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第二十三話 ヒーロー


「じゃあ、そういうことなんで、私帰りますね」


 菜穂は奏に敬礼をする。


「うん、あ、待って!」


 奏が菜穂を制止する。


「うん? なんですか?」

「その……」


 奏はもじもじと体を揺らす。

 その姿を見て、菜穂は奏が何か言う前に切り出す。


「兄を、よろしくお願いします」

「え?」

「あれでも一応、ちゃんとした人間なんで。まあ、けっこう抜けててヘンテコで気持ち悪くて、バカですけど」


 奏は口に手を当て微笑む。


「菜穂ちゃん、水瀬くんことが大好きなんですね」

「まあ、そうですね。一応、家族なんで」


 菜穂は照れ臭そうに地面を蹴りながら言う。


「いいなぁ。私も水瀬くんみたいなお兄ちゃんがほしかったよ」

「いやー面倒くさいですよ。いちいち物事を余計に考えて、それで結局最後は自己嫌悪して、うざったいったらありゃしないですよ。でも――」


 菜穂は桜を見つめる。


「自慢のお兄ちゃんです。あ、奏さん。バカな兄がどうして瞭綜に入れたか知ってますか?」


 奏は顎に手を当て考える。


「うーん、いっぱい勉強頑張って入ったのかな?」

「あいつそんなに勉強できないですよ」


 菜穂は歯を見せて笑う。


「じゃあ、何か特技があるの?」

「いや、兄は多少、聴覚以外の感覚が優れてますが、それでも特技っていうほどでもないですよ。奏さんも知っての通り、瞭綜学園は特別な才能を持つ人間が特別推薦という制度で入ってきます。そういえば、奏さんはどういった特技があるんですか?」

「私は、少しピアノが得意でそれを認めてもらえたのかな」

「奏さんピアノ弾けるんですか! すごい! 今度聞かせてください!」


 菜穂は目を輝かせる。


「え、あ……うん。いいよ。それで、水瀬くんはどうやって瞭綜学園に入ったの?」

「ああ、そうでしたね。兄には、いわゆる特別な才能なんてないんです。でも、兄は〈普通〉じゃない」

「どういういこと?」


「兄はヒーローなんです」


 菜穂は昔を懐かしむ。


「ヒーロー?」

「はい。小学生の頃、私、兄と同じ地元の公立校に通ってて、兄が特別支援教室にいたんで、それで私はからかわれて、あのときはお兄ちゃんなんていなければ~なんて思ってました」

「…………」


 何と返していいかわからず、奏は口をつぐむ。


「でもある日、兄が授業中教室に入ってきたんです。いきなりなんだってみんな驚いて、そしたら急に黒板に書きだして」


 菜穂は当時を思い出し、歯を見せる。


「なんて書いたの?」

「〈ナホをバカにするやつは許さない!〉ってデカデカと黒板に書いたんです。ほんと、バカですよね。そんなことしても状況は変わんないし、ていうかむしろ悪化したし」


 菜穂は苦笑いをし、肩を竦める。


「それでも兄は、私がからかわれたらすぐに駆けつけてきて、で、そんな感じで兄がいちいち干渉してくるんで、いつの間にか私をからかう子もいなくなりました」

「そっか、だから、水瀬くんはヒーローなんだね」


 奏は頬があがる。


「まあ、そこで終わったらそうだったのかもしれないですね。でも、あいつバカなんで、今度は私とか関係なく、学校で起きているイジメにいちいち首突っ込んで、喧嘩して、もう問題児ですよ」

「でも、それでそうやって困っている誰かを救おうとするのはかっこいいよ」


「兄もそう思ったんでしょう。ましてやあいつは劣等感の塊なんで、誰かを救うことで自分を慰めてたんでしょう。でも、そうやってあいつがイジメに介入したところでイジメが解決するとは限らない。兄が介入したせいで余計に環境を悪くしてしまったこともあったみたいです」


「そう、なんだ……」

「それで、問題児扱いされた兄は近くの公立中学校にもその情報が渡って、なんか入学拒否みたいな感じになって」

「なにそれ、ひどい……」


 奏は自分のことでもないにも関わらないが、下唇を噛む。


「で、そんな噂をどうやって聞きつけたか分かんないですけど、瞭綜学園から話があって、〈昨今のイジメ問題に対して真剣に向き合う勇気ある生徒〉としてスカウトされたんです。たしか、東先生に」


 奏は目を見開く。


「へぇ、やっぱ水瀬くんってすごい勇気のある人すごい人なんだね。へへっ、なんだか私のことじゃないのに、嬉しいな」

「まあ、本人はそのこと自覚してないんで、自分がなんで瞭綜に入ったかも知んないみたいですけど」


 ふたりは笑いあう。


「だから、兄はバカでどうしようもないけど、根はまっすぐで勇気のある良いやつなんです。だから、これからも一緒にいてやってください」

「私が、水瀬くんと……?」

「はい。久しぶりに見ましたもん、兄があんなに楽しそうに笑うところ。いっつも死んだ目してんのに、奏さんの前だとニコニコしてデレデレしてほんっとキモい」

「あはは……」


 奏は苦笑いしか返せない。


「正直、悔しかったです。私といるときより幸せそうで」

「…………」


 菜穂は不機嫌に顔を歪ませるものの、すぐに笑顔になる。


「でも、兄が楽しそうに笑っているのを見て嬉しかった。奏さんのおかげです。本当に、ありがとうございます」

「わ、私は何もしてないよ!」


 奏は両手を横に振る。


「一緒にいてくれるだけでいいんです。それが、あいつにとっての幸せですから」

「そっか。それならいいんだけど……」

「だから、これからも兄をよろしくお願いします」


 菜穂は深々と頭を下げる。奏は少しの間、口を開けなかったが、なんとか口を開く。


「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 奏も頭を下げる。


「長話すみません! じゃ、また今度遊びましょう!」

「うん」


 菜穂は明るい調子でそう言い残し、去っていった。奏はひとりになり、胸に手を当てる。


「ごめん菜穂ちゃん。私は、一緒にはいられない……」


 奏はひとり呟く。その呟きは、桜の花びらと一緒に、空に舞い散る。



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