この国の感謝シンドローム
幸せとは?
幸福な生き方とは?
これに関してはあらゆる角度の答えがあると思うが、
極論は何にでも感謝できる人は幸せなのだろう
しかしその感謝、
本当に感謝してる人どれ位いるのだろう?
皆どこかで、感謝しなさいと教育されて
それが幸せを掴む鍵だみたいに思い込んで
そういう人多いんじゃないかな?
なにか義務的
昔むかし、[1192つくろう鎌倉幕府]って
嫌でも年号を覚えさせられたあの感じに似てる
あれテスト以外なんか意味あったのか?
または誰かが人に何かを言うとき、
敬語なんだけど相手を完全に小馬鹿にしてる
時々そういう場面に遭遇することがあるが、
表面上いくら紳士淑女を装って敬語使っても
本心では相手を馬鹿にしている、みたいな
それ敬語の意味あるのか?
逆に言葉は悪くとも
相手を完全にリスペクトしてることだってあるし、
誰の周りでも結構あるだろう
そういう表裏のはなし・・
皆そういうものを肌で感じ取りながら
人付き合いの距離感を測ると思う
全く感じない人もいるのかな?
感じず言葉だけを信じてしまう人がいるなら
場面によっては餌食にされてしまうのだろうな
感謝しているもの、敬意を持つものを
汚すつもりはさらさらない
しかし広いこの国の中で、
圧倒的多数の本物の他に
圧倒的多数のまがい物が存在する
感謝とは意図せず自然に内側から湧き上がるもの
今の日本の感謝信仰みたいのなんなのだろう
まるでどっかの生臭宗教みたい
いつたい誰が仕掛けてる?
親か、先生か、マスメディアか、国家か、
はたまた脳科学者か、生臭い霊能者か?
その仕掛けてる人達、
ご自分は本当に感謝できてるのでしょうか?
脳で、私は感謝しています!
と自らに指令する感謝と、
心の奥に湧き上がる感謝は、まるで違うもの
脳で指令しているものは、
自らにバイアスをかけ自らを洗脳しているのだ
そりゃ多方面に感謝できた方がいい、きっとね・・
でも感謝しなきゃいけないんじゃない
義務じゃないのです
できないのに無理に思わなくていいってこと
義務にした瞬間にそれはエセの付く宗教になる
宗教とは皆、
個々の内から湧き上がるものを重視するより先に
思考を一定の枠の中へ誘導し洗脳する
ゆえにほとんどの宗教が、
人により解釈が異なりやがていがみ合い殺し合う
すなわちエセ宗教である
だから何でも自然に想えるようになったらでいい
それは個々の出来事により、出逢いにより、
タイミングにより、
そして個々の気質やキャパによる
はじめは感謝できなかったものが、
いつしか芽生えることだってあるし
外野が先に誘導するようなことでもない
とても感謝など
できるような環境じゃない人々だって
ここにはたくさんたくさんいるのだから、、
なにか今の日本は
感謝を強要し過ぎていないかな?
あっちもこっちも[感謝]って言えばいいみたいな
結局それ自己保身では?
ある意味依存心にも見える
感謝すれば何か良い見返りがある…
結局勘定された依存では?
その延長線上には、
今問題になっているカルト教団もあり
多くの者が洗脳され、
無自覚のまま餌食になっている
お門違いの対象物に感謝して多額の献金をし
見返りを求める
これも一つの感謝である
金銭を払うと地獄に行かないで済むんだって、、
信じてる者には悪いが可笑しな話だ
究極の依存症です
それを煽っている側も煽られている側も
誰か一人でも、
その地獄とやらを直接見た人はいるのか?
見たこともないのに
よく恐怖心を煽れるものだ
貴方の居る世界こそ、もう既に地獄なのでは?
そんな魑魅魍魎がパラサイトし
愛だ平和だ正義だ寝言唱えながら
純粋な人から搾取したり殺したりしている時点で・・
誰かに金払い感謝して幸福を約束してもらえるなら
楽だね
そこに具体的で主体的な努力はあるのでしょうか?
宗教も戦争も、あらゆる統治には
みな思い込みの激しいバイアスがかかっている
そこには自分がなく皆誘導されているもの
それをまるで自分の意思だと
巧妙にマインドコントロールされすり替えられる
似たようなことが
この世相でも起きてやしないか?
テレビから、ラジオから、
会社で、身近なコミュニティで、
まるで当然のように・・
愛も感謝も、本物は無償である
そしてさらさら見返りなど求めていない
そこには必ず
自分という主体が明確にあるものだ
逆に他力の誘導が1mmでも交ざったり、
有償の段階でほぼ偽物である
感謝の念なんて生まれた時から皆備わっている
どんなに小さな子でも、大切に大切に扱われれば、
自然に感謝しているものだ
まだ言葉にはできないが、
その感情を一生懸命ビシバシ親へ伝えてるものだ
その親は、純度の高いものを見せつけられ、
新鮮な最上級の感謝の相互作用に気付かされ
逆に教えられているはずだ
理屈じゃない
一々理屈にして教え込まなくても
子供はその親よりも
純度の高いものをすでに持っている
年をとればとるほど、
理屈と思い込みが先に立ち、その純粋さが色褪せ
大手を振って建前を着飾るようになる
更に厄介な依存心の感謝のプリズムは
屈折し、回り回って恨みに変質し、
その銃弾はお門違いの標的を射抜くことになる
これはカルト教に限ったことではない
街のあちこちに無数に吹き溜まり沈殿している
感謝感謝って、
感謝をやたら言葉にする優等生諸君
その感謝は脈々と生きているナマモノですか?
それとも、額縁に入った
人に見せたいだけの自作の賞状なのでしょうか?
本当に感謝してたら一々言わなくても
空気で伝わってるよ
感謝していない様もまた空気で伝わります
例えばお皿一枚の触り方一つで
物に対して敬う心が有るかないかが分かるもの
やたら言葉にする人は自己アピールなのだろうな
何かに洗脳され思い込み、
過剰なバイアスがかかっている感じだ
その様が不自然なのさ
感謝さえしてれば間違いない、みたいな・・
その思い込み、本当でしょうか?
そんな上辺を着飾るようなこと言ってると
世界の魑魅魍魎達に吸い尽くされ
養分にされてしまうよ
どっかのカルト教団みたいに・・
残念ながら
ここはもっともっと下等な世界です
下等な世界だからこそ、
曖昧で弱々しい、そういう無垢の真心が
餌食になることがある
そこに魔が差す・・
安易な真心を軽薄にひけらかしていると
そうでもない反動がくる
とことん利用され吸い取られることになる
魔物は貴方のすぐ横に居る
嘘だと思うならそのまま進んでみな・・
会社の中にも居るし、街の路地にも居る、
スマホの奥からでも飛んで来るよ
魔物は純粋なものを好み
天使の顔して近づいてくる
軽薄な優しさとか情にすがるようになれば、
それで人生狂いはじめる
気をつけて・・
小さい時、
良い子になることを大人達から刷り込まれて、
いつしかそうでもない現実に晒された時
その性善説では対応しきれなくなる
見分けがつかない場面は多々あり
大人だって分からないときはある
だから無理しなくていい、
理想論など一度捨て去り、
ドライに、冷めて、思いっきり引いてみて、
この世を、世界を、世間を、身近な者を、
すべてを観察してみるといい
呪縛のような理想のバイアスを
あっさりと捨てたとき、
世間の思惑とはかけ離れた実相が
ゆっくりと視えてくる
でも優等生だと、
その洗脳をなかなか捨てられないもの
エセ宗教のマインドコントロールから抜けられない
信者みたいに・・
ニコニコしてモサッとした世間に
惑わされないで、、
くっきりと明確な自分の意思を持つことだ
世間はいつでも偽善者であり
その結果の後始末をしないから・・
誰もが個人の集合体である世間になった瞬間に
あっちもこっちも耳障りのいいこと言って
まるでそれが本当のことのようなバイアスがかかり
虚像の社会が形成される
カルト教団の性質と何が違うのでしょうか?
本質を指摘すると嫌われ排除される集団
ずっと虚像の中で成り立たせたい社会
そもそもこの世界は過剰なバイアスの果て、
過剰な屁理屈の果て、
その思い込みの多くは
善かれと信じ行動するようだが
短絡的で一方的だ
過剰に振ったものはみなマイナスに振れ返るもの
しかしそのマイナスを認めようとしない姿が
まさしくカルト教団と同じ
感謝して悪い訳ない、何言ってんだコイツ・・
そんな人多いでしょ
皆カルト教のことはあっさり否定できるが、
貴方だって同じようなものかもよ
何の疑いもなく信じきっているのなら…
感謝にも種類がある
無償の感謝か、依存し見返りを求める感謝かだ
無償の愛と、見返りを求めた愛と同じ
その差は天と地
幸せ不幸せを決定する
建前であれ感謝してれば報われる世界に
いつの日かなれたらいいが、
それには世界の波動のベースが上がる必要がある
それにはきっとあと三千年かかるな
感謝は多い方がいい
でも体の芯から湧き上がるものだけでいい
それはこの自然界のように
大きくて優しく、そして厳しさが伴うはずだ
太陽は昇り沈んで、潮は満ちて引く、
草木は芽生え咲き、実り枯れ、そして朽ちる
感謝すべき対象物は、
そういう自然の空気感と同期しているものだ
不自然な優しさや、貴方に都合のいい癒しなど、
皆思惑をはらんでいる
全て偽物だよ
私に任せなさい、みたいな顔をして
能力や肩書きをひけらかしながらマウントをとり
損得勘定の交換条件を出してくる者とか、
心底いい人に見えるけど底の浅い瞳をした人間、
または、夕陽を見つめながら、
永遠…
とか軽はずみに言ってしまうロマンチストも、
気をつけな
よく覚えておいて・・
そんな時は森で熊に遭遇した時のように、
立ち向かわずゆっくり後ずさりして
音を立てずにそっとその場を離れてください
そのフェードアウトは
決して恥ずかしいことではないからさ
阿呆と戦う方が阿呆
深入りする前に抜け出すことだ
知らぬ間にこの国は活力が低下し
いろんなモノを失い衰退した気がするよ
スマホは普及し、ハラスメントは大幅に減り
性質の多様性を重視し、昔よりもいい時代になった
その進化の反動で、
昔とは違う陰湿な危険が増えたね
社会性に囚われ、
日々のルーティンを失敗したくないだけの
現状維持が大好きなこの国は、
窮屈で空虚で表面的な建て前が多くなったな
誰も悪いことしてないから、
誰も疑わないで、
そしてなぜだかみんなで衰退する
同じような人が多いからかな
同じような信者が多いからかな
専制主義の大統領でも、カルトの教祖でもない、
世間という名の庶民が、
独自のストライクゾーンへ誘導する異様な国
ガラスみたいにモロくてキラキラした
現実とかけ離れた虚像の世界へ・・
理想を創り上げたいのなら、
そこには魔を封じ込めるための
圧倒的な捨て身の覚悟か必要になる
この国にその覚悟はなさそうだ
この国の社会は、
とっても成熟しているように見せかけているが、
実相は、とっても幼稚なのかもしれない
奇麗事のバイアスに染まる大人達が形成する
宗教みたいな社会
自分で自分の道を決められない国は
利用され餌食になり、衰退する
どんなに美談を語り感動し合っても、
その海に浸っていたいだけのクラゲだ
骨格を維持するために大切な真逆がない
この世間は、どうやらその殻を破れない
いつまでも守られる神話に酔いしれ、
自立できないこの国自体が、
いつしか世界の魔物の餌食になってしまうよ
それらは皮肉にも、
浮かれながら陶酔した
感謝シンドロームによる