第三話
エミールは激しく怒っていた。
彼はカルローニ伯爵の息子であり、次代のカルローニ伯爵でもある。
カルローニ伯爵家といえば、商会を営んでいて裕福なことで有名な家だ。
その伯爵家を継ぐことになるエミールには、富と権力が約束されていた。
なのにアデルのような地味な女を娶れと言われ、エミールは不満のあまり正気を失いそうになっていた。
この婚約を決めた父親の正気を疑ってすらいる。
エミールは派手な美形だ。
艶やかに煌めく金髪に澄んだ青い瞳の整った甘いマスクに、スラリと高い均整のとれた体を持っている。
家柄にも、財産にも、見た目にすら恵まれている自分が、なぜアデルのように地味な女で我慢しなければならないのか。
この婚約について、エミールは全く納得していなかった。
だが誠実であるために、彼は婚約したことをイングリッドに告げた。
「エミールさまぁ~。私はエミールさまに捨てられてしまうのでしょうか? 悲しいですぅ~」
恋人のイングリッドは赤い瞳を潤ませて、エミールを見上げていた。
イングリッドは男爵令嬢だが、ふわふわしたピンク色の髪と赤い瞳を持っている。
赤い瞳は珍しくもないが、ふわふわしたピンク色の髪との組み合わせは珍しい。
それにイングリッドは、体は細いが胸は大きい。
身長は160センチほどと低めだが、180センチに少し届かないエミールにはちょうど良い。
「私が貴女を捨てるなんてことはない。そんな必要など、ないだろう? 私の可愛いイングリッド」
「エミールさまぁ~」
スリスリとすり寄ってくるイングリッドは、実際に可愛い。
可憐で可愛くて、情熱的で美しく、その上色っぽいイングリッドの持っている欠点といえば、男爵令嬢であるということだけだ。
爵位の釣り合いがとれていれば、何の問題もなくエミールと一緒になれたことだろう。
「アデルなんていう可愛くない女より、君のほうが魅力的だよ、イングリッド」
「嬉しいです、エミールさまぁ~」
カルローニ伯爵家が所有する中でも一番小さな部屋が、イングリッドとの逢瀬の場所だ。
カルローニ伯爵家の財力を考えたら粗末すぎるぐらいの部屋だが、それについて彼女が文句を言ったことはない。
「私はエミールさまと一緒にいられて、それだけで幸せですぅ~」
そう言って笑ってくれる可愛い人、それがエミールにとってのイングリッドだ。
アデルなんていう地味で可愛げのない女とは、比較にすらならない。
エミールはイングリッドと一緒にいたかった。
できれば結婚したい。
一生放したくない存在だ。
だから、彼は言った。
「君と一緒になれるように努力するよ」
「嬉しいですぅ~エミールさまぁ~。私、いい子で待ってますわぁ~」
「ああ、なんて可愛い人なんだ、イングリッド」
エミールはイングリッドのツルツルしたピンク色の髪にほおずりしながら、彼女と一緒にいられる方法を必死になって考えていた。