(四)
「で、この車のどこがポルシェなんですか?」奈津美が楽しそうに、頬笑みを浮かべて言った。
「車種はワゴンRですが、名前は私が付けましたので間違いなくポルシェです」嘘ではなかった。二年前に中古で購入した黒いワゴンRに、私は親しみを込めてポルシェという名前を付けたのだ。名前負けしている、と度々人に言われることもあるが、それくらいの方が人も機械も余裕を持って生きていける、と私は考えている。
「まあ私も車には興味がありませんし、車は移動さえ出来ればいい、と思っていますので、別に構いませんけどね。それより、まだ少し時間がありますけど、途中に何処かでお昼でも食べるんですか?」
「お腹が空きましたか?」
「ええ、少しだけ」
「それは良かった。私もです。でも御飯はしばらく後にしておきましょう」
「どうしてですか?」
「私たちが今向かっているのは、かえぴょんさんの遺体が発見された公園です。当然もう遺体は別の場所に移されているでしょう。では何故、祖父江さんは私を矢野望公園へと呼んだのだと思いますか?」
「遺体の発見現場を見ておいた方がいいから、ですか?」
「もちろんそれもあるでしょう。ですがそれだけでしたら、既に私にも捜査権は与えられている訳ですし、私たちが勝手に矢野望公園へと行けば済むことです。それにいかに私に捜査協力を依頼してきたのが祖父江さんだったとしても、わざわざ捜査一課長が現場まで足を運ぶ必要はありません。私たちが矢野望公園でやらなければならないこと。それは先程奈津美さんが言ったように、まずは現場をみること。そして祖父江さんから遺体発見時の様子と死亡推定時刻、目撃者の有無、鑑識が現場で新たに発見したものがあったのか、などの情報をもらうこと。さらには祖父江さんが持ってきてくれる死体検案書や見分調書、捜査報告書などの確認、そして遺体写真の確認です」
「遺体の写真なんて見るんですか?」奈津美はそれこそ、鳩が豆鉄砲を食らった、という表現が最も適切と思われる表情を浮かべていた。
「はい。鑑識により現場ではたくさん遺体の写真が撮られています。それを見て、写真から分かることを洗い出し、感じることを記憶に残すのです。例えば写真からは、死体に残る外傷の有無、死斑の状況、遺体の切断面、毒物で殺害されたような兆候が出ていないか、などの様々な情報を得ることが出来ます。もちろん司法解剖が済んでいればもっと詳しいことが分かっているでしょうが、実際に見ておくのと、見ていないのでは大分違いますし、聞くだけよりも頭に入って来るものがありますから。そしてそれらの、やらなくてはならないものには総じて共通するものがあります。それは決して気持ちのいいものではない、ということです。特に遺体の写真なんてものはグロテスク極まりなく、慣れていても吐き気を催すほどです。おそらく奈津美さんが想像している以上のものだと考えて間違いありません。ですから先程の話に戻りますが、直前に胃に物を入れる、という行為はなるべく避けた方がよろしいかと思います。食事はあとにしましょう」
「分かりました。事前に聞いておけて良かったです。知らなかったら初日からとんでもない姿を見せてしまうところでした」
「まあ初日ですから、今日は私が一人で対処しますので御心配はいりませんが」
「いいえ。少しでも早くお役にたてるようになりたいので、私にも体験させてください」
「勉強熱心ですね。分かりました。でもくれぐれも御無理はしないようにしてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
テレビドラマやCMなどの撮影で頻繁に使われるという閑静な住宅地を抜け、大通りにでる。
矢野望公園はここからさらに車を30分程走らせた場所にある比較的大きな公園だ。工業団地の片隅にあり、公園中央には数十分に一度、噴水の上がる大きな池がある。その池の周りをジョギングコースと、サイクリングコースが取り囲み、工業団地内のオアシスのごとく生い茂る草花や木々が、地域の人々に憩いと安らぎの場を与えている。レンタルサイクル、たくさんの遊具や売店なども充実しており、土日は家族連れなどでいつも賑わっている公園だ。
奈津美は学校や友達の話、好きなアーティストや好きなテレビ番組の話などの様々な話を聞かせてくれた。終始楽しそうに話しているのに、その手には常にスマホが握られており、私との会話を楽しみながらも時折スマホを操作している姿は、今どきの女子高生そのものであった。
「私、Twitterに『探偵始めました』って書いたんですよ。本当は探偵助手ですけど、それだと恰好が悪いんで、少し話を盛っちゃいました」と楽しそうに語る彼女。私はその話を聞いていて、それは盛ったのではなく、むしろ『助手』という部分を削ったのでは? という疑問を抱いた。しかしそのことよりも『探偵始めました』というフレーズが、『冷やし中華始めました』に似ている、という、どうでもいいことの方が私は気になり、無言で一人微笑む。
矢野望公園は警察によって規制線が貼られており、公園の駐車場には幾つかの警察車両も確認することができた。各入口には『埼玉県警察 立ち入り禁止 KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが張られ、ヘルメットをかぶった制服警官が配置されている。
私は見張りの警官に事情を説明し、車を公園の駐車場に停めた。すると、その警官が祖父江のもとまで公園内を案内してくれる、と言うので、その申し入れを素直に受け入れることにする。
「あっ、加賀さん。お久しぶりです」公園内に入り、私たちが入った入口から、ほぼ真逆の位置まで案内された所であった。不意に誰かに声を掛けられる。
「ああ、阿部さんでしたか。お久しぶりです」見覚えのある顔がそこにはあった。捜査一課の阿部正嗣である。祖父江の依頼で、何度か埼玉県警の捜査一課と共に捜査をしたことがある私は、既に何人かの刑事とは面識があるのだ。
私と阿部が知り合いだと分かると、警官はもう道案内は不要だと思ったのだろう。小さく会釈をした後、自分の持ち場へと戻っていった。
「熊谷の事件以来ですね。この事件もよろしくお願いします。ところで今日は随分と可愛らしい子を連れていますね」阿部が奈津美を視界に捉え言った。
「ああ、彼女は私の助手の長嶋奈津美さんです」
「助手? この子がですか?」明らかに怪訝な表情を見せる阿部。
「御心配には及びません。私が必ず彼女を立派な探偵に育て上げますから。今後も阿部さんにはお目にかかることもあるかと思います。以後お見知りおきを」
「長嶋奈津美といいます。よろしくお願いします」
「捜査一課の阿部です。よろしく」礼儀正しくお辞儀をする奈津美。それに対して阿部は直立不動のまま笑顔で答えた。
「祖父江さんは今どちらにいらっしゃいますか?」
「さっきまでは遺体の発見された広場のベンチに座って、アンパンを食べていましたよ。たまに現場に来た時くらい真面目に仕事をして欲しいものですよね。まあ私たちにとっては現場に来ないのが一番ですけど。あっ、これは内緒ですよ」阿部は人さし指を唇に当てた。
「御心配なく」
私たちは阿部と別れ、先程まで祖父江がいたという広場に向かうことにした。
「さっきの阿部って人、私のことバカにしてましたよね。私が助手だと聞いた時の、あの人の様子で何となく分かりました」阿部との距離が離れたのを確認すると、奈津美が語りだした。
「お気付きになられましたか」
「はい。だからあの人から何か酷いことを言われるんじゃないか、と思ってドキドキしていたんですけど、そうならないように惣さんがフォローしてくれたんで助かりました」
「たいした観察力ですね。奈津美さんには探偵の素質があるかもしれませんよ」
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」奈津美が笑顔を見せる。
「まあ阿部さんがどうこうというより、あれは男性特有の本能から来るものなので、少しは大目に見てあげてください」
「本能ですか?」
「はい。女性を守りたい、女性に好かれたい、というような雄としての本能です。女性は男性よりも弱く、様々な面で劣っている存在でなくてはならない、女性は守られるべき存在でなくてはならない、といった雄としての本能の声。それらを彼等は体現しているにすぎないのです。そういった潜在的な本能をより多く持つ男性が、阿部さんのように女性を軽視するような行動や発言をしてしまうのです。ですから、阿部さんは奈津美さんの姿を見て仕事が出来なそう、と判断した訳ではなく、女性はそういうものだ、と彼等は無意識に思い込んでいるのです。そしてその思いは女性の年齢が若くなればなるほど強くなります。子孫を残す、という本能から来ているのでしょう。ですから大抵の場合は好意すらあれ、悪意はありません。分かってあげてください。まあ女性からしたら、どちらにしても嫌でしょうけどね」
「なんだか小学生の男の子が、好きな女の子に意地悪してしまう、というのに似ていますね」
「はい。その例も男性の本能からくる行動の一つだと思います。例えば、男性は胸の大きな女性が好きだ、という話をよく聞きませんか?」
「はい。テレビや友達との会話で耳にしたことがあります」
「ではグラビアアイドルなど胸の大きな女性は頭が悪い、というのはどうですか?」
「はい。それも聞いたことがあります」
「ではおかしいとは思いませんか? 一方では、胸の大きな女性が好きだ、と言っているのに、もう一方では胸の大きな女性を批判している。一見すると矛盾しているように感じられるかもしれませんが、実はこれも本能から来ています。自分の好みの女性は、自分よりも頭が悪くあって欲しい。つまりは守りたい、頼られたい、自分に好意を抱いてほしい、という本能からくる願望です」
「なるほど。何となく分かったような気がします。ちなみに惣さんも、男性の本能からそういったような思いを、女性に抱いているのですか?」
「いいえ。私はどちらかと言うと草食系なので。女性を守りたい、という想いよりも、むしろ楽しく共存して行きたい、という想いのほうが強いです。女性の胸の大小にはこだわりがありませんし、奈津美さんのことも性別や年齢で、仕事が出来る、出来ない、とは判断していませんよ。女子高生を助手として雇ってしまうくらいですからね」
「だったら良かったです」
広場を目指して、池を取り囲むジョギングコースを歩いていると、穏やかな公園には似つかわしくない奇妙な光景が突如現れた。
花をモチーフにしたようなモニュメントが特徴的な、石畳の敷かれた広いスペース。所々に広葉樹が植えられ、東屋やベンチが点在している。ここが遺体が発見されたという広場に間違いないだろう。
モニュメントの前には、簡易的なテントのようなものが置かれており、立ち入り禁止と書かれた黄色いテープが張り巡らされている。開けられた部分から中を覗いてみると、花の植えられた幾つものプランターが円を描くように不自然に並べられていた。警官や鑑識官の姿も確認できる。恐らくプランターに囲まれた中央のスペースでかえぴょんさんの遺体が発見されたのだろう。
「よう、美少女。相変わらず早いな」声のした方向に視線を送ると、そこには先程阿部から聞いた通り、ベンチに座る祖父江の姿があった。アンパンは既に食べ終えたのか、コーヒーの空き缶を灰皿代わりに煙草を吹かしている。
「祖父江さん、こんなところにいらっしゃいましたか。現場に来た時くらい仕事をしないと。この事件にも根を張っちゃいますよ」
「お前に頼んだんだ。心配はしてないよ。それに上のもんが現場をうろちょろしていたら、煙たがられるからな」
「自覚はあるんですね」
「ところで、そのお譲ちゃんは?」奈津美に向け顎をしゃくる祖父江。
「ああ、長嶋奈津美さんといいます。助手として雇いました」奈津美はぺこり、と頭を下げる。
「助手? 美少女探偵には美少女の助手、って訳か。まあお前らしいが、淫行条例違反で捕まらないように、せいぜい気を付けるんだな」
「あの、祖父江さんはどうして先程から惣さんのことを、美少女って呼んでらっしゃるんですか?」私たちの会話に口を挟むことを、申し訳ない、と感じているのか、奈津美がやや控えめな声で祖父江に質問をした。
「お前、このお譲ちゃんに何も説明していないのか?」
「はい。言っても祖父江さんのように信じてはもらえませんし、彼女が私の助手としてやっていくのなら、いずれ分かることですから」
「お前、それはまずいだろう。彼女に助手としてやってもらうのなら、まずお前の性癖は真っ先に伝えておくべきだ」
「性癖じゃないですって。私の場合は所謂オタクというものではありませんし、性癖でも、趣味でもないですから。例えるならば仕事みたいなものです。祖父江さんだって刑事オタクでもなければ、婦人警官に萌えるような性癖の持ち主でもないでしょう?」
「当たり前だ。それに俺は普段から刑事だし、刑事だということを証明も出来る。だがお前はどうだ? 普段は探偵だし、立派な男性だ。少女でもなければ魔法使いでもない。なんだったら、今ここで魔法少女に変身でもしてみせるか?」
「そんな意地悪なことを言わないで下さいよ。魔法生物がいないと変身できないって、いつも言っているじゃないですか」
「あの、さっきから性癖だとか、魔法少女だとか全く意味が分からないんですけど……」奈津美は私たちの会話を聞き、更に意味が分からず混乱しているようであった。
「お譲ちゃん。お譲ちゃんから見て、こいつはどういう人物に見えるかい?」
「惣さんは度々警察の捜査にも協力している優秀な探偵さんで、見た目は結構イケ面です。話をした感じでは真面目で優しい印象を抱きました」
「うん。だいたいそんなところだろう。だがそれだけでは重要な部分が欠けている」
「重要な部分……ですか?」
「ああ、こいつはどういう訳か、自分が魔法少女だと思い込んでいるんだ。今は魔法生物がいないから変身できないだけだ、とな」
「惣さんって、男性ですよね? 魔法少女が好きで、コスプレが趣味だとか、そういうことですか?」
「いえ。皆さん信じてくれませんが、私は本当に魔法少女なのです。所謂オタクでも、コスプレーヤーでもありません。奈津美さんが今後も私の助手としてやっていくのならば、私が魔法少女に変身する姿も、いつか見れる日が来るかもしれません」
「それ、本気で言ってるんですか?」
私は嘘を言ってはいなかった。だが奈津美も、他の人同様に信じてはくれないだろう。おそらく私に対し、この人は変な人だ、というレッテルを貼るに違いない。私は探偵であり、魔法少女でもある。だがそれを信じ切れずに彼女が去っていく、というのならば、私に彼女を止める理由はない。無意識ではあったが、私が彼女に自分が魔法少女である、ということを伝えていなかったのは、彼女に嫌われるのが怖かったからなのかもしれない。
聞きたくなかった。彼女が次に発する言葉を。私を侮蔑する言葉なのか、それとも感情を押し殺し、体裁を取り繕う言葉なのか。とにかく耳を塞ぎたくなるほどの拒絶心が、大気の流動さえ止めてしまったような息苦しさを私に与えた。
死刑囚が執行日を待つような、緊張感に包まれた一瞬の静寂。その静寂を打ち破ったのは、意外にも奈津美の高らかな笑い声であった。
呼吸が困難なほどに笑い続けた奈津美は、必死に呼吸を整えつつ、言葉をなんとか絞り出す。「惣さん面白すぎます。私それ嫌いじゃないです。まさか探偵という仕事以上に、こんなにも楽しいことがあるなんて思ってもいませんでした」
「えっ? 私が魔法少女だと信じてくれるのですか?」
「いえ。正直信じられません。でもこんなにも真面目で、優秀で、イケ面な探偵さんが、自分が魔法少女だって信じて生きている、なんて面白くて仕方ないじゃないですか。あっ、バカにしている訳じゃないですよ。むしろその楽しさの中に私も混ぜて欲しいくらいです。私も惣さんの助手になったんですから、魔法少女見習い、ってことでもいいですよね?」
正直なところ、安心したのか、落胆したのか、複雑な気分だった。だが楽しそうな彼女の笑顔を見ていると、不思議と私も笑みを浮かべているのだから、これで良かったのかもしれない。
自分の思惑通りに事が進まなかったことがつまらなかったのか、祖父江は捜査資料を取り出すと、何事もなかったように事件の概要説明を始めた。
昨日、午前5時40分頃。桶谷市にある矢野望公園の広場で秋山楓さん(26)の遺体が発見された。遺体を発見したのは近所に住む徳永昌造さん(82)。犬の散歩中に遺体を発見し、携帯電話から110番通報をしたという。死亡推定時刻は一昨日の20時から22時の間。腹部と背中の2か所をナイフのような鋭利な刃物で刺され、死亡したと思われる。致命傷は2回目に刺されたと思われる腹部の傷。死亡後、遺体は何処かで両腕、両足、胴体の五つに切断され、昨日遺体が発見されるまでの間に公園に運ばれたものと思われる。遺体を発見した徳永昌造さんによると、前日の夕方6時頃に犬の散歩で公園を訪れた際には、まだ遺体は置かれていなかった、ということだった。秋山楓さんの遺体はチェーンソーのような刃物で切断されており、死亡推定時刻から遺体発見までの時間経過を考えると、犯人は複数犯だと考えられた。遺体は矢野望公園内の広場中央にあるモニュメントの前で発見され、遺体を中心に花の植えられた複数のプランターが、円を描くように置かれていた。プランターは元々公園内に置かれていたもので、犯人が現場まで運んだものと思われる。遺体は、長さ60cm、直径50cmほどの、縦に置かれた状態の排気ダクトの中に入れられており、頭部と胴体、両腕、両足の五つのパーツ全てが1つのダクトに縦に入れられていた。つまり3本用のペン立てに、5本のボールペンが無理やり刺さっているような状況である。ダクトは近所の工場から盗まれたもので、元々は長かったものを犯人が自ら60cm程にカットしたようだ。遺体頭部には赤い帽子が乗せられており、両手にはそれぞれ黄色と青の手袋、両足にはそれぞれ緑色とピンクの靴下が履かされていた。花をモチーフにしたモニュメント、遺体の周りに置かれていた花の植えられたプランター、その状況から遺体も花を模したものだと考えられた。ダクトが花瓶、バラバラにされた遺体の5つのパーツそれぞれが花に見たてられているのだ。もちろん帽子や手袋、靴下は花の色を表しているのだろう。そして御丁寧にもイルミネーション用のライトが、遺体を更に輝かしく彩っていたという。ライトは百円ショップで販売されているものを乾電池式に改造したもの。鑑識からは今のところ、新たな情報や物証は何も上がってきてはいないという。犯人の目撃情報も今のところない。
以上が祖父江から齎された情報であった。
「でも、どうして犯人は遺体を花に見立てるなんて面倒なことをしたんでしょうね。遺体をバラバラにしたのであれば、そのまま埋めるなり、捨てるなりしたほうが簡単なのに。ダクトを盗んだり、遺体を運んだり、夜中に公園で作業をしたりなんて、人に見られるリスクも、捕まるリスクも高すぎるじゃないですか」
祖父江が去ったあと、私たちは先程まで彼が座っていたベンチに腰を下ろし、事件について意見を述べ合っていた。
「そうですね。遺体を損壊するという行為は、大半が遺体の処理を目的としたものです。少しでも遺体を小さくすれば、何処かに運ぶのも楽ですし、人目にもつきづらいですからね。それに捨てるにしても、埋めるにしても、小さければ小さいほど発見されにくくなります。では何故、今回の犯人は遺体をバラバラにしたにも関わらず、それを人目の付く場所に置いたのか。それは、そもそも遺体の損壊理由が遺体処理ではなかったからです。はじめから遺体を花に見立てて、人目に付く場所に放置することが目的だったのでしょう。つまりこの事件は計画的殺人。衝動的に殺してしまった、というようなものとは全く違います。そしてこんな大掛かりな事をしてまで、遺体を飾り立て、人目に晒す、という行為から、犯人のかえぴょんさんに対する異常なまでの憎悪が窺えます」
「じゃあ犯人はかえぴょんさんの知り合いということですか?」
「いえ、そうとも限りません。かえぴょんさんはYouTuberという特殊な職業でしたからね。怨恨はもちろん、動画の出演者、動画を不快に感じていた見ず知らずの他人など、挙げればきりがありません。例えるならばSNSでの芸能人の殺害予告に近いでしょうか。しかしその場合は間にSNSという媒体が干渉します。かえぴょんさんはTwitterもインスタもやってはいませんでしたから、そこから犯人の特定は難しいでしょう。今のところ殺害予告といったものも確認できてはいませんしね」
「手掛かりはゼロですか。こういった場合、探偵はまずどう動けばいいんですか?」
「いいえ、手掛かりはゼロではありませんよ。犯人は感情に流されるあまり、あるミスを犯しています」
「ミスですか?」
「はい。先程も言いましたが、犯人はかえぴょんさんに強い憎悪を抱いていると考えられます。ゆえに遺体をわざわざ人目に付く場所に晒した。ですが、この事件に関しては、それがやりすぎなのです。ただの憎悪からくる行動ならば、そこまでやる必要はない。遺体を裸にして人通りの多い場所に放置する、ですとか、それこそ遺体に魔法少女のコスプレをさせ人通りの多い場所に放置する、など、もっと簡単に遺体となったかえぴょんさんを、辱める方法はあるのです。わざわざ今回のように手間と時間をかけ、芸術作品のように遺体を演出する必要なんてありません。ではなぜ、犯人はそのようなことをしたのか。奈津美さんには御兄弟はいらっしゃいますか?」
「えっ、はい。妹がいます」
「では、その妹さんが突然、奈津美さんの頭を叩いてきたら、奈津美さんはどうなさいますか?」
「やり返します」即答する奈津美。
「まさにそれです。犯人はかえぴょんさんを殺害しただけでは飽き足らず、強い憎しみから遺体を晒す、という行動に出ました。しかし、それとは別に、仕返し、という感情も抱いていたのです。つまり復讐です。自分に与えた屈辱を、かえぴょんさんにも同じくらい与えてやる、という強い意志。その感情から今回、犯人はやりすぎてしまったのです」
「では犯人も以前、かえぴょんさんによって、花に見立てられたことがある、ということですか?」
「いいえ。犯人は同じことをされた訳ではないと思います。ですが、同じように手間のかかる何かによって、かえぴょんさんに辱められたことは間違いないでしょう。奈津美さんは、かえぴょんさんが誰かを辱め、その相手の復讐によって殺された、と聞いて、どう思いますか?」
「かえぴょんさんはYouTuberでしたから、犯人を辱めるような動画を、以前YouTubeにアップしたことがあったのではないでしょうか?」
「おそらくその通りでしょう。つまり犯人はYouTubeが絡みの人物。さらに言うのなら、かえぴょんさんの動画に映っている人物です」
「ではYouTubeに上がっているかえぴょんさんの動画を全てチェックすればいい、ということですか?」
「はい。ですがそれだけでは足りません。犯人は複数犯だと断定されています。奈津美さんはかえぴょんさんの動画を全て見たことがありますか?」
「はい」
「では、その中に、団体や複数の人物が標的となったものはあったでしょうか?」
「いいえ。かえぴょんさんは大抵、一人の人物に対して行動を起こしますから、複数の人物が出てくる動画はあまり見たことがありません」
「でしたら、かえぴょんさんの動画に憎しみを持つ、被害者同士が集まるようなサイトが、ネット上に開設されている可能性もあります」
「そのサイト内で、今回の犯人が集められた、ということですね」
「断定は出来ませんが、その可能性はあります。ですから、かえぴょんさんがYouTubeに上げている動画の確認と、かえぴょんさんの動画の被害にあった方々がサイトを運営していないかを確認、また殺人関係のアングラサイトもチェックしてみたほうがいいでしょう。サイトのほうは功太に頼んでおきます。私たちはかえぴょんさんがYouTubeに上げている動画の確認から始めてみましょう」
ネット環境が整っていて、ゆっくりと調べ物もでき、昼食をとることもできる、という理由から、私たちは近くのネットカフェへと向かうことにした。