私が魔法少女を続ける理由
初めまして
「どうしてやろうとしないんですか?」
魔法少女協会の廊下で、そう私に問いかけてくるのは協会員の女性。
私が断ったことを何回も何回も勧めてくる、実にめんどくさい人物だ。
無視してもまた言ってくるだけだろうから、とりあえず拒否の意思だけ示しておこう。
「何回言えば分かるんですか。私は配信なんかしないと言ってるでしょう」
それでも、彼女は諦めようとしない。
まだ話は終わっていないと言った顔で詰めかけてくる。
「どうしてですか! 周りの魔法少女の方々はたくさん配信しているのに!」
……めんどくさい。
彼女の中では魔法少女の中でも知名度のない私を気遣って助言しているのだろう。
私にとってはありがた迷惑でしかないのに。
「なんと言われても私は自分が戦っている様子なんか配信しませんよ。それじゃあ」
「え、あ、ちょっと! 待ってください!」
私はこれ以上話すことはないと暗に伝え、早歩きで魔法少女協会を出た。
入口の前に立って建物を見れば、『日本魔法少女協会』と書かれた看板と、無駄に大きい建物が見える。
はあ、相変わらずこの建物は無駄に大きいな。
私が魔法少女を始めた十年前から何も変わっていない。
私の名前は今井恵。
ネットの一部界隈では”少女"じゃない魔法少女として有名な、サンダークラウドという魔法少女の中の人だ。
◆◆◆
机くらいしか置かれていない殺風景な部屋で、ぷしゅっ、という小気味いい音が響く。
まあ、それは私が今空けた缶ビールから出た音なのだけど。
「ぷはぁー!」
疲れた体にビールが染みる。
やっぱり気分が良くない時は、ヤケ酒に限るな。
もしかしたら私生活がこんなんだからネットのおもちゃにされるのかもしれない。
でも、私だって反論したい事は沢山あるのだ。
私以外にも魔法少女歴が二桁を超えている人はそれなりにいる。
数は……十人くらいだろうか?
なのに、どうして私だけがおもちゃにされないといけないんだ。
歴が二十年を超えてる人だっているんだぞ!
そんなことを考えながら動画投稿サイトを見る。
いつもと変わらない日常だ。
たまに嫌なものに出会うのだが、概ねは私の好みに合うものだから問題はない。
しかし、こういう時でも私のおもちゃっぷりは表れてしまう。
現に今、見たくない動画に出会ってしまった。
そう、素材がほぼないはずの私の声を使った音MAD動画だ。
しかも無駄にクオリティが高い。
……よし、二本目の缶ビールを飲むか。
協会で配信関連の話を持ち出され、それを断って家でヤケ酒をする。
ここ最近の私は、そんなことの繰り返しだ。
要請されて現場に行ったとしても、野次馬に一人くらいは私のことを知っている人間がいる。
ああ、勿論悪い意味でだけれど。
そのたびに、やれ結婚はまだかだの、やれ本当の年齢は何歳なのかだの、どうでもいいことを聞かれる。
鬱陶しいったらありゃしない。
だけど、自分だってわかっているのだ。
26にもなってまだ魔法少女を続けている変人は少数派ということくらい。
だけど私だってこれまで魔法少女を必死に続けてきたんだよ。
始めた理由を忘れないようにして毎日毎日働いてたんだよ。
でも、今は。
自分でも何のために魔法少女を続けているのか分からない。
私は、なんでこれまで続けてきたんだろう?
何で私は魔法少女を始めたんだっけ?
……まったくやる気が出ない。
今日はもう、寝ようか……
と思いながら布団に潜り込んだ時だった。
周りで警報がけたたましく鳴り始めたのだ。
私はあわてて飛び起きる。
警報が鳴ったということは近辺で怪異が発生したという事。
怪異を討伐するのは魔法少女の役目。
つまり今、私には寝てる暇などないということだ。
急いでサンダークラウドの姿に変身し、外に出る。
自分でも子供に希望を与える魔法少女として、家から魔法少女の姿で飛び出すのはどうかと思う。
が、今はそんな事を気にしている場合ではない。
怪異は発生から時間が経つほど驚異になる。
だから、一秒でも早く現場に行って倒さないといけないのだ。
何処に怪異が発生したのかはすぐに分かった。
家の近くのショッピングモールの方から黒いモヤが空に向かって伸びていたからだ。
あそこに怪異がいるのは間違いない。
しかし怪異が思ったよりも成長している。
私は今すぐにでも向かわなければならない。
人間の負の感情から生まれる怪物、怪異。
その形は本当に様々だ。
人間のような形をとることもあれば、スライムのような形になることもある。
勿論今回のように黒いモヤとなることも。
しかも、同じ形をとる事がない。
何処まで行っても似ている(ここを強調する)程度だ。
そんな一つとして同じ形を取ることがない怪異。
それでも、ただ一つ共通することがある。
それは、人間を襲うこと。
何故人間を襲うのか。
それはまだ分かっていない。
もっと言えば、何から出来ているのかさえも分かっていない。
それはともかく、早く向かわないと。
◆◆◆
現場には、既に複数名の魔法少女がいた。
配信をかなりの頻度でしている、中身も立派な少女の魔法少女達だ。
彼女達は他の魔法少女をよく知らない私でも知っているくらいには知名度が高い。
やっぱり配信している人達は知名度が高いんだろう。
というか彼女達、こんな危険度の怪異が出た時も配信をしているのか。
一般人にとってはショッキングな映像が流れる可能性もあるだろうのに。
……子供の考えることはよく分からない。
さてと、早く私も加勢するとするか。
火力に乏しい私でもそれなりには役に立つだろう。
「加勢しますね」
「サンダークラウドさん! 助かります!」
彼女達は実力もかなり高い。
その実力は、始めてから一年も経っている新人とは到底思えないほどのものだ。
……なんだかこんな私が加勢するのが申し訳なくなってきた。
まあ、そもそも私は基礎魔法の一つである『サンダー』しか使えないのだけれども。
一応一発当ててみたが大して効いている様子は無い。
ダメだなこりゃ。
あまりにも私の魔法が貧弱すぎる。
「民間人の避難は終わってる?」
「はい! 多分全員この場を離れているかと!」
「おっけー、じゃあ私は後ろから援護するから火力の高い魔法は貴女達に任せるね」
火力が乏しい私の魔法では、彼女達の邪魔になってしまう。
そう判断した私は彼女達から数歩離れて援護をする事にした。
怪異の注意を逸らすくらいはできるだろう。
それにしても、彼女達の魔法は本当に火力が高い。
一撃一撃がちゃんと怪異にダメージを与えている。
牽制程度にしかならない私の魔法とは大違いだ。
確実に怪異は弱っている。
だが、いくら弱ってきているとはいえ、必要以上の時間をかけるわけにはいかないのだ。
ショッピングモールの外観もかなり痛々しいものになっているし、これ以上の破壊はさせてはならない。
◆◆◆
【⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ッッ⬛︎⬛︎! ⬛︎⬛︎⬛︎!】
怪異がくらっているのは彼女達の連携攻撃による魔法。
炎、風、水、エクセトラ……
これでもかというほどの属性を混ぜ合わせた彼女達オリジナルの魔法だ。
見た目の派手さは勿論、威力も私のものとは比べ物にならない。
連携によるものとはいえ、いくら何でも強すぎるでしょ。
既に、怪異は始めの大きさが嘘に思えるほど小さくなっている。
後一発ほど彼女達の誰かが攻撃を入れれば、間違いなくあの怪異は消滅するだろう。
おそらく私の貧弱な魔法でも苦労せずに倒せるはずだ。
ショッピングモールの一部が崩れ落ちようとしているが、この場には魔法少女しかいない。
多少巻き込まれてしまったとしても、命に別状が出るほどの怪我をすることはない。
後は任せておけば大丈夫だろう。
しかし、もう負けることが確定なはずの怪異の動きがおかしい。
いくら怪異に目がないとはいえ、長年の勘で怪異が狙っている方向くらいは分かる。
これは私達を攻撃しようとしているのではない。
これは……私達の後ろを狙っている?
怪異の動きに異変を感じて後ろを振り向いた時。
そこにいたのはいるはずのない一般人、それも、まだ小学校にも行っていないような小さな女の子だった。
「ッマズイ!」
女の子に向かって伸びる黒いモヤ。
弱っているとはいえあれは人の命を簡単に奪う、奪えてしまう。
「サンダー!」
私はモヤに魔法を撃つ。
だが、効いてるはずなのにモヤは止まらない。
彼女達も異変に気づいているが、遠すぎる。
私の火力じゃ、ゼロ距離で撃たないと倒せない……
◆◆◆
それからは、本当に一瞬だった。
女の子とモヤの間に入って。
ゼロ距離の魔法を怪異にお見舞いして。
そして、気づいたら怪異を倒すことが出来ていた。
今さっき助けた女の子の方を見る。
その顔に浮かんでいるのは、困惑の表情。
きっと何が起きたか理解出来ていないのだろう。
当然と言えば当然なのもかもしれない。
ほんの直前までの出来事は、この子にとっては訳の分からない事の連続だったのだろうし。
後少し判断が遅かったら、この子が死んでいたかもしれない。
そう思うと、先程まで感じていた恐怖が一気に蘇ってくる。
だけど、今この子は生きている。
死んでいない、怪我もしていない。
私は……ちょっと無事とは言い難いけれど、それでもちゃんと生きている。
良かった、本当に良かった。
◆◆◆
結局、あの後も、ネット上での私の扱いは全く変わらないかった。
前よりかは見直された……ような気がしなくもないけれど。
相変わらず音MAD動画は出されてるし、ネットのおもちゃ扱いのままだ。
だから、嫌な気持ちになることだってある。
ヤケ酒だってしたくなる。
だけど、魔法少女をやめようとはもう思わない。
少し前、あの時助けた少女と再び会う機会があった。
その時少女が両親に向かって無邪気に笑っているのを私は見た。
その時に思い出したのだ。
私は誰かの笑顔を守りたくて魔法少女になったのだと。
だから私は魔法少女を続ける。
自分の始まりを忘れないようにしながら。
お読みいただき、ありがとうございました