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根っからの事務官と元騎士の事務官

作者: 島猫。

「持とうか?」

「大丈夫です。持てますので」

「そ? 無理しないでね」

「お気遣い有り難うございます」


 端から見れば、何とも可愛げの無い会話に聞こえるだろう。

 根っからの事務官の自分と、元々が騎士採用の彼とでは、体格も違えば体力にも大きな開きがある。でも、だから甘えてしまえばいい、とは自分は思えない。そういう風には育っていない。通いの使用人が一人いるだけの、地方の男爵家の三子目。自分の下にも、まだあと二人いる。暮らしぶりは農夫の家庭とそう変わらず、家族で畑を耕していた。自分はしょっちゅう体調を崩し、外ではあまり役に立たず、家の書類仕事を手伝って育った。他人に迷惑を掛けるな、自分のことは自分で、と耳にタコができるほど言われ続けた。学院に通ったときも奨学金を借り、今も自分で毎月返している。


 にしても、せっかく彼が気を利かせてくれたのに……断るにしても、もっとよい断り方があったのではないだろうか、と自分の先程の言葉を思い返し、考えてみるのだけれど……より良い断り方……情けないことに思い浮かばない。

 学生の頃も今も、好んで書物を読んでいる。そのため、自分に語彙力が無いつもりはない。礼状書きにも定評がある。それなのに、いざ口から出る言葉はいつも素っ気無いものになってしまう。愛想が良ければ幾分かカバーできるのかもしれないけれど、生憎と表情筋は昔から硬い。自分が陰で「接触冷官」と揶揄されているのを知っている……。

 悲しくなってきた。

 仕事をしない表情筋とは違い、涙腺はよく働く。ついこの間成人を迎えた大人だというのに恥ずかしい……。無表情の顔に涙が浮かぶ。



「あぁ……やっぱり、持ったら駄目だろうか? 持ちたいなぁ、なぁーんて。ほら、両手がこう、暇してワキワキしてきちゃってるから、……どうだろう?」

「……でしたら、半分、お願いしてもよろしいですか?」

「ああ!もちろん!」


 条件反射のように相手をピシャリと遮断してしまう自分に対しても、彼はいつももう一歩踏み込んで訊いてくれる。普通の人であれば一度撥ね付けた時点で離れていってしまうが、彼の場合、そうはならない。こちらが断りにくいような絶妙な言い回しで、再トライしてくれる。最初は戸惑ったが、何度か同じような遣り取りを繰り返すうち、それが彼の優しい心遣いなのだと知った。自分は他人の厚意に慣れていない。学生時代も本ばかり読んで人付き合いを疎かにしてきた自覚がある。他人はにこやかに話し掛けてきてもすぐそっぽを向くから……いや、きっと悪いのは自分なのだけれど。自分の表情、態度、受け答えがきっと他人を不快にさせる。なのに彼は……優しい、いつまでも優しい、どこまでも優しい……そして、カッコいい……。 好き、と思ってしまう自分はなんて単純なのだろう……。でも、自分を見限らず、変わらない態度で、むしろより一層優しいくらいに接してくれる彼なのだから、どうしたって惹かれてしまう。目で追ってしまう。想像してしまう。自分とは似ても似つかない、鍛えられた逞しい体。以前にふらついて支えられたときに背中で感じた、彼の大きな手、彼の体温。


 半分を彼に渡す際、手が重なった。

 手から、熱が伝わる……。

 重ねられた大きな手は自分の手を包み込むように温かく……なかなか離れていかない。

 心臓をバクバクさせながら、どうしたのだろう、と見上げるとすぐそばまで彼の顔が寄せられていて、それがそのまま、近付いた。






*****************






 警護中にヘマをした。

 いや、ヘマというか、職務に関して言えば正解といえる行動を取った。だが結果として、その際に負った怪我の後遺症を今に至るまで引きずる羽目になった。当然警護の仕事からは外された。リハビリしつつ、訓練しつつで現場復帰を目指していたのだが。

 騎士団長直々に呼び出されたかと思えば、宰相執務室への異動を命じられた。騎士として、ではなく、事務官として。騎士としてクビなのか、と問えばそうではない、とも。いざというときに腕の立つ事務官が欲しい、という宰相殿の要望に応えるための人事異動、配置替え、とのことだった。……いや、どう考えてもお払い箱だろう。先方の要望も確かにあったのかもしれないが、使えなくなった駒を体よく追いやった、俺が追いやられた、そう思えてならない。そもそもが騎士である自分に、頭を使う事務官の仕事は向かないと反論したのだが。最初は今いる事務官の補佐に徹してくれればいいから、仕事はゆっくり覚えていけばいいから、とぬるいことを言われた。建前と本音はきっと別だろうに……事情が透けて見える中で、己の身の処し方をどうするか。一兵卒の自分からすれば騎士団長は本来雲の上の存在だが、兄と騎士団長に学生時代からの交友があり、入団当初から何かと騎士団長には目を掛けてもらっていた。洗礼、と呼ばれる新人イビりの対象にされることなく、虐め、暴力とは無縁で今までやってこれた。世話になった騎士団長の顔に泥を塗るのも躊躇われ、せめて一年、事務官としてきっちり勤めてから職を辞すことにしようと心に決めた。


 慣れない事務仕事。右も左も分からず右往左往する。周囲を常に警戒しながら、少しずつ自分に出来る仕事を増やしていく。


 接触冷官、と密かに呼ばれている同僚がいる。自分とは異なる、白磁を通り越していっそ蒼白いくらいの肌の色。それでも不健康そうとは見えないのは、肌の艶が良いからだろう。キメの細かい、滑らかそうな、触れたらもちもち吸い付きそうな……。っは!!何という雑念、邪念だろう。余程、精神が疲弊しているに違いない。

 接触冷官の同僚は、ニコリとも笑わず常に仏頂面。自分が、騎士上がりの能無し、と嫌われているのかと思えばそういうことでもないらしい。誰に対しても無関心で無表情を貫く。いっそ清々しい。他の同僚が週末の予定は?と話し掛け、「仕事なら今伺いますが」と返され、スゴスゴ引き下がっていたのを見たことがある……。

 書庫からの資料運びに同行した際、荷物の重さによろける接触冷官の同僚の背をとっさに支えた。転けそうになったことと、支えられたことに驚いたのか、接触冷官の同僚がパッと振り向き、一瞬でぶわっと、蒼白い頬を桃色に染めた。表情は固まったままだが、目が潤んでいる……。こぐりっ。これは……誘われている??混乱している間に「済まない、助かった」といつもと変わらないトーンで礼を言われ、手からせっかくの熱が離れていってしまった。

 それからというもの、下心をひた隠して接している。基本的に無関心無表情なのだが……いや、注意深くよく見ていると、時たま目元が和らぐときがある!! 窓の外の雲を見つめて、ふわっと……可愛い、可愛い、可愛い!!

 自分の後遺症には真面目に向き合い、受け入れ、どうすれば戦えるか、不利を補えるか、真剣に考えながら自主的な鍛練を重ねている。後遺症についても異動についても、前向きになれたと思う。国に必要な、宰相閣下の御身を守ること。また、感情を表に出すのが不器用な、可愛い人を守るため!!


 可愛い人の手に触れる。

 敢えて重ねた。

 頬を桃色に染めながら、表情は固く、でも目を潤ませるその顔に吸い寄せられるように。











根っからの事務官の性別を判断しうる要素を入れていないので、必須とされるようなキーワード設定は不要と考えます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三人称ではすべてが見えてしまうところを、一人称の書き方で上手に謎として残し、また前半と後半で語り手をかえるといった手法で、謎以外の背景や状況はしっかりうかがい知れるようにするといった工夫さ…
[一言] なるほど、これは確かにどちらとも取れますね( ˘ω˘ )
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