第二十六話 きみと一緒だから
息をきらしながら、職員室の前に立つ。
手のひらを見つめる。汗をかいて、少し湿っている。希望の光がなくなることを恐れてか、手は震えている。でも僕には、応援してくれる親友がいる。
大丈夫だ。僕は、親友が信じてくれる自分を信じる。
手を強く握りしめ、胸を叩く。意を決して、ノックし職員室に入る。
コーヒーの匂いが鼻を刺激する。教室と同じ木の床には綺麗にワックスが塗られており、ごみひとつ見当たらない。
僕は顔を上げる。
職員室の奥の方に、東先生がいた。
僕は大きく一歩を踏み出し、一歩ずつ東先生の座る席に近づく。
二メートルほど近づいたところで、東先生は僕に気づいた。
『……水瀬か。待ってたぞ』
東先生は疲れた様子でそう僕に言った。
待ってた、とはどういう意味だろう。
『失礼します。先生に聞きたいことがあってきました』
『来ることはわかってたよ。お前はそういうやつだ。まあ、座れ』
東先生は横の空席を指さす。
『いえ、こちらでけっこうです』
『そうか。で、何の用だ?』
『僕が来るのを待っていたってことは、聞かなくてもわかるんでしょう?』
『ふっ、そうだな』
東先生は机に置いてあるコーヒーを飲み、長い息をはく。
『園川のことだろ? 今日の朝、彼女は休みだっていったろ』
『休みの理由を教えてください』
『単刀直入だな』
『回り道している暇はないんで』
僕は睨めつけるように、東先生を真っ直ぐ見つめる。
『その割には、聞いてくるのが遅かったな。もう放課後だぞ』
眉間に皺が寄る。
『本当は聞きたくないんだろ? お前は賢いやつだ。俺が言わなくてもなんとなくわかっているんじゃないのか? つらい現実が待っていることぐらい』
『それでも僕は、知らなければならないんです』
『どうしてだ?』
『それが僕の意思だからです』
東先生はこめかみを押さえ、ため息をつく。
『お前には、知られたくないんだがな……』
『どういう意味ですか?』
そう僕が問うと、東先生は机の引き出しから白い袋を取り出す。
『これは園川から預かったものだ。お前に渡すよう言われている』
園川さんから預かったもの? どうして僕に?
『なんですか、それ』
『受け取るのか?』
『当然です』
『そうか』
東先生はしぶしぶといった様子で、机にある適当な用紙に何かメモのようなものを書き、それを白い袋に入れ、袋を僕に差し出した。僕はそれを受け取り、袋の中身を見た。
『手紙と、花?』
さきほど東先生が入れたメモの紙以外に便せんと花が入っていた。
白い便せんは桜の花びらのシールで封がされている。
花は、紫色のアネモネだった。
『俺も中身は知らない。だがおそらく、おまえに宛てた手紙だろう』
『でも、園川さんは』
目が見えないのだから、文字を書くのは困難なはずだ。
『いいから読んでみろ』
僕は白い袋を持ちながら、便せんを封しているシールを剥がし、中身の手紙を見る。
文章はすべてひらがなで書いてあり、ところどころ震えた字で書いてあった。
それでも一生懸命に書いてあるのがわかる。
僕はゆっくり、文章を読み始めた。
[みなせくんへ
わたしはいまびょういんにいます
かようびにめのしゅじゅつをするためきょうはにゅういんしています
ごめんなさい
うそをついていました
しゅじゅつのひはまえにおんがくしつできかれたときにはもうきまってました
いうのがこわくていえませんでした
それともうひとついっていなかったことがあります
わたしはめがみえるようになったらかいがいにいきます
ふらんすのがっこうでぴあののべんきょうをします
すごくすごくさみしいです
やっとめがみえるようになっても
みなせくんといっしょにさくらをみられないことがすごくさみしいです
でもぴあのもすごくすきでぴあののおかげでいまのわたしがいます
まえにすこしはなしました
せかいじゅうの
めがみえないひとたちをぴあのでかんどうさせることがわたしのゆめです
そのためにはいっぱいべんきょうしなければなりません
いまのままではわたしはゆめをかなえられません
まえにすすまないといけません
でもみなせくんのおかげでわたしはまえにすすめます
みなせくんがゆうきをくれたからわたしはゆめをおうことができます
さいしょはじしんがありませんでした
かけているわたしにはゆめをかなえることなんてできないとおもっていました
でもみなせくんがゆうきをくれました
ゆうきがあればじぶんのせかいをかえられる
みなせくんのそのことばでわたしのせかいはかわりました
だからわたしもせかいじゅうのひとたちにゆうきをあたえたい
まっくらなせかいをてらしたい
そうおもえるようになりました
ほんとうにありがとうございます
みなせくんのおかげでわたしはまえにすすめます
でもほんとうはすごくすごくこわいです
みなせくんがいないとすごくすごくこわいです
みなせくんがいたからいまのわたしがいます
みなせくんといるとゆうきがでます
いっしょにおひるごはんをたべたこと
いっしょにぱふぇをたべたこと
いっしょにさくらをみたこと
いっしょにおはなのべんきょうをしたこと
いっしょにおはなみをしたこと
ぜんぶきみといっしょだからできました
きみといるとちからがでる
きみといるとすごくたのしい
きみといるとすごくむねがどきどきする
きみといっしょにいたい
わたしは
きみのことがすきです
いままでありがとう
あねもねをきみにおくります]




