(十)
「いらっしゃいませ。あっ、昨日の探偵さん。まだ何か御用ですか?」
「すみません。今日は幾つか店主さんにお伺いしたいことがありまして、やって来ました」
「何でしょう?」
「店主さん。突然ですが、あなた小橋万里子さんではないですか?」
穏やかであった店主の顔が一瞬にして強張った。何と返事をすればいいのか迷っているのか、彼女は無言のままだ。だが、その俯いた表情は、彼女が小橋万里子だということを肯定しているようにさえ見えた。
「お兄さんの小橋郁也さん、今何処にいるかご存知ですよね?」
「はい」俯いたまま店主は小さく返事を返す。
「どちらにいらっしゃいますか?」
「店の奥が居住スペースになっておりますので、そちらで休んでいるかと思います」店主は先程までとは違い、憔悴したような弱々しい声でそう言ったあと、視線を店の奥、暖簾のかけられたドアの辺りへと移した。
「お邪魔してよろしいですか?」
返事の変わりに、小さく頷く店主。しかしその足はぴたりとも動かない。どうやら私たちを先導して、住居を案内してくれる、という気はないようだ。兄が私たちに確保される姿を見たくないのかもしれない。
「勝手に上がらせていただいても宜しいですか?」
「どうぞ……」か細い声が震えていた。俯いているので目元は確認出来ないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。
私は店主に小さく会釈をすると、奈津美と共に店舗奥の暖簾のかけられたドアへと向かった。一応ドアをノックしてみるが、中から返答はなく、私はドアノブに手を伸ばす。
ドアの先は廊下になっていた。廊下沿いに6畳の和室が2部屋確認できる。廊下の突き当たり、奥の空間にはガスコンロが見えることから、おそらく奥は台所になっているのだろう。所謂2Kという間取りの居住空間だ。奥へと進むと、台所の片隅にトイレのドアと風呂の扉が並んで配置されており、洗濯機や玄関も確認することができた。
「おかしいですね」どちらの和室を探しても、小橋郁也の姿は見つからなかった。トイレや風呂も確認したが、その姿を発見することはできない。
「私、万里子さんに聞いてきます」奈津美が小走りで店舗にいる万里子に確認に向かう。
小橋郁也は私たちが来たのを察して、玄関から逃げ出したのだろうか。だが玄関には鍵がかけられている。急いで逃走しようとしている被疑者がわざわざ玄関に鍵をかけるだろうか? 部屋の何処かに隠れている、という可能性もある。私は部屋の隅々を確認してまわることにした。
「惣さん、万里子さんが何処にもいません」
奈津美のその言葉を聞いて、ようやく私は現状を理解した。やられたのだ。小橋万里子は観念したふりをして、私たちを自宅に誘いこみ、その間に小橋郁也を何処かに逃がしたに違いない。
私は急いで店舗から外に飛び出すと、店の前の幹線道路に彼女たちの姿を探した。すると50メートルほど先の歩道を走る小橋郁也と万里子の姿を確認することができた。
やはり万里子は兄を逃がすために私たちを罠にはめたのだ。私は急いで彼らを追いかけるべく走り出した。
私たちが後を追って来ないかどうかを確認しながら走っていた様子の彼らは、すぐにそれに気が付き、走る速度を上げたようであった。だが幸いだったのは、小橋の足がそれほど速くなっていなかったこと。もし飛躍的に身体能力が上がったことによって、小橋の足までが飛躍的に速くなっていたのなら、あっという間に引き離されてしまうところであった。
小橋と一緒に逃げているのが、妹の万里子であったことも大きい。いくら私の足がそれほど速いほうではない、とはいえ、相手が女性ならば、私でもその距離を徐々に詰めることができる。
このままでは追いつかれる。そう判断したのだろう。彼らは幹線道路沿いの『貸し倉庫』と、看板の掲げられた、建物の敷地内に入っていった。
私が息を切らし、そこにたどり着くと、既に彼らの姿はない。だが目の前には今は使われていないと思われる古い倉庫が1つ。他に逃げ場のないことから、彼らはこの建物の中に逃げ込んだに違いない、と思われた。
この倉庫は使われなくなってどれくらいの年月が経っているのだろうか。シャッターや建物の窓枠などは既に錆で茶色く変色し、窓ガラスも所々割れてしまっている。
「惣さん、小橋たちはこの中ですか?」追いついてきた奈津美が息を切らしながら言った。
「おそらく、そうでしょう。ですが、ここからは危険なので、私が1人で中に入ります。奈津美さんは祖父江さんに連絡を入れていただけますか?」
「はい。分かりました」
私は小橋たちが入ったと思われる、建物の正面右手、シャッターの脇にあるドアに向かった。ドアノブをゆっくりとまわす。錆付いているのかドアノブはやや固いが、やはり鍵はかかっていなようだった。腕に力を込め、ゆっくりとドアノブを引く。途端に金属が擦れるような大きな音が周囲に響き渡った。この音によって小橋たちも、私が倉庫の中に入ってきたことに、気付いたに違いない。
倉庫内には荷物が残されており、カビと埃のにおいが充満していた。呼吸すら躊躇いたくなるほどであったが、私は声を張り上げる。
「小橋。観念して出てきなさい」
「うるさい、来るな!」すぐに奥ほうから小橋の怒号が聞こえてきた。
私は声の聞こえてきたほうへと、ゆっくりと歩を進める。するとやや開けた場所に2人の姿を確認することができた。
「それ以上近付いてきたら、妹を殺す」小橋は万里子の首にナイフを突きつけている。妹を人質にしてここから逃げようとしているのだろう。
「小芝居は止めなさい。私にはもう全てが分かっています」
「脅しじゃない。俺は4人も人を殺しているんだ。妹を殺すくらいもう何とも思わない」
おそらく小橋は妹を手にかけるつもりはない。小芝居によって私の動きを封じることが目的なのだろう。だがどうする? このまま飛び込んで2人を確保してしまうか? だが小橋が追い詰められ、本気で妹を殺そうとしている、という可能性も捨てきれなくはない。ここで判断を誤って万里子が殺されてしまっては元も子もなくなってしまう。どちらにしても私が今動くことはできない。
すると突然、小橋が跳ね飛ばされるように地面に転がった。何事かと驚いたが事態はすぐに飲み込めた。
奈津美が背後から小橋に体当たりをしたのである。奈津美はすぐに万里子の手をとると、小橋から離れた。
「惣さん、もう大丈夫です。小橋を確保してください」
「奈津美さん、駄目です!」私が叫んだのとほぼ同時だった。
万里子によって蹴り飛ばされる奈津美。私は急いで駆け寄るが間に合いそうもない。
床に転がった奈津美の胸に向かい、万里子がはさみを振り下ろした。
「きゃー」奈津美の叫び声が倉庫内に響き渡る…………。
驚いた。奈津美の胸にはさみが当たる寸前だった。はさみは奈津美の胸元まであと数センチ、というところで止まっている。
「助かりました。もう駄目かと思いましたよ」私は奈津美の安全を確認すると、床に崩れ落ちた。
奈津美は、はさみが目の前で止まったことにも気が付かず、叫び声を上げたまま、急いで私の元へと駆け寄ってきた。
「おや、奈津美さん動けるんですか?」こんなことは初めてだった。
「はい。ギリギリはさみは当たりませんでしたから」
「いえ、そういうことではなくてですね」私は奈津美に状況を伝えようと、万里子に視線を移す。
私の視線を追いかけ、万里子に視線を移した奈津美はようやく状況を理解したようであった。
「えっ、どういうことですか? 何で小橋も万里子さんも動かないんですか?」
状況は理解したが、頭が追いついてこないのだろう。奈津美は混乱しているようだ。
「動かないのではなく、動けないのです。時間が止まっていますからね」
「止まっている? どうしてですか? だって私は動いてますよ」
「ええ、こんなことは初めてです。魔法少女以外は動けないはずなのですが。もしかしたら奈津美さんにも魔法少女の才能があるのかもしれませんね」
「ねえ、キャミーさん」私は足元にいるキャミーに話しかけた。
「うん、そうかもしれないね」
「ええーー! そ、惣さん、そのウサギみたいな猫みたいな動物なんなんですか? どうして2本足で立ったり、話したりしてるんですか?」
「驚きました。奈津美さん、キャミーさんの姿まで見えるんですか?」
「見えるも何も、そこにいるじゃないですか」
「見えるのであれば、ご紹介します。彼は魔法生物のキャミーさんです。魔法生物がこちらの世界に現れると、時間軸に影響が出て、一時的に時間が止まるんです。つまりキャミーさんが現れたことによって、時間が止まり、小橋たちも動かなくなった、ということですね。ちなみに通常は魔法少女でない人にはキャミーさんの姿も見えないはずなんですよ」
「よろしくね。ボクのことが見えるなんて、本当に君にも魔法少女の才能があるのかもしれなよ」 握手を求めるキャミーと、恐る恐るそれに答える奈津美。
「魔法生物? えっ、それじゃあ惣さんが魔法少女だっていうのも本当のことだったんですか?」
「ようやく信じてもらえましたか。それにしてもキャミーさん、できることなら、もう少し早く来てくれると助かるんですが」
「ボクだって色々と忙しいんだよ。そんなことより惣助、そろそろ時間が動き出すよ」
「では、さっさと片付けちゃいますか」
ガシャン! という音と共に再び時間は動きだした。奈津美が突然消えたことで、万里子の振り下ろしたはさみが床に激しくぶつかり、弾け飛んだのだ。奈津美を見失った万里子はきょろきょろと辺りを見渡し、奈津美が私の元にいることを確認すると、驚いたような表情を見せた。
「2人とも、もう観念してください。私には全てが分かっています」
「惣さん、万里子さんの胸の辺りに何か付いてますよ」突然、驚いたような声を上げる奈津美。
「奈津美さんにも見えるようになりましたか。あれが皮我です」
「万里子さんも皮我に取り付かれていたんですか? そうか、だからこの間、惣さんは万里子さんの胸の辺りに手を伸ばしていたんですね」
「はい。引き剥がせないか試してみようと思ったのですが、奈津美さんに勘違いをされてしまいました」
「お前に俺達の何が分かっている、って言うんだ」叫ぶ小橋。
「では、多少の推測を交えてお話しましょう。まずはあなたと万里子さんに皮我が取り付いた時の話です。あなた方兄妹は3年前、父親の転落事故を目撃しているそうですね」
「だから何だって言うんだ」
「おそらくその出来事が原因で皮我はあなたたちに取り付いたのでしょう。ですが、父親の死を目撃しただけで、皮我がそれだけ大きくなるとは考えられません。つまり、あなたも万里子さんもその事故を境に、サイコパスのように人を殺す快感に取りつかれてしまったのです」
「どうして父親の事故を目撃しただけなのに、人を殺す快感に取りつかれてしまうんですか?」奈津美が質問をする。
「それは父親の死が事故ではなく殺人だったからです。おそらくそこにいる2人が父親を歩道橋の階段から突き落としたのでしょう」
「さすが名探偵だな。確かに俺達はあいつを殺した。だが、それの何処が悪いって言うんだ。あいつは働きもしないで昼間から酒ばかり飲んで、母さんや万里子に暴力を振るう最低な男だった」
「ですが、殺すべきではなかった。あなた方のためにも。そこで父親を殺害していなければ、おそらく今回の事件は起こっていなかったでしょう。つまり今回の事件は3年前から始まっていたのです。今回かえぴょんさんを殺したのは小橋郁也さんあなたですね。動機は動画によってスカルの存在が暴かれたことと、それによって自らを辱められたこと。殺害にまでいたったのは人を殺す快感を再び味わいたかったからです」
「ああ。あいつの遺体をバラバラにして飾り立てているときは最高に楽しかったよ。笑いが止まらなかった。いい作品だっただろう? だから携帯で写真にとって万里子にも見せてやったんだ」
「万里子さんも共犯だった、ということですか」奈津美が万里子に向けて言った。
「いや、万里子は俺があいつに復讐をしようとしていることまでは知っていたが、あいつを殺して飾り立てようとしていることまでは知らなかった。俺が万里子に頼んだのは復讐の為に使うバラの花を用意してもらうことだけだ。万里子はバラの花を何に使うかも知らなかったはずだ」
「じゃあ、なんで万里子さんに遺体の写真なんて見せたりしたんですか?」
「俺はあの事件以来、万里子の中にも殺人衝動が芽生えていることに気が付いていた。アングラサイトを運営していることも知っていたし、俺と同じく、理性で何とか殺人衝動を我慢できていることも。だが自分が再び殺人を犯してみて思ったんだ。この作品を誰かに見てもらいたい。同じ思いの人と共感しあいたいと」万里子に視線を向ける小橋。
「私はその写真を見せられて、とても悔しかった。人を殺すのなら、どうして私にも手伝わせてくれなかったのだろうかと。そして兄があの快感を再び味わったと知ったら、私も人を殺したくてたまらなくなった。私も兄のように芸術的な作品を作ってみたい。兄よりもすばらしい作品を作ってみたいと」
「実家のパソコンを使用していた為に惑わされましたが、あのサイトの運営者cherryとは万里子さんあなたですよね? つまりかえぴょんさん以外の3人を殺したのは万里子さん、あなたです」
「はい、そうです。兄の作品よりも芸術性を持たせたつもりです。感想を聞かせてください。綺麗だったでしょう?」この期におよんで、満面の笑みを浮かべ笑う万里子。
「狂ってる」奈津美が独り言のようにつぶやいた。
「御心配には及びませんよ。あなたも私の作品として飾ってあげますから。あなたなら素材がいいから、どんな作品になっても綺麗になれると思いますよ」万里子は、嬉しくて笑いを堪えることができない子供のように、ニコニコとした笑顔を崩すことなく語った。
「あなた方の中に芽生えた殺人衝動。それが皮我によって増幅されてしまったことが今回の事件の始まりです。あなた方は父親の殺害を含め、全ての罪を償わなければなりません」
「いいや。こうなった以上、お前たちも殺す」小橋はナイフを改めて握りなおすと、私たちを殺害しようと隙を窺っているようであった。今にも飛び掛ってくるかもしれない。
「惣助、魔法少女に変身するんだ」叫ぶキャミー。
「分かりました」もう魔法少女に変身して、彼らの中の皮我をイレースするしか手立てはない。
『ノンブリンク』右手を上に挙げ叫ぶ。突如空中に七色に輝く光が現れ、その中からハートと花飾りの付いたピンク色のバトンが出現した。私はそれを握ると、新体操のバトンようにクルクルと回しながら呪文を唱えた。
『マジカルスイート、心にずっきゅん。パンパンミラクル、クルーチェポップン』眩い光が私を包み込み、私を魔法少女へと変身させていく。
『煌く心は溢れる愛の印 魔法少女、加賀惣助。言うこと聞かない悪い子はお尻ペンペンしちゃうぞ♪』恒例の台詞を言いながら、決めポーズを取る。
「えーーっ、可愛いすぎるー。惣さんめちゃくちゃ可愛いじゃないですか。ピンク色の髪の毛といい、フリフリのその衣装といい、どう見ても二次元のアニメキャラですよ。惣さん、変身すると女の子になるんですね」私の体を触りまくる奈津美。
「どうでもいいですが、抱きつくのは止めていただけますか。見た目と声は魔法少女でも、中身と意識は私のままなので」
「お前ら俺を馬鹿にしてるのか?」もちろん小橋から目を離していたわけではない。だが魔法少女に変身するためにはやらなければならないことなので仕方がなかった。
「もしかして、魔法少女の姿も普通の人には見えないんですか?」
「ええ。彼等からしたら、男の私がふざけているようにしか見えていないはずです」小橋が馬鹿にされている、と感じるのも無理はない。
「じゃあ、決め台詞とか決めポーズとかしなきゃいいじゃないですか」
「いいえ、あれをやらないと魔法が使えません。キャミーさんによると、どうやら魔法少女にとっては必須なものらしいのです。魔法少女になった私の姿が見えない人達には、私が遊んでいるようにしか見えないのが欠点ですがね」
「惣さんが祖父江さんたちにからかわれている理由が、少しだけ分かったような気がします」分かってもらえて嬉しいのか、悲しいのか複雑な気分だ。
「さあ、彼らに取り付いた皮我をイレースして終わりにしちゃいましょう」
私はバトンを頭上に投げると両手で祈りの姿勢をとった。
『大地に宿りし精霊たちよ。大気に漂いし思霊たちよ。魔法少女、加賀惣助の祈りの元に集約し、その力を魔力の礎として分け与えたまえ』強烈な光の束が頭上のバトンに降り注ぎ、そのバトンを手に取った私は。小橋と万里子に向かいクルクルとまわした。
『ムーンエナジーハリケーン!』私の言葉と共にバトンから光の渦が巻き起こり、小橋たちに向け飛んでいく。
その光を浴び、徐々に小さくなっていく皮我。やがてそれは一粒の宝石のようなものに変わり、キャミーの元へと飛んでいった。イレースの終了である。
小橋郁也と万里子は意識を失ったのかそのまま床に倒れこんだ。
「凄いですね。惣さん本当に魔法少女だったんですね。感動しました。でもその宝石みたいなものって、このあとどうするんですか?」
「ん? 食べるけど」奈津美の質問に、それを食べながら答えるキャミー。
「えーーっ、食べちゃうんですか」驚く奈津美。
「何だか急にシュールですね……」
「キャミーさんだけに限らず、魔法生物たちはそれが好物なんですよ。彼等からしたら人間が皮我に取り付かれようが、何だろうが関係ありませんからね。ようは好物を食べられるから手伝ってくれているにすぎません」
「キャミーさんだけに限らず、ということはキャミーさん以外にも魔法生物っているんですか?」
「当たり前じゃん。ボクと同じ種族の生き物が他にいないのなら、ボクはどうやって生まれてきたのさ」
「言われてみればそうですね」
「他にもたくさんいるらしいですよ。私もキャミーさん以外の魔法生物には会ったことがありませんけどね」
「それじゃあ、今度ボクの友達を連れてきてあげるよ」
「キャミーさん、私以外にお友達なんていらっしゃったのですか?」
「惣助じゃあるまいし、友達くらいいるに決まってるじゃないか」
「否定できないところが辛いですね……」
「ボクのことも見えるんだし、奈津美も魔法生物に魂を半分食べてもらえば、魔法少女になれるんじゃないかな」
「えっ、食べてもらえば、って、惣さんはどうやって魔法少女になったんですか?」
「じつは魔法少女になった、とはいっても、私は自分の魔力を使って、変身したり、魔法を使ったりしているわけではないんですよ」
「どういう意味ですか?」
「私は魔法少女ですが、魔力を一切持っていません。ですから、魔法を使うための魔力は全てキャミーさんからお借りしているのです」
「借りるって、物じゃあるまいし、そんなことができるんですか?」
「ですから先程の皮我のように、魔法で私の魂も一度宝石のような石に変えて、キャミーさんに半分食べてもらっているのです。つまり今、私の魂は私とキャミーさんの体の中に半分ずつある、と言うことになります。私はそのキャミーさんの体の中の半分の魂を使って、キャミーさんから魔力をお借りしているのです」
「難しくてよく分かりませんが、そんなことをして惣さんの体は大丈夫なんですか?」
「普通の人が同じことをやった場合、魂を魔法生物に半分食べられた時点で死んでしまうでしょう。ですが、私や奈津美さんのように魔法少女の素質がある人間、つまりは魂が魔力に順応できる人間でしたら大丈夫です。もちろん魂の半分は食べられた魔法生物の中にありますから、その魔法生物が死んでしまえば、自分も死んでしまいますがね。でもご心配には及びません。魔法生物の寿命は1000年ほどあるらしいですから。キャミーさんは現在124歳らしいので魔法生物としてはまだまだ子供、ということになりますね。そうですよね? キャミーさん」教えてくれた本人に確認をするべく視線を移す。
しかしキャミーがそれに答えることはなかった。目を閉じ、こくり、こくり、と船をこいでいる。どうやら眠っているようだ。
「可愛い」キャミーのその姿を見て奈津美がつぶやく。無理はない。ぬいぐるみのようなキャミーが舟をこいでいる姿は、可愛いという以外の何物でもなかった。男の私ですら、そう感じるのだ。女性の奈津美ならばなおのことだろう。
「キャミーさん?」再び呼びかけてみる。
「ん? 呼んだ?」今度は気が付いたようだ。今にも再び眠ってしまいそうな顔でこちらを見ている。
「惣助、ボクお腹がいっぱいになったら眠くなってきちゃったよ」
「あんなに大きな皮我を2つも食べるからですよ。それでは私も変身を解きますので、キャミーさんはゆっくりと休んでください」
私はバトンをクルクルと回し、頭上に放り投げると、呪文を唱えた。
『リジェクト!』バトンから青い光が発せられ、私に降り注ぐ。
『スムール サモーレ アスベクト。マクマレ サヴァレン ミラルージュ』青い光は私を包み込むように渦を巻くと、瞬時に消え去った。
「逆に魔法少女がイケ面に変わる、というのも中々感慨深いものがありますね」元の姿に戻った私を見て、1人頷く奈津美。
「お言葉に甘えさせてもらってボクはもう寝ることにするよ。惣助、奈津美、それじゃあ、またね。おやすみ……」まるでシャボン玉が弾けるように、一瞬で消えるキャミー。
「さすが魔法生物ですよね。呪文を唱えることなく、こうも簡単に魔法を使って見せるのですから」
「いえ、惣さんだって十分に恰好よかったですよ。あっ、でも恰好いい、なんて言ったら失礼ですよね。すごく可愛かったです」
「そこはわざわざ訂正していただかなくても大丈夫です。私は元々男ですし」
「そうでした」微笑む奈津美。私からしたら彼女のこの笑顔のほうが何倍も可愛く思えるのだが。
「あっ、警察がきたみたいですよ」耳を澄ますと、確かに遠くにパトカーのサイレンの音が聞こえる。複数のパトカーがこちらに向かってきているのだろう。サイレンの音は幾重にも重なり合い、不協和音と化しながら次第に大きくなっていく。
「これで本当に事件は解決ですよね?」
「ええ、探偵としても、魔法少女としても、これで事件は解決です。お疲れ様でした」
突如、倉庫内に錆びた金属が擦れるような大きな音が響き渡る。次いでドタドタと押し寄せる複数の足音。捜査員の怒号が事件の終わりを告げていた。




