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第十五話 最悪の出逢い

 あいつとの出逢いは最悪だった。でも、思い返せば最高だった。


 高校一年生の夏。相も変わらず、僕はクラスで孤立していた。いじめられているわけではない。ただ、僕は周りから敬遠されていた。クラスで浮いた存在になっていた。


 僕は、この一年A組という集団の中で孤独だった。


 大勢の生徒が賑わっているであろう昼休みの教室。友人同士で賑やかに話し、高校生活を謳歌しているクラスメイト達。その賑わっているであろう中、ひとり昼食をとるのは苦痛でしかなかった。


集団の中で、ただひとりでいることは孤独だ。ただ、誰もいない教室でひとりであるならば、まだ僕はここまで孤独を感じていない。孤独であることと、ひとりでいることには大きな違いがある。


集団の中でたったひとりだからこそ、余計に孤独を感じるのだ。周りから疎外されているように見える。


 いや、僕が僕自身をそう見ているのだ。だから僕は、僕を孤独たらしめる昼休みの教室が嫌いだった。僕はこれ以上、孤独を感じたくなく、コンビニで買ったサンドウィッチとお茶を持って教室を後にした。


 向かう先はどこだ。決めていない。ただ、あの孤独な空間から一刻も早く抜け出せればよかった。額から流れる汗を腕で拭う。さすがにこんな暑い中、外で食べるのは無理だな。


 しかも今日は台風が日本に上陸し、あいにくの大雨だ。教室にいるよりましだが、それでも外に出ようとは思わない。


 どこか昼食を食べるに適した場所はないだろうか。本校舎の四階廊下を歩き、階段にさしかかる。本校舎は四階建てのため、この上は屋上だ。


 屋上は生徒の安全のため、終日解放厳禁となっており扉は施錠され入れない。屋上付近に近づくことも禁止されている。


以前にも一度、教室を抜け出しひとりで行ったことがある。そのときは不運にも生徒指導の先生に見つかり注意を受けた。階段付近を見回す。先生も、他の生徒もいない。


 辺りを確認したのち、僕は階段に足を掛ける。薄暗く埃っぽい階段を一段一段と進む。屋上手前のスペースは広く、昼食をとるには充分なスペースがある。


 階段を登りきると、そのスペースはお花畑になっていた。


 いや、いろんな種類の鉢植えがあり、色とりどりの花が咲いていた。花は雨に濡れ、鉢植えからは水がしたたり落ちている。


 こんなところで花を飼育している? いや、鉢植えがびしょ濡れになっているのを見るに、今しがた外から回収してきたようだ。


 僕が怪訝な目で花を見ていると、開かないはずの屋上の扉が開かれた。


「――――――!」


 何事かと驚いている間に、びしょ濡れの男子生徒が鉢植えを両手に持ち、何か叫んでいる。そして、僕の姿を見て彼も驚いたようだ。この男子生徒には見覚えがある。


 見覚えというか、クラスメイトだ。


 身長百八十センチを越え、顔のパーツが整っており、いわゆるイケメンだ。

しかし、その見た目に反して性格はおとなしく、教室でもあまり他の生徒と話しているわけではなく、いつも本を読んでいる。


 かと思えば、休み時間には颯爽といなくなり、明るい調子で誰かと電話しているのを何度か目撃したことがあった。


 そういえば、昼休みの教室で一度も彼を見たことがなかった。


「――――――!」


 彼が僕に向かって何かを訴えかけてくる。何を言っているかさっぱりわからない。ただ必死なことはわかる。立ち入り禁止の屋上で何やら怪しいことをしていることを誰にも言いふらすなとのことだろうか。そういうことならば、安心していい。


 僕は誰とも話さない。話せない。


 何も見なかったことにしようと屋上から立ち去ろうと後ろを向くと、腕に衝撃が走った。


 驚いて腕を見ると、たくましく、雨がしたたっている手でつかまれている。

 後ろを振り向くと、びしょ濡れの彼がいた。


 なんだよ。誰にも言いふらさないよ。


「――――!」


 彼が何かを言っているか、わからない。僕は眉間に皺をよせながら、ジェスチャーをする。


 両耳に手をあて、その後、手で×《ばってん》を作る。次に、口から何かを話すジェスチャーをし、再び手で×《ばってん》をつくる。


 彼はそれをまじまじと見つめる。数秒して、彼は理解したようで、拳を手のひらに押す。古い表現だが、僕にとってはわかりやすいジェスチャーだ。理解してくれて、なによりだ。


 さて、他に昼食を取れる場所を探さなければと、僕は屋上を後にしようとした途端、


『驚かせて、ごめんなさい。ちょっと、手伝ってほしいことがあります』


 驚いた。彼は拙いながらも手話をした。


『なに?』


 手話が通じるなら話が早い。適当に断って、さっさと昼食を済ませてしまおうと思ったが、残念ながら彼にはその思いが届かなかった。彼はどうしてか笑顔になり、僕の手を取った。


 どうやら、僕が手伝ってほしいことを了承したと受け取ったみたいだ。僕は掴まれた腕を離そうとするものの、彼のたくましい腕からはまったく逃れられなかった。


 そうこうしていう内に、滝のような大雨と突風が吹き荒れる屋上に連れてこられた。


 なにするんだこいつ!


 僕は、目に雨が入らないよう腕を額にくっつけるが、意味をなさない。すでに全身がびしょ濡れになってしまった。すると、彼は僕の方を向き――


『花、ここから、出すの、手伝ってください』


 拙い手話とジェスチャーをする。


 なんで、そんなこと協力しなきゃいけないんだ!


 文句の一つでも言ってやりたかったが、それどころではなかった。

 屋上に置いてある鉢植えは突風で無残にも倒れ、土が散乱している。花が鉢植えから飛び出しているものもある。彼は鉢植えに駆け寄り、急いで持ち上げる。


 くそっ、なんだっていうんだ!


 僕も倒れた鉢植えを抱え、それを何回か繰り返しやっと屋上すべての鉢植えを回収した。


 屋上前のスペースはボロボロの鉢植えとびしょ濡れの僕たちでいっぱいになっている。


 全身から雨が滴る。Yシャツがべったりと肌にはりつき、下着も股にはりつき、非常に気持ち悪い。僕が気持ち悪さと疲労と戦っている最中、彼は息を切らしながらも花を鉢植えに丁寧に戻し、土を整えている。


 ある程度整え終わったのか、立ち上がり僕の方を向く。


『本当に助かった。ありがとうございます』


 さきほどよりもスムーズに手話をしながら礼を言う。

 もともと手話ができるのだろう。


『いいよ。さようなら』


 僕はとりあえず着替えたかった。教室にある体操着に着替えるため早々に退散しようとうする。それでも彼は感謝が足りないといわんばかりに話を続ける。


『きみ、同じクラスの水瀬くん、だよね?』


 彼はスマートフォンを開き、『水瀬くん』と入力し、その画面を見せながら手話をする。


『そうだけど』

『俺は、同じクラスの花宮はなみや蘭太郎らんたろうっていうんだ。今まであまり話したことなかったよな?』


 あまり、というか、一言も話していない。そもそも僕は人と話せない。嫌味を言っているのだろうか。僕はさきほどの仕打ちもあり、イライラしていた。


『うん。それじゃあ、僕は戻るから』

『ちょっと待って』


 花宮くんは焦りながら、鉢植えを蹴らないよう気を付けながら僕に駆け寄る。


『いきなりごめん。本当に助かった。ありがとう』


 花宮くんは泥まみれの手を差し出す。僕はその手を嫌そうに見つめるも、彼は手を引こうとしない。


 どうせ、僕の手も泥だらけだ。仕方がない。


 僕は手を伸ばし、彼の大きな手を握る。花宮くんは感謝のしるしを表現するかのように、強く手を握り返してくる。


 痛いっての!


 さきほどから僕をイラつかせてばかりだ。でも、泥だらけでも笑顔で感謝をする彼を見ると、その怒りは呆れに変わり、どうでもよくなった。


 怒りが収まると、今度は疑問が湧いてきた。


『ところで、花宮くんは何をしているの? 学校の屋上で菜園?』


 僕は気になったことをそのままいうと、彼は気まずそうに頬を掻いた。


『まあ、部活動、かな』


 園芸部なんてあっただろうか。もともと僕は部活動に入るつもりがなかったため、学校にどんな部活があるかは知らなかった。部活動が理由なら、屋上を自由に出入りできるのも納得がいく。


『大変だね。それにしてもすごい量の花だけど』


 そこそこ広い屋上前スペースは鉢植えでいっぱいになっていた。

 鉢植えには花が開いているものもあれば、まだ小さな芽が植えられた鉢植えもある。


『ああ。学校の催し物で披露するものだから、どうしても大量に用意しなきゃならないんだ。それがもしも、ひとつの花でも披露できませんってなったら、姉貴にどやされるからさ』


 花宮くんは雨で冷えてか否か、青ざめ体を震わす。


『お姉さんも園芸部なら、お姉さんに手伝ってもらえばいいのに』

『うーん、まあ、そうなんだけどな……』


 花宮くんは歯切れ悪そうにいう。


『何か言っちゃまずいことなら、聞かないけど』

『いや、べつにそういうわけじゃないんだ。なんていうか、その……姉貴を喜ばしたくてさ』

『どういうこと?』

『姉貴が三年生で、今年卒業なんだ。だから、卒業式にはいっぱいの花を披露して卒業させてやりたいんだ。やっぱなんか恥ずかしいよな』


 花宮くんは照れ臭そうに笑う。


『何も恥ずかしいことなんてないよ。すごく、立派だと思う』


 きょうだいのためなら頑張れる。きょうだいってそういう関係が一番良いに決まっている。僕は、面倒見の良すぎる妹を思い出した。


 誰かを喜ばせるために頑張れる人もいるんだな、と僕はそのとき知った。


 まあ、そのために僕を巻き込み、その後、風邪をひくはめになったことは今でも根に持っている。


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