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第二十話 そういう風に見られていてもべつに…

平日が終わり、土曜日になった。今日は蘭太郎の家、花屋でガーデニング教室が行われる。朝十時に集合とのことだが、緊張なのか、興奮なのか朝早く目が覚めてしまった。


 僕はいつもよりも時間を掛けて身だしなみを整えていた。鏡を見ながら前髪を整えていると、自室の扉が開かれた。


『こら菜穂、勝手に部屋に入るな』

『べつにいいじゃん。なに、ノックでもする?』


 自室に入ってきたのは妹、菜穂だ。


『ああ、それいいね』

『ノックしても意味がないでしょ』

『いや、わかるよ』

『え? そうなの?』


 菜穂は目を見開く。


『うん。聞こえてなくても振動でわかるんだよ。今も、菜穂が僕の部屋の前まで来てたの、床の振動でわかってた』

『ええ……なにそれ、ちょっとキモい』


 菜穂が眉間に皺をよせ、後ずさる。


『お兄ちゃんの凄いところキモいっていうのやめて。傷ついちゃうから』

『ていうか、それならノックしなくてもわかるってことじゃん!』

『まあ、そうだね』

『やっぱ意味ないじゃん!』


 菜穂が何やら抗議しているが、どうだっていい。


『で、何か用? 僕今から出掛けるからその準備で忙しいんだけど』

『いや、それナホも行くから。お兄ちゃんがいつまでたっても来ないから呼びにきたの』


 菜穂は腕を組む。園川さん誘った日、帰宅した後、菜穂に自慢をした。そしたら菜穂も行くと言いやがった。


『えー、本当に来るの?』


 僕は顔を歪ませる。


『お兄ちゃんの好きな人見たいからねー』


 菜穂は上機嫌に跳ねる。絶対見せたくねー。


『はあ、まあいいか』

『よし! じゃあさっそく行こう! 遅れちゃうよ!』


 そのまま菜穂に引っ張られながら、家を出た。


   ×    ×


 蘭太郎の家、花屋に来た。時刻は九時五十五分。ぎりぎり間に合った。


『今日はよろしくお願いします』


 僕が頭を下げると、蘭太郎のお姉さん、紫織さんもお辞儀をする。


『ええ、よろしくお願いします。晴れてよかったです。絶好のお花見日和ですね』


 紫織さんは天使のように微笑む。


『はい。すみません。余計なものが付いてきて』

『お兄ちゃん、それ私のこと?』


 横から圧力を感じる。ちなみに菜穂は、家では一人称が〈ナホ〉。それ以外では、〈私〉と使い分けている。なんの意味があるのやら。


「―――――――」

「―――――――――」


 なにやら口頭で自己紹介をしているようだ。菜穂は頭を下げ、にこやかに話している。


 紫織さんは口元に手を当て、笑っている。家では横暴な妹が外でしっかりと話しているのを見ると不思議な気持ちだ。


『それでは、みなさんお揃いですのでさっそく行きましょうか』


 紫織さんが2階へ案内する。階段には手すりが付いており、一段一段の先端には滑り止めのゴムが着いている。やはりバリアフリーに気を遣っているようだ。園川さんも無事来られただろうか。この階段を登りきったら、きっと、園川さんがいる。


『私も、水瀬くんと一緒にいたい』


 園川さんの台詞が鮮明に脳に呼び起こされる。今はまだ春の季節にも関わらず、暑い。僕は手のひらで顔を扇ぐ。上手く話せる自信がない。


 僕はスマホをポケットから出しでんごんくんを起動する。よし。大丈夫。特に不具合はない。今まで不具合になったことなどないが、一応、チェックした。相変わらず年季とヒビの入ったスマホはつい先ほどまで充電フルだったにも関わらず、残量は30%だが、問題ないだろう。


 呼吸を整え、最後の一段を踏む。顔を上げる。


 端の方の席に園川さんが座っていた。


 彼女は僕の方を向いたような気がしたが、すぐに下を向いてしまった。

 僕は彼女に近づき、話しかけた。


『こんにちは、園川さん』


 僕があいさつすると、園川さんは耳まで顔を赤らめていた。その後、急に立ち上がった。


『お、おはよう……水瀬くん。きょ、今日はいい天気だね。涼しくて過ごしやすいですね!』

『う、うん! そうだね。涼しいね! えっと、顔赤いよ?』

『え⁉︎ そんなことないよ! バカ!』

『ええ! なんで⁉︎』


 僕は彼女の隣に座る。花屋の二階は広く、教室二部屋分ある部屋全体が白を基調とされ、窓以外すべて木でできている。長方形の机が四つあり、それぞれ人が四人ほど座れる。


 今回ガーデニングに参加するのは僕と園川さんと菜穂、それと四十代ほどの女性二人に、その中の子どもと思われる小学生の女の子がひとり、合計六人だ。それぞれ知り合い同士で座り、席は二手に分かれる。僕は園川さんの隣に座り、菜穂は僕の向かいに座る。


『あ、園川さん。紹介したいやつがいるんだけどいいかな』

『あ、うん! いいよ!』


 園川さんにスマホを向けると、驚きつつも大きく相槌をうつ。なんだか園川さんの様子が少しおかしいような気がする。僕は向かいに座る菜穂にアイコンタクトを送る。


 菜穂は理解したようで、立ち上がる。


『こちら僕の妹です』


「――――――」

「――――――――!」


 菜穂が笑顔で園川さんに挨拶をする。


 なぜか園川さんは顔を真っ赤にし、手を横に振り、何かを必死に否定しているようだ。


 挨拶が終わったようで、菜穂は席に座った。僕は菜穂に手話を送る。


『お前、園川さんに変なこと言って困らせてないだろうな?』

『なにも言ってないよー。ただ、いつも兄がお世話になっておりますーぐらいしか言ってないよ。それにしてもお兄ちゃん意外とやるねー』

『何が?』


 菜穂がニヤニヤといたずらな笑みを浮かべる。菜穂は声に出しながら手話を僕に送る。


『こんなにかわいい人と付き合ってるなんて、妹はびっくりですよ』


『付き合ってないから!』「――――――――!」


 園川さんも同時に何か言ったようだ。その様子を見て、菜穂は余計に面白がる。


『おーハモった! 仲良し~』

『菜穂、からかうのもいい加減にしなさい』

『はーい』


 菜穂は反省した後、べつの席に座る主婦らしき四十代の女性に話しかけた。

あいつコミュニケーション能力すごいな……。


 一方、園川さんは具合でも悪いのか俯いてしまった。


『園川さん、大丈夫? 具合でも悪い?』

『あ、いや、大丈夫だよ。ちょっと緊張しちゃって』

『そうだね。僕も緊張しちゃっていつもより早く起きちゃったよ。ガーデニングとかやったことないから不安で』


 嘘ではない。でも僕の場合はガーデニングどうこうというより、園川さんに会うことへの緊張で早く起きてしまった。そんなこと園川さんにいえないけど。


『うん。私にガーデニングとかできるのかなーっていう不安は少しある。でも、私が緊張してるのはそれだけじゃなくって……』


 いったい何に緊張しているのだろう。慣れない環境に来ること自体がやはり、園川さんにとってかなりストレスなのだろう。緊張状態に陥るのも無理ない。


 僕は少し罪悪感を抱きながらいう。


『会ったときも顔が赤かったし、具合悪いの?』

『っ! 顔赤くないから! 水瀬くんのせいだから!』

『ええ⁉︎ よくわからないけどゴメン!』

『もう!』


 彼女に睨まれているような気がする。

 よくわからないが、しっかりしなければと自分を鼓舞する。


『そういえば、今日はどうやってここまで来たの?』

『お母さんに送ってもらったんだ……もう』


 話の途中で何かを思い出したのか、彼女は頬を膨らませる。


『なにかあったの?』

『お母さんが、彼氏さんによろしく伝えといてって。彼氏じゃないって言ってるのに』

『そ、そうなんだ』


 どう反応していいか困る。


『水瀬くんの妹さんもそう! 私たち……そういう風に見えるのかな?』

『どうだろう。でも僕は……べつに、そういう風に見られていても問題ないけど……』

『え?』

『あ、いや、ごめん』


 ……終わった! 完全にキモいやつだ!


 僕のことがキモすぎて園川さんが帰っていないことを祈りながら僕は隣の席を横目で見る。彼女は俯きながら、何かを呟く。当然僕には聞こえない。しかし、〈でんごんくん〉は聞き取っていた。


『私も、べつに――――』

『え?』

『ううん! なんでもない! 聞かなかったことにして!』


 いや、まあ、聞こえてはいないんだけど。僕の脳は過度な衝撃により真っ白になる。


 しかし顔は沸騰するぐらい熱く、赤くなっている。それは彼女も同じようで、耳まで赤くなっていた。


『あ~今日は暑いね~』

『そ、そうだね~』


 ふたりとも手で顔を扇ぐが、一向に熱は冷めなかった。


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