エピローグ アネモネをきみに
空は雲ひとつなく青かった。
卒業式。
僕は今日、瞭綜学園高等部を卒業する。
思い返せば波乱万丈な高校生活だった。
普通科の生徒として入学し、挫折して、特別支援科に転科した。
絶望の最中、僕は彼女に出逢い、想いを伝えた。
その後、彼女は手術を受けず、目の見えないままフランスへと旅立った。
そして彼女は盲目の天才ピアニストとして世界を沸かした。
すごく、遠い存在になってしまった。
でも、嬉しかった。
きっと、彼女は夢を叶えることができたのだろう。
そして、これからもっと夢を叶え続けるのだ。
ちっぽけで何のとりえもない僕だけれど、少しでも彼女の力になれたのならよかった。
彼女はいま何をしているだろう。
僕はヘッドフォンをしながら、歩く。
相変わらず、ヘッドフォンからは何も聞こえない。
でも、以前のように、ヘッドフォンは僕にとって単なる防壁ではなくなった。
ヘッドフォンから僕の脳波を読み取り、話したいことをでんごんくんが読み取り、文章化し、音声化する。
彼女が前に進んだ後、僕も前に進んだ。情報部という部活を作った。
東孝則くんと一緒に、でんごんくんを更に改良し、僕だけじゃない、世の中の耳の聞こえない人、ハンデを背負う人。そういった人々でも人とコミュニケーションを取れるようなアプリケーションの開発を行ってきた。
でんごんくんは改良を進め、脳波を読み取り、それを文章化、音声化することに成功した。さらに従来よりも通信速度を速め、会話の時差を極限までなくすことができるようなった。
おかげで今では、でんごんくんは日本中で使わるようになった。
彼女が世の中の暗闇に絶望している人たちに光を照らすように、
僕も世の中の深海に絶望している人たちに音を届けたい。
僕は今日、瞭綜学園高等部を卒業し、瞭綜大学へと進学する。
そこでは最先端情報技術の研究所のメンバーとして参加する。
もっともっとでんごんくんを改良していつかは、誰もが誰にでも思いを伝えられるような世界を見たい。
それが、僕の夢だ。
× ×
桜並木を音無く歩く。
春風が吹き、桜の花びらが舞う。
今頃、彼女は何をしているだろう。
フランスにも桜はあるのだろうか。
きっと彼女のことだ。桜を感じたらまた桜餅が食べたいと思うのではないだろうか。そのとき、僕と一緒に桜並木に行ったことを思い出してくれるだろうか。一緒にパフェを食べに行ったり、ガーデニング教室に行ったことも思い出してくれるだろうか。
今でも僕は鮮明に彼女のとの日常を思い出せる。
初めて彼女に会ったときは夕暮れだった。虚ろな瞳をした彼女に僕は惹かれた。
美しく、そして凛とした姿。それでも中身は年相応の女の子で、喜怒哀楽に溢れていた。そんな彼女に、ますます僕は惹かれていった。
欠けている僕たちだからこそ共有できるものがあって、それでふたりで一緒に感動できた。欠けているからこそ、僕たちは手を差し伸べ合い、想いあった。
僕は今でも変わらない。今も、普通じゃない。でも普通じゃない自分を否定しなくなった。黄緑色の世界、はりぼての世界は無くなった。
彼女が僕から離れていった後も苦労することが何度もあった。でも、その度に彼女のことを思い出し、彼女の勇気を思い出し、前に進むことができた。
彼女は、今どんな思いで前に進んでいるのだろう。
もし、もしもだけど、前に進む勇気の中で一欠けらでも僕の存在があれば嬉しいな。
今でも、僕の想いが残っているといいな。
僕は桜の花が舞う空に手を差し伸べ掴む。手の平を開くと一枚の花びらがそこにはあった。
笑みがこぼれる。
今でも覚えている。彼女の冷たく、細い手の感覚を。
そして彼女はその手で今、世界中の人に希望を届けている。感動させている。
『僕がきみの傍らで、綺麗な景色をきみに届けるから、
きみが僕の傍らで、美しい音色を僕に届けてほしい』
今、
僕の傍に彼女はいない。
彼女の傍に僕はいない。
傍にはいないけれど、僕には届いている。
美しい音色は聞こえなくても、想いは届いている。
僕の傍に、たしかにきみの想いはある。
傍にはいないけれど、きみに届けたい。
綺麗な景色は見えなくても、届けたい想いはあるんだ。
彼女の傍に、たしかに僕の想いがあるといいな。
僕たちは欠けている存在だ。でも、欠けているからこそ、互いに補って世界を創ることができる。
だから、僕たちの想いで、世界中に綺麗な景色と、美しい音色を届けていこう。
僕たちだからこそきっと、届けられるんだ。
遠くにいてもきっと、届く。
傍にいなくても、伝えたい気持ちがあれば届くんだ。
伝えようとする気持ちがあれば、どんな形でも届くんだ。
だから僕は届ける。
――アネモネをきみに




