⑤保健室の羽海野先生がエロいだなんて聞いてない。
俺は満員電車の中で怯えていた。
これまで通学中に幾度となく満員電車に乗ったが、こんなに緊張感があるのは今日が初めてである。
「せ、狭いね凛太郎くん」
「あ、ああ」
マリアは俺に全身をぴたりとくっ付けてきている。マリアの意思ではなく、人に押されてこうなっているのだから仕方あるまい。
しかも、俺は四方八方を女性に囲まれていた。合法的に女子高生とOLと寿司詰め状態になれるのは、満員電車だけだ。もしこの電車が寿司だとしたら、間違いなく特上である。それくらい、女性率が高い。
その中で、俺は両手でつり革に掴まっていた。
この状態ということは、もうすでにラッキースケベが発動しているとは思うが、電車内は怖い。痴漢になる。
俺の手が潔白であることを示すため、とにかく自衛のためにつり革を固く握り締めた。
「きゃあ!」
電車が大きく揺れ、マリアの全身が俺に強く押し付けられた。
マリアは華奢なほうなので、豊満なボディとは言えない。しかし、女の子特有の柔らかさはあるし、とにかくたまらなくいい匂いがする。
艶がある栗色の髪が揺れる度に、甘い香りが鼻腔を刺激した。
俺は心頭滅却し、念仏を唱えた。
再び電車が揺れたとき、俺とマリアの足元に何かが落ちた音がした。
「ね、ねぇ凛太郎くん、どうしよう。スマホ落としちゃった」
「大丈夫か?俺が拾お…」
口に出してからハッとした。
どうせ俺が屈んだ瞬間、ラッキースケベが発動して誰かの胸か尻に顔を埋めるのだろう。どうせ俺は勃起して、天誅を受けるのだろう。
ムラムラ半分、怖さ半分で、急に口を閉ざしてしまった。
「大丈夫!私が拾うよ」
「そ、そうか…すまん」
「やだー、なんで凛太郎が謝るの?ふふ」
人混みの中、マリアは周囲に気を付けながら屈んで自身のピンクのスマホを拾った。次の瞬間、電車が揺れ、あろうことか俺の股間にマリアの顔面が埋まった。
鼻先がしっかりと竿部分に当たり、俺は頭が真っ白になる。
「ふあっ、ご、ごめん凛太郎っ!」
謝らなくていい。いや、むしろこっちが謝りたい。というか、そこで喋らないでくれ!
俺の心の叫び虚しく、マリアは頬を赤らめて、上目遣いで俺を見つめている。
あまりに刺激が強い絵面に、俺は勃起不可避でかった。
「痛ぇっ!」
そして足の甲に激しい痛みを感じた。
「すみません!」
どうやら、隣に立っていた女性がよろけ、ヒールが刺さったようだ。
期待を裏切らないラッキースケベからの天誅に、俺は下唇を噛み締めた。
無事に学校にたどり着いたが、俺の右足の甲はいまだに熱と痛みを持っていた。心配そうにするマリアの前では強がったものの、応急処置をしなければしばらく痛いだろう。
俺はマリアと別れ、保健室へと向かった。
「失礼します」
何度かお世話になった初老の先生の顔を思い浮かべながら扉を開くと、そこには白衣を着た別の人物がいた。
「おはよう~。どうしたのかしら?」
その女性は蜂蜜色でふわふわの髪の毛を揺らしながら、俺に近づいてくる。
「えっ…あの、保健室の先生は…!?」
「はい、私だよ。今日赴任してきた羽海野ひらりです~。よろしくね」
羽海野先生は柔らかく微笑んだ。
見るからにぷるぷるの唇の下にはホクロがあり、白衣を着ていてもわかるメリハリがついたボディが女性的である。
こんなエロい人が保健室の先生で大丈夫なのだろうか。
「あの、2年A組の夏目です。右足の甲が痛くて…」
「あらあら、見せてみて~」
俺は椅子に座り、上履きと靴下を脱いで羽海野先生に足を見せた。
向かい側に腰かけた先生が前屈みになると、白衣の下のVネックから谷間が見える。しかも、谷間にホクロがある。
「あざになってるから湿布貼っておこうね~」
「お願いします」
俺は胸から目を離さずに返事をした。
だが、カオル先輩の巨乳で培った経験値のお陰で、俺は興奮せずに済んでいる。
ありがとう、カオル先輩。
「はい、これでよ~し」
羽海野先生は俺の足の甲に湿布を貼ると、患部を手でそっと撫でた。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~っ」
羽海野先生の口からそのフレーズを聞いた途端、なぜか俺は鼻血が出そうなほど体内の血が湧いた。
「し、失礼しました!ありがとうございました!」
上履きと靴下を雑に持ち、保健室から逃げ出そうとした。慌てすぎて、扉で膝を強打した。
強い、大人の女性の魅力は強すぎる。
敗走する兵士が如く、俺は痛めた膝を庇いながら教室へ向かったのであった。