第五話
春が終わりを告げる頃、入れ替わるようにして始まるのが夜会という名の社交である。
なかでも一番最初に行われる国王主催の夜会は、貴族にとって最重要行事だ。
特に婚約したばかりのアデルにとって、この日は特別な夜になる。
……はずである。だが――――
「これ……着られないわ」
「そうですわね、お嬢さま……」
アデルはエミールから届けられたドレスを広げて困惑していた。
隣から覗き込むメイドも同じように困惑している。
アデルにとって、婚約者へのプレゼントとしてドレスが届くのは想定内のことだ。
エミールと夜会へ同行することは決まっていた。
婚約後、初めての夜会は、お披露目の場でもあるのだ。
婚約者からのプレゼントで着飾るのは、お互いにとって礼儀ともいえる。
アデルもエミールに赤い石の入った金のカフスを贈った。
自分の色と相手の色が入った、それなりの品物を贈り合うのが通常だ。
婚約が決まると、相手へのプレゼントを用意するための予算も付く。
実際、アデルはその予算を使ってエミールへのプレゼントを用意した。
カルローニ伯爵家でも、アデルへのプレゼントを用意するための予算が付けられたはずだ。
なのに――――
「こんなペラペラの安っぽいドレス……どこで見つけてきたのかしら?」
「そうですわね、お嬢さま……」
プレゼントされたドレスは、見るからに安っぽい。
青と金のドレスは、刺繍やレースもほとんど使われていないうえ、生地そのものがひどく薄かった。
貧乏な家の令嬢でも、コレは着ない。
コレが届けられたとき、リボンひとつ付いていない全くラッピングされている様子のない箱に入っていたから期待はしていなかった。
だが、これはいくら何でもひどすぎる。
「これは平民が仮装するときに使うようなドレスではないでしょうか?」
「そうね。そんな気がするわ」
メイドの言葉にアデルはうなずいた。
エミールはカルローニ伯爵家という財力に恵まれた家の嫡男だ。
それなりの予算が用意されたはずである。
なのに、こんなペラペラのドレスとは。
「これを着ていったら、かえってカルローニ伯爵家が恥をかくわ」
アデルの言葉通りなのだ。
プレゼントは贈った側の財力がモノを言う。
そんなものは分かり切ったことなので、このドレスを着ていけば恥をかくのはアデルではない。
カルローニ伯爵家なのだ。
「仕方ないわ。私のドレスを着ていきましょう」
アデルはため息を吐いた。
カルローニ伯爵家に恥をかかせることになるが仕方ない。
宝石や髪飾りといった物も贈られていないから、カルローニ伯爵家からのプレゼントを身に着けることは叶わないのだ。
せめてエミールの色を、と考えてはみたもののアデルは赤毛に茶色の瞳だ。
青はあまり似合わないし、金のドレスなんて派手なものはアデル好みでないので、それっぽいものは手持ちがない。
かろうじて金であれば、金刺繍の入ったドレスが数着はあるだろう。
後は金のアクセサリーを使って、どうにかごまかそう。
アデルはメイドに自前のドレスを用意させ、あれこれと悩みながら夜会の準備をした。