしまうのだ。お前は未完成で欠けている、そう暗闇の中の自分に言われているような気がして、そのたびに自身の無力さを自覚してしまう。そんな風に思ってしまう自分に余計嫌気が差す。あとは抜けられない負の連鎖を繰り返す。


 それが、僕が友だちをほとんど作らない理由の大きな要因だった。


 今までの人生、僕を珍しがってか、僕に声を掛け、積極的に話しかけてくる人が何人かいた。


 彼ら彼女らは無償の奉仕を僕に施した。


 学校行事の校外学習で工場見学に行った際には、ガイドの人の通訳をしてくれたり、授業で先生の説明を聞けず理解に苦しんでいた時には、頼んでもいないのに授業後、ノートを見せてくれる人もいた。彼らの好意はとても助かった。


 彼らがいたからこそ、僕は高校生活の数か月、普通科の生徒として過ごすことができた。本当に感謝している。


 でも、同時にとても不安だった。


 彼らは、僕に何を求めているのだろう。素直に好意を受け取れなかった。彼らが僕に奉仕をしてくれるのは、何かの見返りを求めているのではないだろうか。


 そう思うと、彼らの奉仕に嫌気が差し、手を差し伸べられるたびに不愉快になっていった。今思うと、本当に自分勝手で自意識過剰だと思う。彼らには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 それに、本当は気づいていたんだ。彼らが僕に何も求めていなかったことを。


 彼らはただ、困っている人に手を差し伸べていただけだったんだ。

 そこには、自愛の気持ちもあったのだろう。それはべつにどうだっていい。


 でも、彼らの奉仕を受けることは、すなわち、僕自身を困っている人だと思っていることと同義だった。


 それがとてつもなく嫌だった。


 たしかに僕はみんなとは違う。普通の人間じゃないかもしれない。でも、僕はそれを否定したく、自分の存在を肯定するために普通科でみんなと同じように普通の学校生活をしたかった。


 しかし、彼らはそれを否定した。誰かに手を差し伸べられることは、必ずしも本人の救済にはならない。

 手を差し伸べられている時点で、当の本人は救われていないのだ。本当に、自分のわがままさと自意識過剰さが嫌になる。こんなことを考えずに生きられればいいのにと思う。


 普通科から特別支援科に転科する際に、親には相談した。しかし、さきほどのことを言っても、理解されなかった。そんなものは気持ちの問題だ、とまで言われた。


 分かっている。気持ちの問題だ。でも、気持ちの問題こそ、本人にはどうしようもないのだ。どうしようもなく、僕は普通科という現状から逃げ出すしかなかった。


 逃げたってどうしようもならない。結局、学校を変えなければ再び、彼らに合うことはある。多くの生徒や教室、体育館を見る度に去年のことを思い出し、虚しくなる。


 いっそのこと転校すればよかったかもしれない。僕のことを誰も知らないところで、ひっそりと過ごせばいい。そう思ったのにも関わらず、どうして僕は転校をせず、今もまだ瞭綜高校に居続けているのだろう。


 きっと、僕は今でも暗闇の海の中で、ずっと手を伸ばしているのだ。


 運命なんて信じない。幾度も運命というやらには裏切られてきたから。もし運命なんてものがあるなら、それは呪いだ。


 でも、呪いでもなんでもいい。


 希望の光があるなら、どうしても手を伸ばしてしまう。呪いなんだから、気持ちの問題だから仕方がない。


 そうだ。もう一度、光に手を伸ばしてみもいいんじゃないかな。


 何度目だろうか。失敗したら傷つき、心がぼろぼろになるだろう。でも、それも運命なんだから仕方がない。


 何度でも、何度でも僕は手を伸ばす。


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