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魔法少女探偵 加賀惣助  作者: 月坂唯吾
11/11

(十一)

 私たちは警察からの捜査協力の依頼を受け、犯人を暴き出した。そして警察よりも先に小橋たちを追い詰め、皮我のイレースにも成功した。

 だが捜査協力をした探偵とはいえ所詮は民間人。犯人が逮捕されたからといって、私たちがすぐに解放されることはなかった。帳場の立てられている所轄の警察署へと移動し、事件の概要を捜査員に説明したり、事情聴取を受けたり、と雑務が残されていたからだ。

「私たちのおかげで犯人を逮捕できたようなものなのに、これじゃあ私たちが犯人みたいじゃないですか。褒められはしても、ほぼ強制的に拘束されるのはおかしくないですか?」私にとってはいつものことなので、何とも感じなかったが、奈津美には相当納得ができないことのようであった。

「まあ、そう感じるのはごもっともでしょう。捜査協力の依頼には事件解決後の時間的拘束までは含まれていませんでしたからね。でも発想を変えてみてください。この時間的拘束は捜査協力を受けたが上に不可抗力的に発生したものです。ならば捜査協力の時間外労働ともいえなくもありません。ですから、この拘束時間も依頼料に上乗せして祖父江さんには請求したいと考えています。これまでもそうしてきたので大丈夫なはずです。もちろん奈津美さんのバイト代にも上乗せしますので、安心してください。ですから汗水垂らさずとも残業代の出る楽な仕事だと思って、今は我慢していただけませんか?」

「分かりました。まだ少し腑に落ちない気はしますが、そういうことでしたらもう文句は言いません」

 

 結局、私たちが解放されたのは午後4時を少しまわった頃だった。私たちがいた倉庫に捜査員たちが現れ、小橋郁也と小橋万里子が逮捕されたのは昼すぎ。つまり4時間近くも警察に拘束されていたことになる。

 私たちは警察署の駐車場に向かいながら会話をしていた。

「長かったですね。もうお腹がぺこぺこです」確かに奈津美の言うとおりだった。時間的に拘束されることには耐えられたが、昼ごはんを食べていないことによる空腹感だけはとても耐え難いものがあった。

「事件も解決したことですし、どこかで食べて帰りましょうか。ご馳走しますよ」選択を奈津美に委ねているように言ってはみたものの、欲求に負け、今すぐにでも何かを口にしたい、と欲していたのは私自身だった。

「ホントですか? ありがとうございます」おそらく奈津美も私と同じように、欲求に負けた状態に陥っていたのだろう。心の底から喜んでいる、ということが傍からも伝わってくるほどの笑顔を見せた。

「何か食べたいものはありますか?」

「お腹が減っているので何でもいい、と言いたいところですけど、できれば回転寿司でお寿司を食べたいです」奈津美のその言葉を聞いた途端、私の口は直ぐに寿司を欲した。頭の中で寿司を食べる自分をイメージし、たまらなく唾が溢れ出す。

「もちろん、いいですよ。それでは奈津美さんが気兼ねなく、たくさん食べられるように、食べ放題をやっている『海山魚太郎』にでも行きましょうか」

「いいんですか? あそこのお寿司って、新鮮で美味しいんですよね」

 昼ごはんとも、晩ごはんとも言えないような微妙な時間ではあったが、私たちは回転寿司店で食事を済ませてから、事務所に戻ることにした。

 海に面していない埼玉県ではあるが、他県にも渡りチェーン展開されている『海山魚太郎』は新鮮なネタがウリの地元では有名な繁盛店であった。店を訪れても席に着くまでに1時間や2時間待たされることはザラであり、客はそれを承知の上で、味を求め、店へと出向く。所謂一般に言うところの、行列ができる繁盛店、というやつだ。

 もちろん、そこに行くと決めた時点で、私も奈津美も行列に並ぶことは覚悟していた。

だが店に着くと、平日の午後4時過ぎ、という微妙な時間が幸いしたのか、客はあまり居らず、私たちは15分と待つこともなく店内に入店することができた。

 2人とも、会話もそこそこに寿司の流れるレーンを目で追い、次々と皿に手を伸ばす。空腹からか、流れてくる寿司の全てが魅力的に見えた。行儀が悪いと知りつつも、咀嚼をしながら、次に食べる寿司を選んでしまう。選んでは皿を取り、また寿司を口に運ぶ。気が付くとテーブルの上には皿がどんどんと積まれていった。

 私ほどのペースではないものの、スタイルの良い体の何処にその量の寿司が消えていくのか、と不思議に思えるほどに、奈津美も次々と寿司を口に運んでいく。寿司が好物なのか、単に空腹だからなのかは分からない。

 ハイペースで食べていたこともあり、30分も経たないうちに、私たちの胃袋は満たされ始めた。次第に寿司よりも、飲み物や会話の量が増えていき、私は功太や多喜さんの笑い話や、これまで解決してきた事件の話などを奈津美に話した。

「ところで奈津美さん。今日でかえぴょんさんの事件は解決しました。つまりお約束した試用期間は終わったことになります。今後はどうなさいますか? 奈津美さんが望むのであれば、本採用ということで、これからも私の事務所で働いていただきたいと思うのですが。探偵を続けていく気持ちに今もお変わりはありませんか?」奈津美が今後も探偵を続けていきたい、と思っていることは分かっていた。しかし始めに試用期間などというものを設けてしまったがために、一応の区切りとして、私は奈津美に確認をした。

「いえ、探偵になるのは止めることにしました」何事もなかったように、あっけらかんとした口調で、お茶を啜りながら即答する奈津美。

 正直驚いた。いや残念という気持ちのほうが大きかったかもしれない。どうして、という言葉が口から出そうになるのを、私は無理に飲み込んだ。2度も危ない目にあわせてしまったからなのか、地味な調査に嫌気がさしたのか、もしかしたら私自身に問題があった、という可能性だってある。少し考えただけでこれだけの理由が思い浮かぶのだ。これ以上、彼女の気持ちを詮索するのは止めようと思った。いや、この期に及んで、まだ奈津美にかっこいい自分を見せようと、余裕のある自分を演出したかっただけなのかもしれない。

「残念ですが、そういうことでしたら分かりました。無理にお引止めはいたしません。パートナーと共に仕事をしたことは、私も始めての経験でしたので、とても勉強になりましたし、楽しかったです。ありがとうございました」私が右手を差し出すと、奈津美はそれに答え、握手を交わした。


 私たちが事務所へ戻ったのは、午後7時を少しまわった頃のことだった。ちょうど功太と多喜さんが帰宅をしようと、帰り支度をしているところであった。

「お疲れ様です。どうでしたか?」鞄を片手にしたまま多喜さんが、私に語りかける。

「おかげさまで、無事に犯人は逮捕され、事件は解決しました」

「それはおめでとうございます」多喜さんは優しく微笑んだ。

「惣さん、お昼のハンバーガーの残り冷蔵庫に入れておいたよ」

「そうですか。あっ、でも私たちはお昼が遅かったので、良かったら功太が持って帰っちゃってもいいですよ」さすがに、さっき寿司を食べたばかりで、お腹がいっぱいだとは言えなかった。

「ホントに?」嬉しそうに微笑む功太。

「あの、良かったら私も1つ貰ってもいいですか?」驚くことに、そう言葉を発したのは奈津美だった。あれだけ寿司を食べたばかりで、まだハンバーガーを食べたい、という欲求を持ち合わせているとは、正直驚いた。

「もちろん構いませんが、もう食べられそうですか?」

「いえ正直なところ、今はまだ無理です。でも晩御飯で食べようかな、と思いまして」

 私は晩御飯さえ今日はもういらない、と考えていた。あと数時間以内にお腹が空くとは、とても思えなかったからだ。あれだけ食べても、奈津美にはまだ晩御飯を食べようと思う余裕があるなんて。これは若さ故のことなのであろうか。いつの間にか私も歳をとり、10代とはすでに感覚がずれてきてしまっているのであろうか。

「ところで惣さん。この間のあの動画ってどうなったの?」功太が突然何かを思い出したように、私に問いかける。

「動画ですか?」何のことを言っているのか分からなかった。

「うん。奈津美さんが初めてこの事務所に来た日だったと思うんだけど、見ようとして途中で止めた動画があったじゃん。覚えてない? 確か足長おじさんの正体がかえぴょんさんだって分かる動画、って惣さん言ってたよ」

「ああ、そう言えばそんなのありましたね。すっかり忘れていましたよ。それでは今から皆さんでその映像を見てみますか?」

「うん。見たい、見たい」私の元へとやってくる功太。それにつられるように奈津美と多喜さんも私のデスクへとやってきた。

「それって、どういった動画なんですか?」唯一事情を知らない奈津美が疑問を口にする。

「ご説明するのは難しいのですが、簡単に言うと、かえぴょんさんがYouTubeにアップする前の未編集動画です」

「それなら私も見てみたいです」かえぴょんさんの動画ファンを公言しているだけあって、興味津々といった様子をみせる奈津美。

「でも奈津美さんがそんなに期待するような、面白い動画ではないと思いますよ。祖父江さんによると、かえぴょんさんがフィギュアを購入する様子や、ウチの事務所の前にフィギュアを置く様子が映っているだけのようですから」とは言え、これで私の推理が正しかったことを証明できるはずだ。私の赤っ恥動画による汚名も、多少は返上することができるだろう。功太や多喜さんの私に対する心証も少しは良くなるだろうし、奈津美の私に対する高感度も上がるはずだ。 

 私はパソコンを立ち上げると、未開封であった『祖父江だ』というメールを開いた。

「それでは再生しますね」

 動画はかえぴょんさんが珠代のフィギュアを購入するため、常連客たちと共に、開店前の玩楽堂の隅に列を作っている場面から始まっていた。撮影スタイルは解説をしながら、かえぴょんさん自らがカメラを回すスタイル。一見すると、既に完成された動画のようにも見られなくはなかったが、やはり未編集の長回し動画なだけあって、面白味には欠けているようであった。

「かえぴょん、って人、こんな顔だったっけ?」モニターに映し出された人物を見て功太が質問をした。

 以前私の赤っ恥動画を見ている功太は、かえぴょんさんの顔もそのときに見ているはずだ。かえぴょんさんの顔を知らない、ということはないだろう。ならばこの動画の中に映るかえぴょんさんの姿が、功太には前回と少し違って見えたに違いない。もちろんその要因は、かえぴょんさんが眼鏡と帽子で変装をしていることに由来すると考えられる。

「ええ、眼鏡と帽子で変装をしてはいるようですが、この人は間違いなく、かえぴょんさんです。そうですよね?」私は奈津美にも同意を求めた。

「はい。間違いありません。かえぴょんさんです」

「そして彼は足長おじさんでもありました」

「でもこの方はどうして人形をこの事務所の前に毎日置いていたのですか?」今度は多喜さんが疑問を口にした。

「祖父江さんによると、どうやらかえぴょんさんは私の検証動画をまた作ろうとしていたようなんですよ。自分の事務所の前に毎日置かれる、不審なフィギュア。そのフィギュアから、探偵である私が、かえぴょんさんまで辿り着くことが出来るのか? というものだったようです」

「でもそれだったら、今回惣さんはキャミーのフィギュアから、かえぴょん、って人まで辿り着けたんだから、検証は惣さんの勝ち、ってことになるんじゃない?」

「勝ちと言うのかは分かりませんが、確かにこの間の動画とは違い、今回は探偵としての汚名を多少は返上できた、と言えるでしょう。まあ結局動画は完成にまで至ってはいませんでしたから、微妙なところですけどね。ですがこの動画によって、私が推理した通り足長おじさんの正体がかえぴょんさんである、ということは分かりました。未編集の動画なだけあって、あまり面白い映像とはいえないようですけれどね」

「そうですか? 確かに今のところ笑えるような動画ではありませんが、私は結構面白いですよ。かえぴょんさんの動画のメイキング映像として見ても、興味深いですし。それに私、まだどこかで少し期待しているところもあるんですよ」

「期待ですか?」

「はい。いつも面白い動画を作るかえぴょんさんが、ただフィギュアを購入したり、フィギュアを事務所の前に置いたりするだけの、面白味のない動画を作るとは思えないんですよね。だからもしかしたらそれ以外にもかえぴょんさんらしい、いたずらめいたことをしている映像が映っているんじゃないか、って期待しているんです」

「そうですね。可能性は低いかもしれませんが、確かにその可能性もなくはありませんよね。それにつまらない動画だと高を括って見るよりも、そのほうが楽しく映像を確認することができるかもしれません」

「そうですよ。折角なんだから楽しんで見ましょうよ」

「惣さんはそういうところが真面目すぎるんだよな」横から茶々を入れてくる功太。

「真面目の何処がいけないんですか?」

「惣さんの場合、その真面目さが良い点でもあり、悪い点でもあるってこと」

「うるさいです。功太こそ、見た目は子供なくせに、頭脳が大人だなんて、まるで何処かの名探偵みたいなくせして」

「惣さん、それでは全く反論になっていませんよ。よもや日本語もめちゃくちゃですし」

「多喜さんまでからかわないでくださいよ」

「でも奈津美さんがいれば惣さんの生真面目なところも少しは治るんじゃない? 惣さん、奈津美さんの言うことなら何でも聞くから」

「生真面目って。それに人をイエスマン見たいに言わないでくださいよ」

「だって、本当のことじゃん。奈津美さんもそう思うでしょ?」

「惣さんが生真面目かどうかは分からないけど、もしそうだとしても私がばっちり治して見せるから任せて」功太に向かい、笑顔でピースサインをする奈津美。

 功太も多喜さんも、今日で奈津美がこの事務所を去るとは、露ほども思っていないことであろう。もちろん私も敢えてそれを口にするつもりはなかった。当事者である奈津美がそれを伏せた上で、功太に話を合わせ、会話を楽しんでいたからだ。この場の雰囲気を壊すまい、という奈津美の思いが痛いほどに伝わってきた。

「話はだいぶ逸れてしまいましたが、そろそろ動画の続きを見ましょうか」私は気まずさから、どうリアクションを取っていいのかが分からず、話題を変えるため、動画の続きを再生させた。

 玩楽堂での動画はかえぴょんさんが無事に珠代のフィギュアを購入し、店の外へと出たところで終わっていた。次いで映し出されたのは、この事務所の入り口である『加賀探偵事務所』と書かれた自動ドアの映像。事務所を正面から見据えた位置にカメラが固定され、撮影されたもののようであった。辺りの明るさから推測すると、おそらく撮影された時刻は、私が事務所にやってくる8時よりも少し前。おそらく私の出勤時間を予めリサーチした上で、絶妙な時間を選んでいるのであろう。もちろん防犯カメラが付けられていないことなども事前に調査しているに違いない。

 画面の中に現れたかえぴょんさんは、ここが私の事務所であることや、まもなく私が出勤してくるであろうことなどをカメラに向かい解説すると、徐にポケットから珠代のフィギュアを取り出した。

『では検証を始めたいと思います。今回のタイトルは「名探偵は、毎日事務所の前に置かれる不審なフィギュアから、置いていた人物が私だということを特定することができるのだろうか?」です。今日からこのフィギュアを、毎日この自動ドアの前に一体ずつ置いていきたいと思います。このフィギュアは365種類が日替わりで、玩楽堂にて限定販売されているレア物。はたして名探偵はこのフィギュアから販売元である玩楽堂を特定し、さらには私という人物までたどり着くことができるのでしょうか。今日から楽しみつつ、検証を始めたいと思います』かえぴょんさんは視聴者が見やすいように、と珠代のフィギュアを時折カメラに近付けたり、画面の中を動き回りながら口上を述べたり、と大きな動きと、楽しそうな笑顔で我々の目を引き付けた。もちろんカメラは手持ちから固定に変わってはいるものの、かえぴょんさんの姿が画面から見切れるようなこともない。素人目から見ても、撮影技術や演出力などには目を見張るものがあり、さすがは世間に名の知れたYouTuberというだけはあった。

『では一日目。フィギュアをここに置きたいと思います。間もなく現れるであろう名探偵はどんなリアクションを見せるのでしょうか?』かえぴょんさんはそう言うと、珠代のフィギュアをドアの前にそっと置いた。

 そろそろこの動画も終わりを告げ、別の映像に切り替わるに違いない。私の推測では、次に現れるのは2日目の玩楽堂の映像。フィギュアの購入場面が再び映しだされる、と思われた。この動画はおそらく珠代のフィギュアを購入する映像と、事務所の前にフィギュアが置かれる映像が交互に録画されているに違いない、と私は考えていた。

『それでは見てきます』そう言うと突如、画面から消えたかえぴょんさん。

今の言葉は一体どういう意味であろうか? 私の予想では、かえぴょんさんはここでカメラを回収。映像は玩楽堂の場面に切り替わるはずなのであるが。もしかしたらカメラを回収せずに、まわした状態のままここに放置する、ということなのであろうか。となるとこの映像には、このあと私の姿も録画されているということになる。私がフィギュアを拾うだけの映像なんて、未編集とはいえ必要なのであろうか。まあ、前回のような赤っ恥映像でないだけましではあるが、自分の姿が知らないうちに撮影されていたかもしれない、と想像しただけで、何ともいえない不安感が押し寄せくるから不思議である。 

「戻ってこないね」

「カメラを置いたままお帰りになられたのでしょうか」画面に変化がなくなり、1分ほどが経ったであろうか。しびれを切らしたのか功太と多喜さんが言葉を発した。

「それでは、少し映像を進めてみますか」私は映像を早送りするため、マウスに手を伸ばす。「あっ、ちょっと待ってください」すると奈津美が即座に私の動きを制した。

「どうかしましたか?」

「何か音が聞こえます」奈津美に促されるように耳を澄ますと、確かにドタバタと子供が走り回るような音が聞こえてきた。おそらく何者かがビルの階段を急いで駆け上っているのだろう。

『来た来た』次第に大きくなる足音と共に、再び画面の中に現れたかえぴょんさん。あせった様子ではあるが、カメラを放置したまま消えた訳ではなかったようだ。

 でもちょっと待て。話の流れからして、おそらく『来た』とは私のことだろう。私が出社してきたに違いない。では、何故かえぴょんさんはここに戻ってきたのであろうか。ここにいては私と鉢合わせをしてしまう可能性が非常に高いというのに。もちろん事務所の前で珠代のフィギュアを拾った際、私はかえぴょんさんと鉢合わせをしてはいない。よって結果として、この後かえぴょんさんと私が鉢合わせをしない、ということは分かる。だが結果を知らない動画の中のかえぴょんさんの状況では、この場所は決して安心できる場所だとは思えないのだが。かえぴょんさんには、私に見付からないための何か秘策でもあるのであろうか。 

 戻ってきたかえぴょんさんは、慌てた様子で画面の片隅にしゃがみ込むと、何やら大きなものを手に取り再び立ち上がった。次いでそれを、まるで芝生にレジャーシートを引くように、床に大きく広げる。どうやらそれは、何かの模様がプリントされた布切れのようであった。

 テレビなどで忍者のコントを見たことがあるだろうか。コントなどでは、身を隠す為に忍者が壁と同系色の布切れで、体を隠すことがある。つまりはお粗末な擬態、というやつだ。もちろん見た目には存在が丸分かりであり、実際にそんな人物がいたのなら気付かないはずはないのだが、コントなどでは話の都合上、相手に気付かれることはない。

かえぴょんさんは、壁にぴたりと背中を付けて立つと、まるでコントの中の忍者のように、布切れで自分の体を隠した。布切れには予め写真でも撮っておいたのか、壁と同じ模様がプリントされており、一見すると見事な擬態のようにも見える。だがそれは正面にカメラが置かれているからであって、実際に同じ空間にいたら、気付かないわけがなく、お遊戯レベルのお粗末なものだとしか言えなかった。

 だが、私は珠代のフィギュアを拾った際、かえぴょんさんの姿を見てはいない。

 嫌な予感がした。つまりは悪夢の再来である。奈津美にとっては期待通りの展開、と言えるだろうが、私にとっては二度と味わいたくない屈辱。

『来た』小声で囁くかえぴょんさん。その言葉とほぼ同時に、画面の中に私が姿を現した。

 かえぴょんさんが潜んでいるとは露ほどにも思っていない私は、いつものように事務所の前へとやってくると、従業員用のドアに鍵を差込み、解錠をする。そこで視線を落とした私は、自動ドアの前に何かが落ちていることに気が付いた。

 落ちていた物に歩み寄り、それが珠代のフィギュアであることを確認すると、私は辺りをきょろきょろと見渡し、落とし主がいないかどうかを確認した。だが他には誰も居らず、特に不振な点もなかったので、珠代のフィギュアを拾うと、画面の中の私は何事もなかったように、事務所の中へと姿を消した。

「もしかして惣さん、かえぴょんさんが隠れていることに気が付かなかったの?」まさか、と言わんばかりの物言いで功太が私に質問をする。

「いや、そもそもかえぴょんさんが隠れているなんて思っていなかったんですから、仕方がないじゃないですか」

「だってきょろきょろ周りを見てたじゃん。あれは気が付かないと駄目なやつでしょう。あの位置から壁を見たら、どう見てもおかしいと思うんだけど。何の違和感も抱かなかったの?」

「ほっといてください。先入観と言うものは、時には人の目に見えているものですら、惑わすものなんですよ」自分でも何を言っているのか分からない言い訳であった。功太の言い分がもっともであることは、私自身が理解している。どうして私はあんなにもお粗末な擬態に気付くことができなかったのであろうか。

 私はようやくこの動画の目的を理解したような気がした。この動画は私が珠代のフィギュアからかえぴょんさんに辿り着くことができるのか、というものと、お粗末なかえぴょんさんの擬態に私が気付くことができるのか、というものの、2つの視点から作られていたのだ。つまりは純粋に私の探偵スキルを試す、という検証ものと、かえぴょんさんの擬態に気が付かない私の姿を嘲笑う、所謂面白動画、というものから成り立っていると言える。

汚名を返上するつもりが、とんだ恥の上塗りになってしまった。不本意ながら、奈津美が言っていた、かえぴょんさんは面白味のない動画なんて作らない、という言葉が事実であったと証明される形となってしまった。もちろん私にとっては面白いどころか、不愉快極まりないことであるのだが。まあ私の考えが甘かったということは間違いないだろう。

 動画は私の予想通り、かえぴょんさんが珠代のフィギュアを購入する映像と、かえぴょんさんによって事務所の前にフィギュアが置かれる映像が交互に録画されているものであった。もちろんフィギュアが置かれる映像の後は、毎回かえぴょんさんの擬態に気が付かない私の無様な姿も録画されている。

 功太はかえぴょんさんの擬態に気付かない私をからかい、多喜さんや奈津美は特に言葉を発することなく大人しく動画を見ていた。私にとって幸いだったのは、誰も私の無様な姿を見て笑うことがなかった、ということ。それだけがせめてもの救いであり、今回の動画はそれほど視聴者を笑いに誘う類のものではなかったのだろう、と少し安心すらした。

 しかしそれは、あくまでも『はじめは』という限定的なものでしかなかった。動画が進み、繰り返し私の無様な姿や、大きなリアクションで動画を盛り上げるかえぴょんさんの姿などが映し出されると、次第にそれは変化し、いつの間にか事務所内には皆の高らかな笑い声が響き渡るようになっていった。

 安心からの落胆。これにはもう恥ずかしさしかなかった。私は誰に聞かれることもなく、前回同様かえぴょんさんの存在に気が付かなかった言い訳を、ただひたすらに皆に語り続けることしかできなかった。

 顔や体に木の葉を付け、観葉植物に擬態するかえぴょんさんの姿や、段ボール箱の中に身を隠し、顔だけを出しているかえぴょんさんの姿、床に寝転がり、床と同じ模様の布切れを体にかけているだけのかえぴょんさんの姿など、擬態は日を改めるごとにお粗末さが増していっているように見えた。おそらくあまりにも気付かない私用に擬態のレベルをどんどん下げていった、ということなのであろう。

 結局動画は1時間30分ほどあり、私はその半分以上の時間を屈辱や敗北感、羞恥を抱いたまま過ごすこととなった。

「面白かったですね」動画が終わると、笑いすぎて気持ちまでがスッキリした、といった様子で奈津美が声をかけてきた。その顔は長距離マラソンを走り終えたランナーのすがすがしい笑顔にさえ似ているように見える。

「惣さん、結局最後までかえぴょんさんの存在に気が付きませんでしたね」

「いいえ。本当は途中で気が付いていたんですが、気付かないフリをしていただけなんですよ」嘘だと分かると思いつつ、苦し紛れに口から出任せを言う。

「嘘ばっかり」功太は即座にツッコミを入れると、奈津美と共に楽しそうにケタケタと笑った。

「多喜さん、助けてくださいよ」私たちのやり取りを楽しそうに見ていた多喜さんに、私は助けを求める。しかし多喜さんは言葉を発することはなく、優しい微笑みのみで私の言葉を受け止めた。

「そもそも、こんなことになるんでしたら、事件に関係があるわけでもない、こんな動画、見なければ良かったです」さらに多喜さんに愚痴をぶつける私。

 すると、多喜さんは真顔になり、まるで幼子を諭すように私に語りだした。

「惣さん、それは違いますよ。かえぴょんさんという方がお亡くなりになられたことにより、この映像はたくさんの人に見てもらえる機会を失いました。笑ったり、楽しんだりしてもらいたい、と撮影された映像が、誰にも見てもらえないのです。かえぴょんさんにとって、それはとても心残りなことではないでしょうか。ですから、かえぴょんさんの供養のためにも、こうして私たちがこの映像を見て笑ってあげることは、とても大切なことだと思いますよ」

「そういうものですかね。でも確かに供養のためだと考えれば、少しだけ納得できるような気もします。あっ、でもそれは動画を見る、という行為についてだけですよ。今でも私はかえぴょんさんが私を隠し撮りしたことや、一方的に勝負を挑んできたこと、さらにはその動画をアップロードし、私を辱めようとした挙句、それによって金銭を得ようとしていたことなどには納得がいっていません」

 多喜さんは私の話を聞くと、突然立ち上がり、両手を私の肩の上にそっと乗せた。

「大丈夫ですよ。惣さんが立派な探偵さんであることは皆さんが知っています。私たちは映像を見て笑ったからと言って、惣さんを馬鹿にしているわけではありませんし、惣さんの人間性を疑うつもりもありません。もちろん皆さんの惣さんに対する評価が下がるということもないでしょう。ですから、安心してください。そう細かいことをお気になさらないで大丈夫ですよ。私たちの中の惣さんのイメージはこんな映像1つで変わるものではありませんから。これまで通り御自分のペースでゆっくりと歩んでいけばいいんですよ。まあそう言う私も、供養のためだとか関係なく、映像の中の惣さんの姿が面白くて馬鹿笑いしちゃいましたけどね」そう言うと、舌を出し、おちゃめな表情を見せる多喜さん。

「持ち上げておいて、落とさないでくださいよ」私は多喜さんと小さく微笑みを交わした。

多喜さんが言うように、私が思うほど皆は映像について何とも思っていないのかもしれない。その証拠に功太と奈津美は既に動画の話題を終え、冷蔵庫の前でハンバーガーを分け合っているようであった。

「もうこんな時間になってしまいました。それでは私は、今日はこれで上がらせていただきます」私と同じく功太と奈津美の様子を見ていた多喜さんが言った。

「あっ、僕も帰る」

「それじゃあ私も、今日はもう帰ります」多喜さんの言葉に、功太と奈津美が続いた。

「えっ? 奈津美さん、またここにいらっしゃるのですか?」先程は功太の話に会話を合わせていたような奈津美であったが、もうその必要はないだろう。奈津美が今日でこの事務所を去るとなると、皆とここで顔を合わせるのは今日が最後、ということになる。奈津美は辞めることを2人に告げず、このまま事務所を去ろうとしているのかもしれないが、もう功太と多喜さんにも、奈津美がこの事務所を辞めることを伝えてもいいはずだ。

「もちろんです。明日も9時頃に来ますね」

「もう隠さなくてもいいのではないですか? 今日で奈津美さんはこの事務所をお辞めになるのですよね?」

「えっ、私辞めませんけど」驚いたような様子を見せる奈津美。

「でも探偵を続けるのは止めた、と仰っていましたよね?」

「はい。探偵になるのは止めました。もっとなりたいものが見付かりましたから」

「どういうことですか?」

「私も惣さんのような魔法少女探偵を目指すことにしました。ですから、これからもこちらで御世話になります」笑顔で軽く会釈をする奈津美。

 私は新喜劇ばりにズッコケそうになった。そういうことであったか。確かに奈津美からは事務所を辞めるとは一言も聞いてはいない。私が勝手に早とちりをして、奈津美がこの事務所を辞めるのだと思い込んでいただけだったようだ。今となっては一人で間傷に浸っていた、自分が恥ずかしくもなってくる。

 奈津美は魔法少女探偵になりたいのだと言った。魔法少女探偵という言葉は始めて聞いたが、おそらくは私のように魔法少女であり、探偵でもある、という道を進みたいということなのであろう。確かに奈津美には魔法少女の素質があるようだ。これはキャミーが言うのだから間違いはないのだろう。そして奈津美がこれからもこの事務所で働くというのであれば、探偵としてのスキルもどんどん身についていくはずだ。勿論、探偵としての素質も十分感じられる。つまり奈津美には魔法少女探偵になれる可能性が、十分にある、ということだ。決して夢物語ではない。ならばその夢を近くで応援してあげようではないか、と私は考えた。

もちろん奈津美が今後もこの事務所で働く、ということについては大賛成である。私にとっては何よりも、奈津美のこの笑顔を近くで見続けられる、ということが嬉しくてたまらなかった。

「もちろん大歓迎です。改めてよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」私たちは改めて握手を交わした。

 何のことだか分からず、ただ様子を見ているだけの功太と多喜さんであったが、私たちが握手を交わしたことで話が纏まったと解釈したのであろう。荷物を持ち、事務所をあとにしようと歩き出す二人。

 待ってください、とそのあとを奈津美が追いかけた。

「お先に失礼します」まるで何かに反響するかのように、重なり合う3つの声。

私は皆に、お疲れ様でした、と言葉を返した。


3人が帰ると、事務所内は先程までの賑やかさが嘘のように静まり返った。

「魔法少女探偵」と、一人呟く。私は奈津美が名付けた魔法少女探偵、という言葉が実は結構気に入っていた。

「それにしても、とんだ勘違いでしたね」さらに私は自分自身に話しかけるように、独り言を続けると、先程の奈津美とのやり取りを思い出し、誰もいない事務所の中で1人小さく微笑んだ。


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