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2話 忘れられない歌声


 慌てて教室に戻った俺は、その後の授業に全く身が入らなかった。


 強く印象に残った少女の歌に思考が占拠され、数学教師が口にする数式は、聞いた端から頭の隅へと追いやられてしまう。

 あげく、単純な足し算すら間違うありさまで、指名されて黒板前で問題を解いた俺は、その珍回答によって、クラスに物笑いの種をばらまいた。


 だが、それは些細なことだ。七十五日で鎮静化する噂話などにいちいち気をとられているようでは、俺の中学生ライフはとうの昔に真っ暗になっている。


 問題なのは、帰りのHR(ホームルーム)が終わってなお、脳内で数時間前の出会いが繰り返し(リピート)再生し続けていることだろう。


 もう一度あの子に会いたい――そう思った俺は、一縷の望みをもって、放課後の屋上に足を向ける。しかし、そこに期待した少女の姿はなく、落胆したまま、帰路へとついたのだった。




 帰宅後、だらしなく居間の床に横たわって漫画を手にした俺は、読書どころじゃない現状を自覚していた。


 中途半端に記憶した少女の歌が脳内でひたすら再生し続けるせいで、読んでいる漫画の内容がさっぱり頭に入ってこない。

 これでは、読んでいるというより、ただ本を開いているだけだ。


 俺は手にした本を放りだして、記憶の中の歌を口ずさむ。


 つかの間触れた夢

 苦しみに変わっても

 今になって立ち止まることはできない

 夢追い人


 歌詞と曲を完璧に覚えているのはこの部分だけ。延々頭の中で繰り返されているのもこのフレーズだ。


 正直、こういう中途半端は非常に気持ちが悪い。喉元まで出かかっている答えがあと少しのところで出てこないときと似ている。

 解消法は答えを聞く以外にない。


 しかし、答えを持っている少女にもう一度会うには、連休という障壁が立ち塞がっていた。

 世間はすでにGW(ゴールデンウィーク)に入っている。今年は飛び石連休であるため、今日は登校があったが、明日からは三日連続で休みだ。


 本来ならば待ちに待っていたはずの大型連休。諸手を上げて万歳、とできない今の心理状態は非常に歯痒い。一体これは何の拷問か……。

 まさか登校日が待ち遠しいと思う日がくるとは予想もしていなかった。


 思えば、特定の女の子にこれほど気をとられるのも初めてかもしれない。これまで初恋らしきものを経験したこともない俺である。とはいっても、今回もそんな色気づいたものとは違う。あくまで忘れられないのは、彼女の歌だ。


 居間の床に転がったまま呆然と天井を見上げていると、買い物から帰ってきた母親に、邪魔だ、と苦情を投げられた。


「あんた、部活は?」


 さりげない問いかけに、俺は「あっ」と、短く声をあげる。


「忘れてた」


 何気ない回答が母親の呆れ顔を誘う。日常でよく見る表情だ。だが、そのあとの返答が少し違っていた。


「あら。サボりじゃなくて、忘れてたの?」


 珍しい、と呟く口調はどこまでもさりげない。


 実のところ、俺が部活をサボるのは今に始まったことではない。


 何をやっても長続きしない飽きっぽい性格は、すでに学校でもかなり有名になっている。部活に入っても、半月以上興味が持続することは稀で、部活をサボり始めたら飽きた証拠である、と密かに噂されているとかいないとか……。


 一度サボり始めると、その回数は加速度的に増していき、気づいたときには名簿に名前を連ねるだけのユーレイ部員に成り下がるのはいつものことだ。


 俺が通っている中学は、半年ごとに部活を選び直すという形式をとっている。何ともけったいなルールだ。そのせいで、後期に入るまで部活の変更は認めてもらえない。


 だから俺はユーレイ部員にならざるを得ないんだ……と、くだらない言い訳で周囲を白けさせるのが、唯一無二の特技だ。


 ついたあだ名が『一週間坊主』。誰だ、そんなセンスのないニックネームを考えたのは……。


 部活を無断欠席したあげく違う部活を見学に行くなど、不敵なサボり行為を繰り返しすぎたせいか、どうも一部で、「あいつはある意味、大物だ」と、いらぬ勇名を馳せているようである。


 ちなみに今所属しているテニス部は半月以上参加したから、続いたほうといえるだろう。何の自慢にもならないけど……。


 買ってきた物を片付け終えた母親が、テレビのスイッチを入れるのが、目の端に映る。

 特に関心はなかったのだが、不意に流れてきた歌が、俺の意識をテレビへと向けさせた。

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