第十三話 きっとこれが、普通の恋だ
食べ続けて、三十分後。僕は机に突っ伏し、必死に吐き気を堪えていた。
『やばい、もう無理だ』
とても見せられる表情ではない顔をしていたと思う。しかし、彼女はまだまだ足りないといわんばかりに僕が取り皿に分けるのを待っていた。
『えーしょうがないですねー水瀬くんは。それじゃあ、後は私が食べちゃいますよーいいのかなぁ?』
大いに結構だ。もう二度と甘いものを食べたくない気分。
それにしても、どういう胃の構造しているんだ。
園川さんの取り皿には、毎回僕の分の三倍わけていたのにも関わらず毎回僕よりも早く食べ終わり、次を待っている場面が幾度もあった。
そして、ついにパフェは底付近の地獄の生クリームゾーンに辿り着いていた。
『いいけど、後は生クリームだけだよ?』
『生クリーム大好き!』
『そっか……』
僕は壺、もといパフェの器から生クリームをすくう。
うーん、これを取り皿に置くのは見栄えが悪い。それに、クリームだとフルーツと違って、園川さんは取りづらいだろう。
うむ、ここは――
『じゃあ、園川さん、あーんして』
『はい! あー……って、ええっ⁉ なんで⁉ 普通に取り皿に置いてよ!』
僕は生クリームを乗せたスプーンを園川さんに近づける。
『取り皿に生クリーム入れたら園川さん取りづらいでしょ?』
『いや、取れるからいいって! 恥ずかしいって!』
『いやいや園川さん考えてみてよ。生クリームを皿に置いたらそれ全部すくって食べられるの? 皿が汚れない? 絶対にこぼさないって確証できる? もし、汚しちゃったら、お店の人に迷惑がかかっちゃうよ』
『んむぅ、水瀬くん。意地悪です! 最低です!』
頬を膨らませているが、構わずスプーンをさらに前へ進める。もう口の手前まできているが、園川さんは断固として口を開かない。
まあ、実際いじわるだ。
園川さんほど食事に慣れている人は生クリームでも綺麗に食べられるだろう。皿からこぼすなんてことをしないのを僕も確信している。その証拠に、今も取り皿は僕の方が汚い。というより園川さんの取り皿は一切汚れていない。半端ではない空間把握能力だ。
彼女も汚すとは思っていない。お互いそれをわかっていてやるからこそいじわるなのだ。
ブラックジョーク過ぎるかもしれない。しかし意外かもしれないが、このくらいのブラックジョークは実は嬉しいものだ。気を遣われず対等に扱ってくれていると感じるからだ。
『くち、あけて』
園川さんは、しばらく考えてからやっと観念し、口を開けた。
きれいな口をしている。歯は真っ白で並びも完璧に整っている。舌は桜色で、潤っている。あたたかい吐息が指先に触れる。僕はスプーンを落としそうになるのを堪え、そっとスプーンを口に運ぶ。スプーンが入るとすぐに口が閉じられる僕は席に着き、問う。
『おいしい?』
園川さんはすぐに咀嚼し、のどを動かす。
「……」
彼女は無言のまま、顔を手で覆った。顔を覆えても、真っ赤になった耳は隠せていない。
僕も、火照った体を冷ますように水を飲む。
『園川さん?』
「…………」
返事がない。ただの無視のようだ。さすがにいじわるが過ぎただろうか。僕たちは自分が欠けているということに関して常に劣等感を抱いているわけじゃない。他人に同情されるときが一番劣等感を抱く。
だからこそ、当たり前のようにちょっとしたジョークをしても傷つかないと思った。
よく、なかったな。
『わかんない』
『え?』
園川さんが顔から手を離し、呟いた。
『水瀬くんのせいで、せっかくの美味しい生クリームの味がわかりませんでした。だから……その、もう一回お願いします』
そう言う彼女の白い頬は少しいつもより赤い。せっかく水で体を冷ましたのにまた、火照ってしまう。
『うん。僕はもう食べられないから、むしろ、こっちこそ、お願いします』
園川さんは誇らしげに胸をはる。
『まったく、男の子なのにだらしないなー水瀬くんは。しょうがない。お姉さんに任せなさい』
『同い年。それじゃ、くち、あけて』
僕はスプーンにてんこ盛りに乗せた生クリームを口に彼女の口に入れる。
『あふぁ、おおひ』
不十分な言語も〈でんごんくん〉は翻訳した。
そこから何度かスプーンを運び、いつの間にかパフェは底を尽きた。
『これで、完食だね』
器にスプーンをこすりつけても食べられる量の生クリームはすくえない。
『おいしかったぁ』
園川さんもさすがにお腹いっぱいなのか、お腹をさすっている。
『それにしても、ほんとよくあの量を食べられたね』
ふたりで協力して食べたとはいえ、彼女は僕の三倍は食べている。見た目に寄らず大食漢のようだ。
『これくらい序の口です。さて、デザートは何にしますか?』
『お手洗い行ってきていい?』
『冗談です。さすがにお腹いっぱい』
あどけなく彼女は笑う。
結局、パフェが来てから一時間ほど経過していた。ということは、一時間食べ続けていたということになる。さすがにもう限界だろう。それから少し話して食休みをした後、お店を出た。
× ×
『ふぅ、楽しかったぁ』
『そりゃよかった』
午後二時頃。相変わらず街には多くの人で賑わっている。お店の入り口の横で僕と園川さんは立っていた。彼女は僕の方に体を向けた。
『また、誘ってください』
『うん。あ、園川さんこの後ってまだ時間ある?』
もともと予定ではパフェを食べに行くだけだったので、彼女の一日の予定は聞い
ていなかった。
『ううん。特にないけど、どこか行くの?』
不安そうな様子はない。少しは信頼してもらえただろうか。僕は緊張をよそに、テキスト欄に文字を入力する。
『もし、よければなんだけど、園川さんと一緒に行きたい場所があって』
断られても仕方がない。そう思っていたが――
彼女は笑顔で即答した。
『うん。いいよ。どこに行くの?』
予想外の反応に少し戸惑う。
『それは、内緒でもいい?』
『ええ? なにそれ何か怪しい……』
何も怪しくも、やましくもない。しかし、僕の言い方がよくなかったのかもしれない。
受け取る方としては不安がるのも当然だ。しかし、できれば目的地に着いてから場所はいいたい。
『着いてから説明したいんだけど、ダメかな?』
彼女は考えるふりをして、笑顔で返す。
『私は水瀬くんを信頼しているのでいいですよ。では、エスコートお願いします』
彼女はそう言って、僕に手を差し出した。
僕はそっと、彼女の細く、少し冷たい手を取った。
『ええ、お気に召すとよろしいのですが』
『なにそれ、変なの』
彼女は笑い、僕も笑う。楽しい。
きっとこれが、日常で、休日で、デートで――
普通の恋だ。




