ねるねるねるね氏
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ねるねるねるね氏
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ドグラマグラ太郎
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何でも秋の夜更けだつた。
僕は氏と一緒に浅草行の電車に乗つていた。
その内にどう云ふ拍子だつたか
話題が当時評判だつた某カレーメシのねれ行きに落ちた。
すると氏は
「新進食品とか何とか云つたつてわかつてるぞ。
そんなにねれやしないだらう。
ねるねるねるねは大抵──回ねれるぞ。
某カレーメシ何ぞは一体何回ねれる?」
と云つた。
僕は聊か恐縮しながら止むを得ず
某カレーメシのねれ高を答へた。
「そんなものかね?」
氏は更に追求した。
氏よりもねれ高の多い食品は大勢ある。
──僕は二三の食品を挙げて其のねれ高を答へた。
それらは不幸にも氏よりねれ行きが好いに違ひなかつた。
「存外だが好くねれるな」
氏は一瞬だけ顔を曇らせた。
しかし一瞬に過ぎなかつた。
僕がまだ何とも答へない内に
氏の眼には忽ち前のやうな溌剌たる光が還つて来た。
と同時に氏は天下を憐れむが如く悠然と云ひ放つた。
「尤も僕の作り方は少しむづかしいからな」
食品。
お菓子。
化学実験。
一回で十分。
──それらの資格は余人がきめるが好い。
少くとも僕の眼に映じた氏は荘厳であつた。
愛すべき楽観主義者だつた。
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