(三)
何故、かえぴょんさんはこんなにも手の込んだことをしたのであろうか。自分の命が狙われていることを知り、私に何かメッセージを残そうとしたのだろうか。いや、そもそもこれには私に助けを求めるメッセージが隠されていて、私はそれに気付かずにかえぴょんさんを見殺しにしてしまった、という可能性だってある。
6体のフィギュア……もしものことがあった時は、私の飼っている6匹のペットを頼みます。いや、違う。それに私は他人のペットを6匹も引き受けるほどのお人好しではない。ではかえぴょんさんを殺した犯人は珠代という名の女性? それとも玩楽堂の常連客に殺された、ということを表しているのだろうか。かえぴょんさんが常連に加わったことにより、明らかに珠代を購入できる確率は減ったはずだ。動機としては考えられなくもない。
かえぴょんさんと6体の人形……あっ、もしかして白雪姫。いや、でも白雪姫は6体の人形ではなくて、7人の小人だ。おそらく関係はない。
「惣さん、昨日からずっと何をそんなに悩んでんの? 仕事って訳じゃないんだし、足長おじさんの正体についてそんなに悩まなくてもいいんじゃない?」
「足長おじさんの正体なら、もう分かりました」
「ホントに? えっ、誰だったの?」驚きの声を上げる功太。しかしその質問を遮るように、多喜さんが声を発した。
「惣さん、祖父江さんからお電話です」一瞬、多喜さんが何を言っているのかが分からなかった。しかし受話器を持つ多喜さんと、多喜さんの言葉から、私は自分があまりにも考え事に夢中になっていたあまりに、電話のベルの音にも気付いていなかった、ということを理解した。
「もしもし、加賀です」
『よお、美少女。俺だ。お前のアリバイの裏が取れたぞ』
「本当ですか。それは良かったです。それにしても随分早かったですね」
『埼一を舐めてもらっちゃ困る』
「埼一、って何ですか?」
『埼玉県警察、刑事部捜査第一課、の略だ』
「そんな略があるんですね」
『いや、俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。他の奴は誰もそうは呼ばない』
「ならば一言だけ言わせて下さい。それ、かなりダサいですよ」
『うるさい。お前の趣味に比べれば俺の方がよっぽどましだ』
「だから、魔法少女は趣味ではなくて……、もういいですよ。それより、かえぴょんさんについて新たに分かったことがあるのですが」
『何だ?』
「実は数日前から毎日、何者かの手によって、うちの事務所の前にフィギュアが置かれる、という奇妙なことがありまして。それで、そのフィギュアを置いている人物を調べてみたところ、なんとそれが、かえぴょんさんだったんですよ。今現在うちの事務所にはそのフィギュアが全部で6体あります。私はこのフィギュアに何か、かえぴょんさんからのメッセージが隠されている、と考えているのですが、祖父江さんはどう思いますか?」
『流石だな、名探偵。もう秋山まで辿り着いたのか』
「どういうことですか?」
『その人形は秋山からお前への挑戦状のようなものだ。秋山が殺害されたこととは、おそらく一切関係はない』
「言っていることの意味が全く分からないのですが」
『では、祖父江鎌次名探偵が教えて進ぜよう。実は秋山のパソコンにネットにアップする前の未編集の動画が残されていてな。その動画には秋山が人形を買う様子や、お前んとこの事務所の前に秋山が人形を置く姿などが映されていた』
「どういうことですか?」
『つまりお前という存在は秋山にとって、商品だった、ということだ』
「益々意味が分かりません」
『お前、秋山がYouTubeに上げている動画を見たことがないだろう?』
「ああ、そう言えば、まだ見たことはないですね」
『名探偵はフィギュアの情報だけで、私まで辿り着くことが出来るのか? という検証動画を秋山はネットにアップしようとしていたんだ』
「えっ? 本当ですか。危なかったです。もう少しで魔法少女の素顔がネットにさらされてしまうところでした。あっ、だから、かえぴょんさんは私が探偵だと知った途端に色々と親切に教えてくれたんですね。少しだけ疑問だったんですよ。でもまさか自分が商品にされようとしていたなんて驚きました」
『あとで、メールでそっちに送ってやるから、見てみるといい』
「はい」
『ところで改めて、お前に捜査協力を依頼することになった。お前、今日の13時に桶谷市の矢野望公園まで来られるか?』
「はい。構いませんけど」
『じゃあ、よろしく頼む。あと最後に俺から魔法少女に一つアドバイスをくれてやる。お前この電話を切ったら、すぐに秋山がネットに上げていた動画をチェックしてみたほうがいいと思うぞ』
「言っていることの意味が良く分かりませんが、このあと見てみます」
私が祖父江との電話を終え、受話器を置いた途端、すぐさま電話のベルが鳴った。再び祖父江から、ということはないだろう。客からの依頼ということも考えられるが、多喜さんが電話に出てくれるだろうから心配はいらない。
私はポケットからスマホを取り出すと、YouTubeのアプリを立ち上げた。かえぴょんさんのチャンネルは、かえぴょんさんの名前を検索に掛ければすぐに見つかるはずだ。
私は、かえぴょん、という名前を入力した。
「惣さん、お電話です」ちょうど検索を掛けようと思った所で、多喜さんに再び声をかけられる。
「依頼ですか?」
「分かりません。長嶋という女性の方です」
「長嶋さん? 誰だろう」普通の依頼ならば直接私に電話を繋がなくとも、多喜さんだけで事は足りるはずだ。
「もしもし、お電話代りました。加賀です」
『あ、あのっ、私、長嶋奈津美といいます。突然電話してしまって、ごめんなさい。誰だか分からないかもしれないですけど、いつも加賀さんが行かれているコンビニでアルバイトをしているものです』その声を聞いて、私は一瞬にして心臓が止まるほどの衝撃を受けた。不意打ちにも程がある。まさか奈津美から電話がかかって来るとは夢にも思わなかった。私は鼓動を速める胸に手を置き、努めて落ち着いた自分を演出する。
「ああ、分かりますよ。この間電車の中でもお会いしましたよね」
『はい。私のこと誰だか分からないかな、と思ったんですけど、分かってもらえて良かったです』
「でも、よく私がここの探偵だと分かりましたね」
『いえ、電車の中でお会いした時はまだ知りませんでした。いつもコンビニに買い物に来るイケ面さんだ、って程度の認識でした。だけど私、YouTuberのかえぴょんさんのファンなので、かえぴょんさんの動画を見て加賀さんが探偵さんだと知りました』
「えっ? どういう意味ですか?」
『少し前のかえぴょんさん動画に加賀さん出ていましたよね? それで知りました』
「その動画はまだネットにアップされる前だったと警察の方に先程聞いたのですが……」
『えっ? でもYouTubeで見ましたよ。名探偵は素人の尾行に気が付くことが出来るのか? っていう動画です』
「そんなものまであるのですか? それって私の顔も映っているんですか?」
『はい。顔も名前もばっちり。私すぐにコンビニにいつも来るイケ面さんだ、って気がつきましたもん。かえぴょんさんが加賀さんに気付いてもらおうと、後ろで色々と暴れまわったり、声を上げたりしているのに加賀さんが全然気付かないから可笑しくて』
「よもやそんな事態になっていましたか」
『えっ? もしかして加賀さん御存じなかったんですか?』
「はい」
『でも、かえぴょんさんとは知り合いだったんですよね?』
「まあ知り合いといえば知り合いでしたけど。今はしてやられた、という気分です。そんなことより今日はどうしたんですか?」
『そうです。大変なんですよ。加賀さん、かえぴょんさんが殺されちゃった、って知っていました?』驚いた。彼女の方からこの話題が出てくるとは思いもしなかった。彼女の明るい雰囲気から、てっきり彼女はかえぴょんさんの死をまだ知らないものだと高をくくっていた。
「ええ、警察の方に昨日聞きました」
『加賀さん確か、これまでも何回か警察に捜査協力をして、事件を解決されているんですよね?』
「はい。かえぴょんさん、そんなことまで調べ上げていたんですね。探偵が素人に身辺調査をされるとは思いもしませんでした」
『それじゃあ、加賀さんはかえぴょんさんと知り合いだった訳だし、今回も警察に捜査協力するんですか?』
「まあ、こっちから捜査協力をさせてくれ、と言っても相手にはされないでしょうが、幸いにも先程警察の方から正式に捜査協力を依頼されたので、そういったことになるかと思います。でもあまり口外するとまずいと思うので秘密にしてくださいね」
『分かりました。私、口が堅いんで大丈夫です』
「ところで長嶋さんは、かえぴょんさんのファンだと仰ってましたけど、かえぴょんさんがお亡くなりになられて、精神的に大丈夫ですか? 落ち込んだりはしていませんか?」
『心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。私はかえぴょんさんのファンというより、かえぴょんさんが作る動画のファンだったんで。それに純粋にファンという言葉を使うのなら、私、かえぴょんさんよりも加賀さんの方が好みですし』もちろん分かっている。彼女が言う『好み』が恋愛感情でないことは。だがたまらなく私は嬉しかった。声こそ平静を何とか保ったものの、顔は確実に破顔していただろう。もう功太や多喜さんの方に視線を向けることすら出来なかった。
「それはありがとう」
『今日は突然電話をかけちゃって、すみませんでした。親切にしてもらって嬉しかったです』
「えっ? もう宜しいんですか?」
『はい。かえぴょんさんの事件を加賀さんが捜査するのかが気になっただけですから。それじゃあ、ありがとうございました』
「いえいえ、また何かあったらいつでも電話してきてください」
『はい。ありがとうございます。じゃあ、また』少しだけ彼女との距離が近付いた気がした。最後の『じゃあ、また』だけで、私は御飯が3杯はいけそうな気分だった。
電話を終えると、多喜さんが淹れたばかりのコーヒーを、運んできてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それにしても驚かれたり、喜ばれたり、と随分と楽しそうなお電話のようでしたね?」
「電話はそこのコンビニでアルバイトをしている女の子からでした。どうやら彼女はかえぴょんさんのファンだったらしくて、私がかえぴょんさんの事件も警察に捜査協力をするのか気になって電話してきたみたいです」
「そんなことより、さっきの話の続きは?」てっきり奈津美からの電話について茶々を入れてくると思っていた功太であったが、それよりも足長おじさんの正体の方が彼は気になっていたようだ。
「足長おじさんの正体も、かえぴょんさんでした」
「ホントに? でもそれじゃあ、そのかえぴょん、って人は何の目的で毎日キャミーなんて置いてたの?」功太のその言葉を聞いて、私は自分が重大なことを忘れていたことに気付いた。
私は机の上に置かれたままになっていたスマホを手に取り、画面を確認した。画面にはかえぴょんさんのチャンネルが表示され、かえぴょんさんがこれまでにYouTubeにアップしてきた動画の数々が並んでいる。私はその中から奈津美から聞いた『名探偵は素人の尾行に気が付くことが出来るのか?』とタイトルの付けられた動画を探した。かえぴょんさんが最後にアップした動画だからなのか、はたまたかえぴょんさんの動画の中で人気だからなのかは分からないが、目的の動画は動画リストの一番上にあり、すぐに見付けることができた。
私が何をしようとしているのかを察したのか、いつのまにか功太も多喜さんと共に、私のスマホの画面を覗き込んでいる。
「惣さん、早く見ようよぉ」
楽しそうな功太とは裏腹に、今から見ようとしている動画が、自分の赤っ恥動画だと知っている私は憂鬱な気持ちのまま、動画を再生させた。
動画は奈津美から聞いていたとおりの内容で、功太も多喜さんも大笑いをしながら楽しんでいた。私は、というと、恥ずかしさから一瞬で頬が熱を帯び、誰に聞かれた訳でもないのに、かえぴょんさんの尾行に気が付くことが出来なかった言い訳を、一人必死に述べ続けていた。
「あー、面白かった。それにしても顔の良さと、仕事の出来には定評のある惣さんの、あんなにもダメダメなところが見れるなんて思いもしなかったよ」私の中の恥ずかしさは、次第に屈辱へと姿を変えていった。祖父江がアドバイスと称して、私に伝えたかったことも、おそらくこの動画の存在であったのだろう。
正直なところ、かえぴょんさんには文句の一つでも言わなければ気が済まない、というほどの憤りを覚えている。だが彼は既に人生において、一番大切なものを失ってしまった。
ならば、かえぴょんさんを殺害した犯人を暴きだし、かえぴょんさんの分も含めて、その罪を犯人に償って貰おうじゃないか。私は仕事という意識とは別に、かえぴょんさんを殺害した犯人を何としても捕まえてやる、という切望にも似た熱い感情を心に宿していた。
祖父江からメールが届いているかを確認するため、デスク上のパソコンを操作する。受信トレイには動画の添付された『祖父江だ』と件名の書かれたメールが届いていた。
「祖父江さんから、ネットにアップする前のかえぴょんさんの動画が送られてきました」
「えっ? また惣さんの面白い動画?」
「いや、おそらくこの動画には私は映っていないでしょう。もちろん、かえぴょんさんが殺されずに、動画を最後まで完成させていたならば、私も映っていることになったでしょうが」
「どんな動画なの?」
「祖父江さんによると、かえぴょんさんが足長おじさんだった、ということが分かるような動画らしいです」
「じゃあ見てみようよ」もちろん私はこの動画を確認するつもりでいる。だが一人でも見ることのできる動画を、敢えて功太や多喜さんも一緒に見るように誘導したのには多少の理由がある。いつまでも先程の動画の話で盛り上がっている2人の話題を変え、私の赤っ恥動画の印象を少しでも和らげることが目的だった。
「私はキャミーのフィギュアを調べ、足長おじさんの正体がかえぴょんさんだということを突き止めました。私が出した結論があっているのかは、この動画を見ればはっきりするでしょう。では答え合わせといきましょうか」
祖父江から電話で聞いていたので、私の推理が十中八九合っていることは分かっている。これで少しは私の汚名も返上されるはずだ。
「すいませーん」私が動画を再生しようとした、正にそのときだった。この事務所を訪ねてきた、と思しき、何者かの声が事務所内に響き渡った。当然私達は全員、反射的に声のした方向に視線を送る。
「はいはい」一番に声を発し、動き出したのは多喜さんだった。依頼人がやってきた、と判断したのだろう。功太は、功太で依頼人が来たのならば、動画の再生は後回しになる、とでも判断したのか、自分のデスクに戻ろうとしていた。
「あっ、多喜さん大丈夫です。私が対応します」私の一言で、彼女が依頼人ではない、ということを多喜さんは瞬時に理解したのであろう。はい、分かりました、と答えると、何事もなかったように自分のデスクへと戻っていった。
「どうなさいましたか?」私は事務所の入り口に立つ彼女に声をかけた。
「さっきは突然電話をかけてしまってすいませんでした」やってきたのは奈津美である。
「あの、加賀さんにお願いがあってきました」
「何でしょう?」
「突然ですけど、私を加賀さんの助手にして欲しいんです」まるでメイドのように深々としたお辞儀をする奈津美。
「かえぴょんさんが殺害されて辛いのは分かります。お気持ちも理解できます。しかし探偵とは言っても、刑事事件ともなれば危険な目に合うこともあります。あなたのような一般の方を危険にさらすことは出来ません」
「それなら心配いりません。私ここで働きたいんです。アルバイトで結構ですので働かせて下さい。一般人でないのなら助手にもしてくれますよね?」
「でも長嶋さんはコンビニでアルバイトをしていますよね」
「大丈夫です。ここに来る前にコンビニに寄って、店長に退職届を出してきました。加賀さんが雇ってくれないと、私のお財布が空っぽになっちゃいます。もちろんこの事務所が御家族中心で成り立っているということは理解しています。でもお願いします」
「御家族中心?」
「ええ、だって今もおばあさまと弟さんが働かれていますよね」
一瞬意味が分からなかった。しかし彼女の視線の先にいる功太と多喜さんを見てやっと意味が理解できた。どうやら彼女は功太を私の弟、多喜さんを私の祖母だと勘違いしているのだ。
「あの二人は私の身内ではないですよ。功太はまだ十二歳ですがスタンフォード大学を既に卒業している天才です。経理と私の補佐をしてもらっています。多喜さんはボランティアで働いてもらっている事務員さんです」
「ボランティアって、ただ働きってことですか?」
「私からお願いしたんです。家でボーっとしてても、ボケてしまうだけですから。だからと言って、散歩やゲートボールなんて年寄り染みたこともしたくなくてね。幸い暮らしは年金と、旦那が残してくれた蓄えで充分ですし、健康維持の為だけにここで働かせていただいております。仕事をさせていただける、っていうことは、それだけで年寄りには嬉しいものなんですよ。こんなに若いお友達もできますしね」私達の会話を聞いていたのか、聞こえてしまったのかは分からないが、多喜さんはここで自分が働く理由を彼女に伝えた。
「なるほど。でもそういうことならこの事務所の人件費はほとんどかかっていない、ということになりますよね? だったら私一人くらい雇える余裕はあるんじゃないですか?」
「もちろん経営的には、長嶋さんをアルバイトとして雇うくらいは問題ありません。むしろあなたのような方が来てくれるのなら大歓迎です。ですが私の助手を希望、という点が問題なんです」
「どうしてですか?」
「先程も話したように、危険だからです。そもそも長嶋さんは、かえぴょんさんの事件を解決したい、という理由でここにいらっしゃったんですよね?」
「いいえ、かえぴょんさんの事件を加賀さんと一緒に解決したい、という思いももちろんありますが、さっきも電話で話したように、私はかえぴょんさん以上に加賀さんのファンでもあるんです。もちろん加賀さんの名前を知ったのはごく最近ですけど、以前からコンビニで見かけて、密かにファンでした」
「惣さん顔だけはいいからなあ」
「顔だけ、って言わないでください」茶々をいれてくる功太を一蹴する。
「それに私、小さい頃から探偵に憧れていて、将来は絶対に探偵になる、と決めているんです。だから加賀さんの傍で勉強させてください」
「でも女性探偵というものは結構大変なんですよ。男性の探偵にはなくて、女性の探偵にあるもの、って何だか分かりますか? なぞなぞではないですよ」
「えっ? 気配りが出来るとか、料理が出来るとか、そういうことですか?」
「いいえ。もっと単純なことです。それは女性特有の体です。うちの事務所ではやりませんが、大きい探偵事務所などでは女性の体も武器として使うところも決して少なくはありません。例えばターゲットに近付く為に、相手と体の関係になったりすることもあります。所謂色仕掛けというやつですね。相手を信じ込ませるのには手段を選ばない、ということです。つまり依頼を受ける以上は、自分の体を犠牲にしてでも全うする、という覚悟が必要なんです」
「でも加賀さんの事務所ではそんなことはしないんですよね?」
「はい。私はそういうやり方は嫌いなので」
「だったら何の問題もありません。私決めましたから。将来はこの事務所の女探偵として加賀さんと一緒に働きます」
「私が言いたいのはそう言ったことではなくてですね……」
「惣さん、もう可哀想だから雇ってあげればいいじゃん。お姉さん、この事務所って毎日のようにハンバーガーが食べられるんだよ」
「ハンバーガーですか?」
「……では、分かりました。とりあえず試用期間ということで、かえぴょんさんの事件が解決するまでは私のパートナーとして働いていただこうと思います。その間、あなたのことは私が必ずお守りしますので安心してください。そして事件解決後、なおも探偵として働きたい、とあなたが望むのでしたら、あなたを正式に採用させていただく、ということでいかがですか?」
「はい。それで構いません。ありがとうございます」嬉しそうに微笑む彼女。
「履歴書を今日はお持ちではないですよね?」
「いいえ。持ってきています」鞄の中から履歴書を取り出すと、それを広げ、まるで表彰状の授与式のように私に手渡した。
「働かせてもらう気、満々で来ましたから」綺麗でスタイルの良い彼女に見つめられるだけで、こんなにも幸福感を味わえるとは思わなかった。透明感のあるその笑顔は、女神の頬笑みにさえ見えた。
「仕事は、明日からでも明後日からでも構わないので、都合のよい日からいらしてください。分からないことがあれば、私か、そこにいる功太や多喜さんに何でも聞いてくださいね」
「はい。分かりました」
「多喜さん。私、かえぴょんさんの遺体が発見された矢野望公園で、13時に祖父江さんと約束がありますので、そろそろ出ます。帰りは何時になるか分からないので、功太も多喜さんも仕事が片付いたら帰ってもらっていいですよ」
「惣さん、お昼のハンバーガーは?」私は今日、仕事中に居眠りなどはしなかった。もちろん功太もそれは知っているはず。つまり功太は私をからかっているのだ。
「今日は一度も私は仕事中に居眠りをしていません。ですから、ハンバーガーはなしです、と言いたいところですが、今日は長嶋さんという素敵な方がうちの事務所で働いてくれる、と決まった言わば記念の日です。ですから今日は特別ということで、駅前に新しく出来た『Rock the shake』の宅配ハンバーガーを頼んであげます。全五種類のハンバーガーを三個ずつ、プラス、ポテトとナゲットでいかがですか? 長嶋さんもよろしかったら、食べてから帰ってくださいね」
「さすが惣さん」功太と多喜さんは恒例のハイタッチの後、私が今日はややお高いハンバーガーを頼むと言ったせいか、二人とも喜びを思い思いのダンスで表現していた。多喜さんは所謂ツイスト、というものを踊っているようだ。店名のロックという部分を表現しているのかもしれない。奈津美もそれを見て楽しそうに笑っている。
そんな微笑ましい光景の中、私はネットでハンバーガーの注文を済ませた。
「それじゃあ行ってきますね」やや落ち着きを取り戻した様子の多喜さんに声をかける。
「はい。お気を付けて」なんとか返事を返した様子の多喜さんではあったが、その声は息も絶え絶えであった。小学生と同じテンションで踊っていたのだ、それは疲れるだろう。
「あの、すいません」すると奈津美が私に声を掛けてきた。
「どうしました? 何か質問ですか?」
「先程、いつから仕事に来てもいい、と加賀さんおっしゃいましたよね?」
「はい。明日からでも、来週からでも構いませんよ」
「それでは今からにします」
「えっ? どういう意味ですか?」
「私も加賀さんと一緒に今から『矢野望公園』に行きたいです。お願いします」
「今からですか?」
「はい」
「まあ、いつからでもいい、と言ったのは私ですし、かえぴょんさんの事件を私の助手として一緒に調べてもいい、と言ったのも私です。もう断る理由はないですね。長嶋さん、それでは私のポルシェで一緒にドライブにでも行きますか」
「えっ? 加賀さんの車ってポルシェなんですか? 凄いですね」
「まあ、私の可愛いポルシェです」
すると、奈津美はふと何かを思い出したのか「あっ、でも一つお願いがあります」と言いだした。
「何でしょう?」
「私のことは長嶋さんではなくて、奈津美、と呼んでもらえますか? 小学生の頃、男子にミスターというあだ名を付けられたのがトラウマとなっていまして、長嶋さんと呼ばれると、どうしてもそれを思いだしてしまうんです」
「そうですか分かりました。それでは奈津美さん、と呼ぶようにします。では私のことも、惣さん、と呼んでいただけますか?」
「惣さん?」
「はい。皆さんそう私のことを呼ばれます。私は加賀惣助といいます。よろしくお願い致します」
「はい」
私と彼女は握手を交わした。