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第八話

 このままではイングリッドを誰かに奪われてしまう――――


 エミールは感情のまま、父に訴えた。


「アデルとの婚約を破棄して、私はイングリッドと婚約しますっ!」

「何を言ってるんだお前はっ!」


 カルローニ伯爵は激怒した。

 婚約を整えてしまえば落ち着くかと思った跡取りが、いまだ悪い夢から覚めないからだ。


「アデル嬢との婚約、および結婚は絶対だ。何度も言っているではないか。我々には使用人の生活を守る責任が……」

「父上はいつもそれだっ! 私と使用人、どちらが大切なのですか⁉」

「そのような問題ではないっ!」


 カルローニ伯爵は頭を抱えた。


「我々には責任があるのだ。商会を守らなければならないのだぞ⁈」


 何度言って聞かせても、バカ息子が納得する様子はない。

 父の説教など聞き流せばいい、後は自分の良いようになってく。

 カルローニ伯爵の目からは、息子がそう考えているように見えた。


 商売人としてのカルローニ伯爵は、そこそこに優秀だ。

 抜群に優秀でないことは、本人も自覚していた。

 だからこそ、キャラハン伯爵家との縁談を調えたのだ。

 キャラハン伯爵家の当主は賢い。

 その息子もやり手と聞いている。

 

 逆に我が息子がやり手にはなり得ないことも明白だ。

 キャラハン伯爵家の令嬢と結婚により足元を磐石にしておけば、めったなことにはならない。

 それにアデル嬢は、しっかりした娘さんだと聞く。

 貴族令嬢としては賢さは欠点になるが、我が息子相手であれば長所だ。

 賢く支えてもらえば、バカ息子でもなんとかなるだろう。

 カルローニ伯爵は考えたのだ。


 だが、当の本人が全く分かっていない。


「そもそも、なぜ王都のペントハウスをあの女と会うために使っているのだ?」

「我が家が所有する一番小さな部屋を使っているのです。文句を言われる筋合いはありません」

「何を言っている? あの部屋は我が家が所有するなかで本宅の次に高い物件だぞ」


 バカ息子は全く分かっていないようでキョトンとしている。

 サイズでいえば小さいが、ペントハウスの価値はそれだけで決まらない。

 立地や付随して受けられるサービスが重要だ。

 王都の中心部に位置し、王城へも近いペントハウスは立地も良いし、優秀な使用人たちによるサービスを受けることができる。

 

「家の価値は広さだけでは決まらないと、あれほど言っただろうがっ!」


 カルローニ伯爵は、いくら教えても育つことを知らない息子に疲れていた。


「そんなこと知りませんよっ! 狭かったら狭いなりの家でしかありませんっ! しかも、あそこは家ではなく部屋じゃないですか! 一番小さい部屋を選んだというのに、それでも文句を言うのですか父上はっ!」


 顔を真っ赤にして怒る息子は、真剣にそう思っているようだ。

 簡単なことが理解できない息子に、カルローニ伯爵はイライラしていた。

 どういえば自分の息子を賢くできるのか、カルローニ伯爵には分からない。

 分からないからこそ、怒りは彼の思考を焼いた。


「当たり前ではないか! 我が家の当主は私だ! 私の言うことが聞けないのか⁉」

「次のカルローニ伯爵は私ですっ! 自分の権利を主張して何がわるいんですかっ!」


 父の様子すら察することのできない息子は、状況が自分にとってかなり不利な方向へと動いていることすら気付かない。

 気付かないどころか、とどめを刺すように叫ぶ。


「私はアデルとの婚約を破棄し、イングリッドと婚約しますよっ!いいですねっ⁉」


 エミールは怒鳴りながらカルローニ伯爵の書斎から出て行った。

 その後ろ姿を見ながらカルローニ伯爵はガックリと肩を落とし、ため息を吐いた。


 これはもうダメかもしれない、と彼が心の底から思った瞬間である。

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