3話ー① 昼の日常
太陽が頂上に訪れる時間帯。
気温が朝よりも少しだけ上がり軽く動いただけで汗が流れ出る。 これだけ暑いと迷宮内での気温もかなり上がっているのではないかと考え、クエストを攻略する為に頑張っている思い人の冒険者アーサーの事を思う。
「おーいカレンちゃーん! 注文いいかな?!」
「あっ! こっちにもお願ーい!」
「はーい! ただいまー!」
店内から次々に呼ばれるお客さんの声でカレンはすぐに頭を切り替え笑顔で対応する。
ここはカレンがお世話になっている食堂店。
カレンは朝と夜は宿の食堂を、昼はこの食堂店で働いている、
頭には水色のタオルを巻き食堂店のシンボルマークである黒猫が描かれているエプロンを身につけて主にカウンターでの仕事をこなしていた。
「オーナー! 3番テーブルからハムカツサンドとオムレツスパが1つずつと6番テーブルにはフルーツパフェとミルクティーを1つずつの注文です!」
「・・・おぅ。」
食堂のキッチンへ注文されたメニューが書かれた伝票を置くと、奥から小さい声でオーナーが返事するのが聞こえる。
店長は渡された伝票を一瞬だけ目を通すと慣れた手つきであらゆる調理器具と包丁を使い捌き5分もかからないスピードですべてのメニューを作り上げる。
「・・・ほらよ。」
「ありがとうございまーす!」
私は用意されたメニューをそれぞれ注文されたテーブルへと運び、食べ終えたお客様の会計とテーブルの片づけを行う。
食堂店は朝や夜よりも昼食時間が1番忙しい為に次から次へとお客さんが途絶える事はない。
カランカランッと食堂店の扉が開く音が聞こえる。 カレンは片づけ中の皿を一時中断して入店されたお客さんの対応に向かう。
「いらっしゃいませ! 何名さ・・あっ!」
思わずカレンが声を上げたのは見知った顔の男性だったからだ。
この暑い中白銀の鎧を着こみガシャガシャと音を立てながら食堂店に入店してきたのは迷宮門の門番所統括責任者を担っている人だ。
「おぅ! お疲れ嬢ちゃん!」
「隊長さん! お疲れ様です!」
カレンが隊長と呼ぶ彼は昔から度々この村の門番所で働いていた事があり幼い頃からの知り合いなのだ。 それはアーサーも同じく、ついでに言うとアーサーの剣の師匠にもあたる。
「今日も暑いな~。 とりあえず酒くれないか?」
「いいんですか隊長さん。 まだ勤務中じゃないですか?」
「だ~い丈夫だよ。 酒の1杯や2杯飲んだところで酔っぱらわないさ!」
「う~ん・・でもこの前アーサーが隊長さんが朝から二日酔いでヘロヘロになってたって聞きましたけど?」
「ゲッ?! あの野郎・・あれだけ話すなって言ったのに。」
カレンは頭を抱える隊長に笑顔で「ご注文は?」と尋ねると隊長は渋々とした顔で冷たいお茶とハンバーグ定食を1つ注文した。
「ふん・・・休憩中くらいその暑苦しい鎧を脱いできたらどうだ。」
「うん? あぁオーナー。 珍しいなアンタがキッチンから出てくるなんて。」
隊長が座るテーブルに注文したメニューを運んできたのは鋭い視線で強張った表情をしたオーナーだった。
「あの娘は別の客の接待で忙しいだよ。」
「そうかい。 でも元気そうでよかったよ。 今日は一段と暑いからな。 ぶっ倒れないように気を付けろよオーナー。」
「ふん。 人を年寄り扱いするんじゃねぇよ青二才。」
「おっとっと。 そりゃ悪かった。 機嫌を損ねない内にありがたく飯を頂くよ。」
用意された食事に手を付けようとしたが、何故かオーナーはその場から離れず隊長をずっと鋭い視線で睨みつける。
「ど、どうしたんだオーナー? 何か俺に用かい?」
「・・・坊主共はいつ頃戻ってきそうなんだ?」
「ん? アーサー達か? そうだな・・今日のクエストはそれほど難しいもんじゃなかったはずだから夕暮れまでには戻ってくると思うぞ?」
「・・・そうか。」
オーナーはそれだけを聞くと「邪魔したな」と一言だけおいてまたキッチンへと戻っていった。
「なんだったんだ?」
「なんなんでしょうか?」
いつの間にか背後で隊長と同じく頭を傾けて疑問に思っているカレンが立っていた。
「嬢ちゃんも知らないのか?」
「何も聞いてませんね。 今もアーサーの名前が聞こえてきたから聴き耳を立てていただけでしたし。」
先ほどまでカレンはお客の対応をしていたはずなのだが、あの状態で離れた隊長とオーナーの会話を聞き分けていた事に隊長は相変わらずだなと呆れ半分、関心半分と微妙な表情をしながら用意された食事に手を付けた。
(さてと、とりあえずお客さんの注文は一通り運び終えたから溜まったお皿洗っちゃお。)
袖をまくり上げ、キッチンに溜まっているお皿の山を洗おうとした時だった。
「・・・・・・・・・・・。」
カレンは皿を洗おうとした手を止めて何かに怯えるように体を震えあがらせた。
「あっ・・うそ・・いや・・・こ、こないで。 お願い・・やめて!!」
カレンの様子がおかしい事に気が付いたオーナーはすぐさまにキッチンを後にして店の外に出る。
その姿を見ていた隊長は、仕事中に滅多に外出しないオーナーを見て何かを感じとる。
その数秒後。
ドッカ―ン!!?
―――とキッチンから黒い炎が立ち広がり爆発した。
「・・・またか。」
黒い炎の爆発に巻き込まれた隊長は店内にいるお客を守る為、瞬時に一か所へ集結して守りきった代わりに白銀の鎧と顔を真っ黒に焦げた。
「おーい嬢ちゃん! 大丈夫かー??」
キッチンから立ち広がった黒い炎が落ち着いた所で中にいるはずのカレンに声をかける。
「あっ・・た、隊長さん・・ふふふ、大丈夫です・・ふふふふ。」
フラフラと身体を震わせながらキッチンから出てきたカレンは何処か遠い目をして出てきた。
「嬢ちゃん。 一体何があったんだよ。」
「ふふ・・あれが・・あれが出たんです。」
「あれ?」
ギギギッと顔をロボットのようにゆっくりと動かして隊長と目を合わす。
「あれです・・。 あの悪しき生物が姿を現したんです!!」
「あしき・・生物?」
「ゴ! から始まって リ! で終わる名前をもつ地上最悪の生物ですよ!!」
(あぁ・・・ゴキブリがでたのね。)
隊長はまだ混乱状態にあるカレンが冷静を取り戻した時の対処とアーサーが戻ってきた時にどう説明したものかと頭を抱え、とりあえずお客を置いて一目散に逃げたこの店のオーナーに一言文句を言うことだけは心に決めた。