母親と娘
久しぶりに、ママとお酒を飲んだ。本当はバーに行きたかったけれど、ママは立ち仕事で疲れていたし、私は会議で疲れていた。だから結局、家のリビングでワインを開けた。チーズと生ハムをコンビニで買ってきた。ママと二人で飲むのは久しぶりだった。昨日の夜にママが言い出したのだ。父親は今日もどこかに行っていた。
「最近どうなの?」とママが訊いた。
「別にどうもしないわ。プロジェクトが立て込んでるくらい」と私は言った。
ママは何も言わずに、ワインを一口飲んだ。
「ほら、前に言った後輩の子がいるじゃない?あの子がまあ、相変わらずなのよ。全然成長しないの。私は小学校の先生にでもなったみたい。だけど、会社の方針もあるからね。できない子には何もさせない、ってわけにもいかないの」
「そう、あなたも大変ね」と、ママは微笑んだ。
こういうとき、ママはあまり喋らない。とは言え、私の話を聞いているわけでもない。父親のことを考えているのだ。私にはなんとなく分かる。目はうつろだし、唇は結ばれている。
「ママはどうなの?」と私は訊いた。
「私も別に、どうもしないわよ」とママは言った。
「仕事は?」と私は訊いた。
「そうね、少しずつ売上が増えてるわよ」とママは言った。
そういう会話は、だんだんと私を苛立たせる。何のために私を呼んだのだろう。私は父親の代わりではない。ママの寂しさを紛らわすことはできないのだ。ママはどこか遠くを見ていて、私の事を気にしてはいないのだ。
けれど、そういうときのママはとても綺麗な顔をしている。本当に、恋する十代のような表情をしている。私にはできない表情だ。月明かりが良く似合う顔。私はいつも、ママに見とれてしまう。本当に私は、この人から生まれてきたのだろうか。
結局その日も、私はママに何も言えなかった。