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第十六話 輝かしい未来を願って

 それから僕と蘭太郎は、昼休みは共に屋上で昼食をとるようになった。お互いに興味のある本があれば貸し借りをし、休日も遊びに行くようになった。


 蘭太郎と出逢ってから一か月が経過した、ある日の昼休み。


『歩、今日もサンキュな。おかげで姉貴を喜ばせそうだ』


 蘭太郎は笑顔でいう。


『べつに、大したことはしてないよ』

 今日は昼休みが始まってすぐ、鉢植えに新しい苗を植える作業をした。そしてそれが終わり、青々と無限に広がる快晴のもとで昼食をとっていた。


 あれ以来、蘭太郎はちょくちょく、僕に手伝いを頼んできた。


 ものすごい量の鉢植えとそこに咲く花の手入れはすごく億劫だったが、僕はそれを引き受けた。今まで誰かを必要とすることは多々あったけど、誰かに必要とされるのは初めてだった。それがとても嬉しく、楽しかった。


『そういえば』

『うん?』


 僕が前から気になっていたことがあった。蘭太郎はお弁当の白米をほおばり、こちらをうかがう。弁当には、花屋らしく食べられる花が添えられていえる。


『蘭太郎はどうして手話ができるの?』


 今どき、医療や福祉に関わる人以外で手話ができる人に会ったことがない。それにも関わらず、蘭太郎はどこで手話を覚えたのだろうかとずっと疑問だった。


『あー、手話な。ほら、俺ん家って花屋だからさ』

『なにそれ』


 あまりにも脈絡のない返事に苦笑してしまう。


『お客さんでけっこう手話が必要なときがあんだよ。それで、姉貴に徹底的に叩き込まれた。そりゃもう……泣けたよ』

『なにが泣けたのか気になるけど、怖いから聞かないでおくよ』


 蘭太郎は何かを思い出すようにして、体を震わす。


『そうしてくれ』


 蘭太郎はおかずを頬張る。


『それにしてもそんなに多いの? その、耳が聞こえないお客さんとか』

『ああ、けっこういるよ。他には、目が不自由な人や、体が不自由な人。たぶんだけど、花屋ほど色んな人が来るお店はないんじゃないかと思うぞ』

『そうなんだ』


 それほど花というのは人にとって何か大切な存在なのだろう。


『花を買っていく人たちには、それぞれ何かしらの思いがあるんだよな。お見舞いだったり、激励だったり、悲しいことだったり、誰かに思いを伝えたいとき。俺はまだまだ半人前だからわかんないけどさ、花っていうのは、言葉だけでは伝わらない思いを人に届けられるんだと思う』

『言葉だけでは伝わらない……思い?』


 蘭太郎は照れ臭そうに笑う。


『いや、俺もよくわかんねーけどさ。人に何かを伝えるときって言葉だけじゃ足りないこともあるんだと思うよ。言葉ってのはさ、その一瞬にしか姿を現さない。でも、花ってのは咲き続ける限り、思いと一緒にあり続けるんだ』

『なるほど』


 僕は相槌をうったものの、内心、よく理解できないでいた。


 思いを伝えるのに、言葉だけじゃ足りない……。


 僕はこの言葉の意味を理解できなかった。僕は言葉を発することも受け取ることもできない。だから、文字を起こしたり、手話をして他人とコミュニケーションを取る。


 他の人は、言葉を発してそれを受け取り、キャッチボールのように言葉を返してお互いを理解しあう。


 言葉には感情を込められる。同じような「ありがとう」というセリフも、言い方によっては喜怒哀楽それぞれを表すようだ。そんな便利な言葉を使っても、まだ思いが足りないものなのだろうか。


『だからよ』


 蘭太郎はどこから取り出したのか、鉢植えを僕の前に出した。


 鉢植えは30cmほどの大きな鉢植えで、緑の棒が刺さっており、そこに弦が巻き付いている。上方には内側が黄色、外側が赤い綺麗な花が咲いている。


『なにこれ』

『グロリオサってんだ。花言葉は〈栄光〉と〈勇敢〉。これを歩にやるよ』


 蘭太郎はスマートフォンでグロリオサの説明Webページを見せる。


『え、なんで?』

『歩の輝かしい未来を祈ってな』

『ああ……』


 僕は、夏休みを機に、普通科から特別支援科に転科することになっていた。蘭太郎と仲良くなって以降、教室でも前ほど孤独を感じることは少なくなっていたが、どうしても、自意識過剰の悪い癖が抜けなかった。


 それに、蘭太郎への罪悪感もあった。蘭太郎が僕と接している限り、蘭太郎は他の生徒と関わりずらいだろうと思った。蘭太郎はそんなことを気にする人間ではないが、僕が許せなかった。


 はじめて、ちゃんとできた友人だ。


 この絆を大切にしたい。


『でも、どうしてこの……花? なの?』


 グロリオサという花を表現できず、戸惑いながら手話をする。


『なんか〈勇敢〉ってかっこいいだろ?』


 蘭太郎は歯を見せて笑う。


『そんな理由?』

『なんだよ、文句あるのかよー』


 蘭太郎は笑いながらいう。


『いや、すごく嬉しいよ』


 蘭太郎がこの花を選んでくれた理由を、本当はすぐにわかった。僕が色々悩んで、それで決断した転科という選択を蘭太郎はわかっているのだ。


 そして、それを肯定し、背中を押してくれているんだ。それがわからないほど、僕と蘭太郎の仲は浅くない。


 蘭太郎はそういうやつだ。決して自分を押し付けない。あくまで、僕の意思を尊重し、そっと背中を押してくれる。今まで僕は、地面に這いつくばったところを、立派にひとり立ち上がれる人たちに手を差し伸べてきてもらった。


 でも、蘭太郎は違った。決して自分からは手を差し出さなかった。むしろ、助けてくれと言わんばかりに僕に頼り、僕が選択した道を、応援してくれる。僕の背中を押してくれる人は蘭太郎が初めてだった。


 これが、お互いに支え合う関係性が、本当の友だちといえるのではないだろうか。


『行ってらっしゃい!』

『うん。ありがとう。って、叩くな。痛い!』


 蘭太郎は弁当を食べ終え、まだ昼ご飯のサンドウィッチを食べている僕の背中を叩く。


 こうして僕は蘭太郎に背中を押され、特別支援科に移った。


 風が奏でる自然の音も、鳥たちの鳴き声を聞くことはできないけれど、


 友だちと一緒に見る青空がとても、きれいに見えた。



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