表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第三話 生きているだけで幸せだって言うけど

 夕焼けが部屋に差し込み視界を嫌に照らす。カーテンを閉め真っ暗な自室。僕はベットに倒れる。


 学校、辞めようかな。本気で思った。明日どんな顔して登校すればいいんだ。もうクラス中で広まっているかもしれない。僕が園川さんのことが好きで振られたと。


 いや、そもそも僕が園川さんのこと好きだなんていう根拠はどこにもない!

 まだ振られたわけじゃない! 

 振られてないから!


 誰に弁明しているのかわからないが、必死に心の中で訴える。


 ベッドの上で暴れまわり、布団に顔を押し付ける。


 なんであんなことしてしまったんだろう……。

 新学期でテンションが上がってしまったのだろうか。春だからといって何か新しいことが始まると期待してしまったのだろうか。だとしたら僕は小説の読みすぎだ。そんな都合よくラブストーリーははじまらない。


 そうだ。僕に普通の恋愛なんて無理なんだ。そう自分に言い聞かせてきたからか、僕の恋愛経験はゼロだ。


 生まれつき耳が聞こえず、他人とのコミュニケーションはどこか一線を引いたせいで生まれて十五年、家族以外の人と仲が深まったことはほとんどなかった。


 ゆえに、恋愛感情を持つこともなく育ってきた。相手のことを知らずに恋愛感情を持つのは無理だと思っていたし、仮に恋愛感情を持ったとしても、そんな行き当たりばったりな感情は一時の感情の高ぶりに過ぎない。そんなの本当の恋愛ではないと思っていた。


 はっきり言って、一目惚れなんて馬鹿げていると思った。そんな僕がまさか、一目惚れなんてするとは思いもよらなかった。叶わないとわかっていて恋に落ちるなんて不幸になるだけだ。


 そんなことわかっているのに……。どうしてか、僕は彼女に恋をしてしまった。


 彼女なら恋が実ると思っているのか。

 いや、それはない。


 ただでさえ、僕は耳が聞こえず話せないから、普通のコミュニケーションがとれない。ましてや彼女は目が見えない。話すことでしかコミュニケーションをとれない彼女とどうやって仲を深めろというのだ。


 真っ暗やみの天井を仰ぎ、手のひらを伸ばす。

 

いつだってそうだ。

 僕が欲しい普通・・は、誰もが手を伸ばせば手に入れられる。


 僕は、たった耳が聞こえないというだけで、多くの人が享受できる幸せを得ることができないのだ。家族と言い合いになることも、ただ学校でおはようとあいさつを交わし、休み時間にはくだらないことを言い合って笑いあい、放課後はゲームをしてばか騒ぎをする。


 そんな当たり前なことが僕にはできない。


 伸ばしていた手のひらは空を切り、暗いベッドに落ちてゆく。


 どうすれば、彼女にこの思いが届くだろうか。またしても、僕は普通・・にはなれないのか。


 体が暗闇に吸い込まれているかのように体が重くなってゆく。

 僕はその力に抗わず、沈み、ゆっくりと目を瞑った。


 僕は、何もできない。


 小さな光が深海に灯った。僕は泳げないで、ひたすら奥底を沈んでゆく。小さな光を見つめるだけだった。きっと、普通の人は泳いであの光に手を伸ばすことができるのだろう。


 僕は違うから。普通じゃないから。あの光を物欲しそうに眺めることしか許されない。


 いっそのこと、光なんてなければいいのに。

 何かを望み、手に入れたいなんて思わなければいいのに。


 世の中はいう。

 生きているだけで幸せだ、と。

 毎日、三食ご飯を食べられて、戦争もせずに平和に暮らせるだけで幸せだ、と。

 だから僕もきっと幸せなんだ。毎日そう自分に言い聞かせている。


 でも、当たり前のこともできずに、何かを望むことがただひたすら虚しく感じる人生なら……


 暗やみのどこかから聞こえた気がする。口には出せない言葉が脳に響く。


 ――生まれてこなければよかった。


 暗やみの海の中を沈んでゆく。小さな光が視界から消えるよう願い、意識を遠くに捨てゆく。深い眠りにつくと、望んでもいない明日がやってくる。


 明日はやってこなかった。明日がやってくる前に、邪魔なやつがやってきた。


 衝撃が走る。

 声のない悲鳴が上がる。一瞬で目が覚めた。

 何事かと思い、起き上がろうとするものの体が重く起き上がれない。何か重いものが腹の上に乗っかっているようだ。


 はあ。

 心の中でため息をする。


 こういうときは大体あいつだ。僕は布団に乗っかっているこいつを蹴り上げるようにして、ベッドからどかす。床に強い衝撃が走り、そいつが勢いよく起き上がった。

『何すんのよ! お兄ちゃん!』

『それはこっちのセリフだよ』


 僕は部屋の電気を点け、手話で理不尽な抗議をするやつに反論をする。


『家に帰ってきて挨拶もせず、暗い自分の部屋でくたばってるお兄ちゃんを心配しに来た妹に対してそれはひどいね。思いやりがない。これだから最近の若者は』

『お前のほうが二歳若いだろ』


 肩を竦めて僕に呆れた目を向けるのは生意気な妹、菜穂なほだ。


 僕の母校でもある瞭綜中学校三年、バスケットボール部キャプテンで生徒会長。どうやら、学校では人気者で人望も厚いようだが、家での菜穂からその面影は一切感じられない。横暴で、唐突で激しい。その活発な性格は容姿にも表れている。


 そんな妹が一体、何の用で僕の部屋に来たのだろうか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ