1話ー③ この村娘、実は普通の娘じゃありません。
魔王。
それは遥か大昔、まだ人間に文明も魔法の存在も小さかった時代に魔族と呼ばれる種族が存在していた。
彼らはある1人の魔族を王と称え、魔王の命令は神の御言葉として信じられてきた。
魔族は魔王の指示により人を傷つけ土地を奪い、世界を絶望と恐怖へと落とし入れた。
しかし、そんな最凶とも思われていた魔王の世界征服は1人の人間によって断ち切られてしまう。 その人間の事を人々は 勇者 と呼んだそうだ。
そんな世界に恐れられいた魔王と呼ばれる者の子孫達は何世代後の今の時代。 涙を流しながらキッチンの掃除をしていた。
「うぅ~~。 今日こそはアーサーの胃袋を掴んで結婚前提のお付き合いをする儀式に持ち込む大作戦を決行するつもりだったのに・・何故こんな事になってしまうの~。」
ゴシゴシと汚れて黒くなったキッチンを拭き続けて約3分後。
「・・・これ、魔法で掃除した方が早く終わらないかしら?」
面倒くさくなってきたカレンであった。
『おやおや。 そうやって黒魔術に頼るといつかアーサー様に愛想を尽かれてしまいますよ。 姫様。』
「! ・・・マーリン。」
カレンがマーリンと呼ばれた人物はクスクスと笑いながらテーブルの上に立っていたネズミだった。
「なによ。 アンタ何時から見てたわけ? っていうかネズミの体にのっとっているならテーブルに乗らないでよ。 汚いでしょ。」
『これは失礼。 しかしご安心を。 このネズミは私の使い魔でしてね。 普段から衛星面に気をつけているから汚くありませんよ。』
「あっそ。 じゃあ早く帰って。」
『おやおや。 そんな事を言ってもいいのですか? 何ならアーサー様に姫様のあんな姿やこんな姿の写真を渡してきてもいいのですよ?』
「あ、あんな姿ってどんな姿よ。」
『そうですね。 例えばアーサー様が迷宮へ行っている間、姫様がアーサー様の洗濯物を代わりに洗ってあげる口実に毎回アーサー様の服の匂いを嗅いでいる姿とかのしゃしグヘェ!?』
「3秒以内にその写真を削除しないとアンタもあのシチューのように黒くしてあげるわよ。」
マーリンはすぐにカメラデータをすべて削除した。
『それよりも姫様。 口調が昔に戻っていますがよいのですか?』
「今は村の人もアーサーもいないから別にいいわよ。 それよりも早く帰ってよ。 私も暇じゃないんだし。 アーサーが戻ってくるまでに少しでも片付けておかないと。」
アーサーは他にも掃除道具を借りてくると下の食堂で働いているオーナーに掃除道具を借りに言ってくれている。
『姫様。 いつまでこんな茶番を続けられるおつもりですか?』
「・・・どういう意味よ。」
『貴女様は魔王の子孫。 そしてその継承を若くありながら1番強く引き継いでおられる魔王の1人。 こんな小さな村など1晩で消してしまう事もたやすい筈。 それなのにこの村の普通の人間の娘として生活しているなど御先祖様が聞いたらどう思われるか。』
マーリンはネズミの姿のまま頭を抱えながらそう言った。
真意は不明だが、このマーリンと呼ばれる者は初代魔王の頃から生きていると魔族の中で噂をされている。 魔王のみしか知らない秘密だけでなく魔王すら知らないことまで知っているのではないかと考えている者もいるという。
だからなのか、カレンの先祖は全員マーリンの言葉は初代魔王の言葉として聞き入れてきた。
しかし・・・・
「だから?」
カレンだけは、マーリンの言葉に1つも聞く耳を持っていなかった。
『い、いや・・。 だからですね? 貴女は1番魔王としての力を受け継いだ御方。 それならば初代魔王様が成し遂げようとした世界征服を果たさなければ・・・』
「嫌よ。」
まだマーリンが言い終えていない時点で、カレンは一蹴した。
「魔王? 世界征服? そんなものどうでもいいです! 私は彼と、そしてこの村の人々と生涯を共に生きていきたいのです。 御先祖様の宿願か何だか知らないけれど、これは私の人生、私が決めた道です。 それを邪魔をするというのであれば同族であろうと容赦はしません。」
ハッキリとした物言い、そして覚悟を決めたその瞳にマーリンはネズミから捉えた彼女の姿を見て思わず微笑んだ。
その姿はまるで遥か昔に仕えた魔王の姿と似ていたから。
『そうですか! それでは私は何も言いません! 納得がいくまでこの生活をお楽しみください!』
「そっ? 納得してくれたのならいいわ。 それじゃあ早く帰って。 アンタと話しているといつまでも片付かないわ。」
『かしこまりました。 しかし、そのキッチンの片づけは今日中には無理そうですよ?』
「? どういう意味?」
マーリンの意味深な言葉に聞きなおした時だった。 コンコンッと扉をノックされた。
「カレン? 今入ってもいいか?」
「アーサー! えぇ! 大丈夫です!」
ゆっくりと扉を開けて入ってきたアーサーの後にゾロゾロと村の人々も入ってきた。
「え? え? ア、アーサー? こ、これは???」
「ん? あぁ、実はさっきオーナーに説明して掃除道具借りに行ったらさ。 食堂に食べに来てた人達が村の人達に声をかけてくれて時間がある人達が皆手伝いに来てくれたんだよ。」
アーサーがそう説明すると大柄の冒険者や村の奥様達の背中からあらゆる掃除道具が魔法のように次から次へと出てきた。
その中には掃除道具ではなく明らかに食材や調理道具も見受けられる。
「掃除が終わったらみんなで下の食堂借りてシチュー食べようってさ。 ・・・ダメだったかな?」
アーサーの言葉を聞いてしばらく放心状態でいると、カレンの瞳から徐々に一滴の涙がこぼれ落ちる。 それを見たアーサーと村の人々は動揺してアタフタとするがすぐにカレンが笑顔に戻り零れ落ちた涙をふく。
「はい! 皆さんが良ければ! 是非!!」
その時に見せた笑顔は誰がどう見ても人を恐怖や絶望に陥れる魔王などではなく、何処にでもいるごく普通の村娘の姿があった。