表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ぷろろーぐ

 ◇ ◇ ◇




「んっ~~~~~~~」


 青色の豪奢な服に身を包み、廊下を歩きながら伸びをする一人の青年。

 手には旅行鞄を持ち、その表情は一仕事終えた後の充実感で満ち溢れていた。


 青年、ウィズリア・デ・ラングシャトリアは、本日付で五年にもわたる任務からようやく解放されたのだ。

 任務内容は、先の戦争で失われた戦略級魔術強化兵装『クルシオン』の捜索及び回収。

 古代遺跡から発掘され、未だその詳しい仕組みが解明されていないクルシオンは、下位魔術師の放つ下級魔術の威力を、高位魔術師の放つ上級魔術のそれに匹敵させる。

 魔道大国アルフラーレにおいて尚、他の追随を許さぬ高みにいる三人の王宮魔術師『三賢者』の内の一人であるウィズリアは、五年前にクルシオンの行方が分からなくなった際、その捜索及び回収の任を国王アルバトロスⅢ世から直々に承った。

 万が一クルシオンが高位魔術師の手にでも渡っていようものなら、その回収は困難を極める。

 余計な犠牲を出さないためにも、圧倒的な力の持ち主がその回収の任に当たらなければならなかった。



 ◇ ◇ ◇



 そもそもの始まりはと言えば、戦争で碌な戦果を挙げられずに功を焦った一部の軍高官達が、王宮の宝物庫で厳重に保管されていたクルシオンを、それぞれの協力のもとで勝手に持ち出しことであった。

 だとしても、クルシオンを王宮魔術師にでも持たせて圧倒的な勝利を収めさえすれば、その身勝手な行為は勝利という名の栄光の影に隠れて、有耶無耶のままに終わる筈であった。

 なのに、クルシオンを持たされた一人の王宮魔術師を先頭にして突き進んだアルフラーレの軍勢は、ブルペスト王国軍の前にまさかの大敗を帰してしまった。


 クルシオンを用いることで得られる圧倒的な火力は、アルフラーレ軍に確実な勝利をもたらす。

 通常であれば、そこに疑いの余地などなかったのかもしれない。


 にもかかわらず、アルフラーレ軍が大敗を帰したのは、何者かによってクルシオンの情報が敵国の手に渡った所為であった。

 軍内部でも一部の者を除いては、まことしやかに囁かれる噂に過ぎなかったクルシオンの存在。

 それが持ち出されたことをブルペストが知ったのは、明らかに軍内部の、それもかなりの上層に内通者がいたことを意味していた。

 だが、クルシオンが持ち出されたことに始まるすべての事実が国王の耳に届いた時には、既に何もかもが手遅れとなった後であった。

 ブルペストは手に入れた情報をもとに、数人の王宮魔術師を含む約百人もの高位魔術師を擁(よう)した精鋭軍を調(ととの)えて、迫りくるアルフラーレ軍に対して入念な罠を仕掛けた。

 その罠とは、内部で展開された魔術への干渉を可能とする、強力な結界魔法陣。

 何重にも偽装が施され、魔術的要素を極限まで排除することで隠蔽されたその罠は、見事アルフラーレ軍の探査魔術の網の目を掻い潜ることに成功した。

 その結果、進軍していたアルフラーレ軍は、足元で突如展開された巨大な結界魔法陣によって、混乱の坩堝と化した。

 魔法陣の展開とともに広がった巨大な結界に、自分達が罠に嵌まったことに気付いた王宮魔術師は、碌に結界の術式効果も確認せずに大規模魔術での結界の破壊を試みた。

 クルシオンによって何十倍にも威力が増幅された王宮魔術師の魔術は、もともとの威力も相まって容易く結界を破壊する筈であった。

 いくら内部で展開された魔術に干渉出来る結界とは言え、その効果の程はクルシオンによって増幅された王宮魔術師の魔術を打ち消すまでには至らない。

 しかし、ブルペスト王国軍の魔術師達が行った干渉は、魔術の威力を削るのではなく、それとは逆に、さらに増幅させるものであった。

 クルシオンで大幅に魔術の威力を上げられると云っても、それにはある一定の限界が存在する。

 増幅させる魔術の威力は、飽く迄も術師が制御できる範囲内に止(とど)まるからだ。

 王宮魔術師にとっては、自身の行使し得る限界まで魔術の威力を高めようとしたのが仇となった。

 けれど、誰がその判断を責められよう。

 何の前触れもなく突如広がった巨大な結界。

 何の効果を有しているかも分からないそれを即座に破壊しようとするは、強力な魔術に対抗できない一般兵士達のことを思えばこその行動であった。

 だが、ブルペスト王国軍の魔術干渉は、そんな王宮魔術師へと無慈悲に襲いかかった。

 放とうとした魔術が自身の制御を離れて膨れ上がっていく様子を、王宮魔術師は何もできずにただ呆然と見ているしかなかった。

 結界内という閉鎖空間であったことが災いし、暴走したその大規模魔術は、結界内に捕らわれていたアルフラーレ軍の大半を道連れにして、王宮魔術師諸共その生涯を閉じさせた。

 もともと一部の軍高官達が勝手に企てた攻勢故に、それほど多くの人員が投入されていなかったことが不幸中の幸いと言えた。

 潰走して生き延びた僅かな兵士達の中から首謀者の名を聞き出した国王は、探し出した内通者も含めそのすべてを死罪に処したが、失われたクルシオンの存在はそのまま行方知れずとなったのだ。



 ◇ ◇ ◇



 アルバトロスⅢ世からクルシオンの捜索及び回収の任務を承ったあの日から、実に五年の月日が経った。

 あの頃とは何もかもが違う。

 戦争に勝利したは良いものの、老体(現在、不老の技術は確立されているものの、本人の魔力保有値に依存したその技術は限られたごく一部の人間にしか適用されず、この世界において魔術の恩恵を最大限に享受できる魔道大国アルフラーレの国王でさえも、三百歳程までしか寿命を延ばすことができない。)には戦争に付随する諸々の心労が堪えたらしく、アルバトロスⅢ世は国王の座から降りて、その席を息子のアルバトロスⅣ世に譲った。

 息子の方はまだ不慣れながらも、家臣の言葉に一生懸命耳を傾けてどうにか政務をこなしていっているらしい。

 先ほど任務完了の報告が初めての顔合わせとなったが、なかなかどうして立派な人物だった。

 経験さえ積めば、善政を敷く立派な賢王になることだろう。

 そして俺は、今年で二十歳になる。

 まだ十五歳の少年であったあの頃の俺とは違い、背も伸び、考え方も変わり、魔術の腕も大幅に伸びた。

 筋肉だけはからっきしなのが悔やむべきところだが……。

 まぁ、それは魔術師の宿命というものなのだろう。

 知り合いの魔術師に一人筋肉バカがいるが、あんなのは例外中の例外だ。

 ここ五年、任務で外に出てて城に帰ることはなかったけど、あいつ今は何してんだろう。

 自分の部屋に荷物を置いたら、真っ先に会いに行こうと思う。

 空間魔術を使えば一瞬で自分の部屋に行けるのだが、王宮内での魔術の使用は固く禁じられてる。

 魔道大国の王宮で魔術を使ってはいけないなど可笑しな話だが、なんでもこの国を建国した初代国王アルバトロスⅠ世が、魔術師の怠惰な生活を少しでも改善するために定めた規則だそうだ。

 魔術師は、特に高位魔術師になっていくほどより便利な魔法が使えるようになっていくので、日常生活のことをなんでも魔法で片づけてしまうようになるのだ。

 この規則が多くの魔術師が王宮内部に住まうのを嫌がる理由の一つなのだが、王宮に仕える前の自分もそうだったから、耳が痛い話だ。

 最初こそ反発を抱いて、魔力の残滓を一切残さない完璧な隠蔽を施してこっそり魔術を使うことに励んでいたが、一度その現場を見られて筋肉達磨にひどい目に遭わされてからは、大抵のことはきちんと自分の力で処理するようになった。

 王宮に入ったばかりのあの頃の出来事は、今でも懐かしい思い出の一つだ。

 懐古趣味がある訳ではないし、そんなに年を取ったつもりもないが、あの頃を思い出していると自然と笑みが浮ぶ。

 そんな顔をしていたら擦れ違う人々に変な目で見られそうなものだが、今歩いてるこの廊下は『三賢者』専用住まいの塔へと繋がっているために滅多に人が通らないので、その心配はない。

 顔を綻ばせながら歩んでいった先に、青色の扉が見えてくる。

 やっと自分の部屋に辿り着いたようだ。

 扉の前で歩みを止め、一度深呼吸する。

 五年ぶりの我が家とでも形容すればいいのだろうか。

 五年前の部屋の内装は今でも完璧に覚えているし、先ほどばれないよう一瞬で解いた金属施錠に偽装した魔術封印も、五年前から一度も解かれた形跡はなかった。

 他の二人の賢者なら、俺に気付かせずに一度解いた封印をそっくりそのままもとに戻すことも可能かもしれないが、あいつらは他人の部屋にこっそり盗み入るような奴らじゃないので、可能性を考慮するだけ時間の無駄だ。

 こっそりじゃなくて堂々と盗み入るであろうことがそう判断する理由であるというのが、あいつらの困ったところなのだが……。

 それにしても、部屋の中が何の代わり映えもしていないことが頭でわかっているのに、俺はなぜこうも扉を開けることに緊張しているのだろうか。

 もしかしたらこう言う場面でこういう風に緊張してしまうのが、十九歳にもなっても未だに他人から子供っぽいといわれる所以なのかもしれないが、実際のところどうなのかは分からない。

 人から見た自分というのものは、得てして自分には理解しがたいものなのだ。

 結局、都合三度の深呼吸をした後、俺は思い切って扉を開けた。


 ギィィギィギィギィィィーーーーーーーー


 五年も放置されて油の切れていた蝶番が、金属音を響かせる。

 開け放たれた扉の向こうの我が家は、到る処に埃が積もっているものの、五年前とまったく同じ姿でそこに広がっていた。

 机に置かれた写真。

 棚に並べられた書物。

 そこかしこに散らばる研究資料。

 到る処に描かれた魔法陣。

 何もかもが五年前のままだ。

 舞い上がる埃に構わず、後ろ手に魔術封印を掛け直しながら部屋に踏み入り、写真立てを手に取る。

 魔法で紙に転写された画像には、笑っている自分とそれを囲むようにして立っている友人らが写っている。

 その内の一人、自分と肩を組んで笑っている人物を指でなぞる。


(カイル……お前の後始末は付けてやったぞ。)


 ――カイル・ウォン・パルメスト


 書類上ではクルシオンを紛失させた張本人とされる人物だ。

 一般には、先走ったアルフラーレ軍を率いて魔術を暴走させ、自軍を壊滅にまで追い込んだ極悪人としてのみ、その名を知られている。

 そう――件(くだん)の王宮魔術師の名こそが、カイル・ウォン・パルメストなのである。

 事件当時大佐であったカイルは、独断専行に纏わる責任のすべてを押し付けられた。

 死人に口なし――それを良いことに、軍高官達は自分達の失態の全てを闇に葬り去ろうとしたのだ。

 実際には、カイルはただ上官の命令に従ってクルシオンを持って軍に従事しただけに過ぎない。

 クルシオンが宝物庫から勝手に持ち出されていたことなどもちろん知らなかったし、ましてや自分が一緒に赴く先行軍が軍規に反したものだとは微塵も思っていなかったに違いない。

 だが、実際に戦いに赴いたアルフラーレ軍の中において最上位階級にあったカイルは、彼らにとってまさに打って付けの存在であった。

 下された処分は、軍人階級の剥奪、及び遺族年金の没収。

 大佐に下される処分としては、過去に類を見ない程の厳しい処分であった。

 後々、それが独断専行を命令した一部の軍高官達の巧みな情報操作によるものだと判明したが、その頃には既にどうすることもできない所まで事態は進行していた。

 一連の事件の情報は民衆にまで広がり、今更、実は違いました、などと言えるような状況ではなかったのだ。

 そんなことをすれば国家の信用が失われるのは目に見えており、たとえ事実を話したとしても、それでは一部の軍高官に身勝手な行動を許した事実を認めることになってしまう。

 そうなれば、問題は一軍人の不正に止まらず、不正を行うような者達を高官に据えた軍上層部にまで及び、国家の威信にも係わりかねない。

 国の上層部がカイルを尻尾切りにして国を取ったのは、極々自然な流れであった。

 その後、一部の軍高官たちによってもともと情報が隠蔽されていたこともあり、事後処理は滞りなく行われた。

 もちろん、俺達はただ黙ってそれを見過ごした訳ではない。

 友人の名誉が、死んで尚傷つけられようとしていたのだ。

 それをただ黙って見過ごすことなどできるはずもなかった。

 だが国の上層部が下した判断は、たとえどれだけ人として間違っていようとも、大勢の国民を抱え、支えていかなければならない国家としては、極めて正しいものであった。

 そして当然の如く、そこに俺達の意見が通る余地などありはしなかった。

 結局、必死の抗議の末に不正を行った軍高官達の処分までは何とか王に取り付けたものの、カイルの無実という国民に対する事実の報道を勝ち取るまでには至らなかった。

 それに対して他の友人らは、大なり小なり不満は残るものの渋々と言った感じで納得の様相を見せていたが、俺だけはどうしても納得がいかなかった。

 カイルは俺にとって、唯一無二のかけがえのない親友。

 王宮に来たばかりで右も左も分からなかった俺に、懇切丁寧に一から十まで教えてくれたカイル。

 子供故に礼節を弁(わきま)えず、しょっちゅう無礼を働いて立場を悪くしていた俺を、幾度となく庇ってくれたカイル。

 周りが大人ばかりの王宮で一人ぼっちな思いをしていた俺にとって、カイルは正に頼れる兄のような存在であったのだ。

 だから俺は、たとえどれだけ希望が薄くとも、カイルの名誉を取り戻すために何かをしないではいられなかった。

 そしてそのひと月後、毎日のようにカイルの名誉の回復を願い出続けた俺の努力が実り、とうとう根負けした王が俺に一つの取引を持ちかけてきた。

 クルシオンの捜索及び回収。

 見事その任務を成し遂げたならば、国民に対する事実の報道は出来なくとも、書類の上だけでもカイルを無罪にしてやろう、と。

 正直、俺を利用してあわよくばクルシオンを回収しようという王の魂胆は見え透いていた。

 だが、願ってもないその取引を断る理由もまた、何処にもありはしなかった。

 一も二もなくその申し出に跳びついた俺は、それから程なくして碌に旅支度もしないままに、任務遂行を目指して王宮を飛び出したという訳だ。


 懐古の念に浸りながらも、もう一度カイルの姿を指でなぞる。

 本日、五年に渡って抱き続けた大願はようやく果たされた。

 王は当時と違えども、取引の詳細な内容が記された契約書はしっかりと次代の王へと引き継がれていた。

 労いの言葉とともに言い渡された書類上におけるカイルの潔白の明記の言を、俺は一生忘れることはないだろう。

 その後、クルシオンの回収という一大任務完遂の追加褒賞として、金貨千枚やありがたいお言葉、無期限の休暇などを言い渡されたが、書類上のみとはいえカイルの無実を勝ち取れた喜びで、それらの大半は耳を左から右へと突き抜けて行ったので、あまり詳しい内容は覚えていない。

 写真を見つめて、大願の成就に対する喜びと、それでもカイルは帰ってこないのだというあきらめにも似た感情を抱きながら佇んでいると、背後から不意に魔力の気配が沸き上がった。

 部屋に入る際、魔術封印はしっかり掛け直した上に、常時周囲に張り巡らしている結界(魔術的要素を一切外に漏らさない魔力遮断結界を多重展開しているので、魔力の隠蔽に関しては抜かりない)内部にも生体反応は見受けられない。


(――よほど周到に隠蔽された条件発動型設置魔術か、結界内部で展開できるだけの干渉力を持つ強干渉型遠隔魔術ってところかな。)


 振り返りつつ、徐(おもむろ)に自身の体表面を覆う魔力遮断結界(内側・外側どちらからの魔力も任意で遮断できるので、魔術から身を守ることにも応用が利き、自身の魔術行使に支障が出ることもない)・物理遮断結界(遮断するもの・度合は任意での変更が可能であり、重力・光・音・熱・空気などは遮断していない)、そして背後で展開途中の魔術に対する走査魔術を並列展開する。

 結果として、何気ないその行動の先に待っていたのは予想外の事実であった。

 振り返った先で展開途中にあった魔術は、予想していた条件発動型設置魔術や強干渉型遠隔魔術ではないどころか、今までに見たことのない術式構成をしていたのだ。

 最近新たに開発されたものか、あるいは俺が知らないだけで昔からあったものか。

 どちらにしろ、『三賢者』の内の一人、『知識』と『技術』を司る賢者として謳われる自分が知らない術式構成など、そうそう滅多に御目に掛かれるものでもない。

 この機会を逃すまじと、すぐさま干渉結界に閉じ込め、未知の魔術を展開途中のまま現世に留め置く。

 そして今度は慎重に、より精度の高い走査魔術を展開して、得た情報をもとにその魔術を詳しく解析していく。

 初めこそ難航して、最低でも丸一日は掛かるかと思われたその作業だったが、一度法則に気付いてしまえば後はあっという間だった。

 途中、知らない内に魔力供給が途切れていて魔術が自然消滅しそうになった時はさすがに焦ったが、新たに魔力パスを構築して代わりに自分の魔力を供給することでその問題も解決し、その後は特に何事もなく、解析作業は無事終了した。

 だがその結果は、今までその立場上あらゆる魔術を見てきた自分でさえ、ううむ、と唸らせる程のものであった。

 術式構成自体は、ここ最近の主流と比べて少しばかり効率が悪いだけで特に目を引く点はなかったのだが、その術式効果に問題があった。


 まず第一に、一つの魔術に同時に八つの術式効果が付与されている時点で何かが間違っていた。

 自分のようにわざわざ術式構成を組み替えて、その都度魔力運用を最適化しているならともかく、通常規格の術式構成でこんな多重連動魔術を行使すれば、効率が悪すぎて、普通の魔術師ではそれこそクルシオンでも使わなきゃ魔力がいくらあっても足りなくなる。

 斯く言う俺も、魔力供給を自分に切り替えた際、余りの消費魔力の大きさに驚いて、つい手元にあったクルシオンを使ってしまった。

 魔力保有値がこの国の観測史上最大とも言われる俺なら、その程度余裕で賄えないこともなかったのだが、便利な道具があるとついついそれに手を出してしまうのは人間の悲しき性(さが)の一つなのだから仕方ない。

 それに、王からは宝物庫に保管するまでの間一時預かって置いてくれと言われただけで、何かしら使用を制限された訳でもないのだから、俺に罪に問われる謂れは何処にもないはずだ。


 心の内で自分の行動を正当化しつつ、解析結果の検証を進めていく。


 第二の問題箇所は、術式効果の内容に見つかった。

 端的に言ってしまえば、『空間連結』『探査』『走査』『強干渉』『隷属化』『言語習得』『結界』『転移』の八つだったのだが、その内の二つである『隷属化』と『言語習得』、特に『隷属化』の方がかなりヤバい代物だ。

 何故なら、『隷属化』のような精神干渉魔術に分類される術式効果は、もうかれこれ百年以上も昔に失われた筈だからだ。


 開発された当初、奴隷の管理を効率化する魔術として(その頃はまだ奴隷制が存在していた)一躍脚光を浴び、世界中に波及するかに思われた『隷属化』の術式効果だったが、対象者が誰であろうと『隷属化』できてしまうというその汎用性の高さは、すぐさま危険視され始めた。

 そしてその危惧は、未然に何かしらの対策が取られる前に現実となってしまった。


 国家転覆を企む反逆者達によって、各国上層部が次々と『隷属化』させられていったのだ。


 密(ひそ)かに進められていたその計画は、組織内部からの裏切り者によって情報が露呈し、当時の『賢者』によって編み出された対抗術式が世界各国に広められることで、反逆者達による国家転覆の実現という最悪の事態は避けられた。

 だが数多くの犠牲者が出たのもまた事実であり、『隷属化』の術式効果が未だ存在している以上、同じことが再び起こらないという保証はどこにもなかった。

 そこで急遽、国家元首達を集めて行われたのが、後に『第一回国際魔術協議会』の名で歴史に刻まれることになる、世界で初めての魔術に関する国際協議会であった。

 各国に置ける魔術の第一人者達も同席していたその会議では、幾日かに渡り慎重な協議が繰り返された。

 五日間の協議の末に出た決議案は、精神干渉魔術の廃絶及び今後各国での厳重な取り締まり。

 全会一致で可決されたその決議案は、翌年には国際魔術法の施行という形で実行に移され、その後精神干渉魔術は減少の一途を辿った。

 そして百年以上前から現在に至るまで、精神干渉魔術は公式にはその存在を確認されておらず、事実上もうこの世には存在しないことになっている。

『公式には』と俺が補足した理由は、俺自身がそうであるように、『三賢者』レベルの魔術師になればその程度の魔術、作ろうと思えばいくらでも作れてしまうからだ。

 一応今でも精神干渉魔術は第一級禁術に指定されているから、わざわざ自分から作ろうとは思わないが……。

 ちなみに第一級禁術指定がどの程度ヤバいかと言うと、使用はもちろんのこと、それに纏わる文献の所持、場合によっては知識を有しているだけでも死罪に当たるという、とんでもない代物だ。

 厳密に言えば、ついさっき本物を解析してしまった俺も死罪に当たる訳だが、これは不可抗力と言う奴であり、どうせもうクルシオンだって勝手に使っちゃった訳だし、今更他の罪を一つ二つ重ねた所でどうってことない。

 ちなみに『言語習得』の方は、それ自体は別段危険なものではないのだが、術式効果が記憶操作魔術に分類されてしまうために第二級禁術指定を受けており、特定の上位機関への申請なしに使用した場合は第一級禁術を使用した場合と同じ運命が待ち受けているので、『隷属化』程ではないにしろ十分にヤバい代物だ。


 自身の好奇心が招いた不運に若干鬱気味になりつつも、ここまで来た以上後戻りなんてできないので、そのまま検証を進めていく。


 第三の奇妙な点は、術式効果それぞれに細かい条件設定が為されていたことだ。

 一つ一つ挙げて行ったら限(きり)がないので説明を省くが、要するに『魔術の効果範囲内に置ける最大魔力保持者』が対象になるよう条件設定がなされていたようだ。

 俺が対象になったのも納得がいく。

 だがここで問題なのは、俺が対象になったことではなく、最大魔力保持者などと言う存在を魔術の対象にして『何をしたかったのか』だ。

 そして術式効果の内容から判断するに、その答えは自然と一つに絞られてくる。

 即ち、隷属化した最大魔力保持者の使役。


(なかなか、粋な事をしてくれるじゃないか……。)


『隷属化』の術式効果を確認しても揺らがなかった心に、沸々と怒りが沸き上がってくる。

 力を持った奴を自分の良いように利用しようという、その魂胆が気に入らない。

 もしも対象が俺ではない、この魔術を防げない別の誰かだったとしたら、そいつは良いように利用された挙句、最後はカイルのように捨て駒にされてたかもしれないのだ。

 俺を使役しようとしたことも許せないが、何よりもそんな魂胆を実行に移そうとした術者が許せない。

 だが、推測だけでそうと決めつけてしまう訳にもいかないので、先に検証を終わらせることにする。

 

 残った最後の検証は、『空間連結』の術式効果を組み込んでまでして行おうとした『転移』の移動先、詰まる所、その転移座標の検証だ。

 術者が何を思ってこんな魔術を行使したのかを知るには、実際にその場に行って調べる(本人に吐かせる)のが一番だ。

 そのためにはまず、転移座標を知り、術者のもとへ自分も『転移』するための『道』を構築しなければならない。

 だが、順調に進んできた検証作業は、ここに至って思わぬ苦戦を強いられることになってしまう。


 判明した転移座標がこの世界のどこにも存在しないのだ。


 最初は何らかの偽装が施されているのではないかと走査魔術を繰り返したが、最終的には偽装ではないという結論に達した。

 自分で言うのもなんだが、術式の魔力運用の最適化も図れないような奴に、自分が偽装の分野で後れを取るなどとは考え辛い上に、そもそも相手側には偽装を施す理由など何処にもないはずだからだ。

 ならば、なぜこの世界にない座標が転移座標として指定されているのか。

 そこで俺はある仮説を立てることにした。

 もしもこの転移座標が本当に、この世界ではない、言うなれば別の世界に置ける位置座標ならばどうだろうか。

 そうすれば今までの不可解な点全てに説明がつくのではないだろうか、と。

 別の世界の魔術ならば、自分が今までに見たことのない術式構成をしているのは当たり前であり、本来失われた筈の『隷属化』の術式効果が存在していても何ら問題はなく、わざわざ『言語習得』や『空間連結』の術式効果を盛り込む必要性にも納得がいき、アルフラーレ周辺でこんな条件設定の魔術を使用すれば、この程度の魔術ぐらい看破してしまう『三賢者』の内の誰か一人が間違いなくその対象として引っ掛かってしまうことを知らなくて当然だ。


 だがこれは飽く迄も仮説に過ぎず、断定できるものではない。

 そこで俺は確認のためにも、実際に自分の身で試してみることにした。


 展開途中の魔術を現界に留まらせている干渉結界。

 既に展開してあるそれの上から、更にもう一つ別の干渉結界を上書きする。

 そのままの状態で直(じか)に魔術を試すと『隷属化』されてしまうので、後々困らないように事前に術式効果を弄って置くためだ。

 それ以外の術式効果は、どちらかと言うと転移対象を守るためのものであったので、そのままにして置く。

 体表面を覆っていた魔力遮断結界を限定的なものに変更、物理遮断結界の対象に内側からの遮音を加え、それら二つを覆う形で新たに光透過結界(いわゆる不可視結界)を展開し、もともと魔術に組み込まれていた存在保持結界を自己流の術式に組み替えて安全性を増す。

 念のため、物理遮断結界で圧縮した酸素を結界内に取り込み、考え得る限りの事態に備えたあらゆる術式を脳内で組み上げ置くことも忘れない。


 後は、覚悟を決めて干渉結界の戒めを解き、展開途中の魔術を完成させるだけ。

 クルシオン回収の追加褒賞で無期限休暇を貰っているし、世界間での空間転移技術(未だ仮説すぎないが)はもう完全に理解したので、戻るのに困る心配もない。

 それなのに、なぜか最後の一歩が踏み出せずにいた。

 郷愁とでも言えばいいのだろうか。

 この世界で廻った場所、遭遇した出会い、培(つちか)った記憶、それらすべてが俺をこの世界に引き留めようとする。

 こんなにも俺は感傷的だったのかと、自分の意外な一面に驚かされる。

 やっぱり行かないでおこうかな。

 そんな感情が心の内に生じ始めた矢先。


(『俺のために頑張ってくれたんだ。気晴らしに旅行にでも行ってこいよ。』)


 ――今は亡きカイルの声が脳裏に響いた。


 もしかしたら、それはただ幻聴だったのかもしれない。

 けど、俺にはその一言で十分だった。


 干渉結界を解く。

 クルシオンを用いて増幅している魔力は、展開途中であった魔法に滞りなく供給され、目の前に空間の歪(ひず)みが生まれる。


 戦略級魔術強化兵装と呼ばれるクルシオンだが、それは発見当時に付けられた名称が今でも使われているだけであり、その実、クルシオンは使用者の魔力を大幅に増幅させてくれる代物なのだ。


 安定した魔力供給のもと、徐々に広がりゆく空間の歪み。

 その先は、魔術補助を受けた俺の視力でも見通せそうにない。

 歪みの幅が、人一人が通れる程に広がった瞬間、体に纏わりつく魔力の気配。


 ――いよいよだ。


 脳に埋め込まれる新しい言語体系。

 それを感慨深く思いながら、待つこと数瞬。

 体に纏わりつく魔力の質に変化が生じたのを感じた直後、俺の体はどこか別の場所へと転移した。


(あっ、クルシオン返すの忘れてた。――まぁいっか……。)


 最後にそんな思いを残して。




 ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ