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第二十一話 色ごとの花言葉

 時刻は十時を過ぎ、ガーデニング教室がはじまった。はじめは紫織さんと紫織さんのお母さんである店長があいさつをし、紫織さんがガーデニング教室の流れを説明した。


 紫織さんや店長は手話で話し、ひとつひとつの文章を適切なところで区切りながらゆっくり話してくれたのでとてもききやすかった。どうやら今回のガーデニング教室では、基礎中の基礎を教えてくれるようだ。


 春に咲く花とそれらの花言葉。実際に花を見て、どんな風に育ててゆくかということを勉強するみたいだ。僕はもともと植物に関する知識は疎いが、蘭太郎の手伝いをしていることもあって多少、知っていると思っていた。


 だが実際に話を聞くと、僕が思っているよりも奥が深く、植物を育てるのがいかに大変で、苦労が絶えないかということを知った。


 次に、春の花の紹介だ。色とりどりの花が机に置かれる。全部で四種類の花がある。


 その中にアネモネがあった。花が置かれた後、園川さんは鼻を動かしていた。


『水瀬くん! いい匂いがするよ!』

『そうだね。香りのする花もあれば、そうでもない花もあるのかな。どれがどの香りの花なんだろう』


 僕が花に近づくのと同時に園川さんも花に身を乗り出す。

 頭同士が当たってしまった。


『あ、ごめん! 園川さん! 大丈夫?』

『大丈夫。ごめんね! ついはしゃいじゃって』


 園川さんは頭をさすり、照れ臭そうに笑う。


『僕もつい。ねえ園川さん! アネモネあるよ!』


 ぱっと花が咲くように彼女は笑顔になる。


『ホント⁉︎ えー見てみたいな~。ねえ水瀬くん! アネモネってどんな匂いするの?』


 僕は色とりどりのアネモネが咲いた花瓶を引き寄せ、鼻を近づけてみる。


『あんまり匂いしないかな。微かにちょっと香りがするような』

『そうなの?』


 園川さんは椅子を僕に近づけ、肩が触れる。


『う、うん。ほら』


 園川さんの顔にアネモネの花を近づける。


『ホントにちょっとするようなって感じだね。他の花の香りが強くてわかんない』

『そ、そうだね』


 僕は心臓の音が聞こえないように胸を抑える。


 他愛のない話をしているうちに、紫織さんが花の説明をする。

 僕はスマホを机の上に置く。


『いま、みなさんの前に四種類の花を置かせていただきました。今からふたつの班に分かれて説明いたします』


 相変わらず丁寧で優しく話をしてくれている。

 店長と紫織さんはそれぞれの机にわかれ、こちらの机には紫織さんが来た。


『盛り上がっていますね』


 紫織さんは口元に手をやり、上品に微笑む。


『そ、そんなんじゃないですよ』

『まんざらでもないくせに~』

『菜穂、茶化すな』

「…………」


 園川さんはなぜか俯いてしまう。


『それでは、さっそく説明させていただきます。では一番盛り上がっていたアネモネから説明しましょうか』


 紫織さんはアネモネを机の真ん中に置く。


『アネモネは春に咲く花の代表的な花のひとつです。十月、十一月などの冷えてきた季節に球根を植え、春の四月頃、おだやかな風が吹く頃に開花することから別名、風の花ともいわれております』

『へ~寒い頃に種まいて大丈夫なんですか?』


 菜穂が疑問を口にする。


 正確には〈種〉を植えるのではなく、〈球根〉を植えるのだが、紛らわしくなるのを防ぐためか紫織さんはあえて否定しない。


『ええ。アネモネは寒さには強いので、あえてその時期に植えるんです。ちなみにこちらがアネモネの球根です。一応、毒があるので、大丈夫だとは思いますが念のため直接触らないでくださいね』


 そう言って紫織さんは白い包み紙を僕らの前で広げる。


『なんか梅干しの種みたいだな』

『どっちかっていうとコマみたいじゃない?』


 僕と菜穂がそれぞれの感想をいう。


『梅干し……』

『園川さん?』


 僕が園川さんを横目に見ると、口元を両手で覆っている。


『な、なんでもないよ! こっち見ないで!』

『ごめん!』

『お兄ちゃん、さいてー』

『なんで⁉︎』


 園川さんは梅干しと聞いて食欲が刺激されてしまったのだろう。

 相変わらずの食いしん坊だ。ほほえましく、つい笑ってしまう。


『いま、私のこと食いしん坊だと思ってない……?』

『うん。思ったよ』

『思ったの⁉︎ そこは思っても否定するところじゃないの⁉︎』

『いや、嘘はいけないし』

『律儀だね……』

『ごめんなさい奏さん。ウチの兄は頭が悪いので』

『空気読めないとかじゃないの? なんでそんな言い方するの? お兄ちゃんのこと嫌いなの?』

『嫌いだよ』

『そこは否定して!』


 僕は涙目になりながらいう。そんなやりとりを紫織さんは微笑ましく見守っている。


『ふふっ。アネモネには素敵な花言葉があるんです』

『え~どんな花言葉だろ。明るい未来とかかな』


 菜穂が勝手に予想しはじめる。


 たしか前、花屋に来たときに蘭太郎から教えてもらったような気がするが、そのときは色それぞれで花言葉があるということだった。アネモネ単体で花言葉があるのだろうか。なんだろう。


『園川さんはどんな花言葉だと思う?』

『〈はかない恋〉だった気がするけど……』


 園川さんは自信なさげに呟く。


『正解です! よくご存じでしたね!』


 紫織さんは拍手し、嬉しそうに話す。僕は若干引き気味に問う。


『どこが素敵な花言葉なんですか……。めちゃくちゃ悲しい花言葉じゃないですか』

『いいじゃないですか〈はかない恋〉って。陰からそっと片思いをして、想いを伝えたいけれど伝えられないという甘い青春恋模様。ああ……私の青春はもう二度と来ない』


 紫織さんは目元に手をやり、涙を流すそぶりをする。なんだか何も言ってはいけない雰囲気になってしまった。でもさすがに無視をするのはかわいそうなので、適当に励ます。


『紫織さん美人なので、きっと良い人見つかりますよ』

『あら、ありがとうございます歩くん。ふつつかものですが、よろしくお願いします』


 紫織さんはぺこりとお辞儀をする。


『え、いや、そういう意味では――』


 僕が急いで否定しようとするものの横から遮られる。


『水瀬くんはやっぱり遊び人ですね』


 園川さんが僕の脇腹を突いてくる。

 身体的にも、精神的にもくるものがあるのでやめていただきたい。


『違うんだよ園川さん』

『なにが違うの?』


 心なしか怒った表情を向けられている気がする。

 というか、僕はどうして言い訳をしなければならないのだろうか。


『ちゃんと僕には好きな人がいて、その人以外に目は行かないから』

『そ、そうなんだ……』 


 僕が恥ずかしながらいうと、なぜか園川さんは口をしぼめる。


『わあ、何度こういうの見せられたら気が済むんだろ』

『これぞ、甘い青春模様ですね』


 菜穂が頬杖をつき呆れ、紫織さんが何やらはしゃいでいるがそんなことは気にしていられなかった。気まずいので話を戻す。


『それで! アネモネの話ですよね! 紫織さん!』

『ああ、そうでしたね。この甘い光景をずっと見ていたいんですが、仕事なので仕方がありません。話を戻しましょう』

『よろしくお願いします』


 甘い光景とは何か一体なんのことかさっぱりわからないが、僕は丁重にお願いをする。


『アネモネの花言葉は諸説ありますが、一般的には先ほど申し上げた通り、〈はかない恋〉です。また、アネモネの花の色によってもそれぞれ違った花言葉があるんです。いったい、どんな花言葉でしょうか』


 紫織さんから問われた。これは前回、蘭太郎からきいたので知っている。


『白が〈真実〉〈期待〉。紫は〈あなたを信じて待つ〉。赤は〈君を愛す〉であってますか』

『すごい! よく知っていましたね歩くん!』

『一応、調べたんで』


 少し照れ臭い。


『へぇ、お兄ちゃん、よく知ってんじゃん。なんで調べたの?』


 菜穂がニヤニヤとこちらを見る。こいつ、わかってて訊いてきてるな。


『いや、べつに。なんとなくだよ……』

『ホントに~?』

『うるさいバカ! なんでもいいだろ!』

『はいはいごめんなさーい。奏さん、うちの兄、アネモネの花言葉調べたんですって』


 菜穂は園川さんに告げ口をする。園川さんは戸惑いながら、口を開く。


『そう……なんだ。水瀬くん、どうしてアネモネの花言葉なんて調べたの?』


 くそっ、菜穂のやつ余計なこと言いやがって!


『いや、その……園川さんが好きな曲〈アネモネ〉ってやつだから、なんとなく調べてみようかなーって』

『あっ、そ、そっか! 私も好き……だから、調べてみたんだけど、色ごとに花言葉があるなんて知らなかったよ! 全部、素敵な花言葉だよね』

『うん! そうだね!』


 どうしてか少しぎこちない会話になってしまう。菜穂のせいだ。


 僕は菜穂に抗議の目を向けるものの、菜穂はそっぽを向いて口笛を吹くそぶりを見せる。


 やっぱりこいつ連れてくるんじゃなかった!


『ふふっ、青春ですね』


 紫織さんは相変わらず楽しそうに微笑んでいる。


 その後、他の花の話も聞いて、それぞれの育て方などを丁寧に紫織さんに教えてもらった。


 菜穂もおとなしく聞き、わからないことがあったらその都度、紫織さんに訊いたりなどガーデニング教室を満喫していた。そんなこんなで時刻は昼の十二時を過ぎようとしていた。


 紫織さんが前に出て、話をする。


『みなさん、今日はガーデニング教室にお越しいただき、誠にありがとうございました。以上をもちまして、ガーデニング教室を終了させていただきます。これを機に、少しでもお花に興味を持っていただけたら幸いです。


 それでは、これからウチのお店の裏にある桜のもとでお花見をしようと思います。お手洗い等済みましたら裏にいらっしゃってください』


 紫織さんが深く、お辞儀をしてガーデニング教室は解散になった。


『けっこう色んなこと知ることができたね』


 僕は隣の椅子に座る園川さんに話しかける。


『そうだね。私、アネモネに毒があるなんて知らなかったよ』

『うん、僕もだよ。食べられなくて残念だったね』

『うん、残念……ってもう! さすがに花は食べないよ! 私をなんだと思ってるの?』


 園川さんは頬を膨らませ、僕は笑う。


『冗談だよ』

『まったく心外だよ! はもうさすがに食べません!』

『え、は?』

『それより早くお店の裏に行こうよ! もうお腹ぺこぺこだよ~』


 園川さんはお腹をさする。


『ですねー。あ、奏さん荷物持ちますよ!』


 菜穂が園川さんの横にあるトートバックを持ち上げる。


『ねえ、ちょっと待って。はってどういうこと⁉︎ 昔は食べてたの⁉︎』

『ありがとう菜穂ちゃん』

『ほらお兄ちゃんも。早く行くよ』


 僕の台詞はスルーされ、園川さんと菜穂は椅子から立ち上がり歩きはじめてしまう。


 花って食べて大丈夫なの……?


 僕は彼女の食欲を心配になりながら、ガーデニング教室を後にした。



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