奇跡4〜私とハイチューバー〜
奇跡4〜私とハイチューバー〜
インターフォンを鳴らしてしばらくすると玄関の扉が開いた。
中から姿を現したのはーー
「流石は兄弟だ、時間通りの到着だな」
身長は175はあるだろうか?
高身長の男性だった。
体型は程よく筋肉がついていると思われ理想的というべきだろうか。
そして何より顔だ……
一言であらわすならーーイケメン!!!
「人前でその呼び方は辞めてほしい」
「なにを言う?事実ではないか」
そのやりとりに……私は困惑していた。
「えっと…..」
なんて話しかければいいか迷っていると美雪が興奮気味な声でイケメンの彼に話かけてた。
「も、もしかしてあなたは……ハイチューバーのToumaさん……?」
「いかにも俺がハイチューバーのToumaだ」
「美雪、知ってるの?」
私の質問に美雪は前のめりになり目を輝かせて答えた。
「渚!あんた知らないの?あの有名なゲーム実況者のToumaさん!!!」
Touma……どこかできいた事のある名前だ。
確か……
「美雪がよく見てる動画の人?」
「そう!!!なんでToumaさんがここに!?」
ちなみにハイチューバーとは世界的人気を誇る動画サイトで実況動画などをあげて活動している人の事。
「む?兄弟よ、説明していないのか?」
「まぁ……昨日、美雪さんとゲームをしていた時にハイチューバーToumaに似てたからもしかしてと思ってサプライズで連れて来てみたのだけど正解だったみたい、あと人前でその呼び方は辞めて」
そういえば昨日、オール1で美雪がゲームに負けて悔しがっている時に夏希くんは動きが誰かに似ていると言っていた。
もしかして……
「美雪、そうなの?」
「そう!!!昨日、私が選んだゲームは全部Toumaさんが動画で配信していたやつ!!!」
「美雪…少し落ち着こ?」
「だって!?憧れの人が目の前にいるんだよ!?」
あ〜夏希くんが少し引いている……
美雪の興奮が冷めないまま話が進んでいく。
「では自己紹介をしよう、ハイチューバーでToumaとして活動させてもらっている冬馬だ、冬に馬で冬馬、年齢は14で中学2年だ」
「と、冬馬さん、私達と同じ歳なの!?」
私は驚いてしまった、だって見た目は思いっきり高校生……
「渚……常識だよ!!!」
何故か美雪に怒られてしまった……
「年齢はハイチューブのプロフに記載してあるからな、俺の動画を見てくれている人にとっては常識だろう」
困惑していると夏希くんが耳元で心配そうに聞いてきた。
「美雪さん大丈夫……?もしかして会わせたのまずかったかな……?」
夏希くんの前ではいつも刺々しい美雪があんなテンションでキラキラした瞳をしていたら心配するのも無理はないのかもしれない。
しかしそれは杞憂というもの。
「大丈夫だよ、むしろあんな嬉しそうな美雪、見るの久しぶりかも」
「ならよかった……」
「さて!この猛暑の中、立ち話も身体に悪いだろう、さっさと説明を済ませるぞ、兄弟がなにも伝えてないという事は何故ここにいるのかもわからないだろう?」
確かに冬馬くんのいうとおりだ。
なんで私達はこの場所いるのか?
1番知りたい事だ。
「実は今日、兄弟と一緒にハイチューブの生配信をする予定だったのだが……昨日、ラインがきてな、内容は明日クラスメイトを2人連れてきてもいいか?というものだった」
「え……?夏希とToumaさんが生配信!?」
「そうだ、そして明日の生配信に2人を参加させてもいいかな?という感じだ」
「ふぇ!?」
あまりの事に私は少しパニックになってしまった。
少し落ち着こう……
ハイチューブの生配信……つまり知らない人が見るという事だ。
……ムリ!ムリ!ムリ!ムリ!ムリ!
ここは断らなくては!!!
それから数分後…
私達は冬馬くんの部屋にいた。
「はぁ〜……」
あれから断ろうとしたが美雪のキラキラした瞳の前に瞬殺されてしまい承諾してしまった。
「ごめん……美雪さんにサプライズする為にここに来たけど君には昨日の段階で伝えておくべきだったよね……」
ため息をつく私を見て夏希くんが謝ってくる。
「夏希くんは悪くないよ?むしろ感謝しているくらい!だって美雪の事を考えてくれたわけだよね?」
「それはそうだけど……」
「それにさ?私、あと数年後には人前でトランペットを吹くわけでしょ?」
「まぁ……」
「だから人前でる練習だと思えばいいんだよ!」
「……そう言ってくれると助かるよ」
私は改めて冬馬くんの部屋を見てみる。
かなり広めの部屋。
落ち着いた雰囲気の家具たち、床に引かれた灰色のカーペット。
これだけ聞けば普通の部屋に聞こえるだろう。
しかしーー
机の上に置かれた3台のモニター!
高そうなデスクトップパソコン!
カメラやマイクなどの周辺機器達!
座り心地の良さそうな椅子!
更に本棚をよく見てみると大量のゲームソフト!
「凄い……」
素直に言葉がでた。
「そう褒めるな」
「褒めてないと思うから……」
美雪はというと先程から目を輝かせて部屋を見渡していた。
「これも!これも!これも!!!全部配信で見た部屋だー!!!」
「いつも配信を見てくれて感謝する」
「それは勿論!!!ファンですから!!!」
「美雪さんがデレてる……いつもなら、上から目線すぎとか言って蹴るのに」
それをきいていた美雪が夏希くんの前にズカズカとあるてきて……
「うるさい!」
と脛を蹴る。
「そうだ!今更ながらお2人の名前を聞いていなかったな」
「そうでした!私は美雪と言います、美しいに雪溶けの雪で美雪です」
「私は一之瀬渚です」
「美雪氏に一之瀬氏だな、しかし兄弟に友達ができるとは……感無量だ!!!」
「と、友達……かもしれないけど……あと人前でその呼び方はやめて」
《《友達》》という言葉に少し照れる夏希くん。
その反応に喜びを感じる。
そして私は先ほどから気になっている事を美雪と冬馬くんに聞こえないように夏希くんにたずねる。
「ねぇ?その……兄弟、てなに?あと冬馬くんの喋り方が……」
「冬馬は頭のネジが外れたおかしいやつだから喋り方は気にしないであげると嬉しいかな?兄弟というのは冬馬が勝手に言っているだけ」
「……わ、わかった」
夏希くんから珍しくかなり辛辣な返答が返ってきた……
「僕と冬馬の関係をあらわすなら……君と美雪さんみたいな関係かな?幼なじみというやつ」
そう答える夏希くんの瞳は暖かく冬馬くんの事を信頼していると一目でわかるものだった。
「配信開始まであまり時間がないな」
「今日やるゲームを変えないとね」
「ふむ…2人協力のSTGをやる予定だったが4人でできるゲームに変えよう」
そういい、冬馬くんはゲームソフトが並べられた本棚の前に移動する。
「私、あまりゲームとかやらないけど大丈夫かな……?」
「心配する必要はないさ、盛り上げてくれればそれでいい、それに誰もが知っているゲームにする」
「あっ!それならこれはどうですか?」
美雪が冬馬くんの隣に移動し本棚の中から1つのゲームソフトを手に取る。
ていうか美雪、冬馬くんにだけ敬語になっているし……
「いや、そのゲームだと完全に個の力になってしまう、今回はタッグか皆んなで協力できるものがいいだろう」
「そうですか〜いいと思ったんですが」
2人がそんなやりとりをしている中、ふと、夏希くんを見てみると慣れた手つきで周辺機器をチェックしていた。
「夏希くん慣れているんだね」
「まぁ、いつも撮っているからね」
「そうだとも!俺の実況動画で2人実況と書かれたものは全て兄弟と一緒に撮っているものだ!」
「………………………え?」
冬馬くんの言葉に美雪が固まる。
嫌な予感しかしない……
私はいつでも美雪を止められる位置に待機しておく。
「冬馬さんの相方のナッツー、て……」
「夏希だからナッツー、俺がつけた名前だ、我ながら素晴らしいと思ってしまう」
再び美雪が固まる。
訪れる静寂ーー
嵐の前の静けさとはこの事をいうのだろう。
そしてその静寂は突然嵐にへと変わる。
美雪がドシドシと足音を鳴らしながら夏希くんの元に向かう。
一方の夏希くんは気にした様子もなく床にクッションを置いていた。
「な、な、な、なーーーつーーーきーーー!!!」
「美雪!ちょ、ちょっと落ち着こ?ていうかなんで怒るの!?」
私は美雪の前に立ち落ち着くように必死に取り押さえる。
「美雪さんはきっと、動画でたびたび登場するナッツー、どんな人なんだろう?きっと素敵な人に違いない、と思ったらまさかの僕だったからどんな反応していいかわからずとりあえず夏希だし、よし、殴ろうとなって今に至るに違いないね」
「夏希くん!?なんで今に限ってそんな雄弁なの!?」
夏希くんは火に油を注ぐように煽る。
「っ!!!殴ってやる〜!!!蹴ってやる〜!!!私の夢を返せ〜!!!」
夏希くんのもとに向かおうとする美雪を必死におさえる。
しかし体格的に私より美雪の方が上なのでおさえきれずに払いのけられてしまう。
ついに美雪がクッションの位置を調節している夏希くんの前にたどりついてしまった。
「美雪さんがナッツーにたいしてどんな人物像をえがいていたか知らないけど理想と現実が違うのはよくある事だよ」
「〜〜〜〜〜〜!?」
夏希くんの言う事は正しいがこれも火に油を注ぐ行為だ。
普段の夏希なら余計な事は言わないのに……
美雪が右手を上げる。
「待つのだ美雪氏!!!」
そこに待ったをかけたのは冬馬くんだった。
「その鬱憤をこのゲームではらすのだ!!!」
冬馬くんが取り出したのは私でも知っている国民的人気のパーティーゲームだった。
内容は確か……プレイヤーは社長となり電車で日本全国を巡るゲームだったはず。
最終的に総資産が多いプレイヤーの勝ちだ。
「冬馬くんが言うなら……命拾いしたね!!!」
「面白くなってきた!!!そう思うだろ?一之瀬氏よ!!!」
「…………」
そんなメチャクチャな光景を私は苦笑いしながら見つめることしかできなかった。
そんなこんなで準備は最終段階に入り……
「では最終確認をしよう、まずカメラの位置がモニター正面なので俺の背後に近づかないことだ、全国民に兄弟達の姿が映ってしまうからな」
私達が座るクッションは冬馬くんの背後を避けるかたちで置かれている。
「姿は映らないけど声は入るんだよね?」
「その通りだ、3人には声だけで参加してもらい実況を盛り上げてほしい」
なるほど、だから夏希くんは喉の調子をととのえてと言ったのか。
声だけの参加なら私にでもできる気がする。
多分……
「冬馬、1番大事なことを決めてないよ?」
「ふむ?」
「2人の呼び名考えないと」
「おお!そうだったな」
呼び名?
意味がわからずポカーンとしていると美雪が補足してくれた。
「放送をみてくれている人に自分の名前をさらすわけにはいかないでしょ?」
確かに個人情報をさらすわけにはいかない。
「でもどうやってつけるの?」
「なに、単純でいい、一之瀬氏だからイッチーにするとしよう」
え?ダサい……
「何か不満そうだな?ならばイチローでもいいぞ?」
「………イッチーでいいです………」
「そして美雪氏は、みゆみゆ、にしよう」
「美雪だけかわいい!?」
美雪もかわいい呼び名が恥ずかしいのか顔を赤らめている。
「不満か?ならとっておきなのがあるぞ?その名も!ミッ」
「わー!!!わー!!!わー!!!美雪はみゆみゆ、で決定ね!」
じゃないと色々と問題が生じる呼び名になってしまう。
「toumaさんが言うなら……」
「では、いよいよだ!!!呼び名も決まった事だ!配信を開始する!」
ーー冬馬くんがハイチューブの配信開始ボタンを押した。
「皆の衆!!!待たせたな、今回もやってきたぞ!!!toumaによる生配信!!!」
冬馬くんがカメラとマイクに向かい挨拶をするとコメント欄が流れ始めた。
ついに生配信の開始だ。
今頃になり私の心臓がバクバクと大きく音をたてはじめた。
気が付けば手も震えているーー
すると隣りに座っていた夏希くんが冬馬くんに向かって指で何か合図を送った。
それに気付いた冬馬くんは、右腕をカメラに映らない場所に移動させると親指と人差し指をくっつけてオッケーサインを出した。
さらに夏希くんが私に寄ってきて小さな声で言ってきた。
「冬馬には時間をかせぐ様に合図したから」
どうやら先ほどのやりとりは時間をかせぐためだったらしい。
なんでそんな合図を出したのだろう?
私が不思議に思っていると……
「君があまりにも緊張しているから…大丈夫?」
「あはは……見られていたんだ?実はあまり大丈夫じゃないかも……」
私は本番に弱いタイプだ。
しかしそれは、吹奏楽をやっていくには克服しなければいけない事……
「さっき君はトランペットを人前で吹くための練習、て言ったよね?」
「うん……」
「でもさーー緊張したらいけないの?」
「ーーえ?」
夏希くんが言っていることがわからない。
彼は私の手をとるとそのまま自分の胸へと持っていく。
ーー彼の胸に私の手が当たる。
そこから伝わるのはバクバク、と早い鼓動ーー
「僕だってこんなにも緊張しているんだよ?それにね?」
夏希くんはそこで一旦言葉を止める。
「それに緊張しない人は、どんなに吹奏楽の大会に出場したっていい成績を残せやしないよ」
「どうして……?」
「簡単なことだよ?緊張こそ人間が本当の力を発揮できるスイッチだからね」
ーー緊張こそ人間が本当の力を発揮できるスイッチ
「以上、僕の実体験をもとにしたお話でした」
夏希くんは私の手を離し優しく暖かな瞳で見つめてくる。
彼が励ましてくれたおかげなのか、さっきまでバクバクと脈をうっていた心臓は落ち着きを取り戻しつつあった。
「夏希くん、ありがとう」
彼は頷くと夏休みの日々を語っていた再び冬馬くんに手で合図を送った。
「いやは、今年の夏休みは充実した日々だった、おっと?少し長話してしまったようだな、さて本題に入ろう?実は今日、ナッツー以外にも新たに我がtouma生配信に協力してくれる助っ人が2人も来てくれているのだ!!!声だけでの参加になるが紹介しよう!!!先ずはこの人だ!!!」
冬馬くんは美雪に手で合図を送る。
美雪はそれに合わせて自己紹介を始める。
「どうも初めまして!みゆみゆ、と言います」
「皆の衆!驚いたであろう?何と!?女性が我が生配信に参加してくれたのだ!!!みゆみゆは、我がtoumaチャンネルの大ファンであるとの事…今の気持ちも一言いただこうではないか!!?」
「えっと…憧れのtoumaさんとまさかご一緒できるなんて夢みたいです!」
コメント欄を見ると女性ゲストが予想外だったのか皆、「まじで!?」「凄い!」「よろしく〜」などのコメントが流れている。
「嬉しい事を言ってくれるではないか?さて、更にもう1人、協力してくれる人を紹介しよう、この人だ!!!」
冬馬くんが私に手で合図を送る。
私は深呼吸し頭の中で考えていた言葉を口に出す。
「ど、どうも!イッチーです、ハイチューブの事はあまり詳しくありませんが精一杯頑張りますのでよろしくおねがいしまちゅ!!!」
…………盛大に噛んでしまった。
コメントでも「噛んだ!」「噛んだw」と流れている。
う〜〜〜恥ずかしいよ〜〜〜
「ははは!初々しくて良いではないか?皆の衆、暖かい目で見守ってくれ、最後にいつものこの人だ!!!」
恥ずかしくて顔を真っ赤にしている私をよそに話は進んでゆく。
「どうも、いつものナッツーです」
「今回はこの4人でお送りする!しかし女性が2人もいると現場は華やかでいいものだな?皆の衆には残念だが声だけでこの癒しを堪能してくれたまえ!!!」
自己紹介も終わり、いよいよゲームについて話が進む。
「今日は4人もいるのだ、普段はできないゲームをやろうと思って、こちらを用意したぞ!!!」
冬馬くんはカメラに映る様にゲームのパッケージを見せる。
……というか冬馬くん、声張り上げているいるけど喉大丈夫なのかな?
「今回はこちらのゲームを2対2のチーム戦でおこなおうと思う!」
ふぇ!?
それは初耳なんだけど!?
「toumaさん!?チーム戦なんて聞いてないですよ!?」
美雪も驚いている。
「今、思いついたからな」
「toumaの生配信ではよくあることだよ、それに今回のゲーム、イッチーが未経験者だからチーム戦にしないと可愛そうでしょ?」
確かに夏希くんのいう通り私はこの電車で全国を巡るゲームは始めてプレイする。
それに加えて普段ゲームをしない私はダントツでビリになるだろう。
しかしチーム戦にすればまだ勝機がある……かも?
「ナッツーの言う通りだ!目に見えた結果など面白くない!!!」
あれ?
私、今ディスられてる?
「それにナッツーとみゆみゆは色々あり因縁の中なのだ!別チームにする事で絶対に面白くなるだろう?」
そっちが本命だった!?
「して、チーム分けだがナッツーとみゆみゆは別チームにするとしてだ……イッチーはどちらと組みたい?」
「わ、私が決めるの!?」
「当然であろう?果たしてイッチーはナッツーとみゆみゆ、どちらを選ぶのか!!!あ、ちなみに友情崩壊しても責任はとらないので悪しからず」
しかも無責任!!?
「さあ、選ぶがよい!!!」
ど、どうしよう……?
普通に考えれば美雪とチームを組むべきだ。
男子対女子になって面白いだろうし美雪とは幼なじみの中だ、考えていることは大体わかる。
美雪の方を見るとまるで自分を選ぶのが当たり前……そんな眼差しを私に向けている。
一方で夏希の方を見ると俯きながら左手を顎にのせ何かを考えている。
「わ、私は……」
ーー目を瞑る。
ーー美雪と組もう、そう思い口を開こうとする。
ーーしかし脳裏に浮かんだのは先ほどの夏希くんの優しく暖かな瞳だった。
ーーその瞬間、私は……
「ナッツーと組みます!!!」
そう言っていた。
訪れる静寂ーー
しばらくして……
「「え?」」
と、私を含めた3人(冬馬くんを除く)の声が重なった。
「ふむ?イッチーよ?今一度、誰と組むか言ってくれはしないか?俺の聞き間違いかもしれんしな」
先ほど自分で口にした言葉を改めて言ってみる。
「私はナッツーと組みます?」
「ちょっと!?なぎーー」
美雪にとって予想外の回答だったのだろう、彼女が勢いあまって私の名前を呼ぼうとした時だった。
「ふーははは!!!面白いぞイッチーよ!!!エンターテイメントのなんたるかをよくわかっているではないか!!!」
冬馬くんの高笑いで美雪の言葉を遮った。
美雪も我にかえり、「ごめん」と小声で謝ってきた。
「じゃあ、僕とイッチーペア、toumaとみゆみゆペアだね」
夏希くんの顔を見ると心なしか嬉しそうに見えた。
私の自意識過剰だろうか?
「ならば呼び名を考えようではないか!!!配信をご覧の皆の衆!何か良い名はないか?」
冬馬くんが生配信を見ている人達に呼びかける。
それから間もなくして……
「では呼び名は、ナツイチペアと、とうみゅペアでよいな?」
ペア名も決まり、いよいよーー
「さあ!!!それではお待ちかねのゲームスタートだ!!!」
ゲームが始まった!
モニターには4人の電車が映っていて、右上に小さいワイプで冬馬くんの顔が映っている。
順番を決めるサイコロを振り……
1番・美雪
2番・私
3番・冬馬くん
4番・夏希くん
という順番になった。
そして最初の目的地は、名古屋駅となった。
「みゆみゆよ!何か策はあるのか?」
「私はアイテムを集めます!」
とうみゅペアは既に作戦を決めていた。
私達も作戦をたてないと……
「ど、どうしよう……?」
「イッチーは目的地に向かって?僕はアイテムを集めつつ、みゆみゆの妨害をするから」
「りょ、了解!」
ゲームは進みーー
当たり前と言ったら当たり前だが冬馬くんと私じゃ相手にならず冬馬くんが先に名古屋駅に到着する。
「ふーははは!!!遅いぞ、イッチーよ?」
「ふぇ〜!?」
次の目的地は青森駅。
名古屋駅からとても遠く関東地方にいる美雪と夏希くんの方が近い。
更に謎の生物が美雪の電車に取り憑いた。
「ふぇ!?なにあれ!?」
「あれは厄病神といって目的地についた時に目的地から1番遠かったプレイヤーに取り憑く妨害キャラだ、どうやらナッツーが上手く距離を調整して、みゆみゆに取り憑かせたようだな」
「く〜!!?ナッツーに擦りつけてやる!!!」
よくわからないが初手の美雪と夏希くんの戦いは夏希くんが勝利したらしい。
美雪が夏希くん目掛けて電車である駒を進めていく。
「よせ!みゆみゆよ!落ち着くのだ」
「イッチー、アイテムを使って一気に東北まで行って」
「わ、わかった!」
美雪が冷静さを失った為か2番目の目的地は私が先に到着した。
厄病神は未だ美雪に取り憑いたままだ。
「ナッツーは回避が上手いのだ!無理に追いかけずアイテム集めに集中するのだ!」
「う〜!!!toumaさんが言うなら……」
こうして序盤は拮抗した戦いとなった。
しかしーー
「ふぇー!?ボタン間違えた!?」や「ふぇー!?マイナスマスに止まっちゃった!?」などといった私のミスで徐々に差が広がっていき……
ゲーム後半には、とうみゅペアに追いつくのは厳しい状況になっていた。
そしてラスト1ターンーー
「ど、どうしよう!?このままだと負けちゃうよ!?」
このゲームの勝敗は総資産で決まるが私達、ナツイチペアと美雪達のとうみゅペアの差は10億にもおよぶ。
つまり……勝ち目がない。
コメント欄を見ても「決まりだ」「ナツイチの負けか〜」など敗北一色だ。
「ナッツー、謝るなら今のうちだよ?私に喧嘩を売った事、後悔させてやる!」
「我々、とうみゅペアの勝ちは明らかだな、ここから巻き返すなど不可能!!!ふーははは!!!……と言いたいところだが……ナッツーよ?何か策を隠しているな?」
え?
そうなの!?
と思い夏希くんの方を見る。
「流石はtouma、長いこと一緒に配信をしているだけはあるね」
「ナッツー、お前は最初からこの展開になるのをよんでいたな?そしてあるアイテムをずっと大切に持っていた」
夏希くんが大切に持っていたアイテム?
今は、ラストターンで手持ちのアイテムは1つしかない、そのアイテム名はーー
「宝くじカード……?」
そのアイテム名に美雪が反応した。
「宝くじカードって……あんたまさか!?」
「え?え?このアイテム凄いの?」
「イッチーは初心者だから知らんのだったな?宝くじカードとは今持っている総資産全てを使い、当たれば100倍になって返ってくるカードの事だ」
100倍……
「じゃあ!私達にも逆転のチャンスがあるの!?」
今、私達ナツイチペアの総資産は2億……
その100倍だからーー
「200億!!!?」
「しかしデメリットもある、この宝くじカードの当たる確率だがリアル宝くじ1等レベルで当たらないのだ、更には総資産の全てを失う」
「でも負け確定の僕達にはデメリットなんてないも同じ……そして順番が最後の僕が使う事でいっそう盛り上がる」
そう言いながら夏希くんのターンがまわってくる。
彼はアイテム一覧から宝くじカードを選択する。
すると画面にガラガラくじが映った。
画面下にはAを押してくださいと書かれている。
その横には白がハズレ、金が当たりともーー
「どうせハズレるよ、だって当たっているところ見たことないし」
「みゆみゆよ?決めつけはよくないぞ?その油断こそ命取りになりかねんのだ!!!」
「ナッツー、頑張って!!!」
私は心の底からエールを送った。
けれど夏希くんはボタンを押そうとはせずにコントローラーを私に渡してくる。
「イッチー、何言っているの?最後は2人で、だよ?」
夏希がまたあの優しく暖かな瞳で私を見つめてくる。
あぁーー
その瞳はズルいなぁーー
私は言われるがままコントローラーを手に取る。
ーー彼と親指が重なる。
「いくよ?」
「うんーー」
「「せーの!!!」」
夕方17時を知らせる防災無線がなる。
この流れている曲は夏休み中にしか鳴らないため、今日で今年最後のチャイム音となる。
それは、長かった夏休みの終わりを告げるように感じた。
冬馬くんの家をあとにし、私と美雪、夏希くん、冬馬くんは虹の家バス停場にいた。
「やはり暗くなるのが早いな、送って正解だったな」
生配信が終わったあと、夏希くんと冬馬くんは途中まで送っていくと言ってついて来てくれたのだ。
「く〜〜!!!まさかあそこで当たりを引くなんて!!!悔しいぃ!!!」
隣りには地団駄を踏む美雪……
「流石は兄弟だ、逆転されるとは思わなかったぞ?だがおかげで視聴者の皆は大盛り上がりで最高の配信になったがな」
あの後、私達ナツイチペアは宝くじで当たりを引くという奇跡を起こし勝利を掴みとることができた。
「夏希!!!ムカつくから蹴らせろ!?」
「嫌だけど?」
夏希くんは逃げる様にバス停から離れ美雪がその後を追う。
「しかし、なぜ美雪氏はあそこまで兄弟を嫌うのだ?」
「ん〜?冬馬くんの家に行くまで普通だったのにな〜?」
その時、ふと思い出した。
あれはちょうど1年前の夏のことーー
確かあの時、私は美雪からハイチューバーtoumaさんの話を聞かされていた。
(渚、このtoumaさんの動画面白いよ〜)
(これ、ハイチューブ?)
(そうそう、ゲーム配信)
(私、ゲームとかよく知らないよ?)
(知ってる〜でも面白いからオススメ!)
(美雪はtoumaさんのファンなの?)
(それもあるけどーーこの一緒にプレイしているナッツー、て人が凄くてさ〜?)
(ナッツー?)
(無茶苦茶で無謀な配信をするtoumaさんをいつも支えていてさ〜?それを見ていたらナッツーという人はきっと優しくて王子様みたいな人なんじゃないかってね〜)
(へぇー!じゃあ美雪はその、ナッツー?のことが好きなの?)
(うん!好き好き!お付き合いしたいな〜)
ーーこんな会話をした事を今になって思いだした……
「まぁ……美雪にも色々あるのだと思う……」
「そうか?しかしーー」
冬馬くんは少し離れたところにいる夏希くんを見てーー
「兄弟が俺以外の友達をつくるとはな、しかも直々に吹奏楽を教わっているというではないか?ーー変わったな」
「変わった…?」
私は冬馬くんの言っていることがわからずに聞き返す。
「俺と兄弟が出会ったのは幼稚園に入る前だ、しかし兄弟が友人をつくったところ……さらに言えば誰かと連んでいるところを見たことがない」
それは今の学校でも同じ……
「あいつはーー昔から身体が弱くてな、自分がいつ死ぬかもわからない……だから友達をつくらないのさ、兄弟いわく友達をつくったら自分が死んだ時に悲しませるからーーだとか」
「ーーーー!?」
「だから一之瀬氏や美雪氏のように友達をつくり更には大好きな吹奏楽が教えているーーそれは俺にとってとても、とても喜ばしい事なのだ」
冬馬くんが私を見て手を差し伸べてくる。
「兄弟のことを頼めるか?」
私はーーその手をとることができなかったーー
先ほど冬馬くんが言っていた事、「自分が死んだ時に悲しませるから」という言葉が自分の心の中で何度も何度も繰り返されるーー
だってそれは……今、私が抱いている感情そのままだからーー
私はあと数年で死んでしまうーー
そうすれば美雪は絶対に悲しむだろうーー
その時、美雪は私の事をどう思うだろうか?
きっとーーゆるさないだろうーー
何も言わずにこの世を去った私をーー
ゆるさないだろう。