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魔法少女探偵 加賀惣助  作者: 月坂唯吾
7/11

(七)

 まさかこの歳なって、街中を全力で走り回ることになろうとは、夢にも思わなかった。呼吸は既に乱れに乱れ、足はまるで鉛がぶら下がっているかのように重い。体が悲鳴を上げるのに疲れ果て、もはや泣き叫んでいるようにさえ感じた。

「惣さん、私、こっちから先回りしてみます」私と共に走り続けていた奈津美は、そう言うと、脇道へと消えていった。

 

 スカルが現れたのは今から5分ほど前のことであった。夕食も食べ終わり、私以外の3人がデザートの到着を待ちわびていた頃。私と奈津美が功太や多喜さんたちとの会話を楽しみつつも、通りの監視に目を光らせていたときのことだった。

「惣さん、あれそうじゃないですか?」奈津美が指をさす方向を見ると、確かにそこには自転車に跨りパトロールをする制服警官の姿があった。

「間違いありません。スカルです」私が席を立つと、それに呼応するかのように奈津美も立ち上がる。

「功太、多喜さん、あとはお願いします」

「お気をつけて」多喜さんのその言葉を皮切りに、私たちは店を飛び出した。

 対象者であるスカルのほうは、まさか自分が追いかけられているとは露ほどにも思っていないはずだ。それに、優しそう、笑顔で挨拶をしてくれる、という聞き込みの際に聞いた証言の数々からも、ゆっくりと近づけば警戒されず、スカルを取り押さえることも容易いと思われた。ゆえにこの調査はスカルを見つけだすこと自体が目的であって、見つけてさえしまえば、あとは奈津美に危害が及ばないように、と注意を払うだけで、簡単に片付く案件なのであった。

 私はスカルに気付かれないように近づくと、背後からさり気なく声をかけた。

「こんばんは」証言どおりならば無視されることはないだろう。

 スカルは自転車を漕ぐ足を止めると「あっ、こんばんは」と、何事もなかったように笑顔で振り返った。

 予定通り……のはずだった。しかしスカルは私の顔を見た途端、急に前を向き、すごいスピードで逃げていったのだった。

 不意をつかれた形になった私と奈津美はすぐさま彼を追いかけた。だが相手は自転車だ。敵うはずもなく、距離は少しずつ離されていく。

 しばらく進むと奈津美が先回りをすると言い、脇道へと消えていった。私は視界から消えてしまいそうなスカルを何とか追いかけ続けたが、日頃の運動不足が災いしたのか、もはや体力は限界であった。徐々に距離を離され、ついにはその姿を見失ってしまう。もちろんスカルが逃げたと思われる道を、私はその後も走り続けた。

 30分ほど走ったような気がするが、おそらく10分と経ってはいなかっただろう。ちょうど住宅街を抜けた用水路のあたりで、前方から女性の叫び声が聞こえてくる。急いでその場所へと向かった私の目に飛び込んできたのは、道に倒れこむ奈津美の姿であった。

「奈津美さん大丈夫ですか?」私は急いで奈津美を抱きかかえる。

「はい。足が少し痛みますが大丈夫です」奈津美の足を確認すると、すねの辺りの皮が擦り剥け、血が滲んでいた。

「何があったのですか?」

「前方からスカルが現れたので取り押さえようとしたんですけど、逆に跳ね飛ばされてしまいました」辺りを見渡したが、スカルの姿は既に何処にもなかった。

 不覚であった。奈津美を守る、と言っておきながら、奈津美を危険な目に合わせてしまうとは。腕と足に打撲の痛みはあるようであったが、奈津美の命に別状がなかったことが唯一の救いであった。奈津美を一人にしたことが私の間違いだったのだ。もっと気をつけて調査をしなければ。体力の限界、不甲斐なさ、奈津美の怪我、スカルを取り逃がしたこと、今日の調査を終わりにするには十分すぎるほどの私の失態であった。奈津美の怪我の手当てをするため、私たちは事務所へと戻ることにした。

「奈津美さん、すみませんでした」

「謝んないでくださいよ。自分のせいなんですから」

「いえ、私の注意が足りませんでした」

「そんなに気にしないでください。それよりも1つだけ心残りがあるんですけど」

「何ですか?」

「デザートが食べられませんでした。さっきたくさん走ったから、今から食べても問題ないと思うんですよね。コンビニで買って一緒に事務所で食べましょうよ。もちろん惣さんの奢りですよ。それで今日のことはチャラってことにしましょう」おそらく私を気遣ってくれているのだろう。優しく微笑む奈津美の姿に、私は、ありがとう、と言葉を返した。

 奈津美の希望どおり、帰りに事務所近くのコンビニでスイーツを手当たり次第に購入し、事務所へと戻った。早くデザートを食べたい、という奈津美をなだめつつ、傷の手当をする。

 手当てを終えた私がコーヒーを煎れていると、その間に奈津美はコンビニの袋からスイーツを取り出し、事務所のテーブルに並べていた。何点買ったのかは確認しなかったのだが、テーブルの上はさながらカラフルな花で埋め尽くされているようだった。もちろんスイーツ独特のカラフルで可愛らしいフォルムがその要因だ。

 ショートケーキ、苺のモンブラン、シュークリーム、エクレア、ロールケーキ、プリンアラモード、クレープ、アップルパイにフルーツサンド、チーズケーキタルト、みたらし団子にどら焼きなど、テーブルの上はまるでちょっとしたスイーツ店のようであった。そしてそれを眺めて嬉しそうに微笑む奈津美。

 正直なところ甘い物は得意ではないのだが、こんなにも喜んでもらえるのならば、自分の味の好みくらいどうでもよく思えてくるから不思議である。

 奈津美はショートケーキを一口頬張ると、満足そうな笑みを浮かべ、何かに納得したように小さく2回頷いた。

 幸せそうな奈津美の姿をこんなにも近くで見ていられるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう、そんなことを考えながら、私もみたらし団子に手を伸ばす。

「それにしてもスカルはなんで突然逃げ出したんですかね?」

「私もそのことが気になっていました。一度自転車を止め、挨拶を交わしておきながら、突然逃げ出す、というのは、あまりにも不自然です」

「私には惣さんの顔を見て、逃げたように見えましたけど」

「はい。おそらく、そうでしょう。しかし分からないのは、私の姿を見た途端、どうして逃げ出したのか、ということです。この事務所の人間以外で、私が今回の事件を警察と共に捜査している、と言うことを知っている人はいませんからね」

「そもそも惣さんの知り合いの中にスカルがいるとか。スカルの顔に見覚えはなかったんですか?」

「私の位置ではライトの光で逆光状態になっていましたので、スカルの顔を確認することは出来ませんでした」

「それじゃあ知り合いかどうか分かりませんね。あっ、でも惣さんが事件を調べていることなら、警察関係者も知っているはずですよね? 少なくとも、祖父江さんと捜査一課の方々は知っているはずです」

「確かに祖父江さんや、捜査一課の皆さんならば知っています。ですが、さすがに一課の中にスカルがいるとは思えないのですが」

「そうですよね。そもそも制服警官でもありませんしね」奈津美は既にショートケーキを食べ終え、プリンアラモードに手を伸ばしている。

「いえ、そこは問題ではありません。一課の方々とはいえ、多くの方が交番勤務を経験しています。それに制服警官でなくとも、警察官は皆公式な場所では制服を着用しますから、制服を持っていない、ということもないと思います。ですから一課の中にスカルがいる、という可能性はゼロではありません。しかし連続して殺人事件が起きている中、スカルとして街をパトロールする時間の余裕が彼らにあるとも思えません。消去法でいくのであれば、スカルは警察関係者以外の、私の知り合い、という可能性が高いでしょう」ようやく私は手にしていたみたらし団子を一つ口に入れた。

「でも顔も名前も分からないんじゃ、探しようがないですよね」

「奈津美さんはスカルの顔に見覚えはありませんでしたか?」

「私の場合、最初のときはスカルとはまだ距離がありましたし、跳ね飛ばされたときは辺りが暗かったので、はっきりとは顔が見えませんでした」

「そうですか」

「何だか、すいません。最後に私がしっかりとスカルを捕まえるなり、足止めするなりできれば良かったんですけど」

「いいえ、先程も言いましたように、今日のことは私の失態です。こちらこそ怪我をさせてしまって、すみませんでした」私がそう言うと、奈津美は食べかけのプリンアラモードのカップを見せ、微笑んだ。

 一瞬意味が分からなかった私であったが、テーブルの上に並べられたスイーツを見て、ようやく奈津美の言わんとしていることを理解した。

「そうでした。これでチャラでしたね」

「はい」

「それにしても、たくさんデザートを買いすぎてしまいましたかね?」

「こんなのヘッチャラですよ。女の子の体の80%はスイーツで出来てるんですよ。知りませんでした?」

「奈津美さんにそう言われると、何だか本当のことのような気がしてきてしまいます」

 その後、しばらくはスイーツパーティーが続いたが、やはり全ては食べきれず、残りは奈津美のテイクアウトとなった。

 彼女を自宅まで送り届け、私も早めの帰宅をする。


 翌朝、私はいつものように8時に出社し、祖父江に渡すための、昨日の捜査報告書を作成していた。すると、普段は9時半近くにならないと出社してこない功太が事務所に現れた。時刻は8時40分。奈津美すらまだ出社していない時間だった。

「どうしました? 功太がこんなに早く来るなんて珍しいですね」しかし功太が私の問いに答えることはなく、変わりに何やらニヤニヤと嬉しそうな表情を見せている。

「何かあったみたいですね」

「何だと思う?」

 簡単な質問だった。功太の嬉しそうな表情からして、その何か、は吉報だろう。そして普段よりも早く出勤してきた、ということは、その吉報を早く私に伝えたかった、ということ。功太が普段このように、ニヤニヤと嬉しそうな表情を私に見せる時は、自分を誇らしく思っているときだ。すなわち褒めて欲しいとき。

「頼んでおいた、かえぴょんさんに恨みを持つ人が運営するサイト、もしくはアングラサイト内に模倣犯と思しき人物を見つけた、といったところでしょうか」

「あったり~。さすが惣さん」

「で、何が分かったんですか?」

「うん。かえぴょんさんに恨みを持つ人が集まるようなサイトは見つからなかったんだけど、2つ目の事件に関係するアングラサイトなら見つかったよ。パスワードをクラックするのに少し時間がかかっちゃったけど、頑張っただけの収穫はあったと思う」そう言うと、功太は手にしていたノートパソコンを開き、サイトを表示させた。

 モニターには『the murder is beautiful』という文字が表示され、上から流れ出てきた血が一つ一つのリンクを表示させていった。功太はその中からイベントと書かれたリンクをクリックする。

 すると驚いたことに、次にモニターに表示されたのはかえぴょんさんの遺体画像であった。どうやら、かえぴょんさんの遺体写真に感銘を受けたサイトの運営者が、イベントと称し、美しい遺体の写真を募集している、というものらしい。

 サイト運営者は一体どこから、かえぴょんさんの遺体写真を手に入れたのだろう。普通に考えれば警察から流れた、と考えられるが、サイトの写真は背景が暗い。つまり日が昇るまえに撮影されたものなのだ。遺体が発見されたとされている時間は、早朝であったはず。

 そしてさらに驚いたのは、既に2件の写真が投稿されていることだった。そのうちの1つは、昨日最奈深の森林公園で発見された女性の遺体写真。写真の状況からこちらも遺体が発見されるよりも早く撮影されたものと思われる。もう1つの写真は何処かの噴水の写真であった。もちろんそれはただの風景写真などではなく、水面には1人の全裸女性と真っ赤なバラが敷き詰めるように、浮かべられていた。一見すると芸術作品のようにも見えるが、おそらくこの写真に写る女性も、この写真が撮影されたときには既にこの世に存在してはいなかったのだろう。

 投稿された写真は、いずれも『cherry』というハンドルネームの人物によって投稿されていた。

cherryという名の人物が自ら被害者を殺害し、遺体を遺棄したのであろうか。祖父江からは噴水での殺人事件の情報はまだ届いてはいない。県外での事件ということなのか、はたまたまだ遺体がまだ発見されていないだけなのか。事情は分からないが、このサイトが、かえぴょんさんの事件を模倣した2つの事件に関係していることだけは間違いなかった。

 程なくして出社してきた奈津美に、功太から齎された情報を伝え、私たちは祖父江からの電話を待つことにした。どちらにしてもサイトの存在や、噴水での殺人事件の情報は祖父江に伝えるべきだろう、と考えたからだ。もちろん警察関係者の中にスカルが存在する、という可能性もゼロではないので、スカルに関する情報や、昨日の出来事などは伏せておくつもりでいる。

 時刻が9時20分になると事務所内に電話のベルが響き渡った。相手は言わずもがな、祖父江だろう。

「はい。加賀探偵事務所です」

『おお、美少女。俺だ。また新たに遺体が発見されたぞ』やはり電話は祖父江からのものであった。

「やはり、また見つかりましたか。現場はどちらですか?」

『板沢市の建築資材置き場だ』

「建築資材置き場? 何処かの公園などにある噴水ではないのですか?」

『いや、公園でもなければ近くに噴水などもない場所だ』

「では、今回はどのような状態で遺体が遺棄されていたのですか?」

『油圧ショベルカー、所謂ユンボといわれる重機に遺体が吊るされていたんだ。上にあげた状態のショベルに、まるでマリオネットのように女性の全裸遺体が吊るされていた。後でまた写真は送るが、今回の遺体も顔以外は真っ白なバラで埋め尽くされている。遺体の背中には、木の枝で作られた翼のようなものまで取り付けられていた。死因は今回もおそらく背中の刺創が致命傷と思われる』

 どうやら新たに見つかったという遺体は、アングラサイトに投稿されていた噴水のものとは全く別のものらしかった。

「改めて伺いますが、現場に噴水はないんですよね?」

『噴水? お前さっきもそんなことを言っていたな。どういう意味なんだ』

 私は功太が発見したアングラサイトの存在を祖父江に伝え、サイトに投稿されていた噴水の場所の特定と調査を警察のほうでやってもらえるよう頼んだ。祖父江は重要な手がかりだ、と大いに喜び、電話を切った。これで警察のほうの捜査にも進展があるはずだ。

「功太は引き続きcherryと名乗る人物の特定をお願いします。おそらくはtorトーアやボットネットなどを利用して、海外の複数のサーバーを経由していると思われます。特定は困難だと思いますが、功太の腕を信じていますよ」

「任せておいてよ」12歳ながら、こういうときの功太はとても頼もしい。功太の豊富な知識故の自信が、相手にそういった印象を与えるのだろう。

「それじゃあ私たちは、新しく遺体が見つかったという場所に今から行くんですね」

「はい。同じサイト内に、犯人と思しき人物が撮影したと思われる写真が複数枚のっていたことから、かえぴょんさんの事件と、その後の事件にはアングラサイトという繋がりが出てきました。ですから、先にかえぴょんさんの事件以外を解決することが、逆にかえぴょんさんの事件を解決するための近道になる、という可能性もあります。よって今日は、新しく遺体が発見されたという、板沢の建築資材置き場にまず向かい、現場を確認することから始めてみましょう。その後は遺体に常に飾られている大量の花の入手先について調べてみようと思います。あれだけ色の違うバラを大量に準備するとなると、必ずどこかに痕跡が残っているはずですからね」

「惣さん、ちょっとこれ見て」早速作業に取り掛かっていた功太が私を呼んだ。

 功太に促されるまま、功太のノートパソコンを覗き込む。すると先程のアングラサイトに新たな画像が投稿されていた。3件目の投稿だ。投稿者はまたしてもcherryという人物。新しく投稿された写真を確認すると、そこには暗闇の中、翼を広げ飛び立つ天使の姿が映っていた。俯くような天使の姿がなんとも芸術的に見えるが、この写真は先程祖父江が言っていた、今朝発見されたという遺体のものだろう。

 これでかえぴょんさんの事件はともかく、それ以外の3件の事件がcherryと名乗る人物によって起こされた連続殺人事件だという可能性が高まった。

 私と奈津美は多喜さんの出社を待ち、この辺り一帯の生花店の情報を教えてもらった。多喜さんによると、この辺りで花を購入しようと考えると、カタログやネットで購入するか、店で直接購入するか、のどちらかになるという。しかしカタログやネットだと大量のバラを不定期的に購入するのは難しく、何とかできたとしても物証がたくさん残ってしまうのではないか、ということであった。どこからか盗んできた、ということも考えられなくはないが、それだとそれだけの大量のバラが咲いている場所をまずは見つけ出さなければならず、花を採取するなどの時間的要素から考えても、それは現実的ではないと思われた。よって犯人は何処かの店で直接花を購入したと考えられる。

 では直接購入できる場所は何処なのか? 考えられるのは農協、スーパー、ホームセンター、生花店などだろう。だが農協やスーパー、ホームセンターなどであれほど大量のバラを手に入れることは不可能だ。もちろん取り寄せや、農協でたまたま見かけた生産者から直接購入する、などといった方法をとれば出来ることもあるだろうが、それだとカタログやネットのときと同じように、物証や目撃証言がたくさん残ってしまう。私が犯人ならば、やはり何処かの生花店で、なるべく目立たないように直接購入する道を選ぶだろう。もちろん、事件のたびに違う生花店で。

 新しく遺体が発見されたという建築資材置き場へと、私と奈津美は向かった。現場は幹線道路に面した場所にあり、近くには県営住宅やスーパー、小学校などが点在する、それなりに人通りのある、人々の生活圏内だった。

「遺体が遺棄されていた、なんて言うから、もっと人通りが少なく、静かな場所だと思ってました」近くのドラッグストアの駐車場に車を停めさせてもらい、徒歩で現場に向かう途中、奈津美が言った。

「そうですね。私の経験上も、遺体遺棄現場というものは大抵がそういった場所でした。普通犯人は、遺体がなるべく発見されないように、そういった場所を選びますからね。ですから今回の犯人には、遺体が発見されなければいい、という思いがそもそもないのでしょう。遺体を天使のように飾り立てていることからも、それを作品としてたくさんの人に見てもらいたいという意思を感じます。ですからあえて人通りの多いこの場所を遺体の遺棄現場に選んだ。誰かに目撃されるかもしれない、というリスクを承知の上で、それよりも遺体を人の目にふれさせることを優先したのでしょう」

「でも遺体を写真のような状態にまで飾り立てるのって、結構時間がかかるんじゃないですか?」

「ええ、そうでしょう。しかしこのような場所でも夜間ともなれば、人通りは極端に少なくなります。もちろん誰も通らない、ということはないでしょうが、注意を払えば遺体を飾り立て、遺棄することも不可能ではないでしょう」

 現場に着くと、入り口にはブルーシートが張られ、そこには1人の警察官が配備されていた。事情を説明するため警察官に近付くと、突然ブルーシートの隙間から二坂が姿を現した。会話はしていないものの、スマホを耳に当てていることから、何処かに電話をかけるために外に出てきたのだろう。

「あっ、加賀さん」私たちに気が付いた二坂は、急ぎの用ではなかったのか、スマホを耳から離すと、笑顔で小さく手を振った。

「どうも、二坂さんもいらしていましたか。私たちも祖父江さんから連絡をもらいまして、様子を窺いに来たところです」

「そうでしたか、でしたらどうぞ」先導するように、中へと戻っていく二坂。私たちも彼女の後を追い、ブルーシートの隙間に体を滑り込ませた。

 中に入ると、すぐに遺体の姿が目に飛び込んできた。遺体の吊るされたユンボとは15メートルほどの距離があり、周りには鑑識官や捜査官たちがたくさんいるものの、ショベルによって遺体が上に持ち上げられているため、遠くからでも遺体の姿を確認することができた。

 遺体はやはりサイトに新しく投稿された画像と同じものであった。祖父江が言っていたように、上にあげた状態のショベルに、マリオネットのように女性の全裸遺体が吊るされている。肩から下の全身を覆う白いバラ、背中には木の弦を編んだような翼のようなものも取り付けられており、やはりこの遺体は天使を模しているのだろう、と推測することができた。

「今回の死因も背中の刺創が致命傷ではないか、ということです。死亡推定時刻は昨夜の19時頃から22時の間。身元はまだ分かっていません。見ての通り、この遺体も花で飾り立てられており、飛び立つ天使の姿をイメージしているものと考えられます」私の横で状況を説明する二坂。

「この遺体を御覧になって、奈津美さんはどのように感じられますか?」

「そうですね。こう言ったら不謹慎かもしれませんが、やっぱり昨日発見された遺体と同じように、綺麗で芸術作品のように見えます。少なくともかえぴょんさんの時のようなグロテスクな印象は受けません」

「そうですね。私も奈津美さんと同じようにそういった印象を受けました。まるで展示物のようで、犯人の感情が一切感じられない遺体。そういった面では、奈津美さんが言うように、昨日森林公園で発見された遺体とよく似ています。芸術性を重視している点から考えても、同一犯による犯行の可能性も高いでしょう。しかし、かえぴょんさんを殺害した犯人と同一犯人だと断定するのは時期尚早だと思います。かえぴょんさんの遺体からは、犯人のかえぴょんさんに対する怒りや復讐心、憎しみ、といった感情を窺い知ることができましたからね」

「それじゃあ私たちはこれまで通り、犯人は別々にいる、という考えで捜査を続けていくんですね」

「はい」

「加賀さんたちは今、何をお調べになっているんですか?」私たちの会話を聞いていた二坂が質問をした。

「私たちはかえぴょんさんの事件と、それ以降の殺人事件の犯人は別々にいると考えています。ですが全ての事件にバラの花、という共通点があることも事実です。ですから今日はこれから、犯人のバラの入手先について調べてみようと思っています。警察の方はどのような捜査状況ですか?」

「うちの方では今のところ全ての事件は同一人物による連続殺人事件である、という仮定の下に捜査を進めています。今は被害者の身元の確認と、加賀さんが見つけたという、アングラサイトにアップされていた、噴水の場所の特定などを中心に捜査を行っています」

「もう噴水の件、調べてくれているんですね。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ有力な情報をありがとうございました。それにしても、さすが加賀さんですね」

「アングラサイトの件でしたら、私は何もしていませんよ。見つけたのも、うちの事務員ですから」

「そんなこと言って、また私たちがもたついている間に、ささっと犯人を確保しちゃうんじゃないんですか?」

「そうそう上手くいくとは思いませんが、そうなってくれると嬉しいですね」小さく微笑んでみせると、二坂も笑みを返す。

「二坂さん、ちょっと来てもらえますか?」すると遺体の辺りを調べていた鑑識官が二坂を呼んだ。

「あっ、どうもすみませんでした。私たちの方はもう大丈夫です。あとは適当に見て帰りますから、お仕事に戻られてください」

「分かりました。それでは私は失礼させていただきます。何かありましたら気軽に声をかけてくれて構いませんので。では、また」二坂は軽く会釈をすると、遺体を調べている鑑識官のもとへ向かった。

「もう帰るんですか?」話を聞いていた奈津美が質問をした。

「はい。現在の捜査段階では、これ以上ここにいても新しい情報は得られそうにありませんからね。何か見落としている点がないか、現場を一通り確認してから帰りましょうか」

 私たちは建築資材置き場の隅々から、遺体や重機、周辺の建物や道などを確認してまわった。しかし、これと言って新たな発見などはなく、記憶のみを留め、現場を早々と撤退することにした。

「阿部さんも来てたんですね。話しかけてこなかったから、二坂さんだけで他の一課の人は誰も来ていないんだと思ってました」ドラッグストアの駐車場に向かう途中、奈津美が話を始めた。

「そうですね。私も二坂さんが単独で現場に来るなんて珍しいな、と思っていました。現場で阿部さんの存在は全く感じられませんでしたからね。それにしても、阿部さんは何をあんなに必死に探していたんでしょうか」

「そうですよね。建築資材置き場の端っこにしゃがみ込んで、ずっと1人で何かを探していましたものね。私たちが現場に来ていることにも気が付いていなかったんじゃないでしょうか」

「その可能性は十分ありますね。気が付いていたら話しかけてくるでしょうから。何か、そうとう気になることでもあったのでしょう」

「実は阿部さんが犯人だったりして」冗談っぽく言葉を発した奈津美ではあったが、おそらく阿部のことを本気で疑っているのだろう。以前彼女が一課の中に犯人がいるのでは、と言っていたことを思い出す。

「それはないでしょう。さあ、次は犯人のバラの入手先を調べに行きますよ」

 私たちは車へ戻ると、当初の予定通り、農協やスーパー、ホームセンターなどで、最近大量のバラを取り寄せた人物がいなかったかどうかを調べてまわった。しかし手がかりは愚か、ここ1ヶ月以内に100本以上のバラを購入した、という人物の存在すら確認することが出来なかった。

そこで午後からは近隣の生花店をまわり、最近大量にバラを購入した人物がいなかったか、ということを聞いてまわった。

「すみません。店主の方に少しお伺いしたいことがあるのですが、店主さんはいらっしゃいますか?」これが11件目の店だった。Petit pont(プティポン)という名の生花店。私は店先で花に水をあげていた、20歳くらいのアルバイトと思しき女性に声をかけた。

「店主は私ですけど、何でしょう?」

「ここ1、2週間の間に、バラの花を大量に購入したお客さんがいなかったかを知りたいのですが」

「失礼ですけど、お客さまはどちらさまですか?」

「失礼しました」私は名刺を店主の女性に渡し、自己紹介をした。

「探偵さんですか。バラでしたら、この時期はご注文がたくさんきますよ。いろんな学校で卒業生にバラの花を配りますからね。うちでは奥塚中学校さんや太田高校さん、赤咲女子高校さんなどにご注文いただいています」

 何処の生花店でも量に差異はあれ、この時期は卒業式用のバラやカーネーションの注文がたくさん入るらしい。現にここに来るまでに訪れた生花店でも、各学校からたくさんの注文が入っていた。

「私も赤女に通っていたんですよ。そういえば私も卒業式の日にバラをもらいました」私と店主に、奇遇だと言わんばかりに、自分の出身校を話す奈津美。そういえば赤咲女子高校に通っていたことを、私が知っているとは、彼女は知らないのであった。もちろん今後も言うつもりはないが。

「学校関係以外の個人のお客さんはどうですか?」

「確か何人かはいらっしゃったと思います。あっ、ちょっと待ってもらえますか?」そう言うと、店主はレジカウンター横の棚から、ファイリングされた売上伝票と思しきものを取り出し、それをパラパラとめくった。

「ここ2週間だと、3人の方が100本のバラを、1人の方が70本のバラを購入されていますね」

「花の色は何色か分かりますか?」

「私の記憶では皆さん真紅のバラだったと思います」

「購入された方々のお名前などは分かりませんよね?」

「領収書はありますが、皆宛名は上様としていますから、お名前までは分かりません」

「そうですか。分かりました。お忙しいところすみませんでした」

「いえ、ちょうどお客様がいらっしゃらなくて、暇をもてあましていたところでしたから」

「そう言っていただけると助かります。ところで店主さんは随分とお若いように見受けられますが、その歳で店主さんとは凄いですね」私は言葉を発しつつ、さり気なく店主の胸元に向け手を伸ばした。もちろん触れられるのではないかと考えたからだ。しかしそれを直ぐに察したのか、奈津美は私の手首を掴み、首を左右に振った。

「いいえ、そんなことはないですよ。この店は母から引き継いだものですから。この店、元々は母がやっていた店なんです。父は私が高校生のときに亡くなったので、それからは母が女手一つで育ててくれました」幸いにも店主は私の行動には何も気付いていないようだ。

「お母様はご病気か何かで、ご引退されたのですか?」

「はい。去年癌でなくなりました」

「そうだったんですか。すみません配慮が足りませんでした」

「大丈夫です。それに私にはまだ兄がいますから」

「お兄さんがいらっしゃるんですか」

「はい。兄は仕事を持っていますから、この店は私が1人でやっていますが、兄妹の仲は凄くいいんですよ」

「そうですか。それは良かった。これからもご兄弟で力を合わせて頑張ってくださいね。さて、長居してしまっては何ですから、そろそろ私達は失礼いたします。お邪魔しました」

 生花店を聞き込みして回ったが、予想に反し有力な情報を得ることは出来なかった。分かったことといえば、生花店にはこの時期、卒業式用のバラの注文がたくさん入る、ということくらいだろうか。もちろんどの店でも100本ほどのバラを購入した個人客は見つかった。だが100本ほどでは人の体を覆いつくすには数が足りなすぎる。犯人はどのような方法で花を手に入れているのだろうか。

「惣さん、さっき店主さんの胸をさり気なく触ろうとしましたよね?」

「いえ、あれには理由がありまして」

「理由はどうあれ痴漢は犯罪ですからね。私が止めていなかったら、店主さんに騒がれて大変なことになってましたよ。そんなにあの店主さんが好みのタイプだったんですか?」

「もう言い訳はしません。助けてくれてありがとうございました」どうせ説明をしても奈津美は分かってくれないだろう。私は無駄に言い訳をするのを止めて、この件は自分の不祥事として認めることにした。

「それにしても手がかりは見つかりませんでしたね。これからどうしますか?」

「そうですね。一度祖父江さんに電話して警察の捜査状況を確認してみましょうか」

 正直なところ手詰まり感は否めなかった。だが今は出来ることを1つずつ行い、何としても事件の糸口を見つけ出さなければ。

 私はスマホを取り出し、祖父江の携帯番号を検索した。すると突然、馴染みの深い音楽が私の手元から流れ出す。それと共にスマホの画面には『加賀探偵事務所』という文字が表示されていた。

 突然のことで驚いたものの、なんてことはなかった。ただ事務所から電話がかかって来ただけのことだ。しかしその着信音を聴いた途端、奈津美は大爆笑を始める。

「惣さん、スマホの着信音『魔法少女スイーティー♪マキ』の主題歌にしてるんですか?」笑いを堪えつつ、何とか言葉を発した様子の奈津美。

「私も小学生の頃、好きで見てましたよ」

 頬がどんどん朱に染まっていくのが分かった。正直これまで考えても見なかった。私は『魔法少女スイーティー♪マキ』が好きなのであろうか? 確かにアニメのON AIR時には好んで見ていた記憶はある。だが今はどうなのだろう。

 私がこの曲を着信音にした理由は、偶然ネットでこの曲を見つけ、懐かしかったからだ。もちろん今現在は私自身も魔法少女な訳で、もしかしたら気付かないうちに親近感的なものを抱いていた、という可能性も捨てきれなくはない。

 私は奈津美に思ってもみなかったことを指摘され、恥ずかしさから、逃げるようにスマホの通話ボタンを押した。もちろんこれを境に、私がスマホの着信音を普通のものに戻したことは言うまでもない。


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