第十五話
アデルは考えた。
商売をして自立がしたい。
だからといって、女が1人で商会を始めたところで上手くいかないのはわかりきっている。
ならばどうするか?
「パートナーが必要だわ。できれば私と相性が良くて賢くて。スマートに動けて商才もある人物が良いわね」
信頼できて、頼りにできて。
できれば、愛せる人がいい。
心当たりならある。
そして攻略法も分かっている。
ならば、後は動くのみ。
アデルは父を伴って、クレマン子爵の屋敷へと向かった。
「こんにちは、オスカーさま。お久しぶりです」
オスカーは自宅の応接間に突然訪れた赤毛の友人の姿に驚いた。
「こんにちは、アデルさま」
オスカーは、驚きながらも挨拶を返す程度の社交術は使うことができた。
彼は現在、父の伝手を辿り、小さいながらも堅実な経営をしている商会で働いている。
修行中の身ではあるが、商売人としての基礎は家業の手伝いで身に着けていた。
だから驚きを不快にならない程度で表し、客人へスマートな対応をとることぐらいはできるのだ。
今日のアデルは、赤い髪を丁寧にハーフアップへとセットし、夜会に出るような赤いドレスを着て、華やかなアクセサリーを身に着けていた。
それはオスカーから感嘆のため息を引き出すだけの威力を十分に持っている姿だった。
「今日はどのようなご用件で?」
「詳しい話は、お父さまとクレマン子爵さまの間でされると思うのだけれど」
襟元は大胆に開き、スカートの部分にはたっぷりの生地にフリルとレース、刺繍も華やかに施されたドレスは、エミールと婚約を結んだときに着ていたのと同じドレスだ。
煌びやかに輝くネックレスやイヤリング、髪飾りも同じ物をアデルは身に着けていた。
それは意図的なもので、アデルの意思だ。
物に罪はない。
嫌な思い出があるのなら、良い思い出で上書きすればいい。
奥に封じ込めた嫌な思い出にも学びがあるのなら、より良いではないか。
後悔はしたくない。
「オスカーさま」
アデルは彼の右手をとると、その場で優雅にひざを折り、足元にひざまずいた。
オスカーが驚きに目を見開く。
アデルは彼に向かってスッと一輪の花を差し出して言う。
「私と結婚してください」
オスカーの茶色の髪と瞳は窓から入る光に透け、柔らかく輝く。
驚く姿すら好ましい彼と共に生きたいとアデルは願った。
「ん。でも、ちょっと違うかな」
オスカーはアデルから花を受け取ると、ふんわりと優しい笑みを浮かべて見せた。
そしてアデルを立たせると、今度は自分がひざまずき、花を掲げながら言う。
「結婚してくださるなら、この花を私の襟元に……」
「ん。それも、ちょっと違うかも」
二人は互いの顔を見つめて噴き出した。
ケラケラ笑いながら立ちあがったオスカーは、手に持った花をまじまじと見ながら言う。
「コレって造花?」
「ええ、そうよ」
「よく出来てるねぇ。本物の花みたい」
オスカーが感心したように言うのを聞いて、アデルは満足そうな笑みを浮かべた。
「そうでしょ? これで商売をしようと思ってるの」
「そうなんだ。それで本当のご用件は?」
オスカーはアデルに造花を返しながら聞いた。
アデルは軽い調子で言う。
「あ、それは婚約の申し込みよ」
「ん、そうなんだ……えっ⁉」
「ええ、そうよ。いま私の父と貴方のお父さまが詳しい内容を打ち合わせているところよ」
オスカーは驚いて、普段通りの表情を浮かべたまま固まった。
その姿があまりに可愛く見えたので、アデルはオスカーの頬にキスをした。
そして赤く染まっていくオスカー姿を堪能したのだった。




