幼馴染に振られた俺が、国民的アイドルの義妹に手料理を振る舞った結果
雲ひとつない青空の下。爽やかな風の吹く学校の屋上。
だが、俺の心はどんよりと曇っていた。
「ごめん、コウ君」
目の前の幼馴染は短く決定的な言葉を告げた。
つまり、俺――小牧公一は、ずっと好きだった相手に告白して振られたのだ。
「な、なんで……?」
「だって、わたし……コウ君のこと、弟みたいにしか思えないから」
俺の幼馴染、葉月は悲しそうな表情でそう言った。
葉月はめちゃくちゃ可愛い。黒いロングヘアにすらりとした長身。顔立ちも学校一整っていて、セーラーの制服もばっちり似合っている。
成績も学年一桁で、生徒会役員もやっている。清楚完璧な美少女だ。
そんな葉月と俺は家が隣り合わせで、幼稚園の頃から家族ぐるみの付き合いがあった。
子供のころから葉月はいつも俺にベッタリで、「大人になったら、コウ君のお嫁さんになる!」なんて言ってくれて。
小学生のときも、「女の子と一緒にいるよりコウ君と一緒にいるほうが楽しいし」なんて言って、俺のことを一番大事にしてくれた。
俺は小柄で運動もできないから周りから馬鹿にされがちで、そんな俺を葉月はいつも「わたしの大事なコウ君をいじめちゃダメ!」と言ってかばってくれた。
俺が葉月に頼ってばかりじゃない。小学校高学年になるぐらいには、お互い親が忙しいから、俺が葉月に夜ご飯を作って上げるようになった。俺は家事万能で、特に料理は得意だったし。
そんな関係は中学生になっても変わらなくて、一緒に帰りに映画を見たり、喫茶店でおしゃべりをしたり、休日にはショッピングセンターに出かけたり……。
葉月はアイドルグループ『エトワール・サンドリヨン』の大ファンなので、そのライブにも一緒に行ったっけ。美少女アイドルたちにも目を奪われたけれど、嬉しそうな葉月がとても可愛かった。
俺は葉月のことが好きで、葉月もそうだと信じて疑わなかった。なにせ葉月は「一緒の学校に行こう!」なんて言って、俺と一緒の高校を受験したのだ。
高校一年生の夏、俺は葉月に告白した。葉月が絶対に受け入れてくれると信じて疑わずに。
そして、今、振られたというわけで。
葉月は頬に指を当てる。
「コウ君、女の子みたいだもん。背もちっちゃいし、運動もできないし、顔立ちは整っているけどイケメンというより可愛いし……」
「そ、そんな……!」
「弟、というより妹、みたいな? 勉強も文系科目は得意だけど理系は苦手。特技は掃除に裁縫、それに料理……でしょ?」
「そ、そうだけどさ! それの何が悪いの? 葉月だって褒めてくれてたじゃん」
「悪いとは言ってないよ。それはコウ君の長所だと思う。でもね、わたしは男らしいかっこいい人と付き合いたいの」
ばっさりと葉月に言われて、俺は「ガーン」とショックを受けたまま固まった。
こうして俺の初恋は終わった。
☆
「男らしい、男らしい……」
ぶつぶつつぶやきながら、俺は自宅のマンションへと帰った。
失恋のショックを引きずりながらも、食材の買い出しには行ったので手にはビニール袋を持っている。
習慣になっているのだ。
ほとんど家には帰ってこない父親しか、俺には家族はいない。
それにしては俺の家は広すぎる。
かなり広い豪華なタワマンだ。
俺の父は名古屋の不動産会社の経営者だ。祖父もそうだった。いわゆる同族経営で、小牧一族はかなりの金を持っている。
ただ、本当に大事なものは――母さんや姉さんはこの家から失われた。
「はぁ……」
俺はため息をつく。
料理を作っても、一人。そういえば、最近は葉月がうちに夕飯を食べに来ることも減っていた。
思えば、葉月の心はすでに俺から離れていたのかもしれない。
女性的であるということが、そんなにダメなことだろうか? たしかに背も低いし、男子同士の下ネタについていけないこともある。
運動は苦手。得意なのは語学と家事で、いわゆる女子力が高いかもしれない。
部屋もきれいに片付いている。
それと、葉月も言っていたとおり、俺は料理が上手だ。
自分で言うのも変だが、俺の料理は旨い。こだわっているのだ。
けど、どれほど美味しい料理でも、一人で食べると少し味気ない。
「誰か一緒に食べてくれる人がいればいいんだけど」
その相手が、自分の初恋の幼馴染だったら最高だった。
でも、もう俺は葉月に振られたし、さすがの葉月もこの家には来ないだろう。
家族がほしいな、と思う。
まあ、そんなにすぐ家族は増えたりしないのだけれど。
ところが――。
玄関の鍵が開いている。珍しく父さんが帰ってきているのか、鍵をかけ忘れたのか?
俺がリビングの明かりをつけると、驚いたことに食卓の椅子に少女が座っていた。
「きゃっ!」
彼女がびっくりしたように悲鳴を上げる。だが、驚いたのはこっちだ。
どうして俺の家に見知らぬ女の子がいる……?
「あ、あの……あたし……」
彼女は立ち上がり、どぎまぎした不安そうな様子で俺を見つめた。
思わず、俺は息を飲んだ。
か、可愛い……。
思わず庇護欲をそそるような愛らしい見た目。銀色の美しく長い髪に、神秘的な翡翠色の瞳。
単に美少女だというだけでなく、小柄なのに圧倒的な存在感がある。着ているのは俺と同じ学校のセーラー服だが、彼女が着ているとまるでアイドルの衣装のように見える。
ん? まるでアイドルのような……?
そう考えて、俺ははっとする。
どこかで見たことがある!
「君は『エトワール・サンドリヨン』のセンターの……羽城志帆?!」
「は、はい! そうです!」
こくこくとうなずいた。
エトワール・サンドリヨンは日本全国で老若男女を問わず大人気のアイドルグループ。葉月も大ファンだ。
そのなかでも、センターを務める羽城志帆の人気は絶大なものがあった。
国民的アイドル、というのだろう。
フランス系ハーフだという彼女は、誰が見ても特別な存在で、可愛いだけでなく歌も踊りもトークも完璧。それと、ちょっと気弱で守ってあげたくなる雰囲気が、大人気の理由なのかもしれない。
葉月が熱く語っていた。「同い年なのにすごい!」と。
いまや日本で羽城志帆の名前を聞いたことがない人間はいないだろう。
そんな彼女がどうして俺の家にいる?
「ふ、不法侵入じゃないですから! 通報しないでくださいっ!」
必死な様子で羽城さんは言い、翡翠色の瞳で俺を見上げる。
「男子高校生の家に不法侵入する物好きはいないって知っているよ。アイドル羽城志帆の家なら、別だろうけど」
俺の言葉に、羽城さんは首をかしげた。
「えっと、でも、小牧先輩も可愛いから……家までストーカーする人がいるかも」
「い、いないよ……?」
俺は冷や汗をかいた。嫌なことを思い出した。中学の時、同級生の男子に迫られたことがあるんだ……。
「その……鍵が閉まってませんでしたから、もう少し気をつけていただいたほうが良いかと……男の人に襲われないように」
「貴重な忠告ありがとう。でも、俺は襲われないから大丈夫!」
「いえ、あたしが襲われると困るので……」
会話が成立しない。どうして羽城さんが俺の家の防犯事情を心配するのか。
嫌な予感がした。
「今日から、ここがあたしの家になるんです」
羽城さんは当たり前のように、そう告げた。
俺は思わず、手に持っていたビニール袋を落とした。
「テレビ番組のドッキリ?」
「ち、違います。えっと、あたしは小牧先輩の妹になるので、この家に住むことになったわけでして」
「たぶん、俺に生き別れの妹はいないよ」
「そ、そうじゃなくて! あたしのママが、先輩のお父様と結婚するんです!」
まじか……。
あの父親、東京にずっと出張していて、家にはほとんど帰ってこないくせに……! 外ではきっちり恋人を作っていたのか……!
羽城さんの母親って、若くて美人の有名女優だったはずだけれど……。ちゃっかりこの家の合鍵まで羽城さんたちに渡しているのだとか。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。
「ええと、とりあえず、羽城さん。座ってよ」
「は、はい!」
素直に椅子に腰掛ける。
国民的アイドルが俺の義妹。
うん。意味がわからない。
どうすればいいのか……。寝床は? 荷物は? 気になることがいろいろある。
そのとき、ぎゅるると音がした。
羽城さんを見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。
「そ、その……お腹が空いちゃって……」
さすがアイドル。赤面して恥ずかしがる姿も可愛い。
俺は遠慮がちに羽城さんに尋ねる。
「とりあえず、夜ご飯でも食べる? 俺が作るけど」
「そ、そんな! 小牧先輩に料理をしていただくなんて、恐れ多いです」
「大人気アイドルに料理を振る舞うなんて、俺のほうが恐れ多いけどね。自分からお金を払ってでもしたいっていう奴がいるよ」
俺が冗談めかして言うと、羽城さんはうつむいてしまった。
あまり良くない発言だったろうか……?
「その……お金を払うなら、あたしが払います」
「いや、俺の料理にお金を取るほどの価値はないさ」
「それはあたしが決めることです」
羽城さんははっきりとそう告げた。気弱そうに見えて、意思が強いタイプなのかもしれない。
そうでなければアイドルなんてしないだろう。
「まあ、君の言葉どおりなら、俺たちは兄妹になるらしいんだからさ。あんまり気を使う必要はないよ」
「そう……でしょうか?」
「そうそう。あ、食べられないものとかある?」
「いえ、苦手な食べ物は何もないのが自慢なんです」
羽城さんがはにかんで言う。
俺はくすっと笑った。
「それは素晴らしい」
俺は手を洗ってから、一瞬迷って制服のままエプロンをつけた。
本当は着替えた方がよいけれど、アイドル相手に私服を見せるのは緊張する。なるべくお腹が空いている子を待たせないであげたいし。
そして、俺は台所に向かう。
台所とリビングはすぐ近くで、顔が見えるようになっている。
羽城さんは興味津々といったようすでこちらを見た。
「何を作るんですか?」
「それは完成してのお楽しみということで」
幸い、材料は二人分に十分な量がある。
冷蔵庫にもいろいろあるし、メインの材料は失恋の腹いせにやけ食いしようとかなりの量を買い込んできた。
ご飯は昨日炊いた分を冷凍させているので、それを温めれば美味しく食べられる。
豚汁も冷蔵保存してあるし。一人暮らしの自炊のコツは、多めに作って作り置きすることだ。
とはいえ、今日のメインは作りたてのものになる。
豚ロースの厚切り肉(2枚)を俺は取り出した。
「豚肉……ですね」
いつのまにか羽城さんが俺のすぐ後ろに立っていた。
目をキラキラと輝かせている。遠い存在だったアイドルが、家の台所にいる。しかも、ほぼゼロ距離。
俺は一瞬、平静心を失いそうになったが「落ち着け」と自分に言い聞かせた。
「これを今から俺が調理します」
「なんで敬語なんですか?」
「いや、なんとなく」
緊張してしまう。俺は深呼吸した。
そして、包丁の刃先を豚肉に入れていく。
「細かく刻むんですか?」
「いや、あくまで切り込みを入れるだけ。筋切りっていうんだけど」
俺は実際にやってみせる。
二枚の厚切りの豚肉にそれぞれ四箇所ほど、軽く切り込みを入れる。それと手のひらの形にも切り込みを入れる。
「何のためにやるんですか?」
「一つは食べやすい形――グローブ状にするため。もう一つは肉を柔らかくするためなんだよ。筋繊維を切っておくと加熱しても固くならない。あと……」
俺は木の太い棒……麺棒を棚から出す。そして、肉を叩いていく。
「これも肉を柔らかくするため……ですよね」
「ご明察」
俺は微笑む。うん、自然に微笑めている。
緊張がほぐれてきた。人間は手慣れたこと――それも自分にとって楽しいことをすれば、普段通りに振る舞えるものらしい。
「あの……あたしも何かお手伝いできること、ありますか?」
「いや、羽城さんはお客さんなんだから、休んでていいよ」
「お客さんではなくて、妹です」
羽城さんが訂正する。いや、そうなのかもしれないけど。
「疲れているみたいだし、今日はいいよ」
「なら、別の日にお手伝いします。約束です」
羽城さんは銀色の髪の毛先を指でいじる。彼女の癖なんだろう。
テレビでも見たことがある。
約束、ね。それに、別の日か。彼女はこの家に住むつもりなのか。
そんなことを考えながらも、肉に塩コショウで下味をつけ、片栗粉をまぶす。
それからフライパンを用意し、ラードで油を引いた。
大事なのがにんにくだ。スライスしたにんにくを俺はフライパンに放り込む。
にんにくがいい感じの色になったら取り出して、今度は肉を焼いていく。
我ながら手際が良い。
「先輩……楽しそうですね」
「そう見える?」
「はい」
こくりと羽城さんはうなずいた。実際、楽しいのだ。
「料理は俺の趣味だからね」
「へえ……」
「まあ男子にしてはちょっと変な趣味かもしれないけど。女っぽいってよくからかわれる」
「そんなことないですよ! かっこいいと思います!」
「そ、そうかな……?」
「はい。あたしは料理全然できないですし、すごいなあって思います」
アイドルから目をきらきら輝かされながら、そう言われ俺は体温が上がるのを感じた。
思わず手が止まる。
羽城さんが小首をかしげる。
「どうしたんですか?」
「いや、あの大人気アイドルの羽城志帆にそんなふうに褒められるなんて……これは一生物の記念になると思ってね」
俺は冗談めかして言ったが、半ば本心だった。エトワール・サンドリヨンは俺も普通に好きだし。
羽城さんはくすっと可愛らしく笑った。
「一生の記念だなんて、大げさですよ。それに……これからは家族として毎日暮らすんですし」
そうか。これは一度きりのことではないのか。
俺は少し、いや、かなり嬉しくなった。
なにせ葉月に「女っぽい」と言われて、振られた直後でもある。羽城さんの温かい言葉が胸にしみた。
これはもう、羽城さんのために是が非でも美味しい料理を作らなければ!
ちょうど良い感じに二枚の豚肉は焼けた。さて、あとはウスターソースをにんにくとともに煮込んで出来上がり。
最後に千切りキャベツを作って皿に乗せ、そこに厚切り豚肉のソテーとソースを盛り付けて完成だ。
「これは……すごく、すっごく美味しそうですね!」
羽城さんが「わあっ」と顔を輝かせる。
俺はふふっと笑う。
「ということで完成しました。四日市トンテキです」
「四日市? とんてき?」
「三重県四日市市の名物料理なんだけどね。広い意味ではいわゆる『なごやめし』にも含まれるかな」
「このいい匂いは……にんにくですね!」
「そうそう。にんにくを効かせた黒めの濃いソースが特徴で……えっと」
よく考えたら、女子ににんにくたっぷりのステーキとかどうなのだろう?
女の子はガツガツとステーキを食べたりしないイメージがなんとなくある。サラダとか食べている印象。にんにくも女性は苦手なのでは?
大人気アイドルの羽城志帆ならなおさら。
ところが、俺がそう言うと、羽城さんは一瞬きょとんとして、くすくすと笑いだした。
「言ったじゃないですか。あたしは苦手な食べ物なんて無いって」
「でも……」
「それに、女の子がお肉をガツガツ食べないなんて、偏見ですよ。女子だって美味しいお肉をたくさん食べたいです」
「そういうものかな?」
「少なくとも、あたしはそうです。それに、にんにくも大好きです。匂いは困っちゃいますけど、対策はできますし」
にこにことしながら羽城さんは言う。その言葉に嘘はなさそうだ。
待ちきれないという様子で、羽城さんは目をきらきらと輝かせる。
「冷めちゃう前に食べましょう……!」
「う、うん。そうだね」
俺と羽城さんはそれぞれトンテキ、豚汁、ご飯を食卓へと運ぶ。
そして、向かい合わせに座った。六人がけのテーブルだから、二人でも広すぎる。けど、一人よりは寂しくない。
「いただきます」
俺が言うと、羽城さんは何か小さくつぶやいていた。
「どうしたの?」
「いえ、その、あたし……クリスチャンなんです。それで……」
俺はピンと来た。羽城さんはハーフだし、家庭の影響だろう。
そうだとすれば――。
「食前の祈りとか、そういうのがあるの?」
「よくご存知ですね」
羽城さんはちょっと驚いたように銀色の眉を上げる。
「一応、幼稚園はキリスト教系だったからね」
日本ではキリスト教は普及しているとは言い難いけれど、幼稚園のような教育関係では運営者がキリスト教関係のところも多い。
その幼稚園で葉月と一緒に何度か食前の祈りを唱えたはずだ。
とはいえ覚えてはいない。
羽城さんが顔を赤くする。
「人前では恥ずかしくて、小声で言うだけにしているんです。他にこんなことしている人はいないですから」
「別に恥ずかしがることじゃないんじゃない? むしろ立派なことだと思うけど」
「そう……でしょうか?」
「そうそう。だから、気にせずお祈りを唱えてよ」
羽城さんはこくりとうなずくと、深呼吸した。
「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」
その祈りはまるで歌声のように綺麗で。
俺は思わず羽城さんに見とれてしまった。
羽城さんが不思議そうに俺を見つめ返す。
「あたしの顔になにかついていますか?」
「い、いや! なんでもなくて……早く食べよう」
「もちろんです!」
羽城さんも最初は気弱そうで不安そうだったけれど、料理を前にするとすっかり明るくなっている。
トンテキをフォークとナイフで大きめにカッと。そして、それを豪快に頬張る。
途端に、羽城さんの顔がとろけそうになる。
「びっくりするぐらい柔らかい……! それなのに食べごたえもあってジューシーで……にんにくのソースもインパクトがありますね!」
羽城さんのリアクションの大きさに、俺は思わずふふっと笑う。
ほっとする。喜んでもらえたなら良かった。
「そうそう。それがトンテキの良いところで……うん、我ながらよくできた」
自分で食べてちゃんと火加減も塩加減も問題ないことを確かめる。これなら、国民的アイドルに出しても恥ずかしくない……かもしれない。
「豚汁もご飯も美味しい……!」
羽城さんはぱくぱくと食べて、あっという間にトンテキを平らげてしまった。
名残惜しそうに、羽城さんは皿を見つめる。
一人前としてはけっこうな量があったはずなんだけれど。
ちらっと羽城さんが俺の皿を見る。俺は自分の皿を見つめ、そして提案する。
「俺の分を少し分けようか」
「えっ。そんな……兄さんに悪いです」
自然と「兄さん」と呼ばれ、俺はちょっとどきりとする。そうか、この子は俺の妹になるんだ。
「いや、気にしなくていいけど……ああ、でも俺の食べかけなんて嫌だよね」
「いえ、そんなことありません! いただけるなら、ぜひ食べたいです!」
「そんなに……?」
「はい! だって……すごく美味しかったですから」
そう言って、羽城さんは微笑んだ。完璧美少女の笑みが俺にだけ向けられている。
心臓に悪いと思う。
こんなふうに言われて、自分の分を譲らない兄がいるだろうか?
結局、俺は自分のトンテキの半分近くを羽城さんにあげた。
それもあっという間に食べてしまう。
小柄なのに見かけによらず大食いだ……。
「大満足……ほっぺたが落ちそうです」
「大げさな」
「大げさじゃないですよ。兄さんの料理にはそのぐらいの価値があります」
「そうかなあ」
「兄さんをあたしのお嫁さんにしたいぐらいです!」
「えっ……!?」
嫁? 結婚?
俺が驚いた様子なのに対し、羽城さんも「あっ」という顔をした。、
「間違えました。お婿さんにしたいぐらいです!」
「そこ!?」
「兄さんと結婚したら、毎日こんな料理が食べられるなんていいなあ」
そうつぶやいてから、羽城さんは口を手で押さえた。
「ごめんなさい。あ、あたし、小牧先輩のことを兄さんって呼んじゃいました」
「謝ることじゃないと思うけど」
「だって、馴れ馴れしいかなって……」
「本当に妹になるなら、むしろそう呼んでくれた方が嬉しいけどね」
この短い時間のあいだに羽城さんはだいぶ俺に心を開いてくれた気がする。
「わかりました。それでは『兄さん』と呼ぶことにします。兄さんと結婚したら、毎日こんな料理が食べられるなんていいなあ」
「二回言う!?」
「だって、本当にそう思いましたから」
「そんな大したものじゃないよ。それに女々しい俺と結婚したい奴なんていないさ。両思いだと思っていた幼馴染にも振られるぐらいなのに」
「え?」
「ああ、なんでもない」
「そう言われると、気になります」
答えたくないと言うこともできたが、隠すほどのことでもない。
俺は葉月とのやり取りを簡潔に告げた。
すると、羽城さんは眉を釣り上げた。
「その人、ひどいことを言いますね」
「俺が男らしくないのは事実だよ。背も低いし、運動もできないし、気も弱いし……」
「あたしはそんなこと気にならないです! 会ったばかりのあたしにだって、兄さんが料理が得意で、優しくて、素敵な人だってわかります」
そう言って、羽城さんは俺の手に自分の手を重ねた。
俺はどきりとして、羽城さんを見ると、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「志帆って呼んでください」
「え?」
「妹ですから」
「え、えっと、そうか。志帆?」
「はい! 今日からよろしくお願いします、兄さん」
羽城さん……志帆はとても可憐な表情で嬉しそうにした。
今日から、か。俺たちは義理の兄妹ということになる。説明は受けていないけれど、あの父がこの家に戻ってくるとは思えないから、きっと俺と志帆の二人暮らしだ。
女の子、それも国民的アイドルの美少女と同じ屋根の下で暮らすなんて、どうなるのだろう……?
ただ、一つだけ言えることがある。
「べつに結婚なんてしなくても、俺の料理を志帆は毎日食べられるよ」
「えっ?」
「俺たちは今日から家族。だから、明日の朝食も楽しみにしていてよ」
俺の言葉に志帆は幸せそうにうなずいた。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちのほうだよ、志帆」
「どうしてですか?」
志帆が不思議そうに首をかしげる。
俺は微笑んだ。
なぜなら、一人で食べても美味しい料理は、家族と二人で食べるともっと美味しいからだ。
アイドルな妹との同棲ものでした。料理シーン書くの楽しかったです……!
面白かった、志帆が可愛かった、と思っていただけたら
よろしければ↓の☆評価を入れていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。
その上で……連載版、始めました! 短編ともども応援いただければ嬉しいです!
タイトル:【連載版】幼馴染に振られた俺が、国民的アイドルの義妹に手料理を振る舞った結果
URL:https://ncode.syosetu.com/n3415ij/
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※志帆の祈りについては、日本カトリック司教協議会常任司教委員会編『日々の祈り 改訂版第二版』(2011年)より著作権法上の適法な引用を行っています。