2,予兆
恋するフォーチュンクッキー!
未来はそんな悪くないよ Hey! Hey! Hey!
2013年発売 AKB48 恋するフォーチュンクッキーの歌詞より
そんな中で、2025年10月に任期満了に伴う衆院議員選挙が行われた。
状況が状況のため、岸本政権の支持率は20%台と低迷していた。
野党は今回こそ勝利できると鼻息を荒くし、与党関係者も選挙中はお通夜状態であったが、結果はまたしても与党の勝利に終わった。
流石に議席を減らしはしたものの誤差の範囲であり、結果が伝えられるとマスコミと野党関係者たちの表情は凍り付いた。
このような結果になった理由は、投票率だった。
明らかに国難と言える状況にも関わらず、その投票率は40%に届かなかったのである。
SNS上には怨嗟の声が渦巻き、一部では国会前でデモも起きていたが、デモの人数が1万人を超えることは稀だった。
「誰がやっても変わらない。」
「自分の一票程度では何の影響もない。」
この感情が若者層と無党派層に限らず、あらゆる世代に浸透し始めていた。
再び国の舵取りを任された岸本総理だったが、はっきり言って打つ手は限られていた。
増税と少子化と物価上昇のトリプルパンチで国内経済は瀕死状態。
国外に目を向ければ、中国は国内の不満の矛先を政府から逸らすために、対外強硬姿勢に拍車がかかっていた。
2日で終わるはずだったロシアウクライナ戦争は2年間続き、2024年にようやく停戦したものの、西側自由主義諸国とロシアとそのお仲間たる専制政治国家群の敵対構造は決定的となり、世界の分断は新冷戦として固定化されていた。
どちらも相手より有利に立とうと中立的な立場の国への働き掛けを強め、敵対的な国への工作活動は熾烈を極めていた。
その工作活動は日本でも当然行われた。元々スパイ天国として工作活動が野放しにされていた日本は格好の餌食だった。
既存政治への不満が溜まっているにも関わらず政権交代が実現しない。そんな不思議な国で政権打倒を暴力的な方法で行おうという主張も散見され始め、そうした声をロシアや中国は混乱を生み出すために支援し、利用した。
こうした事態を苦々しく見つめている国があった。アメリカである、
太平洋地域最大の友好国にして同盟国がこのまま沈没していく様を好ましく思うわけもなく、日本の現状を変えるべく時の政権マークス・ポンペイオ大統領は第2次岸本政権発足直後に来日した。
そこで、ポンペイオ大統領はMMT(現代貨幣理論)を元とした積極財政を日本に提言した。
内容は様々な分野における大幅な減税と、国民全体への継続的な給付金をもって壊滅的とも言える状況の国内経済を救えという内容だった。特に、消費税とガソリン税に焦点が当てられ、向こう10年は停止することすら要請されていた。
アメリカの危機感は日本の関係者が思っている以上であった。
世界的に見て専制政治が勢いを増し、民主主義諸国が押され気味の現状において、衰えたとは言え人口1億人以上を抱える日本はまだまだ頼りになる存在であった。
MMT(現代貨幣理論)が正しいかどうかはまだ議論が続いていたものの、失われた30年とも言われる長期低迷が続き、失われた40年とすら囁かれるようになった日本の経済対策がどこかおかしいのは明らかであった。
しかし、岸本政権の反発はアメリカの予想をはるかに超えていた。
「消費税を上げるのにどれだけ苦労したか! これのためにどれだけの罵詈雑言に耐えてきたかアメリカはわかっていない!! 先人たちの苦労を無駄にするなんて、とてもではないが出来ない!」
そう言い放って断固拒否を示したのである。その結果、最大の同盟国が訪日したにも関わらず共同声明も共同記者会見も開かれない異例の事態となった。
アメリカの関係者は面食らい、著名な経済論者達をアメリカから引っ張ってきて政治家や財務省官僚達に説明した。
アメリカの関係者たちは、そこで初めて日本の問題の根深さに気が付いた。
「政治家たちに、プライマリーバランスの黒字化や財政規律の維持の意義を聞いたら誰も答えられないんです。何のためにそれを目指すのかと聞いたら首を捻っていました。おそらく、質問の意味が分からなかったのでしょう。彼らにとって、それは当然目指すべき姿であって、何のためかの議論すらしたことがなかったのでしょう。」
「財務省の官僚に、今の日本経済の問題点と解決方法を提言したんだ。彼らはプライマリーバランスが、財政規律が、円の信任が、少子高齢化対策だと色々反論してきたが、過去何十年かの歩みを見たら失政だったことは明らかだ。減税しかないとしつこく伝えたら、最後になんて言ったと思う? 「あなたの言いたいことは全てわかっている。でも、それをしたら我々は出世できない。」だってさ。信じられなかった。これでは何を言っても無駄だと感じたよ。彼らは全部わかっていたんだ。わかっていて、わざと間違え続けたんだ。」
失業・低賃金・国内産業の空洞化・少子高齢化といった、どれも深刻な問題に対して岸本政権の打った手は僅かな給付金を配る事だけだった。それも、貧困対策と称して一部にしか配られることはなかった。それも、単発であり効果はほぼなかった。
それどころか、給付金を配っても消費に回らない事を理由に回収のための増税が強行された。
「依然、コロナパンデミックによる打撃からの回復には程遠い状態です。それどころか対策費として出費が嵩んだ結果、財政は破綻寸前です。法人の日本脱出も止まりません。さらには深刻化する高齢化により医療負担が益々増大しています。証拠に円安は今や160円後半で推移しています。このままでは遠からず200円を突破してしまいます。これを食い止めるために、消費税の一律15%引き上げと法人税の大幅減税を刊行いたします。」
仰天したのは日本国民ではなくアメリカであった。この期に及んで国内消費を痛めつける政策を実施するなんて狂気の沙汰としか思えなかったが、日本の意思決定が政権ではなく財務省にあるという事を理解したアメリカはこれを静観するほかなかった。
「流石の日本人も怒るだろう。」
大半のアメリカ政府要人並びに財界関係者はそう考えてしばらく見守る事にしたのだが、事態はアメリカの想定を遥かに超えて進み始めることになる。
増税の発表がなされたその瞬間から、日経平均株価は急落した。併せて日本円もたたき売りが始まり、1週間経たずに200円を突破した。
世界の株主やトレーダー、投資家たちは最早日本が問題解決を諦めたか、その能力がないことを敏感に感じ取ったのである。
当然、政権は動揺した。自分たちは正しい手段をとったはずなのに、なぜ事態が悪化していくのか。彼らは本気で理解出来なかった。
普通、ご飯が食えなくなったら古今東西どこの国でも暴動が頻発するものだ。これは民衆が悪いのではなく、生き残るための条件反射ですらある。
現に、グローバリゼーションが崩れて経済が世界から断絶され、混乱が広がった国ではどこでもそれは起こった。
アメリカが、日本でも大規模デモくらいは起こって方向転換すると思ったのも無理はなかった。
しかし、元来謙虚で他人に迷惑をかける事を極度に嫌う日本人にその常識は通用しなかった。
「こうなったのは自分の努力が足りなかったからだ。」
「社会や誰かのせいにするのは間違いだ。それは恥ずべき行為だ。」
大半の人がそう言いながら、デモも暴動も起こさず静かに餓死するか自殺を選んだのである。十数年前から言われ始めた自己責任論が蔓延していた事も事態を悪化させた。
追い詰められた日本人は、簡単に命を諦めたのである。
報道でこの事を知ったアメリカ人たちは、開いた口が塞がらなかったという。それは呆れではなかった。ただただひたすらに、日本人のメンタリティが理解できなかったのだ。むしろ、哀れみすら覚えていたという。
翌2026年末ごろ。円はついに300円を突破した。