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寿命5年の軌跡  作者: 86星
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軌跡2〜私とトランペット〜


軌跡2〜私とトランペット〜



私は少し怒り気味の美雪を音楽室に連れて行く事にした。


「とにかく聴けばわかるよ!」


「まぁ、渚が言うなら…..」


美雪は渋々だが音楽室に来てくれるようだ。

私達はスクールバッグを持ち4階にある音楽室に向かった。


音楽室にたどり着くと既に中からユーフォニアムの音がした。

何の曲だろう?と思いながら扉を開く。


「いらっしゃい」


室内ではユーフォニアムを抱えながら椅子に座っている夏希くんがいた。

そして彼の視線が私の隣りに向く。


「彼女は私の幼馴染みの美雪」


「同じクラスの美雪、よろしく…..」


「う、うん」


少し不機嫌に自己紹介する美雪に夏希くんは少し引いていた。



私は場の空気を良くする為に率先して喋り前に果たせなかった事をお願いする。


「そういえば楽器見てみたいな!前は…..ちょっと見れなかったけどさ」


私が音楽準備室で気分が悪くなった事を言えば美雪は再び怒るだろう。

だから伏せておく。


「うん、見やすい様に掃除しておいた」


「え!本当?」


「うん」


夏希くんはユーフォニアムをケースにしまいポケットから音楽準備室の鍵を取り出す。


「えっと…..もしかして私が休んでる間に掃除してくれたの?」


「うん」


「そっか!ありがとう!」


そんな私達のやり取りを見て美雪が言ってきた。


「そういえばあんた、授業中にバケツ持って何処か行ってたけど音楽準備室を掃除してたの?」


「うん」


「それって渚の為?」


「うん」


「ふ〜ん」


「と、とりあえず早く音楽準備室に行こう!」


こんな態度を取る美雪は初めて見た。

一体何に対して怒っているのだろう?

夏希くんは何も悪い事をしてないし…..

今の私にはわかりそうもなかった。



私達は音楽準備室の前にやってくる。

そして夏希くんが扉の鍵を開けてくれた。

彼が扉を開けると部屋の中は…..


「わぁ〜!」


ーー1週間前とは別世界

埃も舞ってなく、湿った部屋独特な嫌な匂いも無くなっていた。

更に床には何個かの楽器ケースが置かれている。

きっと私に紹介しやすい様に配置してくれたに違いない。


「へぇ〜音楽準備室の中ってこうなっているんだ」


美雪も興味が惹かれる様で室内をキョロキョロしている。


「大丈夫?」


彼が私に言ってきた。

この大丈夫は多分、楽器を紹介する準備室はいい?ではなく体調悪くない?の方だろう。

どうやら夏希くんは私が言った病気の事を内緒にする約束を守っていてくれているようだ。

だから私も元気に応える。


「大丈夫!楽器紹介してもらってもいい?」


「うん」


「ほら、美雪も聴こうよ?」


「最初からそのつもり」


不機嫌な美雪も聴く体制に入ってくれた。


「じゃあ先ずは楽器の種類から説明するね?」


そうして始まった夏希くんの音楽説明会! 



夏希くんは楽器を並べていく。


「最初に紹介するのは金管楽器のトランペット、認知度も高く他の楽器には出せない高音を出せるのが特徴、またサイズも小さめな事から人気が高い楽器、デメリットとしては音が高いが為にミスをしたら目立ってしまう点」


彼はトランペットを置いて次の楽器を手にする。


「次は木管楽器のクラリネット、これも認知度が高い楽器、サイズは細長く木でできたリードと言われる部分から息を吹いて音を出し幅広い音域が特徴、デメリットは木管である事から管理が非常に大変な点と幅広い音楽が出せるが為に指使いが難しい点」


私は生き生きと説明する夏希くんに見惚れてしまう。

普段言葉数が少ない印象だったが楽器を説明している彼は饒舌でとても楽しそうに説明している。

ーー私はそんな彼が少し羨ましかった。


「次は打楽器、有名な打楽器として今日用意したのはマリンバ、打楽器は数百キロする楽器の集まりで持ち運びが苦手な楽器、このマリンバの音域は4オクターブで、演奏する時はこのマレットという棒を片手に2本ずつクロスさせる様に持つのが特徴」


夏希は最後の楽器に移動する。


「次は弦楽器、ここの学校にあった弦楽器はコントラバス、このコントラバスは大きく持ち運びは不可能に近い為、自家で持ってる人は先ずいないかな。この大きさから出される音は大迫力の低音、弦楽器は吹奏楽よりオーケストラでの活動が多い。また弦楽器な為に音を出すまでにかなりの練習と努力が必要、楽器の種類はこんな感じかな?」


私は夏希くんに盛大な拍手をおくった。



楽器の説明がひと段落し夏希くんは私と美雪に聞いくる。


「何か質問とかあるかな?」


私は勢いよく手をあげる。


「はい!試しに触ってみちゃ駄目?」


「勿論いいよ」


「ほら!美雪も!」


「わ、私は別に…..」


美雪は楽器に触れるのを拒否するが顔には触ってみたい!と思いきり書いてある。

だから私は強引に引っ張り美雪を楽器の前に連れて行く。


「ちょっと、渚!」


「最初はトランペットだよ!」


最初に手に取ったのは私でもよく知っているトランペット。

実はトランペットは小学校の時にやった事があるのだ。

ほら、小学5年生〜6年生の時に音楽で吹奏楽をやるでしょ?あの時に私はトランペット担当だった。

だから1番興味を持っていた。


「うわ〜!ひさびさ!」


「渚、小学校の時トランペット担当だったもんね?」


「そう言う美雪はフルートだったよね?」


「まぁね」


「フルートならこっち」


夏希くんは棚に置いてあったフルートのケースを美雪に渡す。

美雪はそれを受け取るとケースからフルートを出し組み立てる。


「慣れているね」


美雪の組み立てを見ていた夏希くんが言った。

ここにきて夏希くんが初めて美雪に話しかけたのだ。


「…..まぁね」


美雪も悪い気はしないのか少し照れていた。

これは夏希くんと美雪が仲良くなるチャンスかもしれない!



「美雪はね、クラスの誰よりも練習してソロをもらったんだよね?」


「やるからには1番がいいからね」


「今も吹ける?」


「少しブランクがあるけどある程度はできる筈」


なら大丈夫そうだ!

私はここぞとばかりにある提案をした。


「じゃあ!2人で何か演奏して見せてよ!」


「はぁ!渚!あんた何言ってるの!?」


「ダメ?」


「僕は大丈夫だよ」


「じゃあ決まりだね!」


「ちょっと!私はまだいいとは…..」


私は拒否する美雪を強引に引っ張り音楽準備室から音楽室に向かう。

何で美雪が夏希くんの事を敵対視するのかわからないがきっと2で演奏すれば仲良くなってくれる筈!



なんだかんだ言いながら美雪は演奏の準備を始める。

夏希くんは楽譜ファイルを取り出してペラペラとめくっていた。

やがてその手が止まり…..


「やっぱりフルートとユーフォニアムは相性が悪いからいい楽譜が見つからないよ」


「まるで私とあんた」


「…..僕何か悪い事した?」


「ふん!」


「?」


とりあえず私は美雪をなだめる。


「まぁまぁ!美雪、落ち着きなよ?夏希くんの演奏聞いたらきっと凄さがわかるから」


「渚はあいつの肩を持ちすぎ!」


「…..美雪?もしかしてヤキモチ妬いてる?」


「は!?妬いてなんか…..」


この反応でわかる。

どうやら美雪は私がヤキモチを妬いていたらしい。

なるぼど!そう考えれば美雪の今までの態度がわかる気がする。

だったら対応策は簡単だ。

私は美雪に抱きついた。


「美雪〜!私はどこにも行かないよ?美雪の側にいるから」


「ちょっと!な、渚!」


照れる美雪は可愛い!

私は更に抱きつく力を強める。


「だから機嫌なおして?」


「…..まぁ、まぁ?渚がそこまで言うなら…..でも!あいつを認めるかは別!」


ここまで来れば大丈夫だろう。

後は夏希くんの演奏を聴けばきっと彼を認める筈。


「ちょっとあんた!カルメンできる?」


「うん」


「じゃあそれで、いくよ」


どうやら美雪もその気になってくれたらしい。

私は美雪から離れる。



美雪と夏希くんが楽器を構える。

ーー訪れる沈黙。

やがて美雪が大きく息を吸う。

それを合図に演奏が始まった。


美雪が吹くフルートからはブランクがあるとは思えない程に綺麗で透き通った音が鳴り響く。

またそれを支える様に夏希くんのユーフォニアムから滑らからな中低音が鳴り響く。

フルートとユーフォニアムは相性が悪いと言っていたが私にはそうは思えなかった。

だってこんなにも心が落ち着くのだから!


演奏はやがて佳境に入り激しさを増してゆく。

私は目を瞑り演奏を聴く。


ーー気がつくと音楽室には魚が泳いでいた。

ーー小さな魚から大きな魚まで。

ーーいつ音楽は水に沈んだのだろう?

ーー私は椅子から立ち上がり辺りを見渡す。

ーーそこはまるで海の中のようだった。

ーー魚が群れで気持ちよさそうに泳ぐ海の中。

ーー魚を眺めていると自然と私の身体が宙に浮いた。

ーーそして私は魚と一緒に泳ぎ始める。

ーー心の中で理解する。

ーーこれは夢の世界なんだ…..と。

ーーしかしこの世界はとても心地がよく私だけの世界!

ーー耳を澄ませば音楽が聴こえてくる。



周りで誰かが何かを言っている。


「ーーの事ーーあげる」


「ーーとう」


「でもーーはーーないから!」


「ーーはないよ」


「それで私もーーやる」


「ーー先生にーーおく」


やがて私の名前を呼ぶ声がする。


「渚?渚!」


私はゆっくりと瞼をあける。

私の瞳に映ったのは美雪だった。


「やっと起きた」


「あれ?私…..」


「あんた演奏中に寝ちゃったの」


「そうなんだ、う〜ん!」


両腕を上に思いっきり伸ばし伸びをする。

どうやら私は夢を見ていたらしい。

音楽は水に沈んでおらず魚も泳いでいない。


「全く、渚から聴きたいと言ってきたきたのに寝てどうするの…..」


「ごめん、ごめん」


「もしかしてまだ体調悪い?」


「ううん!違う!ただーー」


「ただ?」


「2人の演奏が心地良くてね?」


「起きたんだ、もう夕方だから音楽室を閉めないと」


私は音楽室に掛けられている時計を見た。

驚く事に私達が音楽室に着いてから既に3時間は経っていた。


「結局、楽器決められなかったな〜」


「渚、あんたトランペットじゃないの?」


「う〜ん、他にも色々見ていたいから」


ーー私の1番の宝物になるかもしれない楽器だから


「明日も来ていい?」


「うん」


「明日は金管楽器を中心に見てみたい!」


「用意しておく、えっと…..」


「…..美雪でいい、私も夏希って呼ぶから」


「じゃあ…..美雪さんは明日来るの?」


「当たり前でしょ?ていうか渚が吹奏楽やるなら私もやるから!」


私はその言葉に驚いて目をパチクリしてしまう。

一つは2人が仲良くなってくれた事に。

もう一つは…..


「美雪も一緒にやってくれるの?」


「私もひさびさに吹いて面白かったし?夏希が渚に変な事しないか見張らないとだから?」


私は美雪に抱き付く!


「美雪!ありがとう!」


美雪は照れていたが満更でもないみたい。



ーーそれから次の日の放課後。

私と美雪は音楽室にいた。

今日こそ私の楽器を決めたいと思う。

先に来ていた夏希くんが既に音楽室にいくつかの金管楽器を用意してくていた。


「それじゃあ今日は金管楽器を中心に紹介していくね」


私と美雪は椅子に座り話を聞く体勢を取る。


「先ずは、トロンボーンを紹介するね」


トロンボーン、これもよく見る楽器だ。


「トロンボーンはスライドで音を出す少し変わった楽器で大きさはトランペットを少し大きくした感じだね。音域はユーフォニアムと同じで使うマウスピースも同じなのが特徴」


ユーフォニアムと同じマウスピースか…..

トロンボーンも捨て難いかも?


「次はチューバ、ユーフォニアムとトロンボーンを更に大きくした感じで、金管楽器の中で1番大きい楽器、重さは約10キロ、その大きさから放たれる低音はまさに響かせる!という表現がしっくりくる楽器だね」


10キロ…..私は5キロのお米を想像する。

あの1つでも重いお米2分…..

私には持てそうにないかな?


「ちなみにチューバはあまりの重さからパレードでは使われず、代わりにスーザフォンという楽器が使われるんだ。残念ながらこの学校にはスーザフォンは無いみたいだけどね」



それから形が独特なホルンやトランペットを更に小さくしたコルネットが紹介された。


「この学校にある金管楽器はこれで全部」


「渚、決まった?」


「う〜ん」


私は瞼を閉じる。


ーー私がやりたい楽器。

ーー私が1番の宝物にしたい楽器。

私は小学生の頃を思い出す。

あの時はあまり練習しなかったし、しようとも思わなかった。

でも今は違う。

絶対に上手くなって皆んなを感動させる様な演奏をするんだ!

ーーその時、私の手の中にある楽器は…..


「うん!決めた」


瞼をあけ宣言する。


「私はやっぱりトランペットがやりたい!」


「渚のやりたい楽器でいいと思う」


「じゃあ次に3番ピストンか4番ピストンか決めないとね」


「ふぇ?」


知らない単語に変な声が出てしまった。

え?トランペット!と言ったら決定じゃないの?

他に何かある?

夏希くんは2つのトランペットをケースから出す。

1つは金色のトランペット、もう1つは銀色のトランペット。

まるでヘルメースときりこみたい。


「こっちの金色のは3番ピストン、銀色のは4番ピストン」


「何が違うの?」


「指番の数が違うよ」


よく見てみると確かに、人差し指、中指、薬指で抑えるボタン?の数が違う。


「確か渚の使ってたのは金色のトランペットだったよね?」


「うん、押す場所も3つしかなかった」


「なら3番ピストンの方がよさそうだね」


夏希くんが金色のトランペットを渡してくる。

私はそのトランペットを両手で持つとピストンと呼ばれる場所を軽くカチャカチャ押してみた。


「渚!サマになってるじゃん!」


「そ、そう?」


自分ではわからないが美雪が言うなら本当なのだろう。

本当だよね?



「楽器も決まった事だし次は…..」


「早く吹きたい!」


「気持ちはわかるけど落ち着いて?まだ音階も教えてないし、何よりそのトランペットをメンテナンスしないと…..」


「でもせっかくだから少しぐらい吹いても…..」


「渚、落ち着きなよ」


暴走気味になった私を制止させたのは美雪だった。

美雪は私からマウスピースを奪い取る。


「美雪!何するの!?」


「渚に誰が吹いたかわからないマウスピースなんて使わせられない」


「別に私は気にしないけど?」


「私が気にするの!」


何で美雪がマウスピースを気にするの?

よく考えてみれば答えは簡単、きっと私の身体を心配してくれているのだろう。


「夏希、マウスピースっていくらするの?」


「トランペットのマウスピースならそこまでしないよ」


「だったらマウスピースだけ買ってトランペットは学校から借りる事できるよね?」


「うん、荒木先生に言えば借りられると思う」


「渚、それでいい?」


美雪が私の身体を心配してくれているなら従うしかないだろう。

私はコクンと頷いた。




「じゃあ次にいくよ?」


そう言って夏希くん春私と美雪にプリントを渡してきた。


「そのプリントにはベーからハイベーまで書いてある」


ベー?ハイベー?

アッカンべーとか?


「《《ベー・ツェー・デー・エス・エフ・ゲー・アー・ハイベー》》これが吹奏楽の基本的な音階」


夏希くんが謎の呪文を唱えている様に聞こえたがプリントを見てみるとどうやらドイツ語らしい。

意味は

《《ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド》》と同じみたい。

ドレミはイタリア語と書いてある。

日本語は

《《ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ・ハ》》と言うみたい。


なるほど!理解してみれば呪文でも何でもないや!

それから夏希くんは帰宅時間まで指番を中心的に教えてくれた。



そんな出来事から1週間が過ぎた日曜日のお昼、私の家に荷物が届いた。

その荷物は私が待ち侘びていた物…..

そう!マウスピース!

あの後、お父さんとお母さんに頼んだらすぐに買ってくれたのだ。

私はマウスピースが届いた事を電話で美雪に伝える。


「よかったじゃん!じゃあさ、今から家に来なよ?」


「うん!行く!」


電話を切り、お母さんに美雪の家に遊びに行くと伝える。


「あまり遅くならない様にね?」


「わかってる!行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい」


お母さんに見送られ、家を出る。

手にはマウスピースの入った袋が握られている。

家の目の前には小学校があり、美雪の家はその小学校の北門の近くにある。

私の家が南門なのでちょうど反対側になる。

早足で美雪の家に向かったので2分とかからなかった。

私は美雪の家のインターホンを押す。

ピンポーン!と高い音がなり、家からバタバタと足音が聞こえてきた。

そして玄関の扉が開かれた。


「はーい!」


と家の中から部屋着の美雪が現れた。


「お待たせー!」


「お〜渚、来たね!上がって」


「お邪魔します!」


美雪の家に上がり玄関で靴を脱ぎ出されたスリッパに履き替える。


「その手に持ってるのがマウスピース?」


「そうだよ、それとほら!夏希が用意してくれた練習様のプリントも持ってきたよ」


私は手にした袋の中から夏希くんが先週渡してくれたプリントを取り出す。

プリントにはベーからハイベーまでの音階と音の出し方が書いてある。


「唇を振動させて音を出す」


「あいつも律儀だよね〜わざわざプリントを用意するなんてさ」


「それだけ真剣に教えてくれているんだよ?」


「そうだけどさ〜?学校の授業じゃあいつ見かけないでしょ?何で先生達は何も言わないのかな〜てさ」


「きっと夏希くんにも色々あるんだよ」


私が病気の様に彼もまた何かあるのだと思う




それから夕方まで美雪の部屋でマウスピースで音出しの練習をした。

小学校の時に経験しているからか音は簡単に出す事ができた。

しかしマウスピースだけで音階を変える事は難しく今の私では無理そうだった。


「おっ?もうこんな時間」


「本当だ!」


「渚、どうせなら家でご飯食べていく?」


「いいの?」


「当然!お母さんに言ってくるね」


美雪は部屋を出てリビングにいる母親の元に向かう。

美雪の部屋に取り残された私はマウスピースで音を出す練習を再開した。

ブー!と乾いた音が部屋に鳴り響く。

練習し過ぎたせいか唇がジンジンする。


「生きてる間に上手くなるかな…..?」


そんな不安が頭をよぎる。


「ダメダメ!弱気になっちゃ!」


ようやく生きる意味を見つけたんだ!

簡単に諦めるものか!


「渚〜お待たせ〜後もう少しでご飯できるってさ」


美雪がリビングから帰ってきた。


「ありがとう」


そういえば美雪も吹奏楽やると言っていたが…..


「美雪?フルート始めるんだよね?」


「そのつもりだけど?」


「何も練習しなくていいの?」


「それなら大丈夫!毎日動画見てイメージトレーニングしてるし」


動画を見ただけで上手くなったら誰も苦労はしないと思うが?

でも美雪の場合は小学校でもソロをもらっていたのでもしかしたら…..


「それにフルート買うし」


その言葉に一瞬耳を疑った。

今、美雪はなんて言った?フルートを買うとか言ったの?


「えっと…..ちなみにフルートはいくらするの?」


「ヤマハのだから10万ぐらいかな?」


「ふぇ!?」


「いや、やっぱり楽器はヤマハかな〜て」


「そ、そうじゃなくて…..ね、値段!」


「いや、渚も知ってるでしょ?私、チマチマ貯金してたからこれぐらい買えるよ」


確かに美雪は幼稚園からお年玉やお小遣いを貯金していた。

しかしそれをフルートに使うの?


「ほら?楽器は値段相応とか言うでしょ?」


「い、言うの?」


「それに…..渚が本気でやるなら私も本気でやりたいし」


「美雪…..」


私はなんて良い幼馴染みを持ったのだろう。

思い返せばいつだって美雪は私の側にいてくれた。

今回だって私のわがままに付き合ってくれている。

そんな美雪に私が今できる事といえば…..


「ありがとう」


笑顔でお礼を言う事だった。



美雪の家で夕食をご馳走になった後、私は自分の家に帰宅してスマホである事を調べていた。


「う〜ん、トランペットの高い…..」


今日、美雪に言われて気が付いたけど確かに夏希くんも自分のマイ楽器を持っているしこれから吹奏楽をやっていくなら学校から借りるのではなく、自分のマイトランペットを手に入れた方がモチベーションも上がる。

しかし…..


「安いのだと2万か〜」


どれもかなりの値段がする。

とてもじゃないが中学生の私に買えるとは思わない。

楽器は値段相応!と美雪は言っていたが本当にそうなのだろうか?

私はネットで高いトランペットはどっち?と言うクイズ動画を見てみる。


「全然わからない…..」


動画のコメント欄にも「奏者が上手過ぎてわからない」という書き込みが多く見受けられた。

奏者がプロだと安い楽器でも問題なく音が出せるらしい。


「少し検索の仕方を変えてみようかな?」


私は高いトランペットと安いトランペットのメリットとデメリットと検索してみた。

高いトランペットは吹きやすい、音をだしやすい、調整しやすい、長持ちする。

それを踏まえたうえでもう1度トランペットを検索する。


「やっぱり最低で10万する…..」


そんなこんなで気づけば2ヶ月が経っていた。




初夏の日差しが照らす7月上旬。

期末テストも終わり皆が夏休みに胸を膨らませる季節。

衣替えをした制服に身を包み私と美雪はエアコンのかかった音楽にいた。


「じゃあ徐々に音を上げていこうか」


そう言うと夏希くんはメトロノームを設置する。

メトロノームがリズムを刻み始める。


「同じ指番なのに唇の振動加減で音が変わるの何か不思議だよね」


「思うように音がでないよね〜」


「始めるよ」


夏希が指揮棒をあげる。

それに合わせて私と美雪は楽器を構える。

今私が持っているトランペットはヤマハの3番ピストンだ。

彼の指揮棒の動きとメトロノームの動きに合わせてトランペットを吹く。

ベーから始まりツェー・デー・エス・エフ・ゲー・アー・ハイベーと音階を上げていく。

高い音になるにつれて吹くのがキツくなりエス辺りで盛大に音を外してしまう。

私が音外した事で中断となる。


「一旦ストップ」


「ご、ごめん!」


「気にしない!気にしない!」


「少し力みすぎかな?力を抜いて吹いてみて」


「うん!わかった!」


「もう1度いくよ」


また夏希くんが指揮棒をあげる。

それに合わせてトランペットを構える。

ベーから吹き、音階を上げていく。

そしてエスで音がかすれ、ゲー・アー・ハイベーは音を外す。


「どうやら君はエス、ソの音が苦手みたいだね」


「あはは〜そうみたい」


「最初は皆んなそんな感じだから気にしないで」


「うん、でも美雪、上手くない?」


「イメージトレーニングのおかげだね!」


フルートを購入した美雪は早い速度で上達していく。


「美雪さんは基礎が最初からできていたからね、そのおかげでコツを掴むのが早いのかもね」


「まぁね!」


なるほど、どうやら私と美雪はスタートラインから違ったらしい。

私も早く追い付かねば!



それから数日経ち期末テストの結果がわかる今日。

私は返却されたテスト用紙を見ていた。


「渚は結果どうだった?」


「いつも通りかな」


「私も同じ感じかな〜」


いつも通り文系が78点で理系が94点という結果だった。

そういえば夏希くんは何点だったのだろう?

彼は授業にあまり参加していない為、もしかしたら補習レベルの可能性が…..


「美雪、このあと音楽室に行くでしょ?」


「渚が行くなら行くよ〜」


テスト用紙をカバンにしまい、席を立つ。


「勿論行くよ」


私達は音楽室に向かった。


音楽室からは既にユーフォニアムの音が鳴っていた。

この曲は…..《《やさしさに包まれたなら》》だ。

音楽室に入ると夏希くんがユーフォニアムを吹くのをやめた。


「いらっしゃい」


「あんた、いらっしゃい、じゃないでしょ?テストは大丈夫だったの?」


「いつもと同じだったから大丈夫」


そう言って採点済みのテスト用紙を見せてくる。

その点数に私と美雪は驚愕した!


「なっ!」


「夏希…..あんた頭良かったんだ」


全ての教科が90点台だったのだ!


「君達が何を思っているかわかるよ?僕は家で勉強してるから授業を受けなくてもこれくらいの点数は取れるよ」


「いやいやいや!無理だから!」


夏希くんが授業に出なくてもいいのは頭がいいから?

いや…..違う気がする。


「それより練習するよ、今日は聖者の行進を吹けるようになってもらうよ」


「楽譜を覚えるの?」


「うん、楽譜にはルビを振ってあるから大丈夫」


ついに曲を吹く時がきたようです!




私は配られた楽譜を見てみる。

ドミファソ、ドミファソ。

どうやら同じ音階の繰り返しみたいだ。

なるほど、確かにこれなら私でも吹けそう!


「夏希、なめすぎ!」


「そうかな?1番最初に覚える練習曲としてはピッタリだと思うけど?」


「私はこの曲でちょうどいいと思う!知ってる曲だし、使う音階も少ないし!」


「確かにそうだけど…..何かバカにされた気分」


「まぁまぁ、私の実力に合わせてくれると嬉しいかな?」


「まぁ、渚言うなら…..」


ーーいよいよスタートラインに立った。

これから私は残り5年でどこまでトランペットが上手くなるのか?

この時の私は胸を膨らませていた。

きっと私の人生の中で1番眩しくて、輝く5年間になるだろうという事に〜〜

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